雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
たまに一段落だけで依頼が終わることもあったりして。
では、どうぞ。
アルシェムは次なる依頼に首を傾げていた。というのも、キノコを採ってきてほしいという依頼なのだが、どのキノコなのか指示がないのである。会ってから内容は聞かせて貰えるのだろうが、ここに書かない時点で危険な香りがしていた。もしも毒キノコ等で悪用しようとする輩ならばすぐに軍につきだすつもりで、アルシェムは依頼人オーヴィッドの待つ空港へと向かった。
空港では件のオーヴィッド氏がいらいらしながら待ち受けていた。もしかしたら、こちらを先に済ませておいた方が良かったかもしれない。ただし、掲示板の中で一番怪しい依頼だったのだから出来るだけ時間に余裕を持って当たりたいと思ったのである。と、アルシェムは心の中で言い訳をした。
アルシェムはオーヴィッド氏と思しき人物に笑顔で話しかけた。
「お待たせしました。準遊撃士のアルシェムです。遊撃士協会にキノコ採集の依頼を出されたオーヴィッド氏で間違いないでしょうか?」
すると、オーヴィッドは一瞬眉をしかめ、アルシェムを見定めてから口を開いた。どうやら、信頼して貰えそうである。
「ようやく来たか……オーヴィッド商会代表のオーヴィッドだ。時間もないので依頼の内容を伝えるぞ」
「はい、お願いします」
すると、オーヴィッドは依頼の内容を話し始めた。何でも、『ホタル茸』という名のキノコを探しているようだ。使用目的は明らかにはしなかったが、どうしても手に入れたいとのこと。
因みに、ホタル茸とは、文字通りホタルのように光るキノコのことである。しかも、ただの光ではない。このキノコは七耀の力が流れている脈の上の草むらに群生することが多く、自然と七耀石と同じ性質を持ってしまっているのだ。つまり、魔獣を引き寄せるのである。
アルシェムは失礼にあたるかも知れない、と思いつつもオーヴィッドに質問をした。
「失礼ですが、オーヴィッドさんはそのキノコをどうして手に入れたいのでしょうか?」
「どうして、だと? それを言う必要があるのか?」
眉をひそめてオーヴィッドはアルシェムに問い返した。アルシェムはオーヴィッドにも分かるようにホタル茸について噛み砕いて説明する。
「ええ、というのもこのキノコ、魔獣を引き寄せる光を放ちますので。犯罪に利用されることがあるんです」
そこまで言うとオーヴィッドもその可能性に気付いたようだった。自分が外から見える範囲で持ち運びすれば魔獣に襲われるということに。もっとも、アルシェムは
それを利用して人間を襲わせようとしているのではないかと疑っていたのだが。
オーヴィッドは顔を真っ赤にして反駁した。
「そんなことするものか! 食べるんだよ、食用だ!」
「食、用……ですか」
遠い目をしながら、アルシェムはとある記憶を掘り返していた。即ち、その『ホタル茸』を食べた記憶を。
あの時は確か魔獣も何もいない場所で運悪く野宿する羽目になったのだ。その時に生えていたのがこのキノコ。決して美味ではないが、食べられないこともない味だったはずだ。
複雑な顔をしながら、アルシェムはオーヴィッドにこう告げた。
「分かりました。では早速採取してきます」
「夕方の定期船が出るまでに頼むぞ」
「はい」
アルシェムはオーヴィッドの前から辞してこのあたりで一番七耀石の影響が強い場所――つまり、鉱山の近く――まで足を運んだ。そして、付近の草むらを探る。ホタル茸はキノコというだけあって湿気の多いところに生息するためだ。幸い、そのキノコ自体はすぐに見つかった。周囲に群がる魔獣は殲滅済みのため、魔獣に襲い掛かられるといったこともない。アルシェムは状態の良いものを厳選して10個ほど採取しておいた。
アルシェムがキノコを採取し終え、ロレントへと足を向けようとした瞬間だった。突然地響きがしたのは。
「……地震じゃない。でも、震源は……鉱山? 今は昼過ぎだから、流石に鉱員さん達は中に……マズい!」
アルシェムはその場から駆け出した。もしも今鉱員が鉱山に入っていたとすれば落盤が起きている可能性がある。可能性があるだけで確定ではないが、それでも確認しておくべきだろう、とアルシェムは判断した。
それと同時に、アルシェムは昨夜の悪夢を思い出していた。落盤に呑まれ、岩の下敷きになるエステル。身動きの取れないところに巨大な魔獣が襲い掛かってそのまま嬲り殺される夢だ。もしも今日カシウスの代わりに受けた依頼で鉱山に行っていたとすれば、この夢が当たってしまう可能性も無きにしも非ずなのだ。
焦りながらアルシェムは鉱山に辿り着き、逃げ出て来る鉱員をかき分けながら鉱山の中へと向かった。下層へ行くためであろうトロッコに沿って走り、下に降りたままの昇降機に向かって飛び降りる。
「うおっ!?」
「済みません、遊撃士です! 取り残されている人は!?」
「え、ええっと……遊撃士の嬢ちゃん達があっちに……」
鉱員がそう言った瞬間。アルシェムの耳に小さな悲鳴が聞こえた。聞こえた瞬間にアルシェムは迷わずその方向へ駆け出す。すると、鉱員と思しき男が土埃の奥から現れる魔獣に襲われているところだった。
「下がって、昇降機へ!」
「ひ、ひいいいいいいっ!?」
アルシェムがその男に声を掛けると、男は何度も転びながら昇降機の方へと駆けて行った。それに構うことなく、アルシェムは正面を見据えた。微かに匂う火薬を感じながら土埃の奥へと目を凝らす。すると、巨大な甲殻類の魔獣がこちら側へ出ようとかさかさと足を動かしていた。普通の女子ならば硬直して鳥肌でも立てて叫ぶところだろうが、生憎アルシェムはこの程度の魔獣は恐怖の対象ではない。
アルシェムは導力銃をしまい、棒術具を組み立ててその魔獣を睨みつけた。そして、ポケットの中に手を入れながら土埃の中へと突進する。
「……シュトルムランツァー」
アルシェムはクラフトを発動させて甲殻類の足を全て奥へと押し込んだ。次いで、ポケットの中にある特殊オーブメントを駆動させる。すると、暴風が起きて甲殻類は耳障りな音を立てながら後退した。
魔獣を追ってアルシェムは土埃の先へと抜ける。すると、そこには魔獣の巣と思しき空間が広がっていた。そして、その中にはわさわさと甲殻類の小形魔獣が大量に湧いて出て来ている。
「……いや、何でこんなにいるの?」
アルシェムは思わず遠くを見ながらそう言った。これを狩りつくすのは流石に時間がかかる。とはいえ、放置するわけにもいかない。
考える時間を稼ぐために、アルシェムはポケットの中のオーブメントの翠色のボタンを再び押し込んだ。すると、アーツが発動して魔獣が奥へと吹き飛ばされていく。その隙に、アルシェムは全力で考えた。この状況をいかに早く切り抜けるかを。
そして、アルシェムはおもむろに鞄からホタル茸を1つだけ取り出すと、崩壊した入口から一番遠い位置に投げた。過たずキノコはアルシェムの狙った位置に落ち、魔獣はこぞってそのキノコに群がっていく。そして、完全に魔獣がキノコに魅了されて密集しすぎたその時をアルシェムは待った。右手に棒術具を持ち、左手に導力銃とオーブメントを持って。
魔獣が一か所に団子のように固まった瞬間、オーブメントのスイッチを押したアルシェムはクラフトを発動させて駆けだした。左手の導力銃を連射し、外側の魔獣を粉砕していく。当然、魔獣もそれに気付いて抵抗しようとするがもう遅い。発動したアーツは、対象の位置を固定する空属性のアーツ。動けるはずがないのだ。
間を詰めたアルシェムは導力銃を一時的にブラウスの中にしまい、両手で棒術具をもつ。そして、全速力の突きを複数回繰り出した。手ごたえは硬い。それでも、確実に魔獣は死に絶えていく。
小形魔獣が全滅したころ、巨大な魔獣はキノコを咀嚼してアルシェムに狙いを定めていた。しかし、アルシェムのクラフトはまだ終わっていない。棒術具の突きが容赦なく巨大な魔獣に突き刺さっていく。魔獣は右に左にハサミを振って逃れようとするが、アルシェムは止まらない。
「流石にさ、本気を出すわけにもいかないんだよね。だからこのまま死んでよ」
アルシェムは小さくそう嘯き、クラフトを終えてもなお同じ速度で棒術具で魔獣を打ちのめしていく。
そして――魔獣は、アルシェムの手によって殺害された。完全に動かなくなり、セピスを残して魔獣は消えた。アルシェムは空属性のアーツでセピスを回収し、その場を後にする。
すると、崩落した個所を過ぎたところにヨシュアがいた。ヨシュアは一瞬訝しげな顔でアルシェムを見たが、すぐに顔に笑みを張り付けて問いかける。
「やあ、アル。何でこんなところに?」
「マルガ山道にキノコ採集に来てて、地震っぽいのがあったからさ。もし崩落でもしてたら危ないなーと思って見に来たんだ。ヨシュアは?」
「僕達は父さんの代理で来てたんだ。そうしたらいきなり地面が揺れて魔獣が溢れて来たんだけど……途中でめっきり来なくなって。もしかして、アルが退治してくれたのかい?」
ヨシュアはまるでアルシェムのことを詮索するかのようにそう問うた。実際、ヨシュアはアルシェムの力量について多分に疑っていた。明らかに裏の世界の人間の動きをすることが多かったからである。もしもヨシュアを狙いに来た刺客ならば問題ないが、エステルを狙っている悪党の仲間であった場合が問題である。エステル自身は自覚していないが、彼女は誰かに命を狙われていてもおかしくないのだ。カシウス・ブライトへの復讐として。
アルシェムは遠い目をしながらこう応えた。
「あーうん、何か凄いの出たから退治してた」
「そ、そっか……うん、けがはないみたいだね」
ヨシュアはアルシェムの様子を見てそう言葉を濁した。疑っていると思わせてはならないのである。もっとも、アルシェムにはヨシュアの感情も視えているので完全に気付いたうえで放置しているのだが。
アルシェムは苦笑しつつヨシュアに返した。
「基本的に間を取ってしか戦わないからね、わたし。それで、鉱員さんが逃げてくの見えたけど……ここ、もー誰もいない?」
「うん。……どうかした?」
「逃げてった鉱員さんさ、火薬の臭いがしたんだけど……ここって爆薬とか使って掘り進めるような鉱山じゃないよね?」
ヨシュアはその言葉に眉をひそめた。火薬の臭い、ということは人為的に崩落が引き起こされた可能性があるからである。ヨシュアは首を振ってそれを否定した。
「そっか……七耀石でも狙われてるかな?」
「うん、多分……今日の依頼がその関係だったから……依頼主には厳重に保管するようにお願いしておくことにする」
「それが賢明だよねー……さて、上に戻ろーか? 不法侵入の謝罪もしなきゃだしねー……」
ヨシュアはそれに首肯し、先導して鉱山の外へとアルシェムを誘導した。エステルと鉱員達は外で待っていたようである。エステルはアルシェムを見ると目を丸くして叫んだ。
「何でアルがいるの!?」
「地震っぽいのを感知したから崩落とか起きてないか見に来たんだ。案の定起きてて魔獣まで湧いてたからびっくりしたけど」
「そ、そっか……」
エステルは何とも言えない顔をしながらそう言った。心なしか落ち込んで見える。アルシェムはそれを見ないふりをして鉱山長に頭を下げた。
「済みません、勝手に出入りしちゃって……一応報告しておきますけど、崩落の奥にあった魔獣の巣は殲滅してきました」
「いやいや、誰にも怪我がなくて良かったよ。嬢ちゃん達がいなかったら俺達は魔獣に喰われて死んでたからなあ」
「エステル達が皆さんを避難させてくれてなければ本当にそうなってたかもしれませんね。……割と、強い魔獣だったので」
アルシェムは遠い目をしてそう言うと、ふと太陽を見た。かなり傾いて、赤く染まってきている。ぎぎぎ、と音がしそうなほどぎこちなく首を戻して鉱山長に向き直ると、アルシェムは勢い良く礼をしてこう叫んだ。
「済みません、時間がないので先に失礼しまっす!」
「お、おう……」
戸惑う一同を放置して、アルシェムはマルガ山道を駆け下りた。夕方の定期船に間に合わなくなってしまう。アルシェムはロレントの市街を駆け抜け、空港に突入した。すると、待っているはずの場所にオーヴィッドはおらず、代わりに定期船がすでに停泊していた。つまり、もう乗り込んでしまっているということだろう。アルシェムは定期船に乗り込んだ。そして、離陸のアナウンスに焦りつつも客席を探すとあっさりとオーヴィッドが見つかる。
アルシェムは肩で息をしながらオーヴィッドに声を掛けた。
「す、みません……遅く、なって、しまって……」
「あ、ああ……ま、間に合ってよかった」
「では、確かにお渡ししましたから……失礼、します」
アルシェムは深々と頭を下げてオーヴィッドの前を辞した。定期船の甲板に出た瞬間、定期船が動き始めた。このままでは密航になりかねない。アルシェムはその場から空港の外の茂みへと向けて飛び降りた。幸い、それに気付いた人間はいなかったために事なきを得た。そのままフェンスの隙間を潜って空港内へと戻るアルシェム。
そして、アルシェムは肩で息をしながら空港から出た。ゆっくりと遊撃士協会の方へと向かうと、何故か教会から出て来た蒼い髪のジェニス王立学園の制服を着た少女にぶつかってしまった。流石に疲れていたため、避けることが出来なかったのだ。少女はアルシェムにぶつかって手に持っていた本を取り落としてしまった。
「済みません、お怪我はありませんか?」
アルシェムは少女に謝罪し、本を拾い上げながらそう告げる。すると、少女は微笑みながらこう返した。
「大丈夫です。こちらこそ申し訳ありませんわ。私、前を見ていなかったものですから……」
「わたしも少し注意が足りなかったようです。申し訳ない……」
お互いに頭を下げ、謝罪しあう2人。
「いえ、こちらこそ本当に申し訳ございませんでした……」
「いえいえ、わたしも前を見ていなかったので……」
「いいえ、私こそ……」
「いや、わたしが……」
少女とアルシェムの謝罪合戦はこのまま数回続いた。辟易したのだろうか、そこで少女はアルシェムにこう告げた。
「ふふ、どちらも前方不注意ということでここは手を打ちませんか?」
「で、でも……」
「でもは言いっこなしですわ」
そう言って少女はアルシェムに軽くウインクした。それでアルシェムは若干緊張を解いた。持ちっぱなしになっていた本を少女に手渡し、アルシェムは少女にこう言った。
「では、後ででも構いません。もしも怪我などに気付かれましたら遊撃士協会までご連絡をお願いします。準遊撃士のアルシェム・ブライト、と言えば通じるはずですので」
「あら、律儀なんですね。……分かりましたわ、そこを落としどころとさせていただきましょう。伝言を入れる際はジョゼット・ハールより、と伝えておきます」
にっこりと少女――ジョゼットは微笑んでそう告げた。アルシェムはそれに首肯し、お互いに挨拶をする。
「御機嫌よう」
「御機嫌よー」
ジョゼットは貴族のような雰囲気を感じさせる
アルシェムはその仕草に内心眉をひそめていた。若干恥ずかしかったから、というのもあるが、『ハール』という貴族の家名は聞いたことがなかったからである。それは後で調べることにして、アルシェムはジョゼットがホテルの方へと向かうのを確認してから遊撃士協会へと向かった。
そこで、アイナに本日の依頼の報告を行った。無論、定期船から飛び降りたのは内緒である。ついでに鉱山での出来事も詳細に報告しておくと、蒼い顔をしたエステル達に盛大に怒られてしまった。
「何してんのアル!?」
「そんな大事になってたんだったら僕達を呼んでよ!?」
「い、いやー、だってさ? 呼ぶ暇もなかったし……ね?」
「「ね? じゃない!」」
その後、たまたま遊撃士協会に寄ったシェラザードも真っ青になるほどこってり絞られたアルシェムは、罰として本日の夕食をシェラザードに奢ることになってしまった。しかも、居酒屋のアーベントで。呑兵衛のシェラザードに酒をおごるというのはある意味自殺行為でもあった。……もっとも、アイナがその場にいれば破産していただろうが。
その日のアルシェムの財布の中身は、一気になくなってしまったという。そもそも、アルシェムは財布の中には必要な分のミラしか入れない――といっても、一応は一万ミラは入れてある――主義である。貯蓄の大元はカシウスの勧めでエレボニア帝国とカルバード共和国に挟まれたクロスベル自治州の銀行IBC(International Bank of Crossbell)に預けてあるため、懐は全く以て痛まなかったのだが。
ジョゼットさんの出番増量のお知らせ。
では、また。