雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧131話~133話のリメイクです。ちょいと短め。

 では、どうぞ。


守護騎士達の茶番

 リシャールに斬られ、膝をついたカシウスは大きく息を吐き、呼吸を整えて立ち上がった――棒術具を棄てて。もうここから逆転することは不可能だ。それに、死ぬ気で暴れる理由ももうなかった。

 故に、カシウスはこうこぼす。

「あれが――お前というわけか、アルシェム」

 自らの義娘に向けてカシウスが零した言葉は最早アルシェムには届かない。いくら詰ろうが責めようが哀れもうが、彼女の心に届くことはもうないのだ。何故なら、もう彼らは『家族』ではないから。

「だから何? それがあんたに関係あるとは思わないね」

「……そうか……後悔の少ない道を選べよ」

 冷たい目でもう『家族』ではないと、戻る気すらないと宣言されたカシウスはそれだけをアルシェムに告げた。これ以上彼女に言うべきことはない。もし彼女に誰かが何か言えるとするなら――それは、彼女の『家族』でしか有り得ない。カシウスではアルシェムを引き留められる楔としての存在にはなれないのだ。

 カシウスはエステル達に一言ずつかけてから、消えた。皆がカシウスという壁を乗り越え、先に進む。例外は多少いるものの、彼らにカシウスが何かできることはもうないのだ。

 カシウスが消えた場所に現れた扉に、文字が現れる。どうやらこの先にまだいるらしい。カシウスは茶番だと言っていたが、流石に休憩しておきたかった。故に、一同は一度拠点へと戻る。次に必要なのは、『琥珀の姫、黒豚の娘、止まらぬ金色、大喰らいの娘、銀の鍵』だ。

 一行は十分に休息を取ってから『琥珀の姫』ことカリン、『黒豚の娘』リオ、『止まらぬ金色』メル、『大喰らいの娘』リース、そしてアルシェムを連れて扉へと向かった。無論、その直前にエステル達には暗示をかけてアルシェムのことを忘れさせている。

 扉の前に立ったケビンが複雑そうな顔をした。ここに連れてきた人物たちは全員星杯騎士団のメンバーだ。このメンバーで当たらなくてはならない人物がこの先にいると思うとそれはそれで不安な気もする。だが、進まないわけにもいかないのだ。

 そして、ケビンは扉に手を触れ――扉の中に一同は吸い込まれた。そこで待ち受けていたのは――

「ワジかい!?」

「やあ、久し振りだねケビン。元気してた?」

 《守護騎士》第九位《蒼の聖典》ワジ・ヘミスフィアだった。現在はクロスベルに潜入しており、なかなか自由にやっているとか。中性的な顔立ちも相まって性別不詳の御仁である。

「ストレイ卿もあの時以来だね。今度クロスベルに来るって?」

「あーうん。ただ、イロイロ予定が崩れまくってるから想定外の方法で潜入することになるかも」

 ワジの問いにアルシェムは遠い目をしながら答える。生存が明かされてしまった以上、偽名を使って潜入はもはや悪手にしかなりえないのだ。故に、本名で何かしら自由に動けるだろう場所に潜入するしかない。遊撃士という選択肢をあそこで潰したのはあまりよろしくなかったか、と今更ながらにアルシェムは思っていた。

「へえ、そうなんだ。……さて、多分模擬戦で良いと思うんだけど、やる?」

「せやな。やらな帰れへんし……ま、ご愁傷さまとだけゆうとくわ、ワジ」

「えっ」

 ケビンの言葉に虚を突かれたワジに、一気に従騎士達が襲い掛かった。先ほどまで動いていなかったので彼女らは元気いっぱいなのである。因みにケビンもアルシェムも彼らに加勢するつもりは毛頭ない。あの程度の休憩でダメージがすべてなくなるわけがないのだ。比較的ダメージの少なかったケビンは別だが。

 結局――ワジは従騎士達のえげつない攻撃によって倒れることとなった。インフィニティ・スパローとその派生形×三と火属性アーツで燃やされることによって。ある意味不憫と言えば不憫だった。

「……お、覚えてなよケビン、エル……」

 哀れなワジは全身傷だらけになりながら消えて行った。そうして――映像が浮かび上がる。

 

 ❖

 

 七耀暦1200年の夏、アルテリア法国の七耀教会総本山にて。カシウス・ブライトに保護されたアルシェムという名の少女は記憶を取り戻すためという名目で七耀教会の最奥、迷宮庭園の奥へと連行された。もっとも、それ以前に表の聖堂で暗示を解いては貰っていたのだが。

 そこで待ち受けているのは、誰あろう《守護騎士》第一位《紅耀石》アイン・セルナートである。彼女はアルシェムに向けてニヤニヤと笑みをこぼしながらこう告げた。

「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ?」

「仕方ないでしょーに。色々手筈が狂ったんだから……」

 頭を抑えながらアルシェムはそう返す。彼女は最初から七耀教会の人間に捕まるつもりだったのだ。そのためにクローディア暗殺を七耀教会にリークしたのである。しかし、現れたのはカシウス・ブライトだった。二度手間にも程がある。

 溜息を吐いたアルシェムにアインはからかうように問うた。

「にしては、記憶ははっきりしているようだな? アルシェムというのは偽名か、シエル?」

 その瞬間――アルシェムは名状しがたい感覚に襲われた。はっきりとその時自覚したと言い換えても良い。彼女はその時真に『アルシェム・シエル』となったのだ。顔をしかめたままどちらも偽名ではないことをアインに告げたアルシェムは、就任式をとっとと終わらせたいと思っていたアインに連行されて身だしなみも整えぬままに法王と面会することになる。

 薄布のベールで被われた小さな空間に、法王はいた。彼女に向けて跪いたアインは恭しくこう告げる。アルシェムは慌ててアインに従うように跪く。

「猊下。連れて参りました」

「ご苦労様、アイン。お下がりなさい」

「――は」

 何となく癇に障る甲高い声がアインに退出を促し、アルシェムをその場にとどめ置く。アインの言葉から、ここで就任式が行われるのだと察していたアルシェムは跪いたままでいた。

 すると、法王がアルシェムに告げる。

「初めまして、会えて嬉しいわ――守護騎士となる者よ。貴女はこれより守護騎士エル・ストレイと名乗りなさい」

「承知いたしました」

 なんとなく気分が悪くなってきたような気もするのだが、必死にそれを堪えて声を絞り出す。記憶のどこかをしきりに突いてくる。この声は、癇に障る。あまり長い間聞いていたい声ではない。

 だが、法王の話はまだ終わらない。

「わたくしは法王エリザベト・ウリエル。貴女を第四位の守護騎士《雪弾》として迎え入れますわ」

 たったそれだけの言葉が苦痛に感じるなど、どうかしている。アルシェムはそう思いつつも拝命します、と答えて儀式を終わらせた。手渡された星杯騎士団の紋章を受け取ったアルシェムは、そのままその部屋を退出する。

 すると、扉の外で待ち受けていたアインに声を掛けられた。

「……どうした? あまり顔色がよろしくないようだが」

「……よくわかんない……」

 アルシェムはぼんやりとしたままそう応えた。そう応えるしかなかったのだ。あの耳障りな声は一体どこで聞いたことがあるのだろうか。アルシェムは記憶を何度も浚ったが、その答えはついに出なかった。

 そして、アインに連れられて元の場所に戻ったアルシェムは、自らのサポートをするという従騎士達と引き合わされた。一人目はメル・コルティア。金髪碧眼の、アルシェムよりもわずかに年上に見える少女である。二人目は黒髪のリオ・オフティシア。こちらもアルシェムよりも年上に見える少女。そして、三人目は――

 

「ヒーナ・クヴィッテです、ストレイ卿。よろしくお願いいたしますね?」

 

 その声を、その顔を、彼女を構成するすべてを認識した瞬間――アルシェムは限界まで目を見開いて涙をこぼしていた。アルシェムは彼女を知っている。もし彼女がアルシェムを忘れているとしても、アルシェムは彼女を忘れることなんて出来ない。

 震える声を押し出してアルシェムは呆然と呟く。

「……どう、して……ここに」

 アルシェムの声を聴いたヒーナは眉を寄せ、意味を手繰り寄せようとしているようだ。だが、もう一度だけでいい。声を聞かせてほしい。そうすれば――名が変わっていても、立場が変わっていても何度でもアルシェムは呼ぶだろう。その名を――

 

「カリン、姉……?」

 

 かつて姉と慕ったカリン・アストレイの名を。艶やかな黒髪。琥珀色の瞳。記憶に残る柔らかい声。恐らく、どれか一つでも違ったとしてもアルシェムは彼女がそうだと判断しただろう。忘れるわけがない。あれほどまでに慕い――あれほどまでに、手ひどく裏切られた女性は。

「……ヒーナ、知り合いか?」

「……ええ。でも、どうして……今までどれだけ探しても見つからなかったのに……」

 アインとカリンの声がアルシェムの耳朶を打つ。その声と、あの時の最後の言葉が重なり合う。消えろと。人殺しと。思いつくがままに罵ったのだろうその言葉を。聞きたくない。聞いたって――どうせ、裏切られるだけだから。

 だが、アルシェムの口はひとりでに言葉を紡いでいた。

「……アインが、カリン姉をあそこから連れ出したの?」

「《ハーメル》の件のことを言っているのならば、そうだ。偶然通りがかってな……」

「そ、う……」

 アルシェムに出来なかったことを、アインはいとも簡単に成した。それが何故だか腹立たしかった。自分にだって守れたのに。あのまま戦い続ければいつか猟兵達は全滅させられたのに。

 その黒い感情を知らず、アインは問う。

「因みに一応聞いておくが、他にエレボニアからの粛清を逃れた《ハーメル》の生き残りはいるのか?」

「……粛清、って、どういうこと」

「何だ、知らなかったのか。……裏から七耀教会に依頼が来た。《ハーメル》に関わった全ての人物を粛正するように、とな」

 無論断ったが、他に生き残っている人物がいれば危険だと警告を発する必要があるだろうから、とアインは続けたのだがアルシェムは聞いてもいなかった。そんなことになっているだなんて知らなかった。浅かれ深かれ《身喰らう蛇》という名の闇の中にいたアルシェムにすら入って来ない情報。それを発することができる人物は本当に限られてくる。

 アルシェムはアインにこう返した。

「警告は必要ないと思う。《蛇》にいたわたしの耳には全く入らなかったし――それに、《蛇》の中にいるレオン兄もどこかに潜入に行ってるヨシュアも無事だから」

 暗にそれ以外に生き残った人物はいないのだと告げて、アルシェムは歯を食いしばる。裏から七耀教会に依頼を回せる人物。それは――《身喰らう蛇》自身か国家。もしくはその中枢にほど近い人物だろう。

 そして、アルシェムは知っていた。あの件を機に人生が変わった人物を。彼の名は――ギリアス・オズボーン。《鉄血宰相》と言われ、強引で周到な方法を取って周辺の自治州や小国を今なお吸収し続ける政策をとる人物だ。そして、恐らく《ハーメル》の首謀者の一人でもある。

「そう……レーヴェも、ヨシュアも無事なのね」

「多分。あーでも、そう簡単には死なないと思うよ――あいつらが自分から《ハーメル》出身だと名乗らなきゃね」

 吐き捨てるように言ったアルシェムは、涙を乱暴に拭った。これ以上この話をするのは精神的につらいものがある。あまり思い出したいことでもなければ、そこから始まる地獄を無理に思い返したくないという気持ちもあった。

 アルシェムはここで話を切るべくカリンから視線を外し、メルとリオに向けて挨拶した。どちらも硬くなっているようで、少々気後れするものもあるのだがこういうのは慣れるしかないのだろう。

 淡々と支給されるというメルカバについて説明してくれるリオに向けて敬語でなくとも良いと告げると、物凄く変な顔をされてしまった。身分については徹底的に叩き込まれているようである。どうやらそれだけでもないようなのだが、そこに自分から敢えて突っ込もうと思うほど今は余裕がない。いずれは腹を割って話す必要はあるのだろうが。

 だが、アルシェムの心配は杞憂に終わった。というのも、いきなりリオの方がこう問うてきたのだ。

「あの、ストレイ卿は……グェンワ・オフティシアという男をご存知ですか」

 アルシェムが知っているわけがないと思いながら、知っていられたらどうしようと思っている。アルシェムはそう判断した。そして、幸か不幸かアルシェムは彼のことを知っているのである。

 アインが窘めるようにリオに告げる。

「おいおいリオ、コイツはエレボニアから《蛇》に行った女だぞ? 知っているわけが――」

「いや、知ってるけど、それがどうかした?」

 そう応えたアルシェムは、リオの顔が硬直するのを見た。そして、諦念を浮かべながらアタシはその娘です、という彼女の言葉を聞いた。アルシェムからしてみればだから何だ、という話である。父が誰でナニをしていようが関係などない。世間一般的には偏見を持ってみられるのだろうが、アルシェムにとってその見方は一番嫌いな見方だ。何故なら、《ハーメル》では『孤児』というレッテルで自らの言葉を信じて貰えなかったのだから。

 故に、アルシェムはリオのために言葉を紡いだ。

「それが何か関係ある? 父親が何かやらかしたからってあんたもそうだとは、わたしは思わない。……まあ、あんたにそっちのケ――げへへへへとか言いながら少年幼女に襲い掛かることね――があるんだったら別だけど」

「ある訳ないでしょ! ……って、え? 少年……? 何それアタシ知らない」

 リオは猛然と抗議してからアルシェムの言葉に含まれる自らの知りえないことについて疑問を持った。何故アルシェムがそんなことを知っているのか。もしかして、父と呼ぶのも悍ましいあの男は――この、少女を。リオはそう思って震えた。

「えっと、その……あのヒト、レオン兄に豚めとか罵られながら斬り殺されたわけなんだけど……もしかしてそこから知らない?」

 その言葉を皮切りに、アルシェムは洗いざらい吐かされてしまった。過去の――《楽園》という名の《拠点》にいたことを。そこでメルもなぜか反応を見せたのだが、その時のアルシェムはその理由を知らなかった。後に本人から少しだけ聞くことが出来ただけだ。

 そうして、ひと段落ついたところでアルシェム達には任務が言い渡された。『《剣聖》に張り付き、動向を監視して報告すること。正体がばれないのが最優先』。それが、アルシェム達に与えられた任務である。違和感を抱かせない程度に近づくことが重要らしい。

 この任務が終わるまで、アルシェムは七耀教会にシスターとして登録しないようにアインに告げた。そうしなければ、カシウスはどこからでもこのこと――アルシェムが守護騎士であること――を嗅ぎ付けて来るだろう。故に、全てを見届けるまでは遊撃士として動くことにしたのである。年齢が資格を取るに満ちたら、だが。

 その後、アルシェムは丁度非番だった守護騎士第五位と第九位に引き合わされた。その際、弄りやすそうな人物だったために第五位の方を花瓶だのネギだの不憫だのとからかったのだが、それはまた別の話だ。

 こうして――《守護騎士》第四位《雪弾》エル・ストレイは生まれたのである。この後も小さな任務には駆り出されたのだが、それはそれでまた別の機会に語られるだろう。




 こういう時ってやっぱ3rd便利だわ。

 では、また。

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