雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧135話~137話までのリメイクです。

 では、どうぞ。


夫婦喧嘩とペングー

 再び現れた小さな石碑。そこには、ただ一言だけ書かれていた。『《影の王》に代わり、《黒騎士》が告げる。来るなください』――その言葉の意味を理解した一同は困惑した。一人を除いて、だが。

「……うふ、来るな、ですって。行くしかないわよねぇ。さあて、どうやって連れ戻してあげようかしら」

 見る者が見れば分かる真っ黒い笑みを浮かべたカリンが物凄い怒りのオーラを発しながらそう告げていた。どうやら、《黒騎士》は皆が無意識にでも考えた人物その人であるらしい。そうでなければ、連れ戻すなどという言葉は出ないはずだ。

 引き攣った顔で、その場にいた皆を代表してヨシュアがカリンに問う。

「えっと、姉さん。もしかしなくても……」

「ここまで出てこないんですもの。レーヴェに決まっているわ。カシウスさんよりも上位だとは思わないけれど……まあ、イロイロ手段はあるのでしょうね」

 うふふふふふ、と嗤いながらケビンを急かし、黒曜石の石碑の中へと向かおうとするカリン。誰、という指定はなかったのでカリンのストッパー用にヨシュアとエステル、アルシェムがそれに加わって《黒の方舟》の奥へと進む。

 あまりにもカリンが急ぐので、ケビンは消耗を防ぐ意味でも彼女を止めにかかる。

「か、カリンの姐さん……そない急がんでも」

「うふ、ケビン君。私はね、とっととここから脱出したいのよ」

「さ、さいですか……」

 昔からカリンの方がケビンよりも確実に強いのに彼女に勝てる可能性はやはりなかった。故に、ケビンはカリンを止めるのは失敗する。彼は心の中で願わずにはいられなかった。レオンハルトが思い切り手加減してくれるかこれ以上カリンを怒らせないことを。

 しかし、無論それは通じるはずのない願いで。漆黒の衣装に身を包んだレオンハルトは、その瞬間からカリンを怒らせにかかっていたようである。服装がまずカリンの趣味に合わない。理不尽ということなかれ。レオンハルトの服の趣味は――あまり、よくない。

 凍りついた空気の中、動けた人物は無論彼女だけだった。

 

「レーヴェ? ここにいる真意を聞いても良いかしら……?」

 

 こてんと首をかしげたカリンは、いつの間にか手にしていた法剣を地面にたたきつけた。風切り音とともに鋭い音が鳴り、一同は震えあがった。カリンは本気で怒っているに違いない、と。

 レオンハルトは思い切り目を泳がせながらこう答えた。

「え、あ、えっと……く、来るなくださいと言っただろう、カリン……」

「あら、レーヴェのクセに口答えするの? 未来の義妹にばらすわよ……?」

 何を、とカリンは明言しなかったため、エステルは首をかしげるだけで済んだ。だが、ヨシュアはカリンがこういう時に持ち出す言葉を思い出してしまっていたため、顔を赤らめる。というか何故レオンハルトがそんなモノを持っているのだと今なら言える。

 その光景を見ながらこそりとケビンがアルシェムに問うた。

「アルちゃん、カリンの姐さん何をばらそうとしてんの?」

「ヨシュアに聞いてよ……女子に聞くな。つーか、もし持ってるならシスター・リースに見つかる前に全部処分しといた方がいーよ……カリン姉の再来リースバージョンとか見たくないでしょー?」

「お、おう……」

 ケビンは顔をひきつらせながらヨシュアに問おうとする。だが、既に彼はエステルから同じ質問をされていた。分からないことは聞くを実行してしまったエステルは、言葉を濁して中々答えを言おうとしないヨシュアに詰め寄らんとしていた。

 だが、ここで答えが出る。カリン達の問答で、カリンにレオンハルトが何故ここにいるのかを知られてしまったからだ。昔のよしみでここにいる、と口走ってしまったことで何となく《影の王》の正体が予測出来てしまったカリンはこう叫んだのだ。

 

「こ、この浮気者ぉぉぉぉぉっ!」

 

「い、いや待て違うそうじゃない落ち着けカリンいや落ち着いてください!」

 平伏してカリンにそう懇願するレオンハルトだが、その願いはかなわない。カリンはぷくりと頬を膨らませながら法剣を引きずり、レオンハルトにさらに近づいたのである。耳を貸せというジェスチャーに、レオンハルトはつられてしまって――

 

「レーヴェの生家のレーヴェの部屋のベッドの下に大量に隠されていたのは幼馴染み束縛系の官能小説二十七冊と幼馴染たちとの三Pものと変態グッズが十数種類!」

 

 そのあまりの内容に、一同は轟沈した。エステルは顔を真っ赤にさせて俯いている。ヨシュアはそんなに持っていたんだ、と思いつつ複雑な顔でレオンハルトを見ていた。アルシェムは聞き流して知らんふりをしている。そして、ケビンは物凄く微妙な顔に哀れみを浮かべてレオンハルトを見つめていた。

 カリンの言葉と一同からの視線にノックアウトされたレオンハルトは、コメディタッチに吐血して倒れ込んだ。

「ゴファ……」

「あ、あうあう……」

「レーヴェ……」

 どう対処すべきか、と一瞬ヨシュアは考えたのだが、邪魔をすればきっと馬に蹴られるだろう。むしろカリンにあの法剣で蹂躙される気がしてならない。邪魔しないでおこう。ヨシュアはそう決意した。

 因みにヨシュアはそういう類の本は一冊も持っていない。脳内エステルだけで十分だというのもあるが、もし見つかればカリンのように怒り心頭になって襲い掛かってくる図が容易に想像できてしまっていたからだ。

「うわぁ……多分ルフィナ姉さんでもそこまでやらんで……」

 憐みの目を向けていたケビンは文字通り尻に敷かれて説教されているレオンハルトを見て遠い目で素数を数えていた。むしろ天井の染みを――いやそれは違う。思考が混乱している。羊が一匹執事が二匹……そうじゃない落ち着けケビン、クールになれ。どう見ても現実逃避している人間の図がそこにはあった。

 この先に待つ人物が一体『誰』なのか分かっていて、なお現実逃避している。カリンをその人物に重ね、そこから目を逸らすことで。だが、いつまでも目をそらしてはいられない。恐らく――ここから出るためには、そのことを自覚しなければならないのだから。

 そして、ここに空気を読めない人物が爆誕した。

「おーい、カリンの姐さん。あんまりこういう何があるか分からんとこで説教は止めてんか」

「……そうね。あとざっと千時間ほど説教したいところだけれど……ここでやることではないわね」

 カリンはそう応えたのだが、レオンハルトがわずかに助かった! という顔をしてしまったので元の木阿弥になってしまう。何から助かったのかと責められ、自分からだと言わせて泣きまねをし。立派な悪女がそこにいた。

 ケビンが途方に暮れたようにヨシュアに懇願する。

「……ど、どうにかしてやヨシュア君……」

「いや、流石に僕も馬には蹴られたくないというかあの法剣で蹂躙は嫌というか……」

 ヨシュアも目を泳がせてそう応えたのだが、その答えは彼女にとって気に喰わないモノだったらしい。レオンハルトから標的を変えてヨシュアに説教を始めてしまったカリンを止めることは出来なかった。

「あー、何かストレスたまってそーだね、カリン姉……」

「いやいやいやいや、ストレスて……そういうもんやっけ……」

 ケビンは、どうすることも出来ずに説教を続けるカリン達を見届けるしか出来なかった。因みに、舞台装置と化していたレオンハルトはその頸木を気合いで引きちぎらされて一緒に拠点に戻ることになる。セレストにどうやって、と問われたレオンハルトは頬を真っ赤に晴らしながらアイノチカラデスと応えたそうだ。

 

 ❖

 

 レオンハルトを拠点に迎えた――結局あの後三時間は説教し通しだった――一行は、またしても出現した扉に記されたヒントをもとにパーティを組みなおしていた。『大剣を振り翳す少女』リオと『かつて囚われし金の姫』メル、『姉喪いし少女』リースと、そして『猫耳の少女』とアルシェム。猫耳の少女が一体誰なのかを誰も分かってはいなかったのだが、辛うじて該当しそうな人物が見つかった。それは――

「こ、これはセンサーなんです、猫耳じゃないんです……!」

 久方ぶりに探索に出ることになるティオだった。確かに頭につけているカチューシャは猫耳に見えなくもない。しかも、実際に探索に行くと普通に扉に入れてしまったので《影の王》には猫耳と判断されているようであった。

 因みに――扉に入れたのは女子のみで、ケビンはまたしても取り残されることになった。どういう意図があるのかは全く分からないのだが、一つだけ確かに言えることがある。アレは可愛くない。

 アルシェム達の目の前に現れたのは、何と人間と魔獣のコンビだった。しかもアルシェムは彼を知っているのである。一番最初の短期任務――カシウスの監視は長期任務になる――で、外法認定すれすれになった男だ。彼の名はベーコン。猟兵団《グリンピース》の首魁である。因みに構成員は既に一網打尽にされてこの世にいない人物が多い。

 そして、魔獣の方はというと――ディバインペングーだった。クエックエッと鳴きながら威嚇しようとしてくるあたり、あの時の個体らしい。相当恨みを買っているようだ。

 アルシェムは盛大に顔を歪めて遠い顔をした。

「……えー……何でこいつら……」

「えっと、知ってるんですか? アルさん」

 問いを投げかけたティオにアルシェムは言葉を濁しながら答えた。昔関わったことのある奴らだ、と。それ以上のことは恐らく説明するまでもないだろう。何故なら、この後の映像はそれに関するものになるのだろうから。

「取り敢えず、ベーコンの方はこんがり焼けば問題ないしペングーの方は火属性アーツが比較的効くと思うよ……」

「そうですか。なら、早速始めましょう皆さん」

 疲れたような声で対策法を告げたアルシェムに、リースが声をかけることで戦闘が始まった。色々と開き直っていたメルにディバインペングーを任せ、他の面々はベーコンを瞬殺しにかかる。

「ふはははは、そうだ、もっと呼べ、もっと呼ぶのだ……!」

「取り敢えず倒れておきなさい」

 ベーコン自身は猟兵団の首魁とはいえ頭脳派である。故に、リースの一撃で昏倒するのも無理はない話だ。そして、ディバインペングーの方も以前と同じくメルのアーツによって跡形もなく焼き尽くされた。

「あっけないですね……」

 そのリースの言葉にアルシェムは苦笑した。本来ならば前座でペングーがざっと空間を埋めるくらいいたのである。それがないだけ精神的に楽なのは確かだ。そうして、映像が一同の目の前に広がった。

 

 ❖

 

 どうしてこうなったのだろう。ベーコンは顔を歪めて目の前の少女達を見つめていた。その少女達はベーコンがこれから何億と稼ごうとして捕獲していたディバインペングーを焼き尽くし、上質の毛皮として売りさばくはずだったペングーをことごとく鏖殺してしまったのである。これで、故郷に送る何億のミラがぱあになったと判断したベーコンは崩れ落ちた。

 時は七耀暦1200年。ベーコンは貧困で喘いでいるノーザンブリア自治州のために前々から計画していたことを進めることにしていた。彼が目を付けたのは、リベールに生息するペングーという名の魔獣だった。その魔獣から採れる毛皮は貴重でなおかつきちんと加工さえすれば上質の手触りになるのである。これで一儲けしよう。そう思うのに時間はかからなかった。

 そして、ペングーについて調べていくうちに上位個体たるオウサマペングーとディバインペングーという魔獣の存在を知った。彼らはペングーを呼び寄せる習性を持っているらしい。ならばと思ってあらかじめ準備していたアーティファクトを手に捕獲に走ろうと思えば――何やらクエックエッと大声で叫ばれて、その後の記憶は途切れた。

 目が醒めれば、どうしてディバインペングー様を捕獲して稼ごうなどと思ったのだろうと不思議に思った。彼はきっと神なのだ。自らの下僕たちをベーコンに分け与えてくれて懐を潤わせてくれる。本当にそれだけで良い。ミラは故郷に入ればそれでいいのだ。自分の懐になどいらない。ここには上質のイワシがたくさんある。喰うには絶対に困らない。

 その日からそこで暮らし始めたベーコンは気づかなかった。一体彼が何を引き起こしてしまったのかを。ディバインペングーに取りつけたアーティファクトにどんな効果があったのかさえ彼は知らなかったのだ。そのアーティファクトは、特定の魔獣を呼び寄せて無限に増殖させていくという凶悪な性能を持つアーティファクト《地獄の釜》であったのだ。

 その結果が、カルデア鍾乳洞中に詰め込まれたペングーの群れである。しかし、ベーコンはそのことに気付けなかった。というのも、ベーコンは外に出て毛皮を売りさばくために目立たない別の道を作っていたのだ。そちらにはペングーが生息できないため、彼は気づくことが出来なかったのである。ただ合唱で自分を癒してくれているのだな、程度にしか彼は思っていなかった。

 カルデア鍾乳洞からあふれたペングーはやがてカルデア隧道にも広がり、ツァイス市街へと押し寄せんとしていた。そのことに危惧を抱いた遊撃士協会は準遊撃士と遊撃士のペアでカルデア隧道側の入り口を警護させ、毎日ペングー狩りをさせるという方針を打ち出す。

 

 そこに現れたのだ。ツァイスの救世主とでも呼ぶべき存在が。

 

 その人物は、ロレントから留学してきた年端もいかない少女だった。彼女はZOFに留学しつつもとあることがきっかけで遊撃士協会の協力員として働き、『ペングー除去装置』なるものを作り出してカルデア隧道側の入り口はおろか鍾乳洞までペングーを除去せしめたのだ。その発想と武力に遊撃士協会は目をつけた。本格的にこの事件の解決に関わってもらおうと決めたのである。人員不足だったため、という言い訳はあるのだが、当時の受付は数か月分の減俸処分をうけたそうだ。

 遊撃士協会はそこから本格的に少女に協力を要請するようになる。それとほぼ同じ時期から、七耀教会が動き始めた。星杯騎士を派遣してくれたのである。これは誰も知らぬことではあるが、少女とその星杯騎士にはつながりがあったのだ。言わずもがな、少女はアルシェムであり星杯騎士はリオである。リオはそもそもアルシェムと同じ時期にツァイス入りしていたのだが、その時点までは正体を隠して普通のシスターをやっていた。

 やがて原因を特定したアルシェムは――星杯騎士としてリオが特定した、とは言えない――もう一人の従騎士メルを一時的に呼び出し、協力を仰いでペングー詰め状態のカルデア鍾乳洞への突入を決行した。このときにはまだメルにはアーツ恐怖症――自ら使用したアーツで無辜の子供達を鏖殺してしまったことからである――が残っていたのだが、アルシェムが作成した特殊オーブメントの試作品によってその恐怖症を克服しつつ先に進む。

 そうして最奥に辿り着いた一同は――一様に複雑な顔をしてベーコンとディバインペングー、そしてオウサマペングーに襲い掛かった。前者は捕縛、後者二匹は消滅させる形で異変の原因を取り押さえた一行は、報告書をまとめてそれぞれの持ち場へと帰還するのだった。

 この件を無事に解決させたことをきっかけに、短期間で終わらせられる任務が数回アルシェムの元に舞い込んでくるようにもなるのだが、それはまた別の話である。彼女には、本来ならば十数件ほど割り当てられる予定だった。しかし、数回で任務が済んでいるのは裏で《外法狩り》が自分の身体を壊すべくオーバーワークをしていた結果なのだが、アルシェムがそれを知ることはなかったのであった。




 ……よいお年を。来年も本作をよろしくお願いします(本編から目を逸らしつつ)

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