雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

94 / 192
 旧134話のリメイクです。
 めりーくりすます。

 では、どうぞ。


茶番の前座

 黒耀石の石碑に記されていた文言は、『《影の王》に代わり、《黒騎士》が告げる。滅びし里の遺児、山猫の紅一点を引き連れよ』というものだった。それにしたがってケビンはヨシュアとジョゼットを連れて行くことになった。今回に限りアルシェムは除かれているのだが、その理由は杳として知れない。念のためのサポート要員としてリースもついて行ったのだが、彼女はその石碑の先へと赴くことが出来なかった。

 石碑の先の世界は《紅の方舟》ならぬ《黒の方舟》だったらしく、複雑な構造を何とか少数で切り抜けながらケビン達は進み――格納庫まで来ると、そこには元空賊《カプア一家》の面々が待ち受けていた。といっても、その一員であるジョゼットはこちら側にいるので彼女だけは再現されていなかったが。

 葛藤を見せるジョゼットにドルン達は気にするなと声を掛けつつ早く帰って来いという温かい言葉を掛け、全力で向かってきた彼らをケビン達は苦戦しつつ何とか討ち破った。

 そうして、先ほどは進めなかった場所に小さな石碑が現れる。『《影の王》に代わり、《黒騎士》が告げる。滅びし里の遺児、麗しの姫君、酒呑まるる皇子、猛獣使い、唐辺木の熊、鐘の交錯する地の娘、銀の鍵を引き連れよ』――それが、その石碑に記された言葉だった。一度戻らなければならないことにケビン達はほっとしつつ、一度拠点へと戻ってメンバーを入れ替えた。

 『滅びし里の遺児』――ヨシュアはそのままに、『酒呑まるる皇子』ことオリヴァルト、『麗しの姫君』クローディア、『猛獣使い』シェラザード、『唐辺木の熊』ことジン、『鐘の交錯する地の娘』レン、そしてアルシェム。それが次のメンバーである。アルシェムには、この時点で誰が出現してくるのかは予想できていた。どう考えても執行者関係である。

 そして、小さな石碑に触れた一行は――ヨシュア、クローディア、オリヴァルト、レンを除いて鉄格子の中に入れられてしまった。どうやら破壊は出来ないようで、ついでにその隙間から攻撃しようと思っても何故か銃撃が通らないようだ。しかもなぜかクローディアだけジェニス王立学園の制服になっている。

 アルシェムはその様子を視認すると微妙な顔でこうこぼした。

「……うーん。メンバー多すぎて可哀想だから区切られたかな?」

「相手はあの変態紳士ね……何とか切り抜けられるだろうけど、何も出来ないってのは歯がゆいわ」

 シェラザードは悔しそうに唇を噛んで檻の中から変態紳士ことブルブランを睨みつける。ブルブランにもその様子が見えるのか、苦笑しながらクローディア達に向かい合っている。

 そんな中、ケビンはシェラザードに問うた。

「……勝算はありそうですか? シェラザードの姐さん」

「あると思うわよ。どう見ても前衛が足りないけど、レンが《パテル=マテル》を使ってくれればね」

 そのシェラザードの答えにアルシェムは眉をひそめる。というのも、彼を『使う』という表現はいかにも道具的なのだ。レンにとっては、《パテル=マテル》は道具ではない。

 故に、アルシェムはシェラザードに告げる。

「悪いけどシェラさん。『使う』だなんて言わないで。《パテル=マテル》は、レンのパートナーなんだから」

「……分かったわよ」

 シェラザードはアルシェムの言い分を渋々受け入れたような返事をするのだが、本心では理解していない。何故なら、自らの得物はただの物体であって魂を持っているわけではない。得物を消耗させずに戦えるほど、シェラザードは熟練の技を持っているわけではないのだ。故に彼女は長い間同じ得物を使い続けることは出来ない。むしろ長い間得物を消耗させず戦えるのは例外のレオンハルトとケルンバイターのような組み合わせに限られる。

 だからこそ、パートナーというほど愛着を持つことは出来ないのである。武器の種類には愛着はあるが、個々の武器そのものに愛着があるわけではない。いずれ喪うものに執着しすぎると命取りになりかねないのだから。

 それぞれが複雑な思いを抱えている中、突如戦いは始まった。というのも――ブルブランが不用意な発言をしてしまったからだ。

「おお、我が姫よ! 斯くも貴女は美しく気高い! すぐにでもこの手に入れたいと欲するのは私だけではあるまいよ」

 そのブルブランの発言への答えは、冷たい目をした一同からのSクラフトだった。クローディアから始まり、ヨシュアとレンによる足止めを喰らったブルブランはオリヴァルトのSクラフトを受けてぼろぼろになり――そして、ニガトマトサンドを早食いしたクローディアの手によってもう一度Sクラフトを喰らって倒れた。

 倒れた後にブルブランはまた一言告げる。

「我が姫……下から見える光景も格別だ。我が姫、万歳」

「……是非、冥府へ赴いてください♪」

 その言葉が示していること――制服に変えられた自身の下半身はスカートである――を瞬時に理解してしまったクローディアは、思わずイイ笑顔を浮かべながら親指で首を掻っ切るしぐさをしながらブルブランにとどめを刺してしまった。ブルブランの自業自得である。因みに、とどめと表現したが動けなくなっただけでブルブランが死んだわけではない。

 ブルブランが消えると、今度はクローディアとオリヴァルトのいる位置に鉄格子が生えて来た。どうやら、次は彼女らを戦えなくしたらしい。ついでに制服が元の服に戻っているのは仕様のようだ。もしやブルブランの思念がクローディアに制服を強要していたのかもしれないと思って怖気を感じた人物がいたらしい。

 クローディア達が拘束された代わりに解放されたシェラザードと地の文ですら空気と化していたジン、そしてケビンが解放される。

「……ということは、次は――」

 誰かが零した言葉がきっかけとなったのか。急速に実体化した二つの人影は、見覚えのあるものだった。片方は煙草をくわえており、もう片方は安定のガムテープな露出狂姿だ。言うまでもなくヴァルターとルシオラである。

 ニヒルな笑みを浮かべたヴァルターが口を開く。

「俺達ということだ」

「そういうこと――だけどヴァルター。以前私が言ったことを覚えていて?」

 にこやかに一同を見たルシオラは一転してヴァルターを睨みつける。どうやら、煙草の臭いはこんな場であってもだめらしい。ふんす、と気合を入れてヴァルターの口から煙草を奪い取るとそのまま彼方に投げ捨てた。

「何しやがる!」

「私の肺の健康を害するために吸っているというなら別だけれど、そうでないならやめなさいと言っているでしょう?」

「俺がヘビースモーカーなのは知ってるだろ!? 良いじゃねえか生き返ったんだから、一本ぐらいよぉ!?」

 まるで夫婦漫才だが、その会話の中にあったとある一言にジンが反応した。『生き返った』ということは――もしや、ヴァルターは。いや、しかし、いつ彼が死んだというのか。《アクシスピラー》だって《四輪の塔》の時のように滑り降りていけば《紅の方舟》で逃げられたはずだというのに。

 故に、ジンは言葉を漏らしていた。

「どういうことだ、ヴァルター。『生き返った』……と、いうのは」

「何だジン。そんなところまで鈍くなくても良いだろうが」

 その言葉で――ジンは悟る。ヴァルターは何らかの理由で死んだ。ここにいるのはただの存在としての彼で、現実世界では――ヴァルターという人間はもういない。兄弟子が死んだことに、ジンは眉を下げる。

 それを見たヴァルターは苦笑しながら告げた。

「そんな顔すんな。いつか決着はつけるべきだったろ? ――《泰斗流》の正当後継者の座も、キリカの奴も、全部てめぇのモンだ」

 そんなものはいらない。ジンは思った。そんなものよりも、ヴァルターに表の光の当たる道に戻ってきてほしかった。確かに師父リュウガ・ロウランはヴァルターに殺された。だが、そんな彼にもやり直す道があっても良いはずだ。幸せになってはいけない人間なんて、いないはずなのだから。満足そうに殺人拳を振るっているヴァルターにだって、まっとうに生きる道があったはずなのだ。そして、その道を歩ませることが――ジンに出来る、彼への贖罪だったのかもしれないのに。

 自覚していた。ヴァルターに言われるまでは気づかなかったことを。毎日武術だけに全てを注いでいた時には気付かなかったことだ。彼の心は、いつだって《泰斗流》とキリカに向いていた。そして、キリカの心も――今はどうかは定かではないが――ジンに向いている。そのことが、キリカを好いていたヴァルターにはどうしようもない苦しみだったことももう理解した。

 故に、ジンはヴァルターに償わなくてはならない。たとえあの時、満足そうに打ち合っていたのだとしても。それが自己満足だと理解していても。万に一つの可能性もないのだとキリカの口から聞かせることで、ヴァルターの暴走を止めなければならなかった。それがどんなに残酷なことだとしても――ずっと、彼女の口から聞けなかった言葉をヴァルターは知るべきだった。

「――済まん」

「は?」

 知らず、漏れた謝罪の言葉にヴァルターが眉を寄せているのも知らずにジンは考えに没頭していた。どうやれば、もっとうまくヴァルターと和解できたのかを。過去のことを考えてもどうしようもないことだと分かっていてなお。

 そんなふうに悩んでいるのを理解していたヴァルターは眉を思い切りよせながらジンに向けて一撃、拳を振るった。考えに没頭してしまっているジンは、当たる直前に気付いて――だが、それを避けようとはしなかった。ヴァルターの拳を受けてジンが吹っ飛んでいく。

 それを見た一同はヴァルターに非難の眼を向けようとしたが――あまりにもヴァルターから発せられる気配が濃厚だったために思わず後ずさる。彼が纏っていたのは濃厚な殺気だったのだ。

 

「――てめぇらはルシオラと遊んでろ。ジン、てめぇはこの手でぶっ飛ばす」

 

 その声に呼応するように、一気にジンに間を詰めたヴァルターを起点にして透明な壁が現れた。そして、ヴァルター対ジン、ルシオラ対その他メンバーという構図が出来上がってしまう。

 それを見てルシオラは呆れた声を出した。

「あらあら。仕方のない人。……まあ良いわ。こちらもこちらで適当に終わらせましょう」

「て、適当って、姉さん……」

 複雑そうな顔をしてシェラザードが声を漏らすが、ルシオラは知ったことではない。ここからシェラザードが帰って行ってくれればそれでいいのだ。また再び現実世界で相見えた時に色々と語り合えば良い。

 宣言通り全力で戦いつつも思考だけはサボって適当に戦ったルシオラは、いとも簡単に捕縛される。

「……姉さん」

「フフ……真面目にやっても仕方がないのよ、シェラザード。いずれまた――会えるときも来るのだから」

 ルシオラの不意打ち気味の言葉にシェラザードが瞠目して――その隙にルシオラは消える。シェラザードは思いがけなく知ることの出来たルシオラの生存という情報に安堵していた。

 そんな光景を皆が見守っている――わけもなく、分断されたままのジンとヴァルターの様子を見ていた。加勢に入ろうとしても透明な壁に遮られて一同は助太刀にすらいけない。銃弾一発通さないその壁に歯噛みしつつ一同はその様子を見守ることしか出来なかった。

 

 ❖

 

「たかが俺のことでここまで腑抜けるか、ジン」

「俺は――」

 戦いは一方的だった。ヴァルターがジンを蹂躙している。ヴァルターには傷一つついていないのに、ジンは既にボロボロなのだ。その理由は簡単だ。ヴァルターの拳は全てノーガードで通していてかつジンの拳は全くヴァルターまで届いていないだけ。

 ヴァルターは舌打ちしながらジンに告げる。

「てめぇが俺を殺したわけじゃない。それなのに何故そこまで迷う」

「俺は、お前の――」

 その言葉の先は分かっている。故にヴァルターはジンを殴ってその続きを言わせなかった。一体何様のつもりなのだと。ヴァルターの気持ちに気付けなかった。ただそれだけのことを何故そこまで思い悩むのか。

「俺は既に死んでいる。なのに、何故俺の感情に気を遣うような真似をする」

「それは、俺が――」

 その言葉の先は、ヴァルターには分かっていた。故に、ジンは殴られてその続きを言えなかった。鈍い。確かにジン・ヴァセックという男は尋常でなく鈍い。だからこそできることもあるだろうに、ジンはそのことにまでまだ思い至っていない。

「俺はグロリアスの墜落に巻き込まれて死んだ。この先に生きるてめぇに気遣われるいわれなんてない」

「――それでは、俺の気が済まない」

 今度は言い切れた。何故なら、ヴァルターは不機嫌そうな顔で拳を止めたからだ。だから何だ。ヴァルターを気遣ったというのなら、何故安らかに眠らせてくれない。師父に合わせる顔も、キリカに合わせる顔もないのに。このままヴァルターを破らなければ、《影の国》はいずれ現実世界まで浸食を始めてしまう。そうなれば、合わせる顔もないというのにありもしない愛を求めてキリカに会いに行ってしまう気がする。そんなことは、してはいけないのに。

 ヴァルターは声を震わせてジンに告げる。

「……ふざけんな」

 師父とキリカに合わせる顔がなくなってから、ヴァルターは絶対に後戻りできないように生きて来た。進んで犯罪に手を染め、他人を殴って金銭を奪い取り、他人を殺して生きて来た。どうせ合わせる顔もない。ならば、思い切りこの身を穢してしまえば良い。名も知れぬ女を壊しながら、ヴァルターは自分を穢していた。そうして《身喰らう蛇》に誘われ、積極的に人を殺して生きて来た。そうすれば、二度とキリカに会わなくても良いと思ったから。しかし、何度もキリカが恋しくなってはそのあたりの女を漁って壊していた。それが赦される場所だったのだ、《身喰らう蛇》は。

 故に、ヴァルターは《身喰らう蛇》に居場所を見出した。間違いなく活人の道を選ぶであろうキリカならば絶対にこちらには来ないと信じて。二度と関わることはない。そう思っていたのに、上からの依頼でリベールの名が出た時には了承してしまっていた。そこに、キリカがいると知っていたから。四輪の塔でキリカと顔を合わせた時は、飄々とした顔を取り繕うので精一杯だった。本当ならば満面の笑みで抱き着きたいと思っていたのに。今そうしてしまうと、キリカを壊して、穢してしまう気がして。

 だからこそ、ヴァルターはジンに《アクシスピラー》で裁いて貰えればと思っていた。キリカが愛し、師父の覚えも良かった弟弟子に全てを託して人生を終えようと思っていたのだ。だが、ジンはどこまでも甘く――ヴァルターは生き残ってしまった。這う這うの体でグロリアスまで帰還した時には、またいつか決着をつけようと思っていた。だが、突如グロリアスが爆散したことでヴァルターは悟ったのだ。どこまでも、自分の運はジンに持って行かれているのだと。それならそれでもう良かった。そのまま死ねば、幸せなキリカとジンの姿を見ずに済むのだから。

 そうしてヴァルターは死んだ。だが、ここに再現されてしまって――飽きるほど考える時間が与えられてしまって、ヴァルターは悟ったのだ。最初から死んでいれば良かったのだ。あの日、師父を殺すくらいなら。キリカの中で『ヴァルター』が死ぬくらいなら。師父に殺されて、キリカの心の中に傷跡として残ればよかったのだ。

 悟ってしまえば早かった。このままやる気もなく消えれば良かった。だが、《影の王》はそれを赦してくれない。ならば、もしもジンが迷っていれば尻を叩く役目になれば良いと思った。

 だというのに、ジンは想定以上に迷っている。こうなれば、ヴァルターに出来るのはもう一度根性を叩きなおすことだけだ。自分という壁を乗り越えて貰うしかない。そうしなければ、キリカが悲しむから。

 

「立てよ、ジン……兄弟子からの、最後の手土産くらい持って行け」

 

 そうして、ヴァルターは久しく使っていなかった活人拳を解禁する。もう二度と使うまいと思っていた、活人拳を。未練があったから《泰斗流》自身は捨てられなかった。殺人拳に走った。だが、彼の中からは活人拳は失われてなどいなかったのである。それは歪んだ愛の形。キリカのためだけの活人拳。

 それを見て、ジンは本能的に拳を振るった。その拳はヴァルターの頬に突き刺さる。そして、ヴァルターの拳は――ジンの、心臓の真上を突き刺していた。だが、不思議とその拳からは痛みがもたらされない。

「ヴァルター……?」

「これで満足だ。てめぇに――償って貰うことは、もうねえよ。てめぇの大切なもんはもう奪ったからな」

 そして、ヴァルターは光に包まれながらこう告げる。てめぇが多分尊敬していたであろう、ヴァルターって名前の兄弟子をな、と。その後、完全に消える直前に口が動く。

 

『キリカと幸せになりやがれ、ジン』

 

 その言葉は、ジンの心に静かに降り積もる。ケビンはちらりと再び現れた小さな石碑の文言を読みつつ呆然と涙を流しているジンを連れて拠点へと戻る。しばらく、ジンは休ませておくべきだ。皆の共通見解により、彼はヴァルターの言葉の意味をかみ砕くように理解する時間を得たのだった。




 クリスマスプレゼントにちょっといい人なヴァルターをプレゼントするよ!

 ……冗談です。

 では、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。