雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧120話~121話のリメイクです。

 では、どうぞ。


《影の国》とは

 小一時間にもわたる説教を終えたエステル達は改めてセレストに向き合い、この《影の国》の概要を説明して貰った。一人だけ拾い集められる単語だけでは状況が全く把握できていない少女もいたが、それは後ほど解決することにして説明を終わらせて貰う。

 《影の国》とは――《輝く環》のサブシステムであり、虚構の世界でありながらも現実を反映しつつ独自の法則で動く影絵の世界。全くの偽物というわけではなく、全て現実でもあり得ることが具現化した場所である。そして、それはその場にとどまらず《影の国》を越えて現実世界にまで影響を及ぼしていくのだ。そうやって、《輝く環》は人間の欲望を叶えてしばりつけた。

 セレスト達《封印機構》はその呪縛から抜け出すために端末《レクルスの方石》を作り上げ、人類を《輝く環》の制御下から離れさせようとしたのである。ただの奴隷から一人の確固たる人間として生きていくために。彼女らはその作り上げた《レクルスの方石》によって眉唾物の噂だと思っていた《銀の娘》を発見し、それを《影の国》から出すことによって攪乱に使えるだろうと判断した。そして《銀の娘》を奪って逃走しつつセレストの人格を《レクルスの方石》を使って《影の国》内で破壊工作を行った。

 その結果、彼女らは多大な犠牲を払いつつも《輝く環》を封印せしめることに成功したのである。《封印機構》はその後解体され、リーダーだったセレストが人々をまとめ上げてリベールという国を作ったのであった――というところは流石にセレストは知らない。ここに存在するセレストは《レクルスの方石》を使って《影の国》内に侵入させられた人格。本人と情報が共有できているわけがない。

「そして……《環》の封印によって私と《影の国》は緩やかな消滅を迎えるはずでした。ですが、数百年……いえ、数千年でしょうか。途方もない時間の後に、ある人物がこの場所に現れたのです」

「それが……《影の王》ですね?」

 険しい顔をしてヨシュアがそう返すと、セレストは神妙な顔でうなずいてみせた。《影の王》とは、今現在の《影の国》を支配している人物であるらしい。その程度の認識で十分だと言われたのでアルシェムは何となく納得していたのだが、どうにも腑に落ちないことがあった。『意識がないのであれば――《影の国》の制御など出来るはずがない』。このセレストの言によると、《影の王》には意識があり、なおかつ膨大な情報量を捌けるということだ。そんな人間などほぼ有り得ないと言って良い。

 アルシェムの中で絞り込まれた『容疑者』は本当に僅かだった。アルシェム自身、メル、そしてケビン。次点でオリヴァルトあたりもありそうな気もするが、何となく違うと分かっていた。

 もしアルシェム自身が犯人ならば既にこの場から逃げ出せているだろう。彼女自身の望みを叶えてくれるのならば、エステル達を取り込むことなど有り得ない。そして、メルでも恐らく有り得ないだろう。彼女の『異能モドキ』はそちらに特化したものではないのだから。

 この世界を好き勝手に作り替えられ、全ての人物と面識がある人間など限られる。特にティオと面識がある人物など。そういう意味ではケビンも犯人では有り得ないのだ。ティオはケビンと面識があるようには思えない。可能性があるとすれば搬送先の病院で精神異常が認められて治療のために呼ばれたということくらいなのだろうが、当時ケビンは従騎士から守護騎士になるかどうかという時だったはずだ。従騎士の時であればありうるかもしれないが、守護騎士になってしまっていれば有り得ない。

「……容疑者は、二人……かな?」

 その、思わず漏らした言葉が全員を驚愕させた。まさかいきなり容疑者という言葉が出て来るとは思わなかったからだ。しかも、一番犯人に近そうな人物から出る言葉だとも思えない。攪乱か、と実はいたリシャールは思っていた。

 ほぼ空気と化しているジョゼットがアルシェムに問う。

「ど、どういうことだよ?」

「あーいや、この場所を構築できるくらいの情報量を捌ける人物を脳内で絞り込んでたんだけど、イロイロ腑に落ちなかったから複数犯なのかなって」

 曖昧な言葉に首を傾げる一同の中。唯一その言葉を理解出来たのはカリンだった。省略されている言葉を補填し分かりやすく要約すれば、こうなる。『《影の国》を完全に制御化におけるくらいの情報量を捌ける人物を絞り込んだが、イロイロな事情を鑑みた結果一人で為したのではなく複数人でこの世界を形作っている』。二人だとした理由は全く分からなかったのだが、そこにも理由はあるのだろう。

 そこに口を挟むシェラザード。

「それってもしかして、《黒騎士》とかいう奴のことじゃない?」

「……誰それ」

 その当人を見ていたらしいシェラザードは分からない人たちに向けて《黒騎士》について説明した。どこか見覚えのあるような気がするフォルムのシルエットで、顔を隠していること。たびたび《影の王》に協力している様子が見られること。後取り敢えずは男だと思われることなど。思いつく限りの説明を施した。

 と、そこでアルシェムは気づく。何故か気配を消して近づいてくる人物がいることに。それが《黒騎士》かと思いきや、視線を動かすとケビンである。どうやら人事不省から立ち直ったようだ。

 とても怪しい容疑者相手にすることはといえば、一つしかなかった。

「取り敢えず、その《影の王》とやらの目的とか知らないの? そこの重役出勤のネギ!」

「誰がネギや、誰が!」

「「テメェだよ」」

 思わず突っ込んでしまった人物たちの言葉にコメディタッチで傷ついたケビンは三秒で立ち直ったようである。ケビンはそのままそこにいる人間が誰なのかを確認するように周囲を見回した。

 そして――

 

「って、何でこんなカオスなメンツになっとるん!? ヒトの増え方おかしない!?」

 

 彼も思わず突っ込んでしまった。まだ増えるかもしれないとは思っていたものの、まさかこの人物は出現しないだろうと思われた人物までいるのである。最早突っ込むことしか出来なかった。

 エステルは困惑しつつケビンに問う。

「えっと……も、もう大丈夫なの? ケビンさん」

「あ、ああ、大丈夫やけど……大丈夫やけどな、エステルちゃん……」

 ケビンは頭を抱えた。こんなところで会いたくない人物ナンバーワンがケビンの目の前で微笑んでいた。その人物は――

 

「ケビン君、ケビン君、歯を食いしばってくれるわよね?」

 

 うふ、と笑いながら思い切り腕をしならせたビンタでケビンをダウンさせた。彼女が一体誰かというと――カリンである。一応この二人の間にも面識はあったらしい。慌ててケビンを助け起こしたリースは、しかしカリンに食って掛かることが出来ない。何故なら、リースよりもカリンは強いからだ。肉体的にも、精神的にも。

 カリンは助け起こされたケビンに向けてこう告げた。

「はい、事情説明して。見当はついていますって顔をしていたから大体のところは掴んでいるんでしょう?」

「いいいいいい、イエスマム!」

 びしぃっ、と綺麗に敬礼したケビンは一同に少しばかり説明をした。《影の王》の正体については何となく心当たりがあることを。それが『誰』だとは明言しなかったものの、分かる人物には分かった。ここにはケビン・グラハム個人ではなく《外法狩り》を知る人物たちがいるからだ。

 その説明を終えて、ケビンは取り敢えず探索に戻ることを決めた。先に進まないことにはどうしようもない。セレストによると、《影の王》は《第七星層》にいる可能性が高いらしい。今現在は《第五星層》の終わりがけらしいので早く進みたいのだろう。

 一旦探索に出たケビンは先に進むための人員を変更しなければならなくなったらしく、すぐに戻ってきた。ケビン曰く必要なのはクローディアとアガット、そしてアルシェムらしい。ただしアルシェムは人数に入れられないらしく、『《鍵》を除き定員五名』とのことだ。

 結局ケビンはクローディア、アガット、メル、レン、アルシェムを連れて探索を再開した。《第六星層》はどうやらエルベ周遊道風の場所らしい。そこに立っている七耀石で出来た石碑からどこかに飛ばされる可能性はあるとはいえ、あまり広くはなさそうである。

 行動範囲内にある石碑――蒼耀石の石碑に一行が触れると、予測通りどこかに飛ばされたようだ。その場所に見覚えがある人物は、いぶかしげにその光景を見ていた。その場所は――

「学園、ですか……」

 クローディアの通っていたジェニス王立学園――の、モノクロ版だった。そこかしこに人形兵器と思しき騎士がうろついているが、このメンツならばそうそう遅れは取らないだろうということでメルが提案し、分散して探索を行うことになる。

 その提案を聞いたアガットは声をあげた。

「なあ、ずっと疑問だったんだが……シスターたちは皆神父の同僚ってことで良いのか?」

「さ、察してるなら口に出さんとってもらえますかねアガットさん……他言無用でお願いします」

「いや、リオの奴は知ってたが……まさかルーアンのシスターもそうだとは思わなかったからな」

 それを聞いたメルはアガットから視線を逸らした。こんなところで暴露することでもなかったのだが、後でどうせ理由を聞かれることになるのは分かり切っている。説明の機会は後ほど設けた方が良いだろうと判断した。

「それはまた後ほど、皆さんの前でご説明します。それよりも探索が先ですよ」

「そ、そうだな。それでどう分ける?」

 アガットは逆らえない何かを感じてそう話を変えた。するとケビンがツーマンセルで回ることを提案して人員を分ける。分け方としてはケビンとレン、クローディアとアガット、メルとアルシェムである。組み方に関してはほぼこれ一択しかなかったのだ。

 まず、一番に組み合わせが決まるのがクローディアとアガットである。ケビンとクローディアでも良いが、決定力に欠けるためだ。アルシェムとは過去の事件関連で組ませられないし、メルに関してはケビンと同上である。これ以外に組み合わせが有り得ない。

 そして、次に組むのが残ったケビン、レン、メル、アルシェムであるが、この時点で組み合わせてはならないのが《身喰らう蛇》コンビである。もう抜けたアルシェムと戻ってはいないとはいえまだ所属しているレンを一緒にするわけにはいかない。故に、この二人は分ける。そしてレンに理解があるかどうかわからないメルを彼女と組ませるのもどうかと思ったのでケビンがレンと、メルがアルシェムと組むことになった次第だ。

 一同は場所を決めて赤い甲冑だけ倒すことに決め、散った。ケビンとレンは本校舎を担当し、クローディアとアガットは男子寮とクラブハウスを担当する。そしてアルシェムとメルは女子寮と講堂を担当することになり、旧校舎に関しては色々といわくつきのような気がするらしいので後回しということにするらしい。

 女子寮に入った瞬間、温厚な顔をしていたメルが般若の形相になってアルシェムを睨みつけた。

「え、あ、えっと……メル?」

アルシェムは顔をひきつらせてメルに声を掛ける。すると、メルは表情を崩さないままに口から言葉を吐き出した。

「いきなりあんなことをするなんて一体何を考えているんですかこのお馬鹿さんは貴女が何を考えていたのかは確かに分かりますし気持ちを分かってあげられないまでも推測は出来ますけどこっちがどれだけ心配したと思ってるやがるんですかいやいやまさかあたし達が貴女のことを心配しているだなんて思ってもみなかったんでしょうけどこっちはとても心配していましたなので一応怒る権利はありますよねそうですよねなので大人しく怒られてくれますよねええそうですか大人しく怒られてくれますかありがとうございますというわけでぶん殴りますイイですね?」

 メルはそう言いながら拳を振り上げ、神妙な顔をしたアルシェムをぶん殴った。アルシェムは逆らうつもりはなかったので黙って受け入れたが、後で地味に嫌がらせでもしてやろうと思っていた。アルシェムとしては別にそこまで――自身の生死にまでとやかく言われる筋合いはないと思っている。

 一撃で気が済んだらしいメルと共に、アルシェムは赤い甲冑だけを倒し終えた。そして女子寮から講堂に移って同じく殲滅する。あまり手ごたえは感じなかったので、何かあるのだろうと思いつつも外に出てケビン達と合流することにした。

 すると、旧校舎に続く道の前に向かっているケビンとレンを見つける。それに次いでアガットとクローディアも合流し、いつの間にか色を取り戻した後者に背を向けて旧校舎へと突入――出来なかった。というのも、目の前に立ちふさがった人物たちがいたからだ。

「……シュコォォォ、シュコォォォォ……」

「……えっと」

「突っ込んでやるな……大体姫さんの鳥のせいだから……」

 困惑したようにその人物を見たクローディアに、アガットは頭を押さえてそう告げた。その人物はスキンヘッドで、似合わないサングラスをかけている。そう、ある意味一番のジークの被害者ことディンである。同じくロッコとレイスもいるのだが、生憎眼中にはない。

 そして、会話する隙も与えずに戦端を開かせてしまったのは、この言葉だった。

 

「あら、どうしてそんな似合わない禿げ頭をしているのかしら?」

 

 その言葉を告げたのはレン。そして、それを聞いた瞬間のディンの反応は――

 

「き、キエエエエエエッ!?」

 

 奇声を上げながらの吶喊であった。レンはそれをひらりと避けるが、彼の拳が抉った地面を見て顔を引きつらせる。どれだけの力が込められているというのだろうか。ロッコとレイスもあ、これ止められねえから! と告げつつ襲いかかってきたため、その場は混戦状態となる。

 その場で状況を把握出来ていたのはアガットだけだったため、自然と彼が指示を出すことになる。アガットはその場にいる人物で相性がよさそうな組み合わせを模索し、叫ぶ。

「ディンの野郎は俺、レイスはアルシェム、ロッコはレンと神父で当たれ! 姫さんとシスターは援護!」

「はい!」

 返事をしたのはクローディアのみだった。アルシェムが赤毛のレイスに向かうのを見て消去法で紫頭がロッコだと判断したレンとケビンは隙を見つつ攻撃を当てて行く。アガットはディンを抑えているので精一杯だったため、柄ではないのだが防衛戦を余儀なくされる。この中で一番早く終わる戦いは――無論、素早さ対決となっていたアルシェムとレイスの戦いであった。

「ひゃはは! これで終わりだぜ!」

「速い分防御が薄くなるって分かってるんだからさー……もーちょっと、急所は守ろーよ」

 スタンロッドを振り上げたレイスの懐に、ロッドをすり抜けて入り込んだアルシェムは鳩尾に一撃。ついでにアーツを発動させながら下がって避けさせないように導力銃で誘導して沈めた。

 そして、レイスを片付けたアルシェムは最後にディンを全員で袋叩きにする方が良いと判断してロッコを消しにかかろうとするのだが、そこでアガットから声がかかった。

「代われアルシェム!」

「了解」

 アガットの代わりにディンの攻撃を受け止めたアルシェムは、あまりにも硬すぎる攻撃に眉をひそめた。後で絶対事情を聴くと心に決めつつ攻撃を捌き、彼がバランスを崩したところで弛緩している部分に攻撃を入れる方法を取り始めた。

 そして、数十秒の後――アガットが唐突に叫んだ。

 

「全員下がりやがれ! これで決めてやる……!」

 

 その声に反応して全員が飛び退る。すると――その間に宙に飛び上がっていたアガットが、Sクラフトを発動させた。地面に大穴をあけかねない威力のそれは、過たずロッコとディンを打ち据えて押しつぶす。

「……南無」

 思わずアルシェムが拝んでしまったのは無理もない。彼らは叩き潰されたまま消えて行ったのだから。ここに存在するのは偽物だと直感している以上流石に死んではいないと思うのだが、やり過ぎであることに変わりはなかった。

 そして、一行は先に進めるようになったために旧校舎へと足を踏み入れる。そこに待つ人物がとんでもない手練れだと知る者は、まだそこにはいない。




 一番の被害者→ディン。

 では、また。

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