雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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誰得話です。わたし得なわけないです。そしてなぜかコレも筆が乗ったという。……好きなんか、こういう転落人生書くの。

では、どうぞ。


閑話・ゲオルグ・ワイスマンが《使徒》になったわけ

 ゲオルグ・ワイスマン。その名を聞いて諸君らが思い浮かべるのは悪辣な変態狂人であろう。だが、誰しも最初から壊れているわけではないのだ。ここに記すのは彼の人生の軌跡の一端。彼が神学生から《使徒》となるまでの軌跡である。

 

 ❖

 

 時は七耀暦1178年。当時のノーザンブリア大公国、公都ハリアスクに《塩の杭》が現れたのは、空の女神神学校ハリアスク分校に通ういたいけなゲオルグ少年十一歳の時だった。突如現れた《塩の杭》にごく普通の中流家庭に生まれたゲオルグ少年になす術などあるはずもなく、彼ら一家は逃げ惑うことになったのだ。背後から迫りくる塩。それに呑まれれば彼らも塩と化すことが分かっていた。何故なら、既に隣人たちが塩と化したのを見ていたのだから。

「あっ!?」

 そして、彼らの中で一番に犠牲になったのはゲオルグ少年の幼馴染の少女だった。名をカナンという。足元の石につまずき、転倒した直後に塩の波に呑まれた。彼女の悲鳴がゲオルグ少年の耳に届いた時には遅かったのだ。

「カナ、ン……?」

 彼がちらりと背後を振り向いた時にはもうそこに少女カナンはいなかった。既に塩と化し、人としての一生をまっとうに終えることなく消え去ってしまっていたのだから。

「ゲオルグ、気を取られていては死ぬわよ!」

 立ち止まりそうになったゲオルグ少年を叱咤したのは母エシェット。強引にゲオルグ少年の手を引いて自分の前に押しやり、追い立てるように後ろから煽った。そうしなければ息子が塩になってしまうとエシェットは思ったのだろう。

 そして、彼女がゲオルグと位置を入れ替えたことで悲劇が起きる。エシェットの役目は時折背後を振り向いて皆を急かすこと。二人の娘と息子、そして主人を急かして確実に生き延びさせる役目を追っていた。それが、彼女に出来た最後の行動になるとも知らずに。

 エシェットは塩の波がどこまで背後に迫っているか振り向き――そして、そのまま塩に呑まれたのだ。声すら出せずにエシェットは塩と化した。それを、最後尾になってしまったゲオルグ少年はその目に焼き付けてしまったのだ。

「父さん、母さんが……!」

「いいから走れ、ゲオルグ!」

 ゲオルグ少年の父ロトは心が折れそうになっている彼を急かした。今は一人でも多く生き延びなければ。そう考えていたからだ。一人でも多く生き延びて、このことを伝えなくてはならない。誰に。誰かに、だ。

 そうしているうちに、塩の広がる勢いが少しだけ弱まった。そして幸運なことはまだあった。打ち捨てられていた荷物運搬用の導力車をロトが発見したのである。ロトはこの際窃盗だろうが気にしないことにした。動いて、身内だけが生き残れば良いのだ。

「ゲオルグ、ベラ、テラ! 乗れッ!」

 ロトはゲオルグ少年と長姉ベラ、そして次姉テラにそう声を掛けた。彼らは急いでロトの後ろの荷台に乗り込み、乱暴に走り始めた導力車に必死に捕まりながら逃げ延びた。

 結局、彼らはその日一日逃げ続け、それ以外は誰一人欠けることなく生き延びることが出来た。だが、それだけだった。忌々しい塩はノーザンブリアの穀物庫ともいわれる州をまるまる呑みこんでしまったのである。しかも、塩の広がりが収まったと思えば雨が降ってきてしまい、地面を耕すわけにもいかない。ノーザンブリアは地面を耕していて死にましたなどという馬鹿げた証言がまかり通ってしまう死の国と化してしまったのである。

 ロトは毎日情報を聞くためと称して酒屋に入り浸った。妻を喪った悲しみに溺れていたいとも思ったのだが、それでも情報だけは少しずつ集めて行った。ベラとテラは別の方法で情報を集めに行った。と言っても生活費を稼ぐ必要があることをロトが気付いていないため、彼女らが働かなくてはならなかったというのもある。彼女らは色を売り、その客から情報を集めて行ったのだった。そして、ゲオルグ少年はというと――七耀教会の炊き出しに協力し、時には神学生の立場を利用して説法を行っていた。

 ゲオルグ少年は思う。もしも、アレが女神からの贈り物だとすると――空からもたらされたのでそれ以外にはありえないとゲオルグは思っている――、空の女神は彼らに滅べと言いたかったのだろうかと。一体誰が、空の女神の怒りを買ったのかと。姉たちと父からの情報を聞いてそれは少しだけ変わった。悪徳の限りを尽くし、この事態に真っ先に逃げ出したという国主バルムント大公こそがこの事態を引き起こしたのだと。

 ゲオルグ少年はバルムント大公を憎んだ。恨んだ。幼馴染の少女カナンを殺したともいえる彼を――殺したいほどに。

 

 その時が契機だったのだろう。彼に眠る異能の力が発現したのは。

 

 ゲオルグ少年のその異能は半ば暴走気味に蔓延していった。バルムント大公を討つ、という風潮が出来上がるまでに。急性アルコール中毒でロトを、そしてとった客に腹上死させられてベラとテラを喪ったゲオルグ少年の暴走は止まらなかった。

 その時に気付いていればよかったのだろう。丁度近くを巡回していた七耀教会の《守護騎士》第八位《吼天獅子》が。彼がゲオルグ少年を直々に福音施設へと送り届けたのだから。ゲオルグ少年は暴徒と化しかけていた民衆の群れに呑まれかけたところを《吼天獅子》に救出されたのだ。その際、イロイロあって彼は《聖痕》をゲオルグ少年の目の前に晒すことになってしまった。

 ゲオルグ少年は《吼天獅子》の《聖痕》について記憶を封じられた、ことになっている。しかし、彼の中で暴走していた異能はその暗示を歪め、意味のないモノにしていた。

 ノーザンブリア大公国は、バルムント大公によって立て直しを図られることになる。その噂を聞いたゲオルグ少年が暴走を始めるのは致し方ないことであろう。ただ、その時は彼はある程度その異能を操れるようになっていた。民衆たちを。次いで、慰問に訪れたバルムント大公の付き人達を。まるで伝染病が広がるように洗脳していったゲオルグ少年は、あの運命の日の一年後に事を起こした。

 

 バルムント大公は、民衆、軍部、そして全ての人々に憎まれ、討たれたのである。

 

 その結果、ノーザンブリアは大公国ではなく自治州へと姿を変えた。旧軍部は猟兵団となり、他国へと出稼ぎに出ることになる。誰もが貧しく、塩に呑まれた故郷に帰ることも出来ず、ただ彼らは日々を必死に生きていた。

 それを見たゲオルグ少年はこれではダメだ、と思う。変えなければ。ノーザンブリアを変え、再び活気あふれるあの光景を目にしたい。その純粋な欲望を胸に福音施設の院長に告げる。

「院長。僕は――七耀教会の司教様になりたいと思います」

「そう……応援するわ」

 院長はそれはそれは熱心に応援してくれた。彼女は既にゲオルグ少年の操り人形だったからだ。院長は七耀教会本部に手紙を送り、ゲオルグ少年は十三歳にして修道士となった。

 そこからだ。ゲオルグ少年が本格的に歪んでいったのは。彼は手駒を増やしてノーザンブリアにミラを落とすべく腐心し始めた。手始めに、孤児院の子供達が独り立ちできるようになれば七耀教会で得た情報をもとに商売をさせた。少しずつノーザンブリアに活気を取り戻して行けば、いずれ立ち入り禁止の場所にも入れるようになるだろうと信じて。

 朗らかに笑う孤児院の子供がゲオルグ少年に告げる。

「ありがとう、ゲオルグ兄ちゃん!」

「大したことはしてないよ。皆が幸せになれるように……もっともっと頑張らないと」

 ゲオルグは熱心に学んだ。貪欲に、周囲の誰よりも優れた人物であると誤認させて。その甲斐あって彼は新進気鋭の聖務官として十八の時に法聖省入りを果たすことになる。そこで、彼は知った。

 

 あれは――《ノーザンブリア異変》と外では呼ばれているあの事件が。女神の創造の力の現れだと言われていることを。

 

 つまり、ゲオルグの家族たちはその空の女神の新たなる創造に巻き込まれたのだ。人の命は決して気まぐれで失われて良いものではないというのに。しかも結果的に出来上がったのは誰も立ち入れない死んだ大地。むしろ、七耀教会がそう考えていることにゲオルグは愕然としたのである。

 封聖省のトップがゲオルグに告げた。もしもあの異変について知りたいというのなら、この《塩の杭》を研究して実用化しろと。人間を塩に変えることで確実に対象を殺害せしむる聖具として確立させよと。ゲオルグは、出世のために断ることは出来なかった。

 研究を続けていくうちに、一つゲオルグが気付いたことがある。《塩の杭》は密閉された空間の全てを塩と化すが、それ以上には広がらないのだ。人間に直接打ち込んだときにもその現象は見られた。要は、打ち込んだ対象を確実に塩と化すという特性を持っているのである。それ以外に被害はもたらさない。

 この時点で、ゲオルグは幾人もの同胞を殺害してきた。《塩の杭》を人体に打ち込むという実験において、一般人と《塩の杭》の近くにいた人間とにどういう影響があるかを調べさせられていたからである。

「どうして……」

「……ッ」

 幾人もの同胞が、ゲオルグの手によって死んでいった。その度にゲオルグは壊れていった。異能が暴走し、そんな目で見るな、と思った時には既に同胞が死んでしまっていたこともある。その事実が、ゲオルグを奥深い闇の道へと誘ったのである。

 彼は知った。効率的な人間の壊し方を。彼は知った。どうあがいても《塩の杭》には逆らえないことを。彼は思った。ならば、これを打ち込まれないような人間として進化してしまえば良かったのだと。そうすれば、家族も国も塩にまみれて沈むことはなかったというのに。

 狂気にまみれながらゲオルグは《塩の杭》を解析していく。そして、遂に彼は《ノーザンブリア異変》について考察をし終えたのである。ゲオルグは早速それをレポートにして提出した。

 

 要約すると、ノーザンブリアで《塩の杭》が刺さっていた場所に何らかの物体があった。その物体が影響を及ぼしていた範囲を《塩の杭》が塩と化させたのではないかと。

 

 それを報告したゲオルグは、枢機卿から厳重注意を受けた。その理由は分からない。ただ、そこにあったはずのナニカが失われてしまったことを認めたくないのだろうとゲオルグは思った。散々形式がなっていないだの育ちが知れるだのなんだのと罵ってくれたものだが、既にゲオルグは彼らには微塵も興味がなかった。

 七耀教会は、既にゲオルグの敵と化していたのである。知り過ぎたゲオルグに、表向きには口止め料を、裏からは暗殺者が差し向けられるようになった。彼はそれに抗った。こんなところで死ぬために生まれて来たのではないのだから。

 そのうち、ゲオルグは思いついた。どうせこのまま殺されるのならば、思い切り醜聞をまき散らして死んでやればいいのだと。思い立ったが吉日である。ゲオルグは鏡を使って自分を歪めた。そこまで彼が追い詰められていることに、誰も気づきはしなかったのである。

 そんな、ある日。彼にとって運命を変えたもう一つの出来事が起こった。いつものように実験を繰り返した後、苦いコーヒーを一気飲みして気分を変えようとしていた時だった。ふいにゲオルグは気づいた。背後に得体の知れない何かが存在することに。

「誰だ」

 勢いよくゲオルグが振り返ると、そこには金色の髪の美しい女性がいた。ただ、ゲオルグには分かっていた。彼女が真っ当な人間ではないことに。それも悪い方向にではない。狂信者の域にあるような女性だった。

 女はゲオルグに向けてこう告げる。

「神父様。わたくしの願いを聞いてくださいませんか」

 ゲオルグはからからになった喉から声を絞り出して答えた。

「今日はもう遅い。明日来たまえ」

 しかし、女は動かなかった。女はそのままゲオルグに願いを告げたのである。そして、ゲオルグは――ワイスマンはその願いを叶えるために動き始めた。その女――盟主は、ワイスマンの歪んだ願いを叶えてくれるからだ。

 

 即ち――『超人』の製作を。

 

 ワイスマンは早速準備に取り掛かった。女から預かった赤子の精神を歪め、覚醒させる。この作業は簡単なようで至極難しい。何せ、人間という定義に当てはまる範囲で歪めなければならなかったのだから。

 次に彼がしたのは、赤子を育てる先を用意すること。目の届く範囲である必要は恐らくないだろう。どのような手段を使ってでも生き延びられるようにしてあるのだから。故に、ワイスマンはサイコロを振って赤子を預ける場所を決めた。それが――《ハーメル》。ついでにその村に潜入して何人かの精神も弄っておいた。出来栄えが楽しみである。

 それからというものの、ワイスマンは進んで《塩の杭》を解析するようになった。どうやれば武器になり得るか。そればかりを考えて。高圧水流で削り出すという案を出したのはワイスマンだ。

 目覚ましい成果を上げながら、ワイスマンはついに二十三歳の時に司教の座に上り詰めた。しかし、彼が得たモノは望んでいたものではなかった。もう、この地位も別に必要はない。いつか本格的に排除されるまでワイスマンはここに居座るつもりだった。盟主に情報を流すためにも。

 ただ、長らく排除されない状況というのも暇なもので。ワイスマンは色々と動き回りながら愉悦を求め始めた。誰かが苦しむさまを見ているとなぜか心が満たされるのである。

 故に、ワイスマンはまいた種の収穫に赴くことにした。そこでくすぶっている猟兵モドキたちにあの《ハーメル》の名を吹き込んで、民衆たちが苦しむさまを目の当たりにした。

 

「ははは……クククククク……クハハハハッハハハハハハハハハハッ!」

 

 それは、予想以上にワイスマンに愉悦を齎してくれた。預けた赤子が逃げてしまっていても、彼は別にどうでも良かったのだ。彼女を軸に織り成される悲劇の数々。それがワイスマンに充足を齎していたのである。

 そのほかにもワイスマンは人体実験を行う悪魔崇拝の集団ともかかわりを持った。子供達の悲鳴を聞いていると心が洗われるようだった。子供達が苦しんでいるのだと知っていても、自分は虐げる側であって虐げられる側ではないと思うことが何よりのスパイスだ。

 その悪魔崇拝の集団から、面白い薬を入手した。何かに使えるかも知れないと思って解析するが、その薬は特定の地域でより強い効果を表すことが分かる。これは面白い。その薬の色が常軌を逸した碧色であることも彼の興味を煽った。

 ワイスマンは派手に悪魔崇拝の集団を渡り歩いた。早く殺しに来いと。もっと絶望を見せろと。既に狂った心で苦しみをまき散らしながらワイスマンは嘲笑う。返り討たれる暗殺者たち。哄笑するワイスマン。

 やがて――七耀教会が重い腰を上げ、七耀暦1195年に遂に破門を言い渡した。しかし、ゲオルグ・ワイスマンという最悪の破戒僧が残した爪痕は深く、七耀教会は信頼回復と組織改革を強いられることになる。まさしくそれがワイスマンの狙いであると見抜けたのは、星杯騎士団の団長アイン・セルナートだけだったと言われている。

 

 ❖

 

 こうして、ワイスマンは《身喰らう蛇》の一員となり、《使徒》となった。《塩の杭》の実験に関わっていたワイスマンがその実験の成果によって殺されたのは皮肉以外に言いようがない。




ワイスマンの家族の名は全てオリジナルです。原作がそうである可能性は多分ないです。というか幼馴染とかいるんかなこいつ。

では、また。

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