夢を見た。
母さんと私と蓮夢の三人でのんびりとした時間を過ごす夢。私と母さんが紫の家へ行くことになってからは少なくなった、私の一番望む時間。
三人で縁側でお茶を啜ったり、ごろごろとひなたぼっこしながらお昼寝したりして昼が過ぎ、夕陽が沈んでいった。
そうして夜がいつものように訪れる。
「蓮夢…?母さん…?」
しかし、ふと気付いた。さっきまでいたはずのいつも一緒の家族がいないことに。灯りのついていない暗い神社の中を探しても二人はいない。
「蓮夢?母さん?どこ?」
私の呼びかけにも返事はなく、真っ暗な闇の中に吸い込まれていった。
「・・・返事してよ!蓮夢!お母さんっ!」
真っ暗な神社に私だけ。独りぼっちの闇の中。なんで一人なの。一人にしないで。心細くなった私には真っ暗な神社のなかに一人でいるのに耐え切れなくなった。
「蓮夢!!母さん!!」
気がついたら私は二人を探して外に出ていた。外も真っ暗だったけど、一人で中にいるよりはずっとマシだった。
空を飛ぶこともせずに私は神社の前の長い石段を駆け降りる。
「あれはなに?」
息が切れ始めたぐらいに階段の終わりが見えてきた。暗くてよく見えないがそこには人影が二つ倒れていた。
まさかと思い、私は駆け寄る。だんだんと人影の形がはっきりしていって周りはその人たちの血だろうか、赤く染まっていた。
最悪のことを想像しつつそうなっていないことを祈り、うつ伏せに倒れている人影を起こして顔を見るとーーー。
「ーーーっ!!」
ひどく驚いて目を開ける。だが目の前にあった景色は見慣れ始めた紫の家の天井だった。
「・・・夢?」
さっきの情景を思い出すと体が震えた。最悪の夢だ。思い出すことすらしたくない。
枕元の時計を見るといつもよりもかなり早く目覚めてしまった。
いつもなら寝直すかもしれないけど今日はそんな気分じゃなかった。
私は布団のなかで恐怖に震えていた。
最悪の日は最悪の寝覚めで。
そうしてあの日は始まった。
その日は朝からずっと落ち着きがなかったと思う。。今朝の夢だろうか、もしかしたら本当に二人に何か起こってしまうんじゃないかと言い知れぬ恐怖に怯えていた。
母さんは朝から依頼があると言って今日は紫と二人だけで修行をすることになったがそれどころじゃない。集中していないのが紫もわかったのか声をかけてくる。
「霊夢?どうしたの?心ここに在らずって感じね」
「ねえ紫、母さんと蓮夢は?」
私の問いかけに紫は困ったように笑う。
「霊歌は里の依頼の妖怪退治に出かけて、蓮夢はいつも通り博麗神社にいるわよ。ああ、蓮夢は今は寺子屋に行ってる時間かも知れないけど。ってどっちも霊夢はよく知ってることじゃない」
「…会いたい」
「え?」
「蓮夢と母さんに会いたい」
私がそう言うと紫は驚いた様子でこっちを見た。
「本当にどうしたの霊夢?何かあったの?」
言うべきか。夢を見たなんて信じてくれるのかと思い少々逡巡して私は口を開く。
「…夢を見たの。蓮夢と母さんがいなくなっちゃう夢。それが本当に起きる気がして…」
それを聞いた紫はふっ、と笑って頭を撫でてきた。
「あら霊夢怖い夢見て不安なんてかわいいとこあるのね」
「う、うるさい!いいから母さんと蓮夢のところに連れてって!」
「まあまあ、落ち着きなさい。そうねえ…じゃあ今日の修行が終わったら博麗神社に行きましょうか」
いやだ、一刻も早く二人に会いたい。後にすると嫌な予感がする。
「いやだ!すぐあわせて!!」
また、紫が困った顔をする。
「困ったわね、修行の後じゃあ駄目?」
首を横に振る。
「う〜ん、まあたまにはいいでしょう。じゃあ霊夢、博麗神社に行きましょうか」
そう言って紫がスキマを開き私と紫は中に入った。
「博麗神社に到着〜♪」
スキマを抜けるとそこは神社の居間だった。部屋に入るとすぐに藍が出てきた。
「紫様?それに霊夢?今日は戻ってくる日では無かったはずでは…何かあったんですか?」
「いや、特に何もないわよ。ただ、この子がね」
そう言って紫は私の頭をポンポンと叩いた。特に気にせずそれよりも気になることを藍に尋ねる。
「藍、蓮夢は!?」
「蓮夢?寺子屋に行ってる時間だが…どうしたんだ?」
藍に聞き返され私は今朝の夢のこと、嫌な予感がすることを話す。ひとしきり聞いた藍は苦笑した。
「夢?ふふっ、そんなことで不安になるなんて霊夢もまだ子どもだな」
「藍、察してあげなさい。蓮夢に会えなくて寂しいんでしょ霊夢も」
クスクスと二人に笑われて少しムッとして二人を睨む。どうやら私の夢のことは聞いてはくれても相手にはしてくれないようだ。
「いいから!蓮夢のとこへ連れてって」
「こらこら霊夢、流石にそれはやめなさい。いきなり授業中に入ってこられたら蓮夢が困るでしょう?」
「むう…」
蓮夢が困ると言われたらこれ以上は言えないじゃあないか。ずるい。
「じゃあ、いつ帰ってくるの?」
それには紫ではなくて藍が答えてくれた。
「昼を過ぎたぐらいには帰ってくるさ。もう少しだから霊夢も待てるだろう?」
「……うん」
仕方なく待つことにしたがこの時間が本当に長く感じた。
ずっとそわそわとして心が落ち着かなかった。早く帰って来て欲しい。無事でいて欲しい。ただその思いだけがあった。
昼も過ぎ藍や紫はすぐ帰ってくると言っていたが私にはまるで何時間も経ったように感じ、不安に押し潰されそうになっていたころ、彼女はようやく帰ってきた。
「ただいまー」
ガラガラと音を立て玄関の戸が開かれ、待ち望んだ声がする。私は一目散に声の主に飛び込んで行った。
「蓮夢!」
「あれ?霊夢?」
よかった。本当によかった。あの朝の夢からずっと不安に思っていた。悪い予感が外れ、こうして私の目の前に蓮夢がいることの嬉しさと安堵感でしばらく我をも忘れていた。
「…私、今用事があるからそれが終わってからでいい?」
「用事って何するの?」
どうやらまた蓮夢は出かけるらしい。これは私の勘が告げている。もう蓮夢を行かせちゃまずいと。
「行っちゃだめ!蓮夢!!」
私は必死に蓮夢にしがみついた。行って欲しくない。私の大事な人。血のつながった姉妹を。
すると、蓮夢はいつものように微笑んで私を抱き返してきた。
そうして優しい声で話してくる。
「大丈夫、霊夢。私は必ず帰ってくるから。だから霊夢も安心して?」と。
…私たち二人は同じ日に生まれた姉妹だ、姉も妹も無い。だけど私はいつも思う。実は蓮夢が姉なんじゃないかと。こんな風に抱きしめくれてるし、私なんかよりもずっと冷静で頼りになるなら。
蓮夢に撫でられているとすっかりさっきまでの不安も忘れてしまう。
故に私はやってしまう。安心して蓮夢を抱きしめていた腕を緩めてしまった。あっ、と思った時には蓮夢は私の手からするりと離れて言ってしまう。
待って!行かないで、私の大事な人。私が止められればあなたは無事ですんだのに。
「待ってぇ!!蓮夢!!」
私の呼び声が届いたのかすでに空中にいる彼女は笑って手を振った。
私の憧れの人は私と色違いの青い巫女服とその長い黒髪をなびかせて空に消えていった。
「・・・」
「そろそろ元気を出してくれ、霊夢」
「だって…」
「安心してくれ、紫様が探しに行ってくれた。だから霊夢はもう寝ておけ」
蓮夢が言ってしまってからかなり時間がたった。夕日も沈み、あの悪夢と同じ真っ黒な闇が辺りを支配しようとしていた。あれから蓮夢は帰ってきていない。母さんもだ。
あの悪夢が鮮明に頭に浮かんでくる。
怖い。嫌なイメージが次々に思い浮かび、私は気が気でなかった。
藍が心配そうに話しかけてくるが耳に入ってこない。
「橙、霊夢と一緒に寝てやってくれ」
「はい!わかりました藍さま!!」
もう寝た方がいいのか藍には橙と一緒に寝ろと言われた。
「じゃあ、行こっか霊夢」
橙に手を引かれ私は神社にある蓮夢と私の寝室にきた。
灯りを消して布団に入るが寝れるわけがない。どんどん増していく不安に怯えていた。こうして眠れずに隣の布団に入っていた橙の寝息が聞こえる頃、玄関の方が騒がしくなった。
「藍!藍!いる……きて!」
「どうなされま……!?これは!?……」
途切れ途切れしか聞こえないがこの声はどうやら紫と藍だ。珍しく二人の声に焦りが混じっていた。
気になり、布団から抜け出て、廊下に出る。足音をたてないように静かに玄関に向かった。
「藍!とにかく部屋に運んで寝かせといて!今すぐ治療しないと!」
「わ、わかりました!」
藍と紫が落ちつきなくドタバタとしているのは本当に珍しい。私は少なくとも見たことは無かった。そして何かを抱えた藍が中の部屋に行こうとしたのか私の方へ振り向いた。藍と目が合い、藍はしまった、という顔をしたがすぐに誰かを抱えたまま呆然とした私の横を足早に抜けて行った。
「霊夢!?…悪いが今は説明している暇は無い!」
藍が抱えていたのは青と赤。私と色違いの巫女服の青と悪夢の中に出て来た、血の赤。嫌な予感は的中し、悪夢は現実となる。
藍の後を急いで追うとすでにそれは布団に寝かされていた。
「・・・うそ」
布団に寝かされていたそれは肩口から大量の血を流した博麗蓮夢だった。