山の向こうに日が落ちていく。だんだんと空は赤色に暗い青が混色して夜色に染まりだした。
今日も今日とて他愛もない話をのんびりと。それぞれ暇を持て余した者たちと一緒に暇を潰しあって本日も何事もなく一日が終わっていく。
「…そろそろ帰るかあ」
最後まで残っていた魔理沙が軽く伸びをしてそんなことを呟いた。
「んー、じゃーね」
「おう、蓮夢。霊夢もまたな」
「はいはい」
そうして外へ出た魔理沙を見送りに俺も立ち上がる。
「お?お見送りかい?」
後ろから来た俺に気づいたのか魔理沙は振り返って笑みをこぼした。
「うん、なんたって魔理沙様がお帰りになられるからねえ?」
冗談めかして言うと魔理沙も同じようにふざけた。
「そうだな〜なんたってこの魔理沙さんがお帰りになるからなあ?」
そう言って魔理沙は神社の中を指さす。
「?」
意図を理解できずに首を傾げてみせると目の前の彼女ら尊大な演技をして偉そうに言う。
「それだというのに見送りはたった一人だけか?」
「おっと、これは申し訳ございません。今すぐ連れてきますね」
魔理沙の意図を理解して口の端をつりあげる。
小走りでさっきまでいた部屋に行くと未だに霊夢は茶の残りを啜っていた。俺は部屋に入るや否やそんな霊夢の腕をとっ捕まえて引っ張った。
「ちょ、ちょ、ちょっと!?」
腕を引っ張られて無理矢理立たされた形になった霊夢は戸惑いの声を上げているけどそんなものは無視してどんどん引っ張っていった。
「離し…なさいって!」
ちょうど外に連れ出したところで霊夢は強く腕を振って俺の手を剥がした。
「なによ急に蓮夢!」
不機嫌そうに口を開く霊夢をよそに俺は魔理沙に声をかける。
「連れて来たよ魔理沙」
「ふっふっふ、でかした蓮夢」
さっきの演技を続け不遜な態度を崩さない魔理沙はうむ、と頷いた。
「…なに?用があるのはどっち?」
尋ねられた問いに対して魔理沙の答えは予想だにしないものだった。
「いや?どっちも特に用は無いぜ?」
霊夢の眉がぴくりと動く。…これは少しイラついてるな。
「いやー少し蓮夢とおふざけしてただけ…う」
霊夢の苛立ちに気づいたのか魔理沙の表情に少しの笑と焦りがみえた。そして慌てたように箒に跨り宙に浮く。
「じゃ、じゃーな二人とも!また来るぜ!」
最近とんと日の入りが早くなった。さっきはまだ薄暗くなり始めだと思っていたのにもう結構暗い。ほっと息を吐くと白い煙が上がる。寒さも十分だしぼちぼち降り出す頃かなあ、雪が。
「で?なんだったのかしら?私のくつろぎの時間を妨げた理由は」
季節の情景に目を逸らしていたら肩を叩かれた。
「いやいや、ほんとに魔理沙が言ったとおりふざけてただけだよ?」
「それがなんで私にもくるのかしら?」
「え、えーと…成り行き?」
俺の答えに霊夢は面倒くさそうに肩をすくめた。
「はあ…まあいいわ。あんたらのおふざけも慣れてるし。じゃ今日のお風呂は私後ね」
「ええっ、じゃんけんじゃないの?」
「蓮夢も私がこう言うのわかってたんでしょ?なら別にいいじゃない」
「わからない、わからないなー」
「あっそ、じゃあこれは私のおふざけだと思ってくれていいわよ」
そう、我が家では先に風呂に入った者が夕飯を作る。すなわち後から入る方が出てくるまでに作らねばならないし、自分が湯に浸かりすぎると比例して夕飯も夜遅くになるからゆっくり湯に浸かれないのだ。この役割はどっちもめんどくさがったためにいつもはじゃんけんで決めてたけど今日は違う。
一番風呂。いい響きだけどウチでは必ずしもいいとは限らなかった。
「ほらほら、急ぎなさーい」
「はいはい…」
してやったりの顔した霊夢に見送られ俺は風呂に急いだ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
すっかり辺りには夜の帳が下りて真っ暗。夕餉も終わり手を合わせたら後は寝るだけ。
「明日の、予定は」
「野菜が減ってきたから買いに行ってくる」
「ん、わかったお願い」
明日のやることなんかを確認して二つ並べた布団の片方に潜る。といっても明日もやることなんて特に無いんだけどさ。
二人とも布団の中に入ったのを確認して俺は灯りを消した。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
真っ暗になった部屋。冷える夜はこうして二人布団を並べてよく寝る。そうした方があったかいから。
それでも足先なんかは寒い。あったかくなるのに時間がかかる。だから俺はその足を…隣の布団に突っ込んだ。
「ひゃっ!?」
「へへ、やっぱり霊夢は体温高くていいなー」
「こら、蓮夢!やめてって言ってるでしょ。いつもいつも」
そんなこと言っちゃって、別に追い出さないくせに。まあ、それがわかっててやってるんだけどさ。霊夢の暖かい足から温度を奪って満足してると霊夢の体制が変わった。
「こうなったら…こう!」
「いっ!?いたい、いたい!」
布団の中で器用に動いて霊夢は俺の足をきめた。予想外の反撃に面食らって情けない声をあげてしまった。そんな俺に声がかけられる。
「どお?これで懲りたかしら?」
「わ、わかったよ。勘弁して」
「うむ、よろしい」
足の拘束がゆるめられすごすごと自分の足を自分の布団に戻そうとすると今度は痛くない程度に足を絡めて来た。
「霊夢?戻れないんだけど…」
「ふふっ、どうせまたやってくるでしょ?だから、この足は没収」
「ええ…」
暗くてよく見えないけどきっと霊夢はいい笑顔に違いないな。想像できる。俺の身動きを奪って何がしたいんだか。
「さ、変なことやってないで今度こそ寝ましょう?」
「このまんま?」
「何言ってるのよ、当たり前よ」
「あーはいはい、わかったわかった」
「じゃあ今度こそ、おやすみ」
「ん、おやすみ」
真っ暗になった部屋にもう一度声が響くことは無かった。
「って思ったんだけどさぁ…」
肩の痛みに起こされて、ところ変わって台所。水を片手に薬を飲んですっかり覚めてしまったこれをどうしようか悩んでいた。
「霊夢もごめん、起こしちゃって」
すぐ隣で寝ていた霊夢も俺の動きで起こしてしまった。申し訳ない。それでも霊夢は眠そうな目をこすりながら俺を薬が置いてある台所まで連れてってくれた。
「蓮夢が気にする必要はないわ。それよりも大丈夫?痛みは」
「うん、おかげさまで。マシにはなってるよ」
けれどもなんだか暑い。傷が熱を持っているのかそれとも。なんだかこのままでは寝れる気がしない。
「蓮夢?どこ行くの?」
少し縁側に出ようとすると後ろから声を聞く。その声に振り向いて答えを述べた。
「ちょっと縁側で風あたってくる。なんだが暑くてさ、霊夢は先に寝てていいよ」
「いや、いいわ。私も付き合う」
「え?いいって大丈夫だよ」
「御生憎様。私もちょっと外に出たかったのよ」
「…そう」
霊夢に押し切られる形で姉妹二人、縁側に向かった。
「う〜、寒い…」
「だから大丈夫だって言ったのに」
案の定無理をしていたのだろう。外に出て十分くらいで霊夢は寒がりだした。
「いや、寒くないわ…」
「私のために無理しなくていいから!布団に戻りなって」
俺の警告を聞いても霊夢は戻らない。それどころか俺と目を合わせて強めの口調で俺に問うた。
「だったら!蓮夢は私に隠して無理していることはない?」
「っ…」
言葉が詰まる。真に問われたその言葉は俺の言葉を止めた。
「…特にないよ」
「あらそう、だったら私も無理してないわ」
「…そう」
「うん?」
そうして再び並んでぼんやりと闇を眺めていると不意に月明かりに照らされて何かが舞った。
まさかと思って手を開いてその白銀のかけらを掌にのせると手に冷たさを伝えてじんわりと溶けた。
「どうしたの?」
急に手を伸ばした俺を不審に思ったのかとなりから声をかけられる。
「…初雪」
「えっ?」
「初雪だよ」
辺りを白く染める雪。その年初めての雪が降った。
幻想郷が冬に包まれる。その第一歩が今日、この時始まっていた。
ちょっとしたお知らせを。私ごとですが事情により冬ごろまで投稿ペースがガクンと落ちます。
とりあえずそれを伝えたいです。