雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
では、どうぞ。
拠点から扉まで舞い戻った一行は、再びケビンだけを残して扉に吸い込まれていった。一人仲間外れにされたケビンは膝を抱えて待っているのだが、それは突っ込んではいけない。
扉の中には、待っている人物が――いなかった。ただ蒼い巨大な機械人形が待ち受けているだけだ。そして、その機械人形は何と言葉を発したのである。声質的には男。それもかなり若いと思われる。
「……いやいやいやいや、どんな夢だよ」
思わず突っ込んだ男の声。今のこの状況を夢だと勘違いしているらしい。だが、生憎オリヴァルトもミュラーもアルシェムも彼にとってここがどんな扱いになる場所なのかを指摘できなかったので黙っていた。
すると、男は一瞬だけ沈黙してこちらを観察しにかかったようである。彼は何となくパニックに陥っているらしい、というのはアルシェムにも把握出来た。そこに流れていたのは重い空気ではなかったからだ。
男はぶつぶつと声を漏らす。
「おかしいだろ夢にしちゃ。何で《放蕩皇子》とその剣……しかも見たことないおにゃのこ……前者は分かるけど、後者は全く以て意味わかんねえ……」
「おやおや、ということは君はリベールの人間ではないね。どうやらエレボニアに関係のある人物と見た」
男の言葉にカマをかけるようにオリヴァルトがそう告げると、男はあからさまに動揺したようなうめき声をあげる。機械人形から出て来る気は全くない様子の男は、オリヴァルトに向けて剣を向けながらこう告げた。
「まあ良い。もしこれが夢だっていうなら聞かせて貰う……倒した後にな!」
そう言って襲い掛かってくる機械人形。だが、その機械人形はオリヴァルトにもミュラーにも、ましてやアルシェムにも触れることが出来なかった。何故なら――
「レンに出来るんだったらわたしにも出来るんだよねー、生憎。っつーわけで《パテル=マテル》、バスターキャノン時差発射」
今まで黙っていたアルシェムが口を開いて機械人形を指さすと、《パテル=マテル》を召喚したからである。いきなり登場した紅の機械人形に男は狼狽したようだが、すぐに立て直して《パテル=マテル》に襲い掛かった。
その際に声を漏らしてしまうのも致し方ないことなのだろう、男が知っているそのサイズの機械人形といえば、ソレしかないのだから。
「騎神か……!?」
「続いて連接剣に向けてバスターキャノン。威力は減らしめで、生け捕りしてねー」
「ちょちょ、ちょっとまっ……」
しれっというアルシェムに一歩後ずさった機械人形は、しかし《パテル=マテル》の攻撃を防ぐことが出来なかった。というのも、彼が機械人形に搭乗した状態でずっと相手にしてきたのは近接武器を扱う相手。まさか砲撃だけで追い詰めにかかってくるとも思ってはいなかったからだ。
だが、ただで終わるつもりはない。既に彼は、ここが夢であることなど忘れてしまっていた。
「っそ……喰らいやがれッ!」
機械人形が振るった連接剣は、《パテル=マテル》には受け止められなかった。というのも、男の知らない少女がその剣を手に持った棒術具で止めていたからだ。メチャクチャだ――彼はそう思った。
「ミュラーさんや、オリヴァルトだけ頼むね」
「お前はお前でオリビエに敬意を払え。一応は皇子だぞ……」
小言を言いながらもミュラーはオリヴァルトを守るように立つあたり、職務には忠実なのだろう。その場はアルシェムと男の一騎打ち――といっても《パテル=マテル》もいるし彼の操る機械人形もあるのだが。
そこで彼は生まれて初めて見た。少女の皮を被った悪魔を。大げさかもしれない。だが、男にとってアルシェムは悪魔に見えたのである――自らの操る機械人形の腕を容易く引きちぎる光景を目の当たりにして。
「うっそだろオイ!?」
「機械人形の弱点そのいちー。関節部は脆い」
「いやいやいや、脆いとかそういう問題じゃなくてな!?」
にやりと笑いながらそう告げたアルシェムに、思わず男は突っ込んでしまった。どうやら相当なツッコミ体質のようである。きっとヨシュアあたりと気が合うに違いない。もしくはドロシー・ハイアットに密着取材させれば自滅してくれるに違いない。
なおもアルシェムの暴虐は続く。次に彼女が行ったことは、機械人形の首を狙って剣を振るうことだった。
「機械人形の弱点そのにー。人間が乗り込むなら頭か胸になることー」
「おわっ、ちょ、おま、まっ……」
アルシェムの振るう剣を避けつつ男は反撃を繰り出そうとするが、全て避けられてしまう。俊敏なのだと思って膂力は少ないと判断して敢えて受けるという手もあったのだが、先ほど腕をちぎられているのでそれはない。
そして、アルシェムは頭部ばかりを守って他が疎かになっていることを確認し、一気に足もとに潜り込んでその脚部を切断した。転倒させられ、なおも足掻こうとする男だったが、文字通り手も足も出ない。修復は出来るが今すぐには出来ないのだ。
「チッ……!」
「はいはい大人しく出て来て投降してねー。そしたらこの茶番も終わるし」
そうしなければぶっ殺す。アルシェムの目線は確かにそう言っていた。何も出来ないのならば、このまま出て行くしかない。そう判断した男は武器を手にその機械人形を消した。
「消えるのそれ……」
呆れたようにアルシェムが呟くのを見て、男はいぶかしげな顔で彼女を見た。先ほどまでは濃厚に殺気を感じたのに、今は全く感じない。それどころか敵対する気もなさそうである。
「……殺さねえのか?」
故に、思わず彼はそう問うていた。ここが夢であることなど、彼の頭の中からは吹っ飛んでいた。現実ではないかもしれないにせよ、攻性幻術でもないからだ。確かに悪夢のような戦いぶりをしてくれたものだが、男にとってその戦い方に心当たりは微塵もなかったのだから。
アルシェムは男に向けてこう返す。
「殺気を向けてたのは悪かったけど、アレを脱がさないといつまでたっても戦闘状態だったかなーと思って」
「そ、そんな軽い気持ちであんだけの殺気かよ……一般人じゃねえな?」
「そーいうあんたも一般人じゃないでしょーに。何者?」
アルシェムは彼の正体についてはまるで心当たりがなかった。もしかしたらこの先関わるかも知れない人物なのかもしれないが、今現在情報網には入っていない。この年代で、エレボニア関係だと推測される彼の所属についてあり得るとするのなら――士官学院生か。
男は躊躇ったように何度か口を開いたり閉じたりしてから告げる。
「あー、取り敢えず通りすがりの一般市民ってことにしといてくれ」
「あ、そ。呼びにくいから名前教えてよ」
その問いには男は答えなかった。今ここで彼の持つ名前の一つでもあげようものなら、一発でお縄である。唯一害のない名前もあるのだが、それを明かしてしまうとその人物があの機械人形――騎神を扱えてしまうことがばれてしまう。それはそれで今はまずいのだ。
男が何も告げようとしないのを見て取ったアルシェムは彼に向けて言葉を紡いだ。
「言う気もないなら仕方ないね。取り敢えずバンダナ君って呼称しとくけどいい?」
「好きにしろよ……俺はお前を何て呼べば良いんだ?」
「んじゃー、エルとでも。まーでも、あんまり時間はなさそうだから手短に言っておくよ」
仮称バンダナ君の身体が透け始めたのを見て取ったアルシェムはそう告げた。このまま何の手がかりもないまま逃がすわけにはいかない。消えた人物たちが突然死しているのならば別だが、それは恐らく有り得ないと分かっていたからだ。
アルシェムはバンダナ君に向き直る。
「《蛇》関係ならとっととそこから手を引くことを推奨する。レジスタンス関係なんだったら主義主張によってはオリヴァルトに協力したら? レジスタンス関係なら恐らくあの《鉄血宰相》に恨みがあるんだろうし。多分有り得ないけど《鉄血の子供達》なんだったら主人に伝えてくれると助かるな。いずれ――《首狩り》がお礼参りに行くって」
バンダナ君は、それを聞き終わると同時に消滅した。最後まで聞こえてはいたのだろうが、答えは是非聞きたかった。場合によっては手駒にも出来たかもしれない人物である。あれほどの『異能』持ちならばなおさらだ。
彼が消えると同時に、アルシェム達の前に映像が浮かび上がる。その映像は彼女にとっては思ってもみないモノだった。
❖
七耀暦1198年の年末、エレボニア帝国のラマール州にあるカイエン公爵邸にて。年の瀬も近づいたころに行われた仮面舞踏会に、異物が紛れ込んでいた。異物は三人。一人目は年若い金髪の男性。二人目はその金髪の男性が隣に従える黒髪の男性。そして、いつもならば存在しない銀髪の少女だった。
一人目の金髪の男性に関しては、特筆すべきことは何もない。武装もしていなければ武術の心得もあまり感じられないからだ。少々視線の運び方は気になるものの、許容範囲である。問題なのは二人目の方だ。彼は恐らく武器を携帯しており、いざとなれば抜くだろうと思われる――と、銀髪の少女は推測していた。
そうやって分析されていることに、彼らは気づかない。出来れば誰にも見とがめられたくなかった少女にとっては幸運なことに、仮面のせいでより幼く見える彼女に気を配るものは誰もいなかった。どうせ誰かの連れだろう、と思ったからだ。
今回少女が請け負ったのは、『カイエン公邸を襲撃してくるテロリストを、客に誰一人被害を出さずに無力化して殺害すること』という依頼である。上司を通じて伝えられたその依頼へと向かった彼女を待っていたのは、『変装などしないで動き回っていて欲しい』というクライアントからの追加依頼。その事情は少女には分からなかったし、知るつもりもなかった。
と、そこで不意に先ほど気付いた不審者が少女に近づいてきた。丁度ダンスの切れ目で、相手に恵まれていない少女を憐れんだつもりなのだろう。余計なお世話である。だが、ここで断れば目立ってしまうので少女はその場で金髪の青年を待った。
金髪の青年は少女に向けてこう告げる。
「やあ、可愛らしいお嬢さん。一曲踊ってくれないか?」
「初めまして、見知らぬ方。こんな貧相な小娘でよろしければ」
喜んで、とは少女は続けなかった。せめてもの抵抗である。だが、青年は少女の抵抗を知らないふりをして手を取った。思わず振り払いそうになったのを堪えつつ、少女は始まった曲に合わせて踊り始めた。
青年のダンスは異様に上手く、社交界に出る経験はそれなりに多いのだろうと思わされる。少女は心の中で、彼への評価をただの放蕩貴族に書き換えた。素性の分からない不審者ではないのだろう。招かれてきた人物、ということは黒髪の男性は護衛か。
そんな少女の内心もいざ知らず、男は歌うように声を漏らした。
「流れるように波打つ銀髪に、冷たく煌めく蒼穹の……まるで澄みきった空のような瞳。可愛らしい君が自分のことを貧相だなどと貶す必要はないよ」
だってこんなにも君は魅力的じゃないか――と、男は続けた。それを聞いた瞬間、少女は全身に鳥肌が立った。クサい。それ以上に痛い。このセリフを素面で言える彼の頭の造りが知りたくなった。
そう思って青年の頭部を思わず凝視してしまった少女に彼は続ける。
「おや、気に入ってくれたのかな? なら是非僕のことはお兄様と呼んでくれたまえ」
「絶対にお呼びしませんからご安心ください」
溜息を吐いて少女はそう返すと、そろそろ予定時間が迫っているのを確認した。先ほどのワルツの終焉が開演の合図なのだ。少女は小さくお辞儀すると、青年の元から離れていく。背後から突き刺さる視線を他人で遮った少女は、扉に近づいてするりと外へ滑り出た。
そして、あらかじめ用意された部屋で気配を消しつつドレスを脱ぐ。いつものスカートに関しては既にはいているものの、上だけは見えてしまうので中に着込んでおくことが出来なかったのだ。手早くブラウスのボタンを留め、仮面を付け替えて髪型を変える。これ以上は時間がないのでカモフラージュは出来ないだろう。
そのまま部屋から出た少女は、ホールの中に銃を持って入っていく男達を印象付けつつ排除すべく動き始めた。手に握られているのは長い槍。彼女の身の丈を優に超えたものである。
少女はホールの中に気配を消して侵入した。
「動くなァ!」
会場内でそう叫んだ男は、招待客たちに向けて銃を向ける。招待客たちは悲鳴を上げながら後ずさった。失神した人物もいる。どうやら女性陣はあまり気もが太くないようであった。
それを確認した男は、要求を告げるべく口を開く。
「我々は貴様ら貴族共に虐げられ、全てを喪った! 故に貴様らにも同じ思いを味わわせるべくここに立ったものである――!」
それ以上に口上が続くはずだったのだろう。貴族たちに色々と要求をぶつけたいという気持ちがよく伝わってくる。だが、少女は思わず空気の読めないツッコミをかましてしまった。
「いやいや全てってあんたら生きてるじゃん」
その言葉を聞いたリーダーと思しき男が少女を見る。この場に似つかわしくない格好をした少女だ。彼女も異物で、同じようにレジスタンス活動をしているのだろうかと一瞬だけ思って首を振る。もしも彼女も虐げられていたのだとすれば、あんな上等な服を着ていない。あんな手入れの面倒そうな長い槍など持っているわけが――長い槍? そこで男の思考は止まった。
「何者だ!」
「うーん、何者でもないってのが答えなんだろうけど。ま、取り敢えず恐喝と殺人未遂ぐらいは問えるだろうから――処刑ね」
その声は、淡々と紡がれていた。棒読みだったと言っても間違いではないほど感情を感じさせない言葉を置き去りにして少女が消える。リーダーは思わず身構えたのだが、彼には衝撃がなかった。
その代わり、少女が襲撃していたのは思わず彼女に発砲しようとしていた一人の仲間だったのだ。彼は少女の槍に貫かれ、肺に穴をあけられてもだえ苦しんでいる。それを遅ればせながら認識した一同は少女を敵だと判断した。
「こ、殺せ――ッ!」
リーダーの絶叫を聞いた一同は一気に色めき立ちながら少女を襲撃する。その場は一気に混戦と化した。本来ならば数十秒もかけずに制圧できるのだが、敢えて時間をかけているのはそういう依頼だからだ。
時間を掛けつつ一人、また一人と打倒しながら少女は嘯く。
「相手の正体も知らないくせに『殺せ』はないって」
その少女のひとりごとに返事をする者がいた。その場から逃げようともしない隣に護衛を従えた男だ。因みに他の招待客たちはじわじわと廊下に出て逃げ出しているようである。
「いやいや、君も処刑だと言っただろうに……」
「まだ一応殺してないからねー」
少女はあくまでもまだテロリストたちを殺してはいない。今回の狙いの裏には『帝国貴族を狙えばこれだけの苦しみを味わって死ぬことになる』という警告を発する目的がある故に一撃で殺していないだけだ。
そして、リーダーを除く全員が打倒され、肺に穴をあけられてもだえる羽目になる。リーダーは、その惨状に声を無くしてしまっていた。一体自分達は何をしているのか。何のためにここに来たのか。目の前の少女に殺されるためではない――はず、だ。彼の思考は、迫りくる少女の槍に分断されて消えた。
その瞬間――男が叫んだ。
「逃がすなミュラー!」
「分かっている!」
金髪男性の叫びを受けてミュラーと呼ばれた黒髪の男が少女に向けて猛然と駆け出す。しかし、少女は軽く地面を蹴って飛び退り、大仰に礼をして告げる。
「今宵の余興はお楽しみいただけましたでしょうか。エレボニア貴族はこのような卑劣なテロリストになど屈しません。では――また、お会いしないことを願って」
そのまま少女は消えた。煙のように、元から存在しなかったように。少女の存在を示していたのは、無残に殺されたテロリストたちだけだった。
というわけで、フライングあの人。実は閃やってないからしらないんですがね。
では、また。