雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧112話~114話のリメイクです。

3rdの間中、何があっても閑話は入りませんのでご了承のほどお願いします。
……だって、扉の話をやるからね。

では、どうぞ。


3rd編・序章~光と影の迷宮~
呼ばれて飛び出て


 ――遥か、先史の時代。未だ空に金色の都市が浮かび、荒廃していた大地をよみがえらせるべく七つのアーティファクトが機能を十全に働かせていた頃。汚染された水と空気と土壌を浄化し、限りないエネルギーを生み出して再び人間という存在がこの地に君臨するために奮闘していた時のことだ。数少なくなっていた人間達は、金色の空中都市で管理され、生み殖えるために徹底的に管理されていた。

 そうすることで彼らを正しく導けると信じたとある存在に対して、一人の女性が反旗を翻す。彼女の名はセレスト・D・アウスレーゼ。彼女は仲間を募り、金色の空中都市より逃れることで支配から解き放たれようとしたのである。幾人もの犠牲が出、仲間だった人物たちは次々と洗脳されて裏切っていった。それでも彼女は諦めなかった。何故なら――こんな状態が正しいわけがないと信じていたからだ。ただ飼い殺しにされているだけの状況が、正しいわけがない。

 それを補佐すべく動き始めたのがセレストの友人ユーリィ・E・シュバルツである。彼女もまたこの状況を良しとしない者の一人で、もっぱらその戦闘力においてセレストを支えていた。

 彼女らが勝利するためには、以下の三つすべてを満たす必要があった。一つ目は、金色の空中都市――《輝く環》から脱出して干渉波の届かない場所まで逃げきること。二つ目は、《輝く環》そのものを封印すること。そして、三つ目は――《輝く環》のサブシステムを管理していると言われている《銀の娘》の奪取である。

 一つ目だけならば容易だ。《環》を欺いてただ逃げるだけで良い。だがその内《環》に捕捉されるのは目に見えているし、そもそも彼女らだけが逃げ延びたとしても何の意味もない。人類を《環》の干渉から外すために彼女らは行動しているのだから。二つ目に関しては多大なる犠牲を払って第一結界を完成させた。第二結界に関しては後々に完成させれば問題なくなるだろう。そして、三つ目が一番厳しい条件なのである。それが意味するのはつまり、《環》と表裏一体である《影の国》に侵入してその人物を捕捉・奪取するというモノなのだから。

 三つ目の条件をクリアするために、セレスト達《封印機構》のメンバーは《レクルスの方石》を開発。それを通じてセレストは《影の国》内に自らの人格の一部を投射し、明確な隙だと思われる《銀の娘》を捜索した。

その結果――『セレスト』は《銀の娘》を確保。《レクルスの方石》を通して《銀の娘》を受け渡した瞬間から作戦は始まった。セレストが《封印機構》の大多数を連れ、ユーリィが《銀の娘》を抱いて走る。一番危険で重要な役を負ったユーリィは、まさしく死地に足を踏み入れていた。

 ――予定時刻となって。ユーリィは《銀の娘》を抱いたまま走り回るのを止めた。もう撹乱は終わりだ。そして、彼女の命も――ここで、終わる。そのために彼女はここに残り、《環》の演算能力を大幅に彼女に割かせていたのだ。皆のために。

 ただ、ここで誤算だったのはユーリィが非情になり切れなかったことだ。彼女は惜しんだのだ。《銀の娘》の命を。だからこそ、その場でではなく空へと彼女は跳んだ。普通ではないかもしれない《銀の娘》ならば、水中に落下したとしても死にはしないと信じて。

 

 彼女が最期に見たモノは、《銀の娘》を連れ去る金髪の女性だった。

 

 

 《影の国》の、影の迷宮の中。そこで佇んでいたゴルディアス級人形兵器《パテル=マテル》の前から回収された封印石は二つあった。それを見つけたのは《守護騎士》第五位《外法狩り》ケビン・グラハムが従騎士、シスター・リース・アルジェントの一行だった。彼らが何故《影の国》にいるかというと、突然の閃光に呑みこまれたからだ。もっと言えば、《輝く環》より落下した《レクルスの方石》をケビンが回収したことに端を発する。

 そして、その状況で起きる不可思議なことは彼らに奇妙な連帯感を齎していた――その、立場如何を鑑みずに。今現在、ここに存在するのはそうそうたる顔ぶれである。リベールの王太女とその護衛の女性(あと鳥)。エレボニアの《放蕩皇子》とその護衛の男性。そしてリベールの新米遊撃士たち三人とベテラン遊撃士三人。退役軍人に元空賊現運送会社の社員。中央工房の見習いに――そして、先ほども述べた《外法狩り》とその従騎士。どこからどう探せばそうなるのかと思うような顔ぶれである。

 彼らは皆先ほど回収された封印石からこの世界に出現し、協力し合って試練に立ち向かっていた。現在では《外法狩り》が《聖痕》を使ったことによる後遺症でダウンしているものの、それ以外の人物たちは固唾を呑んでその封印石から現れる人物たちに注目していた。

 一つ目の封印石から現れたのは、新米遊撃士の一人エステルが探し求めていた少女。《殲滅天使》レンだった。彼女は健やかな眠りについているらしい。すやすやと聞こえそうなほど穏やかに眠る彼女を見て一同はほっこりしていた――隣に立つ人物を見るまで。

 隣に立っている人物――つまり、二つ目の封印石から現れたのは、女。彼女らが行方不明と聞き、生存は絶望的だと言われていた女だった。それは――

 

「あ、アルッッッッ!?」

 

 信じられない、とでも言うかのように目を大きく見開いて叫ぶエステル。一同も息を呑んで彼女が何か語り出すのを待った。何事かを話してくれれば彼女が生きていると実感できると思ったからだ。

 アルシェムはぼんやりと前を眺めたまま大きく溜息と言葉を吐いた。

「わー……台無し……悪夢だわー……」

「な、何でよぅ!?」

 そのイロイロと台無しにするアルシェムの言葉に突っ込みを入れたのは無論エステル。死んだと思っていた彼女が生きていたことに喜んでいるのに、第一声がそう来るとは思ってもみなかったのだ。彼女を見て心配かけて悪かった、の一言くらいは期待していたエステルである。この反応には無理もなかった。

 だが、そもそも心配されているとも思っていないアルシェムからその言葉が出ることは有り得ない。故にアルシェムの次の言葉はエステルに向けてのモノではなかった。

「ほら起きてって、レン。この状況で寝てたら捕まっちゃうよ?」

 何と隣で眠っていたレンを起こしにかかったのである。つまりこのまま状況をリセットして追及を無くそうとしているのである。アルシェムには、エステル達と話し込む気はさらさらなかったのだから。

 レンは目をこすりながらゆっくりと起き上った。

「うーん……あら? シエル……?」

「ちょっとごめんね?」

 苦笑しながらアルシェムはレンに向けて殺気を向けた。それで完全に覚醒したレンは周囲を油断なく見回して驚愕する。そこにいるはずのない人物たちがいるからだ。否――レン自身が、有り得ない場所にいるからである。

 物凄い勢いで考えをまとめながらレンが言葉を漏らす。

「どういうこと? 説明して、シエル。どうしてレンがこんなおかしな場所にいるの?」

「残念だけどわたしもまだ状況が確認できてないかな。ただはっきりしてるのは――さっきまでいた場所とは全く別の場所だってこと。ともすれば異次元って可能性もある」

 アルシェムの答えも少しばかり早口だった。こんなところで生存を明らかにするつもりはなかったのだ。誰かにバレるまでは死んだことにしておくつもりだったのだから。どうやって生き延びたのか、という問いに答えられないからでもあるが、それ以上に面倒だったのだ。エステル達と関わるのが。

 彼女らの疑問に答えたのは、リースだった。

「ここは《影の国》という場所で、何かしらの試練をクリアしないと脱出できないアーティファクトのようなものの内部だと思われます」

 その答えをあっさり教えたことにヨシュアは眉を寄せるが、リースはそれを気にしてはいなかった。何故なら、リースはアルシェムのことを知っているのだから。彼女が《身喰らう蛇》の構成員ではなくなっていることは、知っていた。故に教えたのだ。

 アルシェムはリースの情報を聞いて眉を寄せた。ある意味そうそうたる顔ぶれで突破できないアーティファクトとはどういったものだというのだろうか。何かしら既視感のある光景を訝しげに見ながらアルシェムは考え込む。何よりも聞き覚えのあるその《影の国》という単語が記憶を刺激してくるのだ。アルシェム自身がこの場所を知っていると仮定したとして、その理由は何故なのかと考えると――ある答えに辿り着く。

 スッと目を細めたアルシェムはリースに向けて問うた。

「この場にいない人物がいると思うんだけど、ソイツどこ」

「えっと、ケビンのことなら……あっちで人事不省中ですが」

 リースが指さした方向で、確かにケビンは眠っていた。何かしらをやらかしたのだろうことは分かったので、アルシェムは眉を寄せて口角をひきつらせ、無理に笑顔を作ろうとして失敗した変顔になって告げる。

「よーしぶん殴る」

「えっ」

 狼狽したリースが動けないのを良いことにアルシェムは動きだそうとするが――一同に総出で止められてしまった。ぶん殴ったら出られる気がしていたアルシェムにしてみれば不本意なことに、ケビンは無傷で眠ったままになった。

 エステル達は総出でレンを説得し、状況の打破に協力してくれるよう要請したことで彼女も事態の解決に関わることになった。アルシェムも空気を読んで協力はすることにしたが、慣れ合うつもりはない。ここからどうやって死んだふりをするかが問題なのだ。もう何の意味もない気もするが。

 結局、アルシェムがいなければ進めない場所があるとのことで連れ出されたため、エステル達からの追及はなかった。拠点で休憩したり食事を用意する係が必要であるし、何よりもケビンの看病をする人物が必要だったというのもある。暫定的にリースが先導することになっている探索班は、アルシェムの要望でレンとクローディアを連れて行くことになった。

 そうして訪れた扉には、星の紋様と共にこう書かれていた。

 

『白銀の哀れなる娘を引き連れよ:定員四名』

 

 その文言に心当たりのあったアルシェムは顔を盛大にしかめてリースに問いかける。

「シスターさんや。この扉って該当する人物が開けたらどーなんの」

「それは……その、大体がその人物の過去が他者視点の映像として浮かび上がることになりますが」

 リースの答えにアルシェムは遠い目をした。この文言に当てはまりそうな過去ということは、誰に知られてもマズいものである可能性が高いのだ。故にアルシェムは最後の抵抗を試みる。

 恐る恐るアルシェムはリースに問うた。

「コレ、一人で入るのは……?」

「四人でないと入れないと思います」

 彼女の残酷な答えを聞いたアルシェムはがっくりうなだれ、クローディアとレン、そしてリースにも口止め――後でリースに記憶を封じて貰う――ことに決めたのは言うまでもない。

 そして、アルシェムは扉を押し開ける。

 

 ❖

 

 場所は、リベール王国ボース地方霧降り峡谷だと思われる。そこにはあたかも地面を跳ねまわる妖精のように跳びまわるアルシェムの姿があった。何をやっているんですか、というクローディアのツッコミは誰の耳にも届かなかった――アルシェム自身を除いて。

「この先には……出てないと思うけど一応確認しとくかな」

 映像の中のアルシェムがそうつぶやいた。彼女の目の前に広がっているのは橋のない地面とその先に続く道。その隣にはウェムラーという名の男性が住んでいる山小屋があった。それを聞いて、その場所を完全に特定した本人は頭を押さえた。この情報だけは流石にクローディアには知られない方がよかった。ある意味所有権を主張されそうだったからである。

 そんなアルシェムの苦悩も知らず、映像は続く。地面を蹴り、対岸に飛び移った彼女はどんどんと山を登って行く。この光景を知っている人物はここにはいない。それをアルシェムは知っていたが、この先に何が待っているのかくらいは誰もが知っていることだろう。

 そして、頂上の洞窟に足を踏み入れたアルシェムは、そこで意外なモノと対面することになる。それは――古代竜、だった。れれれ、レグナートさん!? というクローディアの悲鳴やあら、楽しそうねというレンの声は聞こえないったら聞こえないのだ。気のせいに違いない。アルシェムはそう自分を騙した。

 驚愕した様子の映像内アルシェムはこう漏らす。

「はい!? な、何でこんなところに……いや、こんなところだからこそいるんだろーけどさ……」

『お主は……』

 彼女の声に反応したのか、古代竜――レグナートが目を醒まして声を漏らしたのだ。それを聞いた彼女は跳び上がった。流石に古代種は何度も狩ったことはあるがここまで巨大な竜は狩ったことがないため、油断せずに殺しにかかるところだったのだ。そこに声を掛けられて驚くなという方が難しかった。

「喋るの!? 知的生命体!? UMA!?」

 混乱して失礼なことばかり乱発する彼女にレグナートは呆れたような眼をしたが、すぐに居住まいを正した。彼にとって『アルシェム』は近しく、また見守るべき存在だったからだ。

 レグナートは告げる。

『我はレグナート。古の盟約を護り、この地を見守るモノだ。……よく、来たな。哀れなる《銀の娘》よ』

「は? いきなり見ず知らずの古代竜に哀れまれる理由なんて知らないけど、失礼すぎない?」

 普通ならば畏怖してしかるべきその言葉の響きを、アルシェムはさらりと受け流しているようだった。言葉の内容は受け流す気はないようだったが。何でそこで喧嘩を売ってるんですか……と頭を抱えるリースがいることなどアルシェムには見えていないのだ。きっと気のせいに違いない。

『……『アルシェム・シエル』よ。人にあらざる娘よ。我は古の盟約に縛られし存在。故に盟約から外れしお主を見守ることしか出来ぬ』

「あーはん? 何であんたがわたしの名前を知ってるわけ?」

 そして、彼の口から語られるべきでない言葉が漏れ始める。それを聞いた彼女らがどう反応するのか――アルシェムは想像もしたくなかった。これをぶった切って先に進む方法はないのかとも思ったが、どうやらなさそうである。このまま大人しく見ていろということなのだろうか。それが――復讐だとでも言うのだろうか。

 彼は言った。

 

『お主は《環》より連れ出されし一部。何処かから来て《環》に連なるが別個の存在。故に、盟約により《環》を見守る任に着いた我が見守る権利はない』

 

 そうだ。確かに彼はそう言った。アルシェムは覚えていた。この時点で――彼女自身が人外認定されていたことを。そして、それをアインにしか告げなかったことも。一体誰に明かせようか。アルシェム・シエルが本当の意味での人間でないことなど。

 そこから先の記憶は欠け落ちたようにおぼろげである。いつの間にかウェムラーの山小屋まで戻ってきていたアルシェムは、そのまま別の方角へと跳んで行った。

 

 ❖

 

 映像を見終わるなり、アルシェムはリースに目配せをした。リースは軽く頷いてクローディアに暗示をかける。それだけでクローディアは何を見たのかを思い出せないようになっていた。

 次いでレンにも暗示を掛けようとしたリースは、しかしアルシェム本人によって止められた。レンは知っていても良いと思ったのだ。ただ、どう反応されるのかが怖いだけで。

 レンは静かに考え込んでいて、それをまとめたところで顔をあげた。その顔には真剣な色が浮かんでいる。そして、彼女は告げた。

「――シエルが、これを止められない理由は?」

「当時と全く同じ存在ではないから、だと思うよ。当時の記憶なんてないし……」

「……そう」

 レンはそう返して黙り込んだ。ここから正規の方法以外で出る方法をレンが模索しているのがアルシェムには分かったのだが、彼女にはもはやどうしようもないこと。ここから出るには正規の方法しかないのだから。

 リースは何故か出現した封印石を持って一同を急かし、その先に扉があることを確認した。このまま進んでもメンバー的には問題ないようだったため、リースはそのまま進むことを決める。その扉に書かれていたのは――『白銀の槍姫、鎌を振り翳す少女を引き連れよ』という文言だった。

 今回はその文言に従って扉に手を触れたアルシェムとレンのみがその星を模した扉の中に吸い込まれていくことになったのである。




唐突に始まった過去話に困惑したかと思いますが、扉なので。

では、また。

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