博麗転生譚   作:ヒフカ

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第二十二話

「待った、いったんストップ!」

「はい?」

 寒空の下、珍しく焦った声が藍さんから出た。俺が結界の管理に取り掛かってすぐにだ。

 

「蓮夢、そうじゃなくて。結界を引き直すんだ。緩めてどうする?」

「えっ、緩めてたの私?」

「そうだよ。まあこればっかりは感覚で覚えるしかない。うーん……そうだ、蓮夢が人里の寺子屋に通っている頃だったか、ちょっとした結界の張り方を教えただろう?あれの少し応用みたいなものだ」

「えーと、つまり…?」

「全身に力を込めてそしてその力を地面や木々、ひいては幻想郷全体に溶かし込む感覚だ」

「……もう少しわかりやすい説明とかない?」

 俺の言葉に藍さんは頭を抱える。当然だろう。かれこれ同じような説明を二、三回繰り返している。

「…すまない、これ以上わかりやすい説明は今は思いつかない」

「そう…」

「まあとりあえずやってみよう。今度は私もサポートするから」

「…わかった」

「あ、でも力みすぎるなよ。あんまり雑にすると結界の綻びが余計に酷くなる」

「はーい」

 

 

 水面に波紋が広がるように円が自分の足元から徐々に広がる。幾重にも輪をかいた不思議な模様。さっき藍さんに習ったように霊力を込めると足元に広がった。この陣というか術式が展開されてわかったことは結界の具合がなんとなくだがわかる。そんな気がした。全く確証なんてないけれど。

 新しく生を授かってとっくに何年も経っているが霊力なるものを扱うこの感覚はどうしようもなく慣れない。そりゃ前世はそんな力あるわけがなかったし。つまり、どういう風にこの足元に広がった術式が発動しているだとかそもそも霊力をどうやって出しているかとか理論的なことは正直よくわからない。

 そういえば随分久しぶりに結界とか霊力とかそういう類の物を扱う気がする。

 でもこの力を使いすぎると動きすぎた時みたいに筋肉痛とかで疲れがでるんじゃなく体の芯から力が抜けるような、そんな奇妙な疲労感が体を襲う。風邪引いて怠くて体が重くなるようなそんな違和感だ。多分この作業したあともなるんだろうなあ。

 この疲労感に慣れるのはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒さで箒を握る手が痛い。はあ、いつになったら春が来るんだか。さっさと花見でもしたいぜ。

 

「ああー寒いな。こんな寒いのはおかしいぜ」

「寒いのは当たり前じゃない。雪降ってるんだもの」

「いや、そういう意味じゃなくてこの時期に雪降ってる時点でおかしいだろ」

 

  博麗神社を出発してすぐ、やっぱり変わらない寒さに嫌気がさして思わず口からこぼれた私の呟きに反応してきた霊夢と言葉を交わす。

 

「何よ、今は冬でしょ?」

「あー?何言ってんだ、今は春だぜ」

「この景色を見て春って言う奴はいないわ」

「霊夢は景色の前に暦を見ろ」

 まったく、本当だったら今頃は博麗神社で花見でも楽しんでたってのに。雪見は飽きた。花見がしたい。

 しばらく飛んでも辺りは白一色。そんな白の景色の中に私らと同じく宙を飛ぶ青い影が近づいてきた。

 

「やい、そこの三人!ここを通りたくば私に倒されてからにしろー……ってわああっ!?」

 

 その影が前に会った氷精、確かチルノとか言ってたっけ?と分かる頃にはナイフが飛びお札が追い、閃光走って瞬く間にあいつを落とした。

 おっかないなこの二人。まあ私も攻撃したが。

 

「まったく、ただでさえ寒いってのにあいつが出てきてもっとさむくなった」

 先頭を飛ぶ霊夢が何やらぶつくさと呟いている。内容は多分さっきのやつのせいで寒さが増したとかそんなところだろ。

 

「あら?あの妖精、普段はウチの近くの湖にいたと思うけど」

 

「知らん。長く続いた冬に喜んで舞い上がってたんじゃないか?寒いの好きそうだしさ」

 咲夜のこぼした疑問に私は適当に返事をして霊夢を先頭にこの白く寒い春を飛ぶ。

 ……実際どうなんだろうな?やっぱ氷精だし冬の方が力が出るんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、もういいぞ蓮夢。とりあえずこの辺は終わりだ」

「ん、わかった。……あー疲れた」

 藍さんの合図を聞いて力を抜く。集中していた意識が分散していっていくうちにじっとりと湿った髪が首筋や頰に張り付いているのに気づいて手で払う。だけどまたくっついてくる。

 男だった前の生の記憶を思い起こしても自分はなったことはない…と思う。他人がなっているのを見ただけだけど実際に自分の身にもなるとこれが結構鬱陶しい。あーもう、雨とか雪とかで湿るとすぐこうだ。これは昔はなかった感覚の一つ。ペタペタと張り付いて手で払ってもそのうちまたくっついてくる。風呂上がりの湿った髪とは違う不快感を覚える髪の湿り。帰ったらちゃんと乾かさないと。

 

「まあ当たり前だが修行は必要だな」

 濡れて鬱陶しい髪の毛を弄っていたら声がかかる。

「あはは、そりゃあね」

「強制はしないし、蓮夢が良ければだが結界の管理の修行でもつけてやろうか?」

「あ、修行つけてくれるの?じゃあお願い…」

「なーにをしてるのかしらー?」

「ひゃあ!?」

 後ろで鈴を転がすような声と同時にパン!と唐突に背後から両肩を叩かれて素っ頓狂な声をあげてしまった。あわてて後ろを振り返ると藍さんと同じような色の金髪が視界に入る。

「ふふっ、びっくりした?」

 どうやら犯人は藍さんの主である紫さんのようだ。

「紫様。あんまり蓮夢を驚かさないでください」

 と慣れているのか驚くようなことはなく呆れた声を藍さんは出した。

「ごめんなさいね、蓮夢は霊夢と違って簡単に驚いてくれるからつい、ね?」

 

 何もないところからいきなり出てくれば誰だって驚くだろと思う。

 

「…ていうか紫は寝てるんじゃないの?このくらい寒いと」

 俺が言うと紫さんはこっちを見ながらわざとらしく考え込むふりをして言葉を紡ぐ。

 

「うーん、だれかさんが結界を下手に弄るから起きてきちゃったわ」

 

「う、ごめんなさい」

「ああ、別に気にしなくていいわ、蓮夢は修行なんてほとんどやっていないのだし。それなの結界の管理を手伝わせようとした藍にその責任はありますわ」

 いきなりの飛び火にえ、と藍さんは呟いた。それを耳聡く聞いた紫さんはさらに言う。

 

「え、じゃないわよ藍。寝直す前に藍には少しお説教ね」

「紫様!?」

 有無を言わさず紫さんはこう続けた。

 

「と言うわけでごめんなさいね蓮夢。少し藍を借りるわ」

 

「え、あ、うんどうぞ?」

 

 俺が返事をする前に藍さんは既にスキマに飲み込まれていた。

「大丈夫、今日は結界の管理の手伝いはもういいわ。あと藍の代わりに橙を付けるから」

 

 今この場は紫さんがペースを握っていた。ぼーっとしているうちに次々と話が進んでいく。あ、橙がスキマから落ちてきた。

 

「わ!?何!?って紫様?どうしたんです?」

 

「橙、少しいいかしら?ちょっと訳あって藍にお話しがあるからその間蓮夢の護衛をしてあげて」

 

「はい、よくわからないけど、わかりました!」

 妖怪の成長は遅いのかそれとも式だからなのか昔と姿が変わらずの橙は紫さんの言葉に元気よく返事をしてこっち見る。そういえば橙と最後にあったのは三、四年くらい前だっけかなあ。

 

「久しぶり、橙。背、縮んだ?」

 昔は背の高さは同じくらいでよく背比べとかもした。けれども今ではすっかり見下ろせる。少し腰を屈めて目線を合わせてからかってやると橙は見た目相応、年不相応に頬を膨らませた。年不相応っていっても妖怪の年のとり方は知らないけど。

「む、うるさいよ蓮夢。そっちが勝手に伸びたんでしょ!ずるい!」

「へへへ、ごめんね。こ〜んなに伸びちゃって」

 

 そんなことを言って橙の頭を撫でた。なんだか橙は年の離れた妹でも相手にしている感覚だ。

「はいはい、仲がよろしいようでよかったわ」

 と俺たちのやり取りを見ていた紫さんはそう言ってスキマを開いた。

 

「それじゃ蓮夢、寄り道はしてもいいけど風邪をひく前に帰りなさいねー」

 そんな言葉を落とした微笑みはスキマに消えていった。

 

 

 ……スキマで俺を直接帰すという方法は無かったのかという疑問は心の中にしまっておくことにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、少しお話しをしましょうか藍?」

 

 宙に目が浮かび万人に聞けば万人が不気味と言いそうなこの空間。人智およばぬその中に一組の主従が平然と歩く。

 

「霊夢ならわかるけどなんで蓮夢が結界の管理を?」

 問うは主。

「いえ、霊夢が面倒くさがったところを蓮夢が代わりにやると言ったので…」

 答えるは式。

「それじゃダメでしょう。博麗の巫女は霊夢だけなんだから霊夢にさせないといけません」

 主は困ったように額を抑え自らの式神に言った。

「それにしてもあの子も困ったものね面倒くさがりになっちゃって。誰に似たのかしら?」

 その主の言葉に式は苦笑する。

「霊夢の面倒を主に見ていたのは先代巫女と紫様では…」

 

「……そうね。まあいいわ、蓮夢が結界の管理をする前に修行をつけてあげなさい。ただ博麗の巫女は霊夢。これを忘れないこと」

 

「わかりました」

 

「はい、お説教ともいえないお小言はお終い。藍、寝直す前にちょっと何か食べたいからお願いね」

「かしこまりました。紫様」

 

 やがて言葉を交わした主従はその空間から姿を消した。スキマの中に残ったのは静けさとやはり不気味な目玉が浮かび上がっているだけであった。

 





話の骨組み的なのはとっくに完成してても肉付けがうまくいかなくて遅くなってます。難儀。

博麗大結界の管理のシーンの描写とかは完全に作者の想像で勝手に書いてます。

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