カツカツ、カッカッ、チョークが黒板に文字を刻む。
席に座った生徒たちはその問題を見て悩ましげに頭を抱える者、問題を書き写す者、近くの生徒と話し合う者などなど皆それぞれに授業に取り組んでいた。
カン、と問題を書き終え、チョークを置いて背を向けていた教師が生徒たちの方に振り返る。
「さあ、みんな、この問題はわかるかー?わからなくてもいいから自分の答えが出た者はいないかー?」
生徒たちは押し黙ったままだ。教師は困った顔して辺りを見回した。
「うーん、この問題は難しいからな。できなくても仕方がない。とはいえ誰も答えないというのもな…」
教師は教室を見渡し、ある一人の生徒に目をつける。
「じゃあ、蓮夢!間違っててもいいから答えを言ってみろ!」
さされた生徒はびくりと背筋を伸ばし、席から立ち上がる。
その生徒は寺子屋に来る子供たちの服装と比べると一際目立つ青い巫女服を着た少女だった。
自然と他の生徒たちの目がその少女に集まる。だがその少女は目線を気にしながらもはっきりと答えを言った。
「えーと、8?」
答えを聞いた教師は満足そうに頷く。
「そう!正解。答えは…8だ!難しい問題だがよくやった!」
「「「おおーー!」」」
寺子屋にその日一番の生徒たちの歓声が響いた。
ったく、勘弁してくれよ…
32÷4くらい解けるわ!算術の授業も、国語の字の書き取りも、簡単すぎる。もう一度小学生になった気分だ。
・・・実際なっているんだけどな!
はあ、この寺子屋で役に立つのは歴史の授業だけかもしれない。ちょっと復習でもしておこうか。
俺はこっそりと算術のノートに歴史の授業で使ったノートを重ねて読み始めた。
ふむふむ・・・。
ここは“幻想郷”という場所で、外の世界と“博麗大結界”で物理的に隔離されていると。それでその中で人と妖怪が住んでいる…。
んーなるほどね。でもまだ妖怪を間近で見たことないんだよなー。紫さんたちは置いといて。うーん。
ノートを見ることに集中していたが、急に頭を掴まれた。
慌てて前を見るとそこには一体の修羅。
「蓮夢?今は算術の時間だが?」
「い、いやだなー、慧音先生。授業の復習ですよ!」
「そうだな復習はいいことだ。だがそれは他の授業中にやるものではないぞ?」
ぐいっと頭を引き寄せられる。まずい。だが諦めず弁明を、思いつく限りの言い訳を!
「せ、先生の歴史が私、好きなんですよー!だから、教えて欲しいなーと思ってですね…」
「ああそうか。それは嬉しいな。なら後でみっちりと教えてやるぞ」
そう言って慧音先生は顎を引いた。・・・来る!
「後でじゃなくて今教えッッ
ガツン!とおよそ頭突きの威力を超えた頭突きをくらった。視界がぼやけて、傾いた。
薄れゆく意識の中で先生が「やりすぎた」と呟いていた。
白い、白くて何もない空間だ。体は水の中にあるようにふわふわとして動かせない。
やがて徐々に白い空間が、色づき始め様々な形を構築していく。現れた形は住み慣れた神社の中だった。居間で母さんと紫さんが何やら話している。
『霊歌、あの子の処理はどうするの?』
ああ、これは。あの時か。
『紫!その言い方は無いでしょ!』
確か、霊夢の寝相で起こされて、
『だって、しょうがないじゃない?霊夢が優秀すぎたわ。あの子の才能は目を見張るものがある。比べて蓮夢は博麗の巫女としては普通ね』
二人の話を、廊下に隠れて
『普通なら処理とか物騒なこと言い出さないで頂戴』
聞いちゃったんだっけ。
『博麗の巫女は一代に一人。あなたが忘れる訳は無いでしょう?』
『…わかってるわよ。でも、決めるのは早いんじゃない?蓮夢の資質は霊夢も凌ぐって紫、あんた言ってたわよ』
『そうねえ。資質はあったけどそれを使う才能が無かったわね。まったく宝の持ち…
バァンと机を叩き、母さんが紫さんの言葉を中断させた。その雰囲気は剣呑としていて今すぐにも紫さんと戦闘を始めそうだった。
自分に向けられた怒りではないとわかっているのに足がすくんでしまう。
そして俯き加減で母さんは言葉を紡ぐ。
『…それ以上言ったら。紫、あなたでも』
それを見ても紫さんは飄々とした態度を崩さない。
『あらあら、そんな物騒な空気出さないで頂戴な。怖い怖い』
『・・・』
『そんなに怖い顔しないで欲しいわ。何もすぐに蓮夢をどうこうするわけじゃないの。あの子も可愛く見えてるしね』
『だったら』
『ただ霊夢が蓮夢にくっつき過ぎている。まるで本当の姉妹みたいにね。だけど、博麗の巫女になるものとしてそれはよくない。だから少し二人を離す必要があるわ。霊夢は嫌がるけど蓮夢は物分りがいい子だからうまくいくと思うわ』
『なにする気よ?』
紫さんは口元を扇で隠し胡散臭く笑っていた。
『ふふっ、私に任せなさい」
そしてこちらを見て口を開いた。
『で、蓮夢?こっちにいらっしゃい?』
いきなり呼ばれて心臓がドキリと高鳴る。俺は逃げようと、聞かなかったことやしようと、足を動かそうとしたけど、次の瞬間、床に裂け目が広がって・・・
「ーっ!?うわッ!?」
「おっ起きたか蓮夢。大丈夫か?うなされていたみたいだが…」
ああ、さっきのは夢か。体を起こすと目の前には心配そうな、申し訳なさそうな顔をした慧音先生がいた。
「すまなかった蓮夢。少しやりすぎてしまった。痛みは引いたか?」
だったら頭突きの罰をやめてください…。とは言わずに頭突きされたであろう額を触っても痛みは無かった。
「大丈夫ですよ慧音先生。痛みは無いです」
俺の返事を聞き先生は胸をなでおろした。
「そうか、良かった…」
「先生、授業は?」
「今日の授業は終わりだ。辛いならもう少し休んでいってもいいぞ?」
「いえ、大丈夫です。じゃあ帰りますね」
そう言って俺は教室に置いてある荷物を取りに行った。授業が終わり生徒たちがいない教室はやけに静かだった。
「さよーならー先生」
「ああ、気をつけて帰れよー」
「はーい」
先生に別れを告げて寺子屋を後にした。
寺子屋を出て、夕方の買い物客で賑わう通りを抜けて人里の出口へ向かう。人里の景色はやけに古めかしい。
最近ようやく飛べるようになったけど人里はなるべく歩きたい。タイムスリップした気分に浸れるからだ。
人里の端の方に来て人通りも少ない場所で中空を見上げる。徐々に集中力を高める。
体が浮き始め自分の身長の半分くらいまで浮いた時だろうか。
「隙あり!!」
「痛っ!?」
脇腹に何かがぶつかり俺の体は撃ち落とされた。衝撃が来た方向に振り向くと金の髪色をした俺や霊夢と同じくらいの背の少女がいた。
少女は右手に持っていた八卦炉を構え直す。
「ここであったが百年目だぜ蓮夢!」
活発な少女に対し俺は幾分かテンションを下げて応える。
「使い方間違ってるよ魔理沙。それに私今日はもう疲れてるんだけど…」
「蓮夢、昨日も同じ事言ってたぜ。そういうのをぼけって言うんだぜ」
失礼な。何を言ってるんだこの目の前の少女は。少し苛立ち俺は戦闘の準備に入る。
「私はまだそんな年じゃないわよ!」
俺の戦闘態勢に気づいたのか魔理沙はニヤリと口角を上げた。
「おっやる気になったか?それじゃあ行くぜ!」
二人の少女は力を高め、それぞれ弾を創り出す。
「今日も一日一勝負!開始だ!!」
瞬間、二人の力がぶつかりあった。
魔理沙とーじょー!