暑かった夏も終わりを迎え、僅かな残暑と心地よい秋風の吹く空の下、博麗神社の上空では紅白の巫女と黒白の魔法使いがいつものように弾幕ごっこに興じていた。
霊力弾や御札、魔力弾が飛び交う上空、俺はのんびりと縁側に腰掛けそれらを眺めてのんびりとお茶を啜っていた。
魔符『ミルキーウェイ』!
「おおっ」
二人が弾幕ごっこを始めて少し経ってからまず魔理沙がしかけた。魔理沙の宣言とともに星型の弾幕が展開された。
序盤の撃ち合いとは比べものにならないほどの密度の弾幕が展開されたのだが思わず声が出るくらい綺麗なものだった。
「…」
しかし霊夢も負けてない。四方八方放たれた弾幕を前にしても表情一つ変えずに飛び込んでいく。目の前に飛んできた星をスルリと抜けてさらに続く弾を細かく最小限の動きで躱す。見ててひやひやするくらいギリギリを通っているのに当たらない。
俺は霊夢たちが弾幕ごっこをしているのはたまにしか見ないけどなるほど異変を解決してくるだけの実力を持っているんだろう。二人ともすごい実力だと思う。
「くそー、やっぱりこんくらいじゃだめか!」
さっきの攻撃の時間が切れたのか弾幕が収まった中心から魔理沙が悔しそうな表情を浮かべていた。
霊符『夢想封印』
今度は霊夢が放つ弾幕が魔理沙を襲う。霊夢が撃ったのは大きな霊力の弾だ。
放たれた霊力弾は魔理沙の動きに合わせて追尾していた。
そこで魔理沙はさっきの霊夢とは対照的に素早い動きで大きく動いて弾幕を避けていた。一つ弾が飛び込んでくるのを引きつけて大きく避ける。大きく右へ、今度は左。くるくると手慣れた様子で魔理沙も次々と弾幕を回避していった。
「へへん、どうだ霊夢!」
夢想封印を躱しきって目の前の魔理沙が自慢げに胸を張っている。そして下を見下ろせば私たちの弾幕ごっこをのんびりと眺めている蓮夢がいた。
…羨ましいわね。私もお茶でも啜りながらのんびりしたいわ。なんだか下を見たらやる気が無くなってきた。なんで私がこんなことしてるんだか。さっさとこの勝負を終わらせたくなって魔理沙にある提案をする。
「魔理沙ー」
「うん?なんだ?」
「この勝負終わりにしない?」
「はあ?」
この素晴らしい提案を耳にした魔理沙は飽きれたような顔をした。なんだろうと思って首を傾げていると不意に魔理沙が魔力弾を一つ撃ってきた。
「おっと」
とっさに位置を少しずらして躱すと続けざまに魔理沙が口を開いた。
「いいぜ!ただし私を倒せたらな!」
「そういう意味じゃないんだけど」
魔理沙からの攻撃がより激しくなった。どうやら交渉は決裂のようだ。
「しょうがないわね…」
集中を高め能力を行使する。さっさと終わらせたいから少し本気をださせてもらうわ。
『夢想天生』
何やら上空で霊夢と魔理沙が話し込んだ後に霊夢がそう宣言した。今度は何が起こるんだと少し楽しみに手元にあった湯呑みを傾けていたが意外なことに霊夢は動かない。
「あれ?」
よく見ると霊夢は目を閉じていた。何やらとても集中しているようで魔力弾が近づいても反応しない。ぶつかる、そう思っていたら弾はそのまま霊夢を通過していった。
「…んん!?」
目の前で起きた現象に俺は信じられなくて瞬きする。しかしそれらは悉く現実であった。霊夢の顔に弾が飛ぶ。…当たらない。胴に、足に、腕に、やはり当たらない。実体が無くなってしまっているようにどんなことがあっても攻撃が霊夢に当たっていなかった。
しかし魔理沙はこの現象に驚くことなくむしろ笑っていた。この状況を愉しんでいるようだった。
そしていつものように八卦炉を取り出す。俺の記憶が確かならばアレをする気だ。
八卦炉に力が集まりそして宣言される。
恋符『マスタースパーク』!!
そうして力は解き放たれた。
昔見た時よりも大きく、広い力の奔流。天を衝くかのような勢いであっという間に霊夢を呑み込んだ。これはひとたまりもないだろう。あの霊夢の状態になんの仕掛けがあるかは知らないけど流石に厳しいのではないか。だがさえも現実は予想を裏切って。
「…嘘だろ」
魔理沙のレーザーが収まった後にも変わらず霊夢はその場に浮かんでいた。そして正確無比な攻撃が魔理沙に始まる。
魔理沙の攻撃は霊夢に当たらず、霊夢の攻撃は魔理沙に当たる。この弾幕ごっこの軍配は霊夢に上がった。
「くっそー!やっぱりそれズルだぜ霊夢!」
勝負がついて降りてきた魔理沙が霊夢に文句を言っていた。
「ズルじゃないでしょ」
「最後のアレって霊夢なにしてたの?」
にべもなく返す霊夢に俺が口を挟む。
「あー、あれはね…」「“夢想天生”っていうまあ霊夢の奥の手的なやつだぜ」
と霊夢が言う前に魔理沙が補足してくれる。簡単に言うと霊夢に攻撃が当たらなくなるみたいだ。…なるほど、魔理沙がズルと言う理由が分かる。
「だから霊夢、勝負にならないから時間制限とかつけようぜ!」
「まあ考えておくわ、それよりも蓮夢ー。お茶ちょうだい」
「はいはい…って霊夢、裾破れてるよ」
さっき掠っていたのだろうか、霊夢の裾が破れていた。俺が指摘すると霊夢も今気付いたようで面倒くさそうに破れた部分を触る。
「あっやったわね魔理沙」
「ええ、私か?」
「他に誰がいるっていうのよ」
「霊夢がギリギリで躱すから悪いんだぜ!」
びしっと魔理沙が指をさす。
「私の所為だって言うの?」
「もちろんだぜ」
確かに非は霊夢にあるだろう。さすがに言いがかりっぽいから魔理沙の言葉に頷いているとそれを見た霊夢は仕方なさそうに腰掛けた縁側から立ち上がった。
「…まあいいわ。ちょっと霖之助さんのところ行ってくるわ」
その言葉を聞いて魔理沙も立ち上がる。
「お、香霖のとこ行くなら私も行くぜ。暇潰しに」
えーと、確か香霖堂だっけ?俺は行ったことないけど。
立ち上がった二人に「あんたはどうする?」みたいな目で見られ、俺も同じく立ち上がる。
「うーん、じゃあ私も行こう…かな?」
「ここが香霖堂?」
霊夢と魔理沙に連れられて三人で空を飛んでいくと魔法の森の入り口にそれは建っていた。瓦屋根のある和風な一軒家。ここは道具屋だという。なんだか不思議な雰囲気の店を前にしていると魔理沙が話しかけてきた。
「そういえば蓮夢は来るの初めてだっけか?」
「そうだよ」
「緊張とかしなくていいぜ、香霖はいいやつだからな」
「霖之助さーん、いるー?」
そうこうしてるうちに霊夢が無遠慮に店のドアを開けた。開いたドアの隙間からはガラクタのような物やどこか見覚えのある物が置いてあった。
「さっ、私たちも行こうぜ」
そう言って魔理沙は俺の手を取って店の中へ招き入れた。
「霖之助さん、ここ、裾が破れちゃったから直して」
「一応僕は道具屋なんだけど…」
店の中は薄暗く品物らしいいろいろなものが所狭しと並べられてあった。
店内には先に入っていた霊夢と誰かが話し込んでいる。会話の内容から察するにここの人なのだろう。
青と黒色の入った服を着て、眼鏡をかけている銀髪の男性が困った顔をして霊夢の言葉に耳を傾けていた。
「あいつが香霖だ」
「へーあの人が」
どうやらあの人が森近霖之助さんのようだ。確か魔理沙の八卦炉とかもこの人が作ったとか聞いたな。
「じゃあよろしくね霖之助さん」
「はあ、わかった。後日取りに来るんだよ」
「はーい」
そう言って霊夢はさらに店の奥へと消えていった。…ってそんな奥までいっていいものなのか。
そう思っているうちに今度は魔理沙がゆっくりと森近さんへ近づいていた。そして世間話でもするかのように気軽に話し出す。
「よーう香霖。繁盛してるか?」
「ああ、君たちが来る前まではね」
「おいおい、私たち以外ここに来るやつなんていないだろう?」
「いや、そうでもないさ」
「嘘つけ」
「本当さ、現に魔理沙の後ろにお客さんがいる」
そう言って森近さんは俺に視線を移した。軽く会釈をしてなにか話した方がいいか考えていると魔理沙がさらに続ける。
「ん?ああ、こいつは蓮夢。霊夢の姉妹の博麗蓮夢だぜ」
「こんにちは、蓮夢といいます」
「こんにちは僕は森近霖之助だ。君のことは霊夢や魔理沙からよく聞いてるよ」
自己紹介も終えて魔理沙は満足そうに頷き霊夢と同じように店の奥へと歩いていった。
「じゃ、香霖、お茶とかもらってるぜ〜」
「えっ」
「あんまり荒らさないでくれよ」
我がもの顏で店内を闊歩する魔理沙は店の奥へと消えていった。森近さんも慣れているようで特に驚きもしていない。
「…いいんですか?」
「うん?」
「あの、二人に勝手に入られてますけど」
「別にいいさ気にしてないよ。あの二人は勝手に自分用の湯飲みも用意してるしね」
…いつの間に霊夢はここにそんなに入り浸ってたんだ。少々疑問も出てくるが気にしないことにしよう。うん。
「まあゆっくり品物でも見てってくれよ」
「うーん、ではお言葉に甘えて」
俺も二人のところに行こうと思ったけど森近さんに促されて店内を見ることにした。
…最初に見た時に思ったけどやっぱりこの店には見覚えがあるものがちらほらとある。…これは昔やったゲーム機。これは壊れてるけど扇風機かな?森近さんに質問すると外の世界の物だと言われた。
幻想郷で俺はこれらを見たことない。だけど俺はこれらを知っている。
この謎の記憶の中にこれはある。
そして俺はある物を手に取った。
「これは…」
瓶に入れられた黒色の液体。懐かしい。素直にそう思った。瓶をじっと見つめていたら霖之助さんから声がかかる。
「それが気になるのかい?それは外の世界の飲み物だそうだ。外の人はよくこんな黒い水を飲もうと思ったもんだよね」
「…森近さん。これも外の世界の物なんですか?」
「そうだよ。時々結界が揺らいだりして外の世界の物がこっちに流れてくるんだ。それを僕は集めてここに置いているんだ」
これは本当にアレなのだろうか。どうしても俺は気になって口を開いた。
「森近さんこれもらっていいですか?お金は後で払うんで」
返ってきた言葉は意外なものだった。
「別にお金はいいよ」
「え?なんで」
「随分前だけど魔理沙を助けてくれただろう?これは僕からのお礼だと思ってくれていい」
「いやあれは私が勝手にでしゃばっただけで」
「僕はそう思わなかった。それで納得してくれないかい?」
「…わかりました。ありがとうございます」
栓抜きで蓋を開けるとパン!と音がする。そして黒い液体の中に泡が立ち込めた。
「いただきます」
一気に口に入れるとその液体は口の中で暴れ出す。バチバチといった感触を舌に伝え、ジュワっという音が耳に響く。甘さと独特な刺激は確かに俺の記憶中の物だった。
「おっ?何飲んでんだ蓮夢?ちょっと私にも分けてくれよー」
蓋を開けた音が聞こえたのか奥から二人が出てきたがその時俺はまったく気がつかなかった。そして俺は夢中で一本の瓶を空にしていた。
「って飲み干しちゃったよ。分けてくれてもよかったろー」
「…蓮夢?」
幻想郷は結界によって外の世界と隔たれている。これは昔、寺子屋で習ったことだ。そしてここで俺が見覚えのある物は外の世界から流れてきたものらしい。ならば外の世界って?
霊夢に体を揺すられるまで俺は二人が目の前にきていたことに気づくことすらできなかった。
本当は紅魔郷EXステージの時の話も書いたんですけどそろそろ自分的にはぐだってたんでカットしちゃいました。難しいものですね。