雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧142話半ば~145話までのリメイクです。どんだけ詰め込んでるんだか。

 では、どうぞ。


~いつか、辿りつく場所~
暗示破りマイスターがいた代償


 《煉獄門》の前でワイスマンを滅した一行は、何故かそこに出現したお笑い担当のギルバートと共にセレストによって開かれた《煉獄門》から脱出した。その場にいた人物たちは疲労困憊だったのだが、このまま何もしないわけにはいかない。セレストが掴んだ《影の王》の居場所へと赴くために一向は準備を始めた――というのを、後にアルシェムは知った。というのも、彼女は精神的負担がかかり過ぎていてぶっ倒れていたからである。ただし気は失っていない。

 そして、その間にひそやかに行われていたことがあった。それは――ケビンやリースと言った星杯騎士達にはばれないように、自分達の状態に違和感を抱いたエステルがジンに依頼することで行われていたことだ。エステルは気づいていたのだ。あの時――カシウスと戦った後に何かをされたことに。大切なことを、忘れてしまっていることに。

 エステルの依頼を受けたジンは、エステル本人とヨシュア、そしてカシウス戦にいたリシャールとアガットとレンに掛けられた暗示を解いた。といっても、レンに関しては自分で解いていたようだが。そうして彼女らは思い出したのである。大切なことを――大切な人に纏わりつくアルシェムの正体を。

 ただ、エステル達はアルシェムの正体を他の人たちに明かすことはなかった。もしそんなことをすれば後で全員まとめて記憶を消される羽目になるかも知れないからだ。それだけは避けたい。

 そうして、エステル達は一人ずつアルシェムの看病と称して彼女に接触することにした。まず最初に接触しに行ったのは、エステル。エステルはアルシェムの看病をしていたクローディアと代わって、もう本棚から情報を引き出せないか――この拠点の本棚を一番うまく『使う』ことができるのはクローディアであるからだ――調べてほしいとお願いしたのである。

 まんまと看病の座を勝ち取ったエステルは、未だ蒼い顔をしたまま寝転がっているアルシェムに問いかける。

「ねえ、アル。アルは――星杯騎士、なの? ケビンさんと同じ」

 その問いを聞いたアルシェムは物凄く長い溜息をついた。エステルの言葉で暗示を解かれたのはもう分かったのだが、それが必要なことだとは分かっては貰えなかったらしい。情報が漏れるだけで問題になるというのに、暗示を解いた馬鹿がいるようだ。星杯騎士とて闇だと、何故分かってもらえないのだろうか。アルシェムは一瞬のうちにそこまで考えた。この状況で暗示を無理やり解けるような人物は――従騎士達にもケビンにも動機はないため――恐らく気功が使えるジンだろう。余計なことをしてくれたものだ。

 アルシェムは目を細めてエステルにこう返した。

「それが、何かエステルに関係ある?」

 それは事実上の肯定だった。否定は出来ない。それは事実なのだから。ただ、どこまでも誤魔化す必要はあるだろう。ブライト家に居候していた間、アルシェムは彼らに星杯騎士としての任務をこなしていたことなど微塵も感じさせたことはないのだから。むしろ気づかせてはならなかったから細心の注意を払った。だからリベール近郊の小さな任務しか回ってこなかったのだ。

 エステルは眉を寄せて問いを重ねた。

「あるわよ。たとえばいつからそうだったのか、とかね」

「わたしにそれを答える義務があるとでも?」

 アルシェムは問いに問いを返した。いつから、なんて答えられるはずがなかった。その答えを告げた瞬間、アルシェムが《第四位》であることが確定してしまうのだから。裏の世界に流布する《守護騎士》の情報の中には、アルシェムの存在はない。もしも《第四位》の情報が流れていれば、前任者の殉職時期とアルシェムの《守護騎士》化の時期が重なっていることに誰かが気付いているはずだ。それをまだ悟らせてはならない。

 エステルはアルシェムの答えに表情を険しくして最後の問いを発する。

「じゃあ、これだけ答えなさいよ。……アルは、ずっとあたし達を騙してたの?」

「……そんなことないよって言えば満足?」

 アルシェムの返答に、エステルは悟った。ずっと、アルシェムはエステル達を騙していたのだと。恐らくアルシェムはカシウスを監視するために送り込まれてきて、自分達は家族だと思っていたアルシェムにずっと監視されていたということなのだと。ヨシュアも似たようなことをしていたが、彼がアルシェムと違うのはそのことを悔いていることだ。アルシェムは、『家族』の監視に何ら良心の呵責はない。

 分かっていたこと、だったのかもしれない。以前アルシェムはエステル達にこう告げた。『わたしの『家族』はカリン姉であり、レオン兄であり、ヨシュア『だった』。そして、共和国のあの人達『だった』。それで十分です』と。つまり、その中にエステル達は入っていなかったのだ。エステル達は『家族』ではなかった。『家族』には、なれなかった。

 エステルは声を震わせ、やっとこの言葉だけを吐き出す。

「……アルの、バカ」

 そして、そのままその場から小走りで去って行った。それと入れ替わるように来たのはリシャールである。ヨシュアはどうやらエステルを慰めているようだ。その光景を見ながら、アルシェムはあの戦いのときの全員分の暗示を解かれたことを察した。どうやら面倒なことになりそうである。本当に後で締める程度では済ませられないかもしれない。

 手持ち無沙汰になってね、と言いながら看病に来たリシャールにアルシェムは問うた。

「で、タマネギ大佐は何が聞きたいわけ」

「タマネギはよしたまえ。……この数年ほど、情報部から情報を抜いていたのは君かね?」

 ああ、そのことか。アルシェムは得心した。確かにアルシェムは情報部から情報を抜かせていた。特務兵たちも人間なのだ。必要悪だと分かってはいても罪悪感には勝てないモノだ。そういう時に縋るのは信仰しかない。故に、彼らは教会に告解に来るのだ。そして、その告解の担当者がすべてアルシェムの手のものだったという、それだけのことなのだ。ぼかして懺悔をしても、いくつもの情報が集まれば真実に近いものが描き出せるのだから。

 アルシェムはエステルの時と同じように答えを返す。

「それが、何か大佐に関係ある? もー情報部の人間でもないのに」

「いや、一体いつから君が《守護騎士》だったのかと思ってね……確かに、君は《身喰らう蛇》の構成員だったようだが、それ以上の技量がなければ我々から情報を抜くことなど出来んよ。故に――君は、カシウスさんに引き取られる前から《守護騎士》だったのだ。そしてエステル君達を騙して潜入していた。違うかな?」

 確かに、アルシェムが《身喰らう蛇》の構成員のままならば情報部の情報を抜くことは至難の業だっただろう。一人一人とっ捕まえて拷問の上に聞きだす手段をとるしかない。アルシェムには暗示は使えないのだから。だが、《守護騎士》として部下を持てるアルシェムは、暗示という手段が使えるようになる。そうリシャールは思っているのだろう。アルシェムは嘆息した。

「だから何なわけ、大佐。エステル達に謝罪しろとでも?」

「いや……ただ、一つだけ言わせて貰えるなら、エステル君達の気持ちも考えてみてはくれないだろうか」

 それだけだ、と言ってリシャールは去って行った。エステル達の気持ちを考えろと言われても、アルシェムには彼女らの気持ちは分かるはずがないのだ。アルシェムはエステル達ではないのだから。故に、リシャールの言葉はアルシェムには一片も沁み入ることはなかった。ただアルシェムの精神的苦痛を増やしただけである。エステル達を案じてのことなのはよく分かるのだが、それが何故アルシェムにつながるのか彼女には理解出来ないのだ。

 嘆息しながら次の来訪者を待っていると、入れ替わりにヨシュアがやってきた。どうでも良いがそろそろ怪しまれるとアルシェムは思う。だが、そんなことも関係なしにヨシュアはアルシェムの元まで辿り着いた。

 険しい顔をしたままのヨシュアはアルシェムを糾弾する。

「エステルから話は聞いたよ。君は……自分で言っていて恥ずかしくないのかい?」

「恥じらいとか必要だと思う?」

「……それが任務ならこなす。君がそういう人なのは分かってるけど……エステルは、君にとって何だったんだい?」

 ヨシュアの瞳がアルシェムを射抜いた。先ほどからずっと思っているのだが、精神的疲労でぶっ倒れているとケビンは説明していたはずなのだが何故彼らはこうしてアルシェムの精神に負担をかけに来ているのだろうか。足手纏いを増やしたいのなら最初からそう言えば良い話だとは思うのだが。残念なことに、アルシェムはエステル達が彼女を訪ねに来た理由を察することが出来ないためそういう思考になる。

 アルシェムはヨシュアの問いに対してこう答えた。

「元観察対象の娘。それ以外の何者でもないけど」

「……そう。じゃあ、僕は……?」

 ヨシュアはすがるような瞳でアルシェムを見た。ただしアルシェムには何の効果もない。せいぜい、エステルにやれよと思うくらいだ。アルシェムにそんな目を向けられても、彼女にはヨシュアの望む答えを返すことは出来ないのだから。

 淡々とアルシェムはヨシュアに告げる。

「元観察対象の養子で、いつか元観察対象の娘に入り婿するってくらい?」

「……姉さんのことは」

「『家族』だった人。ねーヨシュア、もーいーでしょ? そんなどうでも良いことに時間を割いてていいの? 今のこの状況で」

 アルシェムは鬱陶しそうにヨシュアの問いにそう返答し、溜息をついた。皆は忙しそうに動き回っているのが見えているのだ。ヨシュアも準備を進めなければならないとは思うのだが、一向に行こうとしない。アルシェムとの語らいなんて必要なものでもなんでもないというのに。

 ヨシュアは、アルシェムの返答を聞くと押し殺した声でこう問うた。

「君は、自分のことをどうでも良いことだと言い切っていて悲しくないかい?」

「別に。だって、ヨシュアにとってわたしのことなんかどうでも良いことでしょ? ヨシュアはエステルのことだけ考えてりゃいーじゃねーの」

 その言葉を言い終わるやいなや、ヨシュアの手が閃いた。手加減したのか、拳ではなく平手だった。だが、痛みだけは本物で生理現象として涙がにじんだ。それを瞼を閉じることで目の中で拡散させ、ついでに痛みも逃がす。

 そんなアルシェムを見ながらヨシュアは一言つぶやいた。

 

「どうせ君は何も僕らのことなんかひとつも分かっちゃいなかったんだ」

 

 そして、ヨシュアもその場から立ち去って行った。アルシェムはだから何だと思う。ヨシュアはエステルのことだけ考えていれば良いのだ。どうせアルシェムは『家族』ではなくなったのだから。『家族』でないなら、ただの他人だ。それで良い。

 立ち去って行ったヨシュアと入れ替わりに来たのはレンだった。もうこれ以上は来なくても良いと思いつつアルシェムは寝転がったままレンを待った。むしろ寝てしまいたいのだが、それは彼女が許してくれなさそうである。

 レンはアルシェムの横に立つとこう問うた。

「……アルは、《第四位》ってことで良いのね?」

「……うん。だからそれが何か――」

「ううん。《第四位》がアルだろうが誰だろうがレンにはどうでも良いことなの。ただ、言いたいことがあってきたのよ」

 これまでとは違う風向きの話になるのかと思ったアルシェムは、脳内でそれを否定した。こういう時に考えるのはきっと皆一緒のことだ。騙されていた。嘘つき。そのまま排除したがるのはよく分かる。だからきっと、レンの話もそんな話なのだと思っていた。

 だが、レンはアルシェムにこう告げる。

 

「アルが《第四位》になった時、レンを見捨てないでくれてありがとう」

 

 その言葉は、アルシェムに衝撃をもたらした。それは、いつアルシェムが《第四位》になったのかを全て理解していなければ吐けない言葉だ。特にレンには。アルシェムが《第四位》になったのはレンとともに救出されてからのこと。アルシェムが――『シエル』が《銀の吹雪》になる直前のことだ。それ以前の、《楽園》にいた時に《聖痕》を得ていたならばすぐさま破壊していただろうとレンは判断したのだ。アルシェムはそう推測した。

 確かに、レンを見捨てることは出来なかった。数少ない『友達』で『同志』だったあの時も、今も。どこか心の奥底でレンを見捨てることを恐れている。だから死のうとしてもレンの言葉で思いとどまった。今も、レンの言葉に揺さぶられている。

 アルシェムはかすれた声でレンの言葉に返す。

「……そうするのが都合がよかったからだよ。《第四位》になった瞬間に結社から姿を消せば絶対に感づかれるから」

「ほとんど嘘よね、それ。確かにそんな理由もあったとは思うけど、それ以外にも目的はあった。違う?」

 レンも容赦がなかった。ただ、エステル達の糾弾とは違ってどちらかというと責められているというよりはアルシェムの隠し事を全て解きほぐされているような感覚だったが。

 確かに、アルシェムは《第四位》になった瞬間に《身喰らう蛇》から姿を消さなかったのには理由がある。まだまだレンが不安定だったこと。《ハーメル》の真実をレオンハルト達に伝えたかったこと。そして――《白面》を見極めること。あの時既に仮にではあるがアルシェムは任務を受けていたのだ。既に破門されていた《白面》だったが、その目的が謎のままではあまりにも危険すぎる。故に、何を目的としているのかを探るという理由もあったのだ。

 だが、アルシェムはそれを口にしようとはしなかった。

「さあね」

「ふうん……誤魔化しても良いけど、レンには全部わかってるんだから意味ないわよ。いろんな理由があったとは思うけど、レンはあの時にアルにいて貰って嬉しかったの。それだけは覚えておいてほしいわ」

「善処する」

 レンの言葉を全て受け取るわけにはいかないため、アルシェムは曖昧にそう応えた。案の定レンも政治家の答弁みたいね、と笑って返してくれた。それ以上に交わすべき言葉はなかったし、レンもそれ以上アルシェムに今言うべきことはなかった。

 居心地のいい沈黙が流れる。ずっとこのままでいても良いのに、と思いながらレンは呼びに来たのであろうエステルを軽く恨んだ。そろそろ準備が終わったらしい。ただし何の準備をしているのかを聞かされていなかったアルシェムは知らなかったのである。

 故に、アルシェムはレンに問うた。

「何の準備が終わったって?」

「あら、アルには誰も説明してなかったの? ここから脱出するのよ。《アルセイユ》っていう船に乗ってね」

 あ、あんですってー、とエステルのお株を奪う叫びをあげたアルシェムは、その当人に背負われてその場を後にする。単純に人手が足りないから背負われているのだろう。まだ歩く気にもなれないので背負って貰えるのは有り難いのだが、《アルセイユ》に着くまでエステルは何故か緊張し通しだった。アルシェムにしてみれば何故ここに《アルセイユ》が、なのだがそれは問うてはいけないのだろう。

 《アルセイユ》に着くと、エステル達は一様に目を閉じて何かを念じ始めた。アネラスに至っては「アルセイユアルセイユアルセイユありゅしぇいゆ……あう、噛んじゃった……じゃなくてアルセイユアルセイユ……」などと呪文を唱えている。どうやら、皆の想念で《アルセイユ》を動かすようだ。そうでなければアネラスの醜態が説明できない。

 そして、起動が成功してそのまま《アルセイユ》は動き始めた。どんどん加速し、理論値を越えて限界値を叩きだした《アルセイユ》はなんと時速五千セルジュも出ているようである。計器をちらりと見た時にそう見えた。

 そこまで見たアルシェムは、軽く溜息をついて船室から脱出した。向かう先は後部デッキ。間違いなく追跡者が出るだろうと思ってのことである。そう考えなければ来なかったのかもしれないが、生憎思い当ってしまったので出るしかない。

 誰かが追いかけてくる気配もしたのだが、想念で扉をむりやりロックしたアルシェムは物理的にその人物を隔離した。扉を叩きながら叫んでいるエステルの声がする。開けなさい、開けないと後で説教一日ぐらいするわよ! という声だ。だが、エステルがそんなことを言っているなどきっと気のせいに違いない。そう思えばその声も遠ざかっていった。

 そこでアルシェムはふと渋い顔をした。ワイスマンの時から思っていたが、あまりにも簡単に想念で環境を上書きできてしまっている。確かにあの状況を早く打破できればと《煉獄門》には触れた。だが、何も起こらなかったのではなかったのか。あの瞬間から、確かにアルシェムは変わっていた。この世界で想念の力を振るうのがいとも簡単になっている気がする。そして、それはきっと気のせいではないのだ。

「……何だかなー……」

 この世界において、『アルシェム・シエル』は『鍵』と称された。それは、彼女自身が『鍵』だったのか『鍵』というきっかけを待つ『錠前』だったのか。それを知るすべはなかった。ただ、言えることはある。『アルシェム・シエル』と《影の国》は相互に作用しあう『鍵』だったのだ。前者は機能を大幅に封印し、後者はアルシェムの機能が封印されていたためにその効果が発揮されていなかった。

 追ってきたドラギオンを、アルシェムは導力銃で追い払った。弾丸はワイスマンの時に使ったのと同じもの。想念で出来た概念否定の弾丸だ。何度撃っても次から次へと出現するドラギオンを撃つのは、なかなか楽しかったらしい。一撃で倒れてくれるため尚更、といったところか。

 最終目的地《幻影城》に辿り着いた時、アルシェムは《アルセイユ》に乗り込む前よりも元気だったのだが、誰もその矛盾について指摘することはなかった。ただ元気になってくれてよかったとだけ思っていたと記しておく。彼らの中で、追跡者などいなかったのだ。その姿がどんな形であれ悟られないように、アルシェムは想念で細工をしていたのだから。

 そうして、ケビン達一行は現実世界へ帰るための最後の戦いに挑むこととなるのであった。




 ジンさんの活躍場所はここで終了のお知らせ。

 では、また。

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