「あなたは食べてもいい人類?」
真っ黒いかたまりは確かにそう言った。
俺は即座に霊力弾を放ち、距離をとる。霊力弾はそれに当たり、煙を上げた。
その音でようやく離れていた魔理沙も気づく。
「蓮夢、どうしたんだ?」
「なんかいる!多分妖怪!」
その言葉を聞いて魔理沙はニヤリと笑った。
「ちょうどいい、最近新しい技ができたんだ。蓮夢にお披露目してやるぜ!」
こういうところは小心者な俺と違ってこの魔法使いは肝が据わっているんだろうな。
そして魔理沙は八卦炉を未だに動いていない黒い球体へ向けた。
「あの黒いやつか?」
「ええ、そうよ」
八卦炉に徐々に魔力が溜まるのを感じた。魔力の充填が完了したのか魔理沙は八卦炉を狙いを定めるように構え直す。しかし、どこからか真っ黒な弾が飛んできていることに魔理沙は気付いていない。
「見てろよ、蓮夢。マスタースパー…「危ない魔理沙!」…うわっ!?」
魔理沙を突き飛ばして回避させると黒い弾は地面に衝突して砂埃を上げた。
「す、すまん蓮夢」
「いいって。…それよりもアレ、ヤバいんじゃない?」
「アレって?…そうだな」
砂埃が晴れると、黒い球体は先ほどの黒い弾を大量に出していた。それはさながら雨の如く。俺と魔理沙がいつもしている勝負の時よりも密度の濃い弾幕が迫っていた。
「いったん空へ!」
「おう!」
体を宙に投げ出し弾幕の範囲から逃れる。自分たちのいた場所は一瞬でボロボロになっていた。
…あれはまずい。幸いあれは動いてはいない。今のうちにここはもう逃げた方がいい。あれは規格外過ぎる。
「魔理沙、逃げよう!あれはヤバイ!」
「まてまて、あいつは変な弾を出すだけで動かないだろ?私たち二人なら楽勝だぜ!」
「魔理沙!待っ…「私はマスタースパークの準備をする。それまで蓮夢は時間を稼いでくれ!」ーーっ!くそっ!」
俺が止める前に魔理沙はまた黒い球体に向かっていく。
無謀だ。まだあれは力を出していないと思う。
俺たちはまだ十歳になったばかりのガキだ。下手に妖怪退治の真似事なんてしない方がいいのに!
魔理沙に向かって黒い弾が飛ぶ。俺はそれを霊弾で撃ち落とした。
・・・本気で力を込めてようやく相殺できる、か。
霊弾を連発する。前に、後ろに、右左。手当たり次第に全力で。
しかし、いくら相殺しても次から次へと黒い球体から弾幕は出てくる。
体力おばけの俺ですらもう、キツイ。あれは底無しかよ!?
たまらず俺は攻撃準備をしている魔理沙に声をかける。
「魔理沙ぁ!まだなの!?」
「頑張れ、もう少しだ!」
それを聞きもはや無心で弾を連発していると後ろから合図がかかる。
「蓮夢、準備オーケーだ!私の後ろに来い!」
「わかった!」
「いくぜ…マスタースパーーク!!」
魔理沙の後ろに避難し終わった瞬間に極太の閃光が走る。
その小さな八卦炉から放たれているとは思えないほど巨大な力の奔流。
それは力強く黒い弾幕をかき消し、唸りを上げて黒い球体に突き刺さった。
やがて閃光は収まり、前方の視界が晴れる。
魔理沙は八卦炉を構えたまま前方を見た。
「どうだ?」
黒い球体があった場所は土煙に覆われていてまだはっきりとは見えない。
だんだんとはっきりしてくるその場所を見ながら俺の心の中には不安が渦巻いていた。
やがて土煙もはれる。
「・・・嘘だろ」
魔理沙が驚愕に目を見開く。黒い球体は何事もなかったかのように黒い弾幕をこちらに撃ってくる。それは先ほどの弾幕よりも数が多い。
「魔理沙、もう逃げるよ!私たちじゃ無理だ!」
「・・・」
「魔理沙!!」
さっきのマスタースパークに余程自身があったのだろう。魔理沙は茫然としていた。だけど今、そんなことをしている暇なんてない!
俺は茫然としている魔理沙を引っ張って逃げた。
「危なっ!」
魔理沙を引っ張って全速力で飛ぶ。魔法の森の木々を縫うように低空で飛んでいるが的確に黒い弾幕は俺たちに狙いを定めてくる。魔理沙を庇いながら飛んでいるせいかすでに俺の体には無数のかすり傷ができていた。
・・・このままじゃ埒が明かない。
打開策はある。あるけど…。なるべく使いたくはない。
でも、このままじゃ。
遠くで女の笑い声が響く。先ほどの黒い球体が声の主だろう。俺らを弄んでやがる。チッ、と小さく舌打ちをして懐からお札を取り出した。
そして魔理沙を放り投げる。さてと。
「いてっ!・・・蓮夢?」
投げた拍子にようやく魔理沙が反応をした。
魔理沙と俺の間にお札を使い結界を張る。少し前にできるようになっていてよかった。
「なにしてるんだ蓮夢?」
俺の張った結界に気づいたのか魔理沙は不思議そうに俺を見る。
「魔理沙、やっと起きたの?じゃあさっさと逃げなさい」
俺の答えに魔理沙は怪訝そうな目で見てくる。
「なんだって?」
「私が足止めするから早く逃げろっつってんの」
魔理沙の顔が途端に青くなった。
「れ、蓮夢それって…「いいから早く逃げろって!」」
もうマスタースパークを撃つ体力はないのだろう。魔力弾だけで俺の張った結界を破ろうとしている。
・・・残念だな魔理沙、その程度じゃ俺の結界は破れないぜ。
「いやだ!元はと言えば私が悪いんだ!なのに、なんで蓮夢を置いていかなきゃいけないんだよ!…なんでそんなことするんだ!」
・・・はあ、俺は前世でお前くらいの頃は一目散に逃げてたよ。なのに、なんでこんな損な役回りを演じちゃうかねえ。俺も不思議だ。
そして魔理沙に背を向けて逃げてきた道を辿る。
「…逃げるも残るも勝手にしな。でも、どの道二人とも死ぬくらいなら私はこれを選ぶよ」
「死ぬ、なんてそんなこと言うなよ!私と蓮夢なら大丈夫だぜ!結界を解いてくれ!」
どこまで俺を信頼してくれてるんだか。俺は確かな喜びを感じつつ、首だけ振り返る。そして不敵に笑ってこう言ってやるんだ。
「大丈夫、私、強いから」
「蓮夢!待て蓮夢ーーー!」
もう、振り返らない。
まあ多分死ぬだろう。だけど不思議と俺は落ち着いていた。
「待て蓮夢ーーー!」
私がどれだけ必死に叫んでも彼女は立ち止まらない。あんなに傷だらけなのに…。
結界の前に残された私は言いようもない悔しさに包まれていた。
「・・・ちくしょう!!」
地団駄を踏む。立派な魔法使いになると決めたのに。博麗の巫女よりもすごい妖怪退治をしてやろうと決めたのに。何よりも友達の蓮夢を死にに行かせることにしてしまったのはこの私だ。
なのになんで私がここにいるんだ?私は蓮夢を助けたい。でも、もう魔力も足りない、だからこの結界の前にいる。
頭を回せ。知恵を絞れ。今、蓮夢を助けるためにできることはなんだ。
「あっ」
私は一つ考えが浮かび箒に跨る。待ってろ蓮夢。無事で居てくれよ!
日の沈みかけたオレンジ色の空を飛ぶ。急げ、急げ、私にはもうこれしかできないんだ。自然と箒を握る手に力が入る。とにかく全速力で空を飛んだ。
「あそこだ!」
人里のなか、一際大きい屋根を見つける、私はそこに突っ込んだ。
戸をガラガラと勢いよくあけて転がりこむように入ってきた私を見て中にいた人物は相当驚いていた。
「な、なんだ?」
「頼みがあるんだ!聞いてくれ!」
「ってお前は確か、霧雨店の一人娘か、どうしてこんなところに」
「そんな事はどうでもいいんだぜ!なあ、あんた人里の守護者なんだろ?博麗神社の場所を教えてくれ!巫女に用があるんだ!」
「少し落ち着け。博麗の巫女殿はいま、妖怪退治の依頼を解決しに行っている。もう少ししたら戻ってくるから…「じゃあ巫女の行った場所を教えてくれ!私もそこに向かうぜ!」…落ち着けと言ってるんだ!」
「いてっ!?」
ゴン!と頭突きを食らう。こいつ、なんて石頭だよ…。
「なんでそんなに慌ててるんだ?わけを話してくれてもいいだろう?」
「友達が、蓮夢が妖怪に襲われてるんだ!早く行かないと危険なんだぜ!」
「なに?蓮夢だと?」
里の守護者も蓮夢とは知り合いなのか反応を見せた。
さらに言葉を続けようとしたら、戸を叩く音が聞こえてくる。
「慧音ー?依頼終わったから報告しに来たー」
「おお、巫女殿か、上がってくれ」
それは何処かで聞き覚えのある声だった。いつの日か、香霖の店で見た巫女服の女性。後で香霖に博麗の巫女だと教えられた人物。妖怪退治の専門家。
急いで声がした方に向かって走る。
「なあ!あんた博麗の巫女なんだろ?お願いがあるんだ!」
いきなり出てきた私に、びっくりしている巫女に構わず私は巫女に懇願した。
しばらく歩いてさっきの球体の前まで来た。黒い球体は不思議と弾幕を撃ってこなかった。魔理沙が逃げたことを祈って俺は声を投げかける。
「まさか待ってくれるとは思ってなかったわ。気が利くのね」
するとやはり、最初の声と同じ声で返事がくる。
「いや、こっちも面白いものを見せてもらったわ」
「そう?それは良かった。でさあ、あんたはさ、そろそろ姿を表したらどう?妖怪のおねーさん、かな?」
すると、黒い球体の闇が晴れ中から背の高い女性が姿を現す。長い金髪を髪になびかせ、妖しく赤く、その双眸は輝いていた。
「そうよ、私は人喰い妖怪のルーミアおねーさん…とでも言うべきかな」
狙うは不意打ち。この目の前の妖怪から無に等しい生き残る可能性を少しでも上げるためには不意を打つしかない。さっきの弾幕の相殺に霊力を使ったせいで余力もないし。
幸い、相手は余裕たっぷりなのか、こちらの話を聞いてくれる。そこにつけこもう。
「ルーミアおねーさんね。おねーさんはやっぱり私を食べるつもり?」
「人喰い妖怪に何言ってるの?当然よ。あなた、美味しそうだし」
この返答は予想通り。
「へえー私、美味しそうなんだ?」
「そうね、子どもは肉が柔らかくて美味しいし、それに何よりあなたには力がある」
「力があると美味しいの?なら私と一緒にいた子も美味しいと思うけど?」
「そうねー、魔法使いもいいけど何よりも巫女のほうがいいわ」
「黒い球体になったり、いろんな攻撃してきたけどあれが能力ってやつ?そうだったら冥土の土産にでも教えてくれない?」
…そろそろいくか。俺はバレないように霊力を手のひらに集める。
「そうねえ、せっかくだし教えてあげましょうか。私は“闇を操る能力”を使えるわ」
「それは随分と強そうな能力…ねえっ!」
強く地を蹴り右手を突き出す。狙うは…顔面!
至近距離で右手から霊力を込めた弾を打ち出す。
突進するように突っ込んだので俺は地面を転がった。もはや不意打ちが成功したのかどうかもわからない。
ルーミアがいる方向を見るとどこから出したのか真っ黒な十字架型の剣を振り抜いていた。
そして転がった俺の方を一瞥した。
「狙いはいいけど、残念だったわね」
「ーーーッ!!?」
右肩に鋭い痛みが走った。恐る恐る右肩を見ると肩口から深く切れ込みが入っていた。傷口からは血がとめどなく流れていた。
「っああああああ!?」
認識すると痛みがより強く感じる。俺は初めての斬られた感触に驚きと痛みで叫びたくもないのに叫んでしまう。
「あんまりジタバタしないでくれるかしら?」
「ぐあっ!?」
あまりの痛みにのたうちまわっていると急に腹に衝撃が走る。どうやら腹を蹴られたらしい。
叫びは止まり、代わりにゴホゴホと息の詰まった咳が出た。
ああ、ああ、終わった。もうだめだ。わかってはいたが不意打ちも失敗し、深手を負わされた。
血がかなり流れているのか視界が霞んでくる。
「さて、じゃあいただきましょうか」
もう好きにしてくれ。万策尽きたさ。
諦め、死を受け入れようとしていると、空から霊力弾が飛んできて目の前にいたルーミアはとっさに俺から離れた。
「そう簡単にさせないから!人喰い妖怪!」
聞き覚えのある声を耳にすると霞んだ景色の中に見慣れた姿が映る。ぼやけていく視界の中で最後に見たのは今世で最初に出会った人だった。
あれです。巷で噂のEXルーミアとやらをだしてみたかったってやつです。