雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧118話終盤~119話のリメイクです。

 鬱注意。

 では、どうぞ。


~守護者の試練~
心の奥底の願望


 リース達が帰還し、今までと色の違う封印石を石碑にかざした。何となくアルシェムはその封印石が『誰』なのかを察していたのだが、その予感を必死に振り払っていた。何故なら、もしもその人物だった場合――彼女はアルシェムの正体をばらしてしまう可能性があるのだ。出現した瞬間に殺害は流石にマズい。というかしたくない。

 だが、アルシェムの予感は当たってしまった。その封印石から現れたのは――

 

「――やっと直接、言葉を交わすことが出来ますね。ふふ、何百年ぶりになるのかしら――《銀の娘》」

 

 クローディアによく似た姿の、女性だった。紫色の髪に、独特な意匠の服をまとった女性。アルシェムはスッと表情を消して様子をうかがう。彼女が何を口走るのかを見極めるためだ。もしも余計なことを口走るようなら――存在ごと消し去らなければならないだろう。彼女が《守護騎士》たる故に。それ以上に、皆に知られることを恐れているから。

 その言葉に困惑したようにシェラザードが声を漏らす。

「え、えっと……誰のことかしら?」

 まさか自分のことではないだろう。そう思っているような口ぶりである。確かにシェラザードの髪は銀色で、そう呼ばれてもおかしくはない。だが、目の前の女性の視線は明らかにシェラザードの方向を向いていない。故にそう告げたのだ。その視線の先に誰がいるのかを半ば自覚しながら。そんなことは有り得ないと必死に自分に言い聞かせて。

 その女性は微笑みながら一同に礼をした。

「ふふ……初めまして、我が末裔と我が庭園を訪れし客人達よ。私の名はセレスト。セレスト・D・アウスレーゼといいます」

「あ、どうも……」

 しれっと言葉を返したのはエステルである。この状況でも物おじしていないのは流石というべきなのだろうが、イロイロと聞き流してはいけない言葉があることを突っ込んではいない。何となくそういうモノだと理解出来たのだろうが、その感覚を言葉にしない限りは皆に共有はされない。たとえ共有していたとしても、何も変わらなかっただろう。彼女が告げる言葉は一つの結末を呼ぶ。

 セレストはアルシェムに視線を固定したままにこやかに告げた。

「たくさんのことを説明したいところではありますが、どうしても一つだけやらなければならないことがあるんです」

 そしてセレストはするりとその場から動き始めた。誰も、それを止めることが出来ない。当たり前だ。彼女は霊魂の類ではないとはいえ、この場所では実体がない。たとえどれだけの人物が阻もうとも――そもそも一同には阻む気はないのだが――彼女はそこに辿り着いただろう。そう――彼女が《銀の娘》と呼ぶアルシェムの目の前に。

 そうしてセレストは真剣な顔で問うた。

 

「貴女を連れて逃げた彼女は、どうなりましたか?」

 

 アルシェムは目を細めた。皆の前で尋問まがいのことをしてまで消息を知りたいくらいなら、別れなければよかったではないか。仄暗い感情がアルシェムの中で渦巻く。そんなことを聞かれて、当時意識の欠片すらなかったはずのアルシェムに何が答えられるというのだろうか。たとえ夢でその状況を知ったとしても――それが本当のことだと、彼女に判断するすべはないのに。

 アルシェムはかすれた声でこう返した。

「人違いだと言っても信じないんだろうからこう返しておくよ。本当に覚えていると思っていてそんな質問してるわけ?」

「ええ。意識がないのであれば――《影の国》の制御など出来るはずがありませんから」

 セレストの言葉に一同はざわめいた。もしもセレストの言っていることが本当ならば、アルシェムはここから出る術を持っていることになりやしないだろうか。制御できるということはそういうことだ。ただし、そこに当然出て来るべき疑問は押し殺されている。もしも当時から生きているのだとして、何故《ハーメル》に棄てられていたのか。そして、どうやって生き延びていたのかという疑問である。

 半眼になったアルシェムはセレストに告げる。

「知らない、としか言いようがないね。それにこんな場所を制御できてるんならとっくに逃げ出してるってーの」

「ならば、貴女はどうやって……」

「その答えはわたしの質問に答えて貰えればきっと分かるよ。多分きっとメイビーだけどね」

 セレストの困惑した顔を不機嫌そうに睨みつけたアルシェムは、既に余裕をなくしていた。セレストにこの場所で彼女の全てを暴かれ、エステル達に全てを知られるという懸念を気に掛けられないほどに。そんなことを気にかけていたとしても、アルシェムはその質問をしただろう。どうせいつか知らなければならないことなのだから。

 アルシェムは、問うた。かつて別の人物に向けられた問いを。その問いに答えが返ってくることなど期待せずに。

 

「さて問題です。わたしの親は誰でしょう?」

 

 あくまでも、その情報が得られれば彼女自身の正体が暴けるというだけのことだ。彼女自身も知らないその正体の如何によってアルシェムのこれからの行動が変わってくる。ただの一般人であれるというのなら、その方が本当は良かったのだ。間違いなくそんなことは有り得ないのだが。ただの一般人であってほしい。アルシェムはそう願いながら待った。

 エステル達はその答えを、恐らく『セレストの子孫』あたりだと推測した。ただ、そうなると彼女にはリベール王家の血が流れていることになるのだが、そのあたりは考慮していない。セレストの『我が末裔』という言葉はクローディアを指したのかアルシェムを指したのかわからなかったがゆえにこの推測である。無論、後者では有り得ないのだが。

 セレストは瞠目した後、困ったように答えた。

 

「《環》が《影の国》の制御のためにどこかから預かった子ですから、私も貴女の親は知りません」

 

 その答えは、アルシェムを確実にエステル達と同じ『ヒト』ではないと証言するものだった。もしも《輝く環》が《影の国》の制御のためにどこかから子供を――赤子を預かってきたとして。それがただの一般人の赤子である可能性はあるだろうか――そんな可能性、あるはずがない。情報量だけでも軽くコンピュータを超えるというのに、ただの赤子にそんなものの制御ができるはずがないのだ。

 そこまで思考が至った時、彼女が取る行動は一つだった。そう、たった一つしか取れる行動はなかったのだ。いつだって彼女の奥底にあった願いはただ一つだけ。それも、間違いなく叶わない願いだ。その願いを叶えるために、彼女は足掻いて足掻いて闇に呑まれた。どう足掻いても抜け出せないのなら――取るべき行動は、それしか残されていない。

 一歩、また一歩とアルシェムは後ずさり始めた。その意図をセレストは掴めない。もし掴めていたとしても――彼女にはアルシェムを止める術がない。

 

「そっか、あーそっか……バカみたい。もう、どうでも良いや」

 

 吹かないはずの風が、アルシェムの言葉を乗せてエステル達まで届いた。その声に反応して思い思いアルシェムの問いの意味を考え込んでいたエステル達はアルシェムを見る。既に、彼女はエステル達から離れたところに立っていた。後ずさるその先には、星々が輝いている。いつもならばきれいな景色だと言えば良いだけの話なのだが、今は違う。そこに足を踏み入れようとするということは――

「アル……?」

 エステルは一歩アルシェムの方へ踏み出そうとして、出来なかった。足元に威嚇のために発砲されたからだ。発砲したのは、アルシェム本人。どういう理由があってそうしたのか、エステルは頭でわかってはいても呑みこめないでいた。そこまで不安定になったアルシェムを見るのは初めてで。だから次の行動も容易に想像できたのに止められなかった。

 庭園の端。そのまま足を踏み外せばまっさかさまに落下するというその場所へと、アルシェムは進んでいく。後ろ向きに、ゆっくりと。もしかしたら止めてほしいのかもしれない。止められたいのかもしれない。だが、アルシェムとしてはそれすらもどうでも良かった。たとえ体が自分の意に反して機敏に動かなくとも、出来ることはあるのだから。

 もう数歩で落下できる位置に来た時だった。金縛りから解けたようにティオが叫ぶ。

「アルさん! 止まって下さい……!」

 それに続くようにエステル達も叫び声をあげてアルシェムを制止しようとするが、彼女は止まらなかった。止まる必要がなかった。何故なら彼ら彼女らはただの有象無象だから。誰もアルシェムを止められない。そこにはアルシェムの『家族』など、存在しないのだから。もし止められるのならば『家族』だけ。そこに、彼女の心を震わせるものなど――

 

「止まりなさい、アルッッッッ!」

 

 一つだけ、あった。彼女は今にも泣きだしそうな顔をしながら自らの得物を抜いていた。その手に携えられた大鎌は、彼女の――レンの内心を表すように震えている。その声に呼応するようにアルシェムの足が、止まった。それは、心のどこかでレンを『身内』だと認めている証。もっと言えば――本当に『妹』だと見ている証でもあった。

 このまま行かせてなるものか。レンはそう思った。限られた時間でレンが自分なりに出した答えは、『アルシェムはヒトではない』。そんなもの、レンには関係なかった。苦しい時に隣にいてくれて。姉がいればこんな感じなのかと思わせてくれて。もう一度『家族』の暖かさを思い出させてくれたのはアルシェムだから。正体などどうでも良い。そこにアルシェムがいてくれるというのなら。

 レンは叫んだ。自らの策を成すために。

 

「止まらないと、レンがアルを殺すわ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アルシェムの瞳に少しだけ光が戻った。だが、すぐにその光は消えてしまう。それでも足は動いてはいない。逝こうとしないだけで良かった。まだ説得の余地があると思えるのだから。だからレンは策を成すために集中する。周囲の声など聞く気もない。ただ、レンに出来ることはアルシェムの中の自分だけ。彼女の中にレンという存在が生きていなければ、この策はきっと成功しない。

 思うように動かない身体を動かそうとしながら、アルシェムは言葉を返す。

「好きにすれば良いよ。本当にそうしたいならね」

 予想以上に冷たい言葉にレンの心が揺れる。このまま死なせてなるものか。アルシェムがレンに――『妹』に、『姉殺し』をやらせるような人物ではないことくらいよく分かっているのだから。

 声が震える。それでも伝えたいことがあるから、レンは言葉を紡ぐのだ。

 

「勿論レンはアルを殺したくなんてないわ。でも……でもッ! アルがアルを殺すくらいだったらレンが殺すわよッ!」

 

 レンの視界はぼやけていた。滲んだ涙が視界を遮ってくるのだ。だが、狙いだけは外すつもりはなかった。アルシェムが自分を殺してしまうくらいなら、レンが殺す。死にたいくらい追い詰められているのなら、レンが救ってみせる。何度も死の淵から呼び戻してくれたアルシェムを孤独なまま死なせたりはしない。死なせてなど、やるものか。

 だが、レンの気持ちは通じない。何故なら――ようやく動いた足が、庭園の床がないことを告げていたのだから。そのまま倒れ込むだけで良かった。そうすれば、アルシェムは死ねる。誰の手も――レンの手だって煩わせずに。そうして身を投じて――

 

「……何、で……」

 

 彼女は死ねなかった。アルシェムの背後には、鉄の塊が音もなく鎮座していたのだ。彼――《パテル=マテル》に受け止められたアルシェムは、そのまま確保されて二度と自分の意志で死ねなくなった。

 レンは自らの策が成ったのを感じた。追い詰めて身を投じるのなら、誰かが受け止めれば良い。ここは虚構世界。ならば、《パテル=マテル》だって想像すれば出現するはずなのだ。間に合わないかと思ったが、アルシェムが少しでもとどまってくれていて助かった。もう一瞬でも早ければ、《パテル=マテル》の出現は成らなかったのだから。

 震える声でレンは告げる。

「聞きなさい、アル。どうしても気になるって言うんなら教えてあげるわ」

 その声に、アルシェムはレンに顔を向けざるを得ない。こんなレンの声は初めてだった。このまま舌でも噛み切って死ねばいいのだろうが、動かないモノはどうしようもない。だから、聞くしかなかった。その言葉を。

 

「レンはアルの両親なんて知らない。でも《パテル=マテル》の『娘』はね、レンとアルなのよ」

 

 矛盾しているその言葉は、レンにとっては真実だった。そう。レンはアルシェムの両親など知るわけがない。あの時――《楽園》で顔を合わせたのが初めてなのだから。だが、確実に言えることはある。夢のある言い方をすれば、アルシェムはレンと共に《パテル=マテル》の『娘』なのだ。夢のない言い方に言いかえれば、《パテル=マテル》に命令できるアカウントを持つのはアルシェムとレンだけである。

 レンにとって、《パテル=マテル》は『偽物』の両親に代わってレンを護ってくれる親だった。故に、アルシェムにとってもそうであってほしいと思ったのだ。アルシェムにとっても、《パテル=マテル》は両親に代わって彼女を護ってくれる『親』なのだと。

 レンは言葉をつづけた。

 

「ということはね、アル。アルはレンのお姉さんなの。妹の前で死ぬお姉さんがいるかしら?」

 

 そんなもの、いくらでもいる。アルシェムはそう返そうと思った。だが、言えなかった。目の前で友人となった子供達が死んでいった少女の前で、親しくなっていたアルシェムが死ねばどうなるかくらい考えれば分かることだったのだ。そこまで想われているとも思っていなかったというのもあるのだが、それも口には出さないでいた。

 ただ、一言だけ。アルシェムはレンに零した。

「……どう足掻いても、死なせてはくれないんだね」

「当たり前でしょ。お姉さんは妹の我が儘を聞く義務があるのよ」

 そこでアルシェムは抵抗を止めた。レンも、そこにいる誰もがアルシェムを死なせてはくれないのだと理解してしまったから。死ねば□□になれると思ったのに、それすら赦してくれない。それを、受け入れるしかないのだと。嫌が応にでも理解させられてしまったのだ。

「そっか……じゃあ仕方ない」

「し、し、し、仕方ないって何よこの馬鹿アル!」

 そのまま疲れて目を閉じようとしたアルシェムに怒り心頭だったのはエステルである。彼女はアルシェムに半泣きになりながら小一時間以上説教を喰らわせたのだった。その説教を、アルシェムは珍しく神妙な顔で聞いていた。




 レン回ともいう。

 では、また。

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