知らないようでいて知っている。経験したことがあるようで無い。目の前の道にはそんな変な感覚を抱かせる景色だった。
目の前に伸びる道は夜の闇に包まれているのだが光が落とされていて前が見えないことはない。足元は明るく、だが視線を前に戻すと目の前は薄く黒を塗ったような景色。そんな昼夜入り乱れた中、一歩目を踏み出した。
足裏に伝わってくる感覚はとても固い。土、ではない。かと言ってうちの神社の石畳の感触とも違う。普段の地面とは少し違って固くて黒くて、そして平坦な道だ。
しばらく歩いていると眼前には人里では見たことないような造りの、背の高い建物が乱立していて天を衝くかのようにそびえ立っている。
前を見ても後ろを見ても横を見ても。久しくこんな大きな建物は見てないから自分が小さくなったように錯覚してしまう。
さらに建物一つ一つが光を放ち、真っ暗になるはずの夜に反抗しているかのようだ。これも人里では見ない光景だ。
目が回りそうな幾何学模様のように見える景色から視線を切って首を持ち上げると、空には蜘蛛の巣のように線が引かれてる。
頭上には太陽や月の光とも違う光源、周りに建っている建物と同じ質感の光が地上を照らす。その光は陽の光のように暖かみはなく、無機質だがどこか懐かしい、浴び慣れたような光であった。
もう少しその光を見たいと思って夜の光に群がる虫のように歩を進めると───
「おーきーなーさーーい!」
「いたたたっ!?」
いきなり後ろ髪を引っ張られて痛みが走った。
「な、なに?」
突然のことに混乱して虚空に疑問を投げると返事は頭上から返ってきた。
「コタツの中むで大の字に寝ないで。狭いんだからもう少し詰めなさいよ」
「霊夢?」
「はあ、もうすぐお昼になるっていうのに…まだ寝ぼけてんの?どきなさい」
「夢…?」
今いるここは夢か現か、状況を把握しかねていると霊夢が呆れた顔をして俺をコタツから引きずり出した。
「ちょちょちょっと待って」
「いいから一旦出て眠気でも飛ばしなさい。
あ、ついでにお茶お願い」
「なにそれ!?」
霊夢が言うにはどうやら俺は寝ていたらしい。それもコタツの中で大の字で。
確かに邪魔だったと思うけどいきなり叩き起こされ有無を言わさず引っ張り出されたことについては不服だ。
というかいいようにお茶出しに使われたな。
ささやかな抵抗として不満気な視線を送り俺は霊夢と自分の二人分の茶を淹れて霊夢の対面に腰を下ろした。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
「それにしても髪の毛引っ張らなくたってよかったじゃないの…」
お茶とついでに起こし方の文句も垂れると霊夢も同じように文句を言ってきた。
「あんた昔っからこうでもしないと起きなかったじゃないの」
「えー?そうだったっけ?」
「そうよ、本当に起きないんだから」
「まあ、寝る子は育つってことで…」
「あっそ」
お茶を一口、ゆっくり啜り目が覚めてきた体に入れて。やけに鮮明に見ていた夢を思い出す。夢にしては細部まで形作られた夢。もはや懐かしみを感じるぐらいの景色。あれは夢と言うより、思い出…?
「…どうしたのよ蓮夢、ぼーっとしちゃって」
と物思いに耽っていたら霊夢が不思議そうな顔してこっちを見てくる。なんでもないよと思考を切ってまた俺たちは二人、コタツでのんびりとしながら適当な会話をし始めた。
やけに長く降る雪の所為で参拝客が来ないわとの愚痴にもとからお客なんて来ないじゃんとツッコミを入れたりしたと思ったら
「霊夢〜、お昼ご飯作ってー」
「いや蓮夢こそ作って、私はここに居たいから」
「そんなの私もだよ…」
昼食の準備をどっちがやるかで揉めたり。
特にやるべきこともなく今日という日の昼下がりにさしかかった頃それは起きた。
カランカンカラン
「ん…」
そう、それは昼下がり。部屋の中にいればちょうど睡魔が襲いかかる時間帯にその音は不意に博麗神社に響いた。
「…聞こえた?」
その音に耳ざとく反応した霊夢がこちらを見る。俺は大きく首を縦に振った。
「もちろん」
最後にこの音を聞いたのは何時だろうか。いや、聞いたことが無いかも知れない。乾いた木と金属がぶつかり合って生まれるあの音を。
銭は投げ込まれた。
目の前にいた霊夢はおもむろに立ち上がる。そして小声で俺にも立つように命じた。
「蓮夢、行くわよ」
「え、どこに?」
「どこって決まってるしゃない、せっかく来た参拝客。歓迎すればまた来てくれるわ」
「そ、そんなものかなあ?」
返してる間にはもう小走りで音の発生源に向かう。慌てて俺も後ろからついて行くとすでに霊夢は勢いよく戸を開けていた。
「うちの素敵なお賽銭箱にお賽銭をくれたのはそこのあなたかしら?よかったらあったかいお茶でも飲んでいかない…って」
外にいたお客さんを見て霊夢は少し顔を顰めた。参拝客にその態度はいかがなものかと思うが後から追いついて俺も外を覗いた。
「おお、どうした二人とも、そんなに慌てて出てきて」
外にいたのは青い中華風な服に目立つ九本の尻尾を揺らしていた藍さんだった。
「で?どうしてうちに来たのよ」
上がって来た藍さんにもとりあえずお茶を出して一息。参拝客じゃなくて霊夢はがっかりした様子でぶっきらぼうに用件を聞く。
「ああ、そのことなんだが少し頼みたいことがあってだな」
頷いて、出したお茶に口をつけてから藍さんは口を開く。
「結界の管理を手伝って欲しいんだが」
それを聞いて霊夢はさっきよりももっと面倒くさそうに姿勢を崩す。
「結界〜?こんな寒い中?だいたいそれ、紫やあんたの仕事でしょ?」
「…あのな、巫女の仕事は妖怪退治や異変解決だけじゃないんだぞ?結界の管理も仕事の一つだ」
面倒くさがる霊夢に、困った顔をして藍さんは言う。だけど、多分霊夢やる気ないな。
「いやよ面倒くさい。外雪降ってるし報酬ないとやってられないわ」
やっぱりね。にべもなく藍さんの頼みを切り捨てて霊夢は湯のみに手を伸ばす。こうなるともう動く気はないだろう。しかし藍さんも引き下がらずに反論する。
「報酬ならさっき賽銭箱に入れた、そもそも今は本当ならこの頃はもう花見をしてるくらいの時期なんだが。異変解決も疎かにしてるのでは……」
「あー、あー藍?多分霊夢動く気無さそうだし代わりと言っちゃなんだけど私が手伝おうか?」
話が長くなりそうな上に不毛なやりとが続く気がしたので二人の話に口を挟む。すると意外そうな顔をして藍さんはこっちを見た。
「そうか、蓮夢がいたか。ふむ。…昔教えた結界の張り方は覚えてるか?」
「昔、藍がうちに来てた時に教えてくれたあれ?最近は使ってないけど一応覚えてるよ。身を守るのには便利だし」
右肩の傷跡を見てあの時のことを思い出す。結界の張り方覚えてなかったら二人とも危なかったかもだしなあ。
俺の言葉を聞いて藍さんは大きく頷いた。そしてこう頼み事をしてくる。
「じゃあ蓮夢にお願いする。いや、助かるよ、少しだけだったがお前にも修行をつけておいてよかった」
「どういたしまして。ちなみに私はどうすれば…」
「ちょっと待った」
話もまとまりちょっとした打ち合わせをしようとした時横から声がかかる。
「蓮夢がやるなら私がやるわよ。あなたは無理しなくていいわ」
少し不安気な顔をして霊夢は俺を見た後そう言った。
「いや、私がやるよ。霊夢ばっかり妖怪退治とかで働いて私だけ特に何もしないのも悪いし」
できるだけ安心させるように霊夢に話す。実際、霊夢は時折里の依頼で妖怪退治に出たりと大変だと思う。それの手伝いはできないけど少しくらいは霊夢の負担は軽減させたい。そう思っていた。
「それに別に妖怪に襲われたりとかはしないでしょう?もしそんなことがあっても藍が守ってくれるだろうし」
と、藍さんにも話を振ってみる。藍さんも頷いて説明をした。
「そうだな。妖怪退治に比べればさほど危険はない」
「ほら、藍もこう言ってるし、大丈夫だって」
「……わかった」
不満気なのは隠れていないが了解は得たのでとりあえず俺は結界の管理をすることになった。
明日の朝もう一度来て説明するらしく藍さんは『邪魔したな』と言って神社を出て行った。
急な来訪者もいなくなりまた二人だけの時間が戻る。静かになったこの部屋で霊夢は口を開いた。
「…ねえ」
「なに?」
「お願いだから無理はしないこと。怪我もしちゃだめ」
今だ心配をする霊夢に思わず苦笑して返事をする。
「はいはい、わかってるよ。何度も言うけど、大丈夫」
そう言って俺はまたコタツに潜りこんだ。
季節は春。例年通りならば冬が過ぎ、重く地面に敷かれていた雪の布団は陽気に剥がされ新たな芽が吹く頃。桜色の吹雪が舞うはずだが未だ幻想郷は白い吹雪が我がもの顏で舞い続ける。
待ち望む春はまだ遠く。
感想などでご指摘いただいて確かにと思ったのでここに書いておきます。この博麗転生譚の中での紅魔郷の流れを少し。自分も読み返したら確かに端折り過ぎた感じになってたんで書いておきますね。
まず魔理沙が先に異変解決しに行く
↓
一面を飛ばしていきなり二面へ
↓
霊夢が後から出発する
↓
ルーミアと遭遇。(霊夢は初対面なので反応なし)
↓
魔理沙二面突破、霊夢一面突破
↓
三面あたりで合流?
…という感じの流れは一応プロットにも書いてあったんですがどうにもうまく書きまとめられなかったので端折ってしまいました。わかりずらくしてしまって申し訳ございません。後の方の話で本文中でもこの辺の流れに少し触れようかなぐらいに思っています。