雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧108話半ば~109話終盤のリメイクです。
 脳内で映像がすぐに思い浮かべられる人は注意です。
 あと、活動報告に重大なお知らせがありますので是非ご一読ください。

 では、どうぞ。


~次への準備~
比翼連理


 《メルカバ》に乗ったアルシェム達一行はアルテリアに到着した。何故かまた待ち構えていた枢機卿猊下を一蹴したアルシェムはアインに会うべく迷路を抜け、レオンハルトとカリンをつけて走破する。

 待ち構えていたアインはアルシェムの報告を聞こうとして――レオンハルトの状態を見てしまって大爆笑した。

「お、お、おま……ククックククク……」

「し、仕方がないだろう! 神父服がなかったんだ!」

 そう。お忘れかも知れないが今のレオンハルトは女装状態。いうなればレオ子状態である。案外似合っているところがまた憎らしい。しかしこのままでは話が始まらないため、ケビンの部屋から神父服を無断拝借して着替えさせた。

 息切れした様子のレオンハルトはプルプル震えながらアインに告げる。

「……これで文句はないだろう」

「あ、ああ……十分笑わせて貰った……」

 アインは腹を抑えながらそう答えた。笑いの発作を必死に抑えているようである。この様子であればこの後そこまで深刻そうな任務を言い渡されはしないだろうとアルシェムは踏んでアインに報告を始めた。

 リベールへの影響力の強化と《環》の回収、そして《身喰らう蛇》構成員の削減をケビンと共に当たること。それがアルシェムに与えられていた任務だった。リベールへの影響力の強化は後回しにし、《輝く環》をアインに手渡して《身喰らう蛇》の執行者をどれだけ減らしたのかをアインに伝えた。ブルブラン、ヴァルター両名は消息不明。ルシオラはこれから交渉。レンは手ごたえがあって、レオンハルト、ヨシュアは完全に脱退。そしてワイスマンは死亡。中々の戦果である。

 そこまで聞いたアインはアルシェムに問う。

「よくやった。それで……そこの《剣帝》を連れて来た理由は?」

「シスター・ヒーナ・クヴィッテと共にリベールに配置するため。戦力的にも境遇的にもバッチリだし、勢いを付けすぎるエレボニアの牽制にもなるかなって」

 アルシェムの言葉に、アインは頷いた。そもそも出来るものならやれとアインは焚きつけていたのだ。それをやり遂げたことに文句はつけないし何よりも良すぎる戦果だとも思える。

 もっとも、リスクはあるのだ。レオンハルトが裏切る可能性。カリンという人材の喪失。だが、それを乗り越えてなお有用だとアインは判断した。それほどまでに、リベールという国は調停役として適していると判断したのである。

 アインはレオンハルトを跪かせた。従騎士として忠誠を誓わせるためである。

「ではレーヴェ。貴殿を守護騎士第四位《雪弾》エル・ストレイの従騎士に任じる。略式ではあるが、これは正式な任命だ」

レオンハルトはそれを聞いて頭を垂れ、返事をした。

「謹んで拝命する」

 こうして、レオンハルトは正式にアルシェムの従騎士となったのであった。実力的にはレオンハルトの方が強いのだが、彼は《聖痕》持ちではない。そのことをレオンハルトはいずれ知ることになるだろう。

 その儀式を終えて、アインはにやりと笑って告げた。

「ああ、そうそう。これからはお前の戸籍をどうにかするために『レオンハルト・アストレイ』と名乗れよ?」

 レオンハルトはそれを了承しようとして――彼女が告げている本当の意味に気付いて顔を真っ赤にした。つまり、アインはレオンハルトとカリンに結婚しろと言っているのである。

 顔を真っ赤に染めたカリンは動揺してアインに問う。

「え、えええええっとそそそそそそ総長、それって……」

「おいおい、これくらいで動揺するなよ、ヒーナ……いや、カリン。表に出るならそちらの名の方が良いだろう? 悪い虫がつきようもない」

 アインはにやにやと笑っている。カリンとレオンハルトは何も言い返すことが出来なかった。それに――嬉しかったのだ。ずっと想い合っていた幼馴染と結ばれるのは。

 アルシェムはそれを茶化すことなく放置し、アインに告げる。

「アイン、悪いんだけどわたしサイズの神父服ちょーだい」

「それは構わないが……お前、変装しすぎじゃないか?」

「正体をバラさないのに色々使わないといけないんだし仕方ないでしょーに。必要経費だって」

 アインのツッコミにも動揺することなく、アルシェムは神父服を手に入れた。これで『リベールに貸しを作る謎の神父』の出来上がりである。断じてアルシェムでも『シエル』でもない。

 正体を隠したままで居続けることは難しい。それはアインにも分かっていたが、今は一つ切り札が切られてしまったところだ。立て続けに切り札を明かすわけにはいかない。よって許可したのである。

 話に区切りがついたと思ったアインは次の任務を言い渡す。

 

「次はクロスベルに向かえ、ストレイ卿。《蒼の聖典》と協力して――《D∴G教団》とその背後にいるらしい組織を壊滅させろ」

 

 その言葉を聞いた瞬間。アルシェムは眼を見開いた。その名は――その、教団は。一度潰したはずであり、まだ生き残っているとも思えなかったもの。もう二度と出現してほしくなかった教団だった。

 アルシェムは声を震わせてそれに応える。

「――御意」

 そして、アルシェム達は再び《メルカバ》に乗り込んだ。

 

 ❖

 

 《メルカバ》に乗り込んだアルシェムは、メルにリベールへと戻ることを告げた。目的は――女王とカリンおよびレオンハルトを引き合わせるため。そして、《雪弾》の正体を誤認させるためである。

 故に、アルシェムは操縦をカリンとリオに任せてメルに髪を切ってもらっていた。オーブメントで幻影を見せて誤魔化す手もあるのだが、万が一それがバレた場合が面倒なのだ。肩口から少し伸びていた髪をうなじで切りそろえ、ボーイッシュに仕上げて貰う。

 さら、と髪を撫でたメルが呟く。

「もったいないです……」

「別に伸ばしてても邪魔なだけだしねー」

 しれっとアルシェムはそういうが、彼女は忘れていた。メルの逆鱗はそこにもあったということを。メルはいっそ穏やかに笑った。遠い目をして、ハサミをしゃきしゃき鳴らしながら首をこてんと倒す。音に気付いて振り返った時にはもう手遅れだった――主に、謝罪という面で。

 メルは口角をぴくぴく動かしながら声を漏らす。

「アルシェム、世の中には髪を伸ばさないとチリチリになって取り返しのつかないことになってしまう人もいるんですよ……?」

「え、あ、う……」

「アタシとか、アタシとか、特にアタシとかね……! しかも、三つ編みして誤魔化さないとそれドレッド? とか言われるんですからね!?」

 ――そう。メルはとんでもない癖っ毛の持ち主であった。短くしてしまえば大昔の音楽家の肖像画。長く伸ばしても重みで伸ばしているだけなのでくるくるしているのは変わらない。そもそもシスターって髪を切っても良いんだっけという疑問もアルシェムの頭をかすめたが、聖務に支障をきたすならきっと切っても良いはずだと思う。

 その後、アルシェムはリベールまでの道中ずっと説教されてしまった。ルシオラに全力で睡眠薬を投与していて正解である。ここでルシオラと交渉しても良かったのだが、メルのせいで時間がなくなってしまっていた。

「え、えーと……も、もうすぐ着くんだってよ、アルシェム、メル」

 このリオの言葉がなければメルの説教はもっと続いていたであろう。アルシェムは急いでメルの前から去り、神父服に着替えて執行者仮面ではない別の仮面を用意した。何故あるのかは問うてはいけないのである。

 女王宮の直上に到着したことを知らされたアルシェムは、カリンとレオンハルトを連れてワイヤーで静かに女王宮に降下するのだった。

 

 ❖

 

 リベール王国、王都グランセルの女王宮。その女王の私室で、冷めた紅茶を前にした女王とクローディアがユリアからの報告を聞いていた。どうやら行方不明者――アルシェム達のことである――が見つからなかったという報告のようだ。

 沈痛な顔をしたユリアが報告の最後を締めくくる。

「……以上、《輝く環》崩壊による被害の報告を終わります……」

 女王が厳しい顔をしてユリアの報告を聞き終え、彼女を労って下がらせた。脳内にあるのは行方不明だと聞かされたレオンハルト、アルシェム、リオ、そしてヒーナという名のシスターのことだ。的確に七耀教会のメンバーだけが行方不明になっているのは何かあったからなのかと勘ぐってしまいそうにもなるのだが、それではアルシェムとレオンハルトが消えた意味が分からない。

 ふう、と溜息を吐いた女王は言葉を漏らした。

「行方不明者、四人……ですか……」

「リオさんあたりなら生きていそうな気もしますけど、アルシェムさんは……」

 呼応するように暗い顔をしたクローディアはそう漏らす。テラスで能面になって聞いている本人がいるとも知らずに。本人としては、まさか心配されているとは思いもしなかったのだ。しかも一国の姫君に。

 重い沈黙が降りた、その時だった。

 

「お邪魔させていただくよ」

 

 テラスから二人の人物を引き連れた男が現れたのは。言わずもがなアルシェムだが、絶壁な胸のおかげで女子であるとは思われていない。神父服であるのもそれを助長している。

 クローディアは慌てて立ち上がろうとしたが、女王がそれを制した。もしかしたら非公式で面会があるかも知れないと思っていたからだ。それに、彼の連れている二人の人物の片方は間違いなくヒーナなのだから、さしずめ彼女の上司と言ったところなのだろう。

 女王は気持ちを落ち着けて言葉を告げた。

「七耀教会の方と……いえ、星杯騎士団の方とお見受けします。どういった御用でいらしたのでしょうか?」

「お初にお目にかかる、アリシア女王陛下、クローディア王太女殿下。わたしの部下が殿下達とは別ルートで帰還したようなのでその報告にと参らせて頂いた次第」

 そう言ってアルシェムは下がった。それに呼応するようにカリンがフードをかぶった人物――レオンハルトである――の腕を取って前に進み出た。ここから先はカリンの出番である。こういう交渉ごとに関してはカリンに任せるのが楽で話が早いのだ。

 カリンは微笑を浮かべて女王に告げた。

「大変ご心配をおかけいたしました、陛下。別ルートで帰還いたしました私ヒーナ・クヴィッテとリオ・オフティシアの無事をお知らせいたします。もう一人一緒に脱出いたしましたが、それは後で。まずは《輝く環》のお話をいたしましょう」

 女王はカリンの言葉に目を見開き、安堵したように胸をなでおろして続きを促した。すると、カリンは《輝く環》を回収したこと、そして責任を持ってアルテリアで封印処置を行うことを告げた。ただし破片等は申し訳ないがリベールで回収してほしいとも。

 申し訳なさそうにカリンは告げる。

「勿論私どももより近くで協力させて頂きたいと思うのですが……」

「……協力はありがたいと思いますが、本題はそれではありませんね?」

 女王はカリンの言葉にそう返した。カリンは浮かべていた申し訳ない顔を笑顔に変えて頷く。確かにこれは本題ではない。そして、その本題を切り出すには手持ちの情報を一つ明かす必要があるのである。明かしたくないわけではなく、むしろ女王から切り出すのを待っていたのでこれは好都合である。

 カリンはゆっくりと目を閉じ、そして告げる。

「ええ、本題に入りましょうか。私達は――貴女方に保護を願い出に来たのです」

 その言葉に女王は瞠目した。いきなり何を言い出したのかわからなかったのだ。ヒーナ・クヴィッテという人物がリベールに保護を願い出るなどという状況は流石に想定していない。

 女王は動揺を隠せぬままにこう返す。

「保護……ですか。何故七耀教会でなくリベールに……?」

 その問いに、カリンは頭布を取って応える。そこに現れるのは艶めいた黒髪と琥珀色の瞳。違うだろう、とクローディアは思っていても否定できなかった。彼女は――あまりに、『セシリア姫』に似ている。

 だからこそ、無礼とは知りながらも声を漏らさずにはいられなかった。

「貴女は……貴女が、ヨシュアさんのお姉様ですか……?」

「ええ。ヒーナ・クヴィッテというのは偽名です。私は――カリン・アストレイは死んだことになっていますから」

 そう告げたカリンは隣に立っている人物からフードを奪った。そこに現れるのは無論レオンハルトである。クローディアは腰を浮かしかけてやめた。今の彼からは敵意を感じられないからである。

「彼も同じです。リベールに頼りたいのは、ここにヨシュアがいるから……それだけでは理由になりませんか?」

 カリンのその言葉に、女王は頭を回転させるのをいったん止めた。誰が拒めるだろうか。自分達のせいで歴史の闇に放り込まれることになった《ハーメル》の人間を。その理由だけでも十分だった。家族を求める気持ちは分かるから。

 だが、女王は敢えてひとつ問うた。

「貴女の上司はそれを承知しているのですか?」

「無論だ。本人たちがここに腰を落ち着けたいというのならば是非もあるまい。ヒーナの……カリンの才は惜しくはあるがな」

 カリンに答えさせず、アルシェムはそう口を挟んだ。それを最終的な納得の材料とした女王は色々と条件を詰め、結果的にカリンとレオンハルトは親衛隊特務分隊《比翼》という名でリベールに滞在することになった。つまりは王城の中で見張られていろと言うのである。地位まで与えて貰えるとは思わなかったアルシェムは望外のことに口角を吊り上げそうになるのだが、それは余談である。

 ひとしきり条件を詰め終わった女王はアルシェムに問う。

「先ほど、別ルートで脱出したのはリオさんとカリンさん、そしてもう一人と言いましたが……」

「それは……レーヴェのことですわ、陛下」

 期待を裏切られた女王は顔を曇らせた。どうしても最後まで生き延びていて欲しい人物が死んでしまったのだと思われたからだ。アルシェムとしては死んだことにしたい人物である。無論本人なのだが。

 女王はカリンに問うた。

「では、アルシェムさんは……」

 カリンは悲痛な表情で首を横に振る。ここで生きているわけだが、それを言うわけにもいかないのだ。また偽名を使う羽目になるだろうが、それはもう致し方ないとしか言いようがない。

「そう、ですか……」

 沈んだ様子のクローディアと女王にお悔やみを申し上げ――自分で自分のお悔やみを申し上げるのもどうかと思ったのだが――、アルシェムは《メルカバ》へと戻る。大切な『家族』を切り捨てて。

 不思議なことに、全く心は痛まなかった。




 レオ子とか誰得。

 では、また。

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