雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧104話のリメイクです。

タイトルからお察しください。

では、どうぞ。


最強格の裏切り

 《輝く環》の中枢《アクシスピラー》頂上にて――彼は剣を抜いて目を閉じていた。もうすぐここにエステル達が――もとい、ヨシュアが来る。心のどこかで自分を負かしてほしいとは思っているが、そう簡単に負けてしまうつもりもなかった。自分が間違っていることなど認めたくないからだ。

 故に、彼――レオンハルトは気づかなかった。そこに現れた二つの気配が双方ともに見知ったものであることに。認められるはずがないのだ。彼の中ではその女性――カリン・アストレイは死んだことになっているのだから。

 頂上に現れた二人を見てレオンハルトが零す。

「……わざわざ危険を冒してまで先回りするとは、余程死にたいとみえる」

「いや、別に。用事があるのはわたしじゃなくてこの人だから。その用事が済んだらいくらでも付き合ってあげるよ」

 レオンハルトの呟きにアルシェムはそう返す。前回彼と対峙した時よりは精神的に余裕があるため、いきなり怒り狂ったりはしないのである。裏を返せば彼女が精神的に追い詰められた後であれば問答無用の殺し合いになったわけだが。

 その余裕のある返事に眉をひそめたレオンハルトは淡々と返す。

「俺はその女に用はない」

「つれないこと言わないでよレオン兄。この人がいなかったらわたし、問答無用でレオン兄を叩きのめす予定だったんだから」

 アルシェムの顔には冗談の色はなかった。もしもカリン・アストレイという女性がここで生きていなければ、アルシェムはレオンハルトを物理的に叩きのめして暗示&洗脳のコンボで無理矢理《身喰らう蛇》を脱退させていただろう。

 カリンは呆れたようにアルシェムを窘める。

「そこまでしなくても話し合えば良いだけでしょう……全く。誰に似たのかしら」

 その声を聴いたレオンハルトは動揺した。二度と聞くはずのない女性の声がしたのだから当然だろう。アルシェムが殺したと信じているその女性が生きているなど、そんな甘い幻想は捨て去ってここにいるはずなのだから。

 レオンハルトは声を絞り出してアルシェムを糾弾する。

「バカげたことは止めろ……それ以上カリンを侮辱するなら一思いに斬ってくれる――!」

 彼の手は震えていた。怒りと、驚愕。それとほんの少々の畏怖。それらが入り混じった表情を浮かべ、揺れる剣先をアルシェムに向けている。カリンに向けないのはたとえ幻であったとしても彼女に剣はむけられないと思っているからか。

 嘆息しながらカリンはレオンハルトに返した。

「止めて頂戴ね、レーヴェ。今度こそ本当に死ぬから」

「今度こそ、だと……? カリンはあの時死んだ! ここで生きているわけがない……!」

 その言葉を聞いてなお、レオンハルトは剣先をカリンにはむけようとしない。それをアルシェムは失笑しながら見ていた。彼は一番単純な事実を忘れているのだ。たとえアルシェムを殺したところでカリンは消えはしない。何故なら――アルシェムは、幻術には適性がないのだから。オーブメントは幻属性で三つも縛られているのに幻術が使えないというのもおかしなことであるが、事実である。

 激情のままにレオンハルトがアルシェムに斬りかかろうとして――カリンの手が翻る。それだけで、レオンハルトの剣は止められていた。彼の剣には細い金属が巻きついていたのである。

「な……」

「全く……手間を掛けさせないで貰いたいわ、レーヴェ」

 その金属は、カリンの握る柄に繋がっていた。それこそがカリンの得物。リオとは正反対の法剣。針金の如く細いレイピア型の法剣である。あまりに細いのでごり押しには向かないが、その代わりクラフト『インフィニティ・スパロー』に相当する彼女オリジナルのクラフト『インフィニティ・ニードル』は斬られたことにも気づかせないほど薄く皮を剥ぎ、血を流させて戦闘力を削ぐという優しい彼女には似つかわしいクラフトに仕上がっている。

 カリンの言葉に対し、レオンハルトは彼女の法剣を振りほどいて声を震わせる。

「黙れ、偽物が……!」

 ついに彼はカリンにその剣を向けた。幻などではないというのは先ほどの攻撃で理解したからだろう。故に、彼はカリンを騙る人物をアルシェムが連れて来たのだろうと判断した。

 それを察したのか、カリンはレオンハルトに向けて告げる。

「私が偽物だというのなら、証明してみせるわ。後悔しても私は知りませんからね」

 カリンはそう言い捨て、レオンハルトと対峙しながら少しばかり記憶を掘り起こした。何を言えばレオンハルトは自分がカリンだと認めてくれるのかを考えて――気付いた。全力で彼が言い当てられたくない事柄を示せばいい。彼に都合の良いことばかりを言えば攻性幻術だと思われてしまうのは否めないのだから。

 だからこそ、カリンは大真面目な顔でこう言い放った。

 

「貴男の生家の貴男の部屋のベッドの下に大量に隠されていたのは幼馴染み束縛系の官能小説二十七冊」

 

 それに対し、レオンハルトは――

 

「悪かったそれ以上言ってくれるな」

 

 ごいん、とでも音がしそうなほど勢いよく土下座した。無論そのことをアルシェムが知っているわけがない――というよりも当時の彼女に内容が理解出来るわけがない――と知っていて、なおカリンに知られていたくはないことだったからである。穴を掘って埋まりたい。この場所に穴はないのである。因みにアルシェムはレオンハルトを軽蔑した目で見ていた。

 だが、カリンは止まらなかった。

 

「それと――何故か一冊だけとても擦り切れた幼馴染みの弟と一緒に幼馴染を云々するさんp……」

「止めてガチで止めて俺が悪かった」

 

 レオンハルトは顔を真っ赤にさせたまま地面に頭を打ち付け続けた。もうこんな記憶など消えてしまえとでも言いたげである。無論アルシェムはそんな本を彼が持っていたことなど知らない――知りたくもない――のでアルシェムの幻術では有り得ないのである。もしそれが出来るのならば超高度な幻術使いだけ――ルシオラをも遥かに凌ぐ天災――であろう。

 よって、自然と彼は目の前の女が『カリン・アストレイ』であると認めてしまっていた。カリンならば知っていてもおかしくないのだ。レオンハルトの家を掃除していたのはカリンだったのだから。

 とんでもないことを大真面目な顔で言い終えたカリンは表情だけ笑みを作ってレオンハルトに問いかける。

「信じたかしら?」

「ももも勿論信じたに決まっているだろうだからこれ以上言うなください」

 ちらっとだけ顔を上げたレオンハルトはカリンの表情が彼女が怒る時特有の笑みになっていることを確認してプルプル震えながらそう返した。ここまで幻術で再現されてたまるか、とでも言いたげである。昔からレオンハルトはカリンの尻に敷かれているのであった。

 そして、レオンハルトは尻に敷かれながらも懲りない男である。

「だ、だが何故その女などと一緒にいる……ヒッ」

 最後までその言葉を言い切ることが出来なかったのは、カリンが笑みを深めたからだ。正直に言ってそのまま目をカッ開けば般若にでもなれそうである、とアルシェムは思ったが、ちらりとカリンに見られたので自重した。

 カリンはうふふ、あはは、と嗤いながらレオンハルトに向けて優しく問いかけた。

「ねえ、レーヴェ? 一体レーヴェはシエルのことをどう思っているのかしら? 怒らないから言って御覧なさい」

 ちら、とレオンハルトはカリンを見たが、彼女の顔は変わらない。威圧するような笑みを浮かべているだけだ。そして、その顔は無言の圧力を以てレオンハルトに回答を求めていた。ただしそれは恐らく正答にはならないのだが。

 レオンハルトは恐る恐る応える。

「《ハーメルの首狩り》にしてお前を……殺した女だ」

 カリンはそれを聞いた瞬間、目をカッ開いて手に持った法剣を地面に打ち付けた。ビシィィィィィィッ! と強烈な音を立てて地面が割れる。いやいやいやどうなってるんだよとアルシェムが突っ込もうとするが、考えるだけ無駄になりそうなのでやめた。たとえ古代遺物を毀損しているとか思っても口に出してはいけない。怒れる乙女は怖いのである。

 なおもカリンはレオンハルトに問う。怒りがまだ天元突破していないだけマシだろう。そうなれば手が付けられなくなるとかそういうレベルではなくなるのだから。

「それを何の疑いもなく信じていたの、レーヴェ?」

「あ……は、はひぃぃぃぃぃっ!」

 既にレオンハルトは涙目である。怒れる乙女は怖い。しかし、それよりも怒れるカリンは恐ろしいのである。正直に言って、一秒も説教されたくないレベルだ。アルシェムもされたくないと思っている。

 レオンハルトは内心ではこう思っていることだろう。怒らないって言ったのに、言ったのにぃぃぃ、と。残念ながらその理屈は今のカリンには通用しない。するはずもないのである。彼女は怒っているのだから。カリンの死体も確認せず、義妹を疑ってまで死んだことにされたという事実に。たとえそれを成したのが《白面》であったとしてもカリンは赦すつもりはなかった。

「うふ」

「か、かかかカリン? カリンさん? カリン様ぁぁぁぁぁ!?」

「お仕置きね、れぇぇぇぇぇゔぇ?」

 カリンはとてもイイ笑顔でそう宣言した。レオンハルトは顔をひきつらせて逃げようとするが、アルシェムが逃がさない。今ここで逃がすわけにはいかないのだ。ここでレオンハルトを仲間に引き入れるつもりなのだから。羽交い絞めされたレオンハルトはアルシェムを振りほどこうとするが、適わない。カリンの瞳に気付いてしまったからだ。彼女の瞳は――泣きそうなほどに、潤んでいて。

 そうして――カリンは力ある言葉を紡いだ。

 

「……空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り。識の銀耀、時の黒耀、その相克をもって彼の者に打ち込まれし楔、ここに抜き取らん……」

 

 その力ある言葉は、レオンハルトの精神に作用して歪にゆがめられた記憶を正していった。その中で生まれてしまった幻想の少女は――跡形もなく消えていく。そんな人物など最初から存在しなかった、というのが正しいことだと、今のレオンハルトには分かっていた。

 

 『エルシュア・アストレイ』は存在せず、『シエル・アストレイ』という少女が二人分の行動を成していたということにようやく彼は気づいたのだ。

 

 それを呑みこむのにやや時間をかけたレオンハルトは自分の記憶を否定しようとする。何度も、何度も。しかし、事実は変わらない。彼らは――警告を発した少女を追放し、人殺しとまで罵って貶めたのだ。その事実は覆ることはない。過去を変えることなど、彼には出来ないのだから。――否、たとえできたとしてもそれを彼はしないだろう。あったことは変えてはならないのだから。それが、彼への罰。

 アルシェムは震えながら事実を受け止めようとしているレオンハルトを一瞥し、柱の陰に潜んでいるであろう人物に向けて発砲した。当たることを期待はしていない。だが、その人物はそれを意に介することなく彼女の前に現れた。

 彼こそが――アルシェムの仇であり、《ハーメル》関係者をこうなるよう仕向けた元凶である最悪の破戒僧、《白面》ゲオルグ・ワイスマン。

「よくもぬけぬけと顔を出せたね、教授?」

「クク……何、君が一体どんな手段を使ってくるのかを鑑賞していたのだよ。まさか私も知らない手を使ってくるとは思ってもいなかったがね」

 くつくつと嗤いながらワイスマンは手に持った杖をアルシェムに向ける。しかし、アルシェムはそれを意に介することはなかった。たとえそれが――彼の持つアーティファクトの中で最強の一つであったとしても。今現在、アルシェムを操れるのは《□□□》だけなのだから。

 だが、アルシェムのその目論見は甘かったようである。警戒してしかるべきだったのだ。この場所が一体どこなのかを失念していない限り、よく分かっていたことのはずである。そう――ここは。

「戻ってきたまえ、シエル。君のいる場所はここにしかない……!」

 干渉力を強めたワイスマンの手に、アルシェムはいともあっさりと堕ちた。解けなかった暗示が、場所に反応してより凶悪に効いてきたのである。アルシェムは顔をこわばらせ、数秒の抵抗を見せたのちにワイスマンの隣まで跳んだ。

 それを見たカリンは思わず叫ぼうとするが、レオンハルトに押しとどめられる。彼は既に(見た目だけ)立ち直っており、ワイスマンに対峙していたのだ。

「何のつもりかな、レーヴェ」

「悪いが、俺は結社から抜けさせて貰う……そいつもな」

 それを聞いたワイスマンは酷薄に嗤うとアルシェムに命じた。

「それは残念だ……殺れ」

 アルシェムはその指示に忠実に従い、背から剣を一振りだけ抜いてレオンハルトに斬りかかった。レオンハルトはそれを受け止めるが、動揺もあってかアルシェムに押されてしまう。そこで一度力を抜いて体勢を崩しにかかるのがいつもの彼女のパターンなのだが、今回は違った。そのまま鍔ぜりあったまま離れようとはしなかったのである。

 今度こそ激昂したレオンハルトが吠えた。

「ワイスマン……貴様!」

「残念だが、君達と遊んでいる暇はないのでね」

 ワイスマンはレオンハルトを一瞥し、興味がなさそうな顔をしてからその場から去って行った。ついでにドラギオンを増殖させていくという小細工はしたものの、それだけだ。そのほかに小細工は何もしていない。

 それを確認したアルシェムは――力を抜いて後ろに跳んだ。しかし、レオンハルトはそれを予期していたのか体勢を崩すことはない。そのまま油断することなくアルシェムに剣を向け続けていたが、それは無駄に終わった。

 なぜなら――

「あー、余計な体力遣わせにかかんのホント止めてくんないかなあの変態……」

 呆れたような表情になったアルシェムが剣を背にしまってそうぼやいたのだ。操られたと判断していたレオンハルトはまだ油断はしていないが、それでも動揺してしまう。その隙をアルシェムはつくようなことはしなかった。何故なら、彼女は操られてなどいなかったのだから。

 その様子を見たカリンは恐る恐るアルシェムに問う。

「……アルシェム?」

「無事だよ無事。一瞬だけとんでもなく干渉されたから反射で《白面》の元には跳んだけど、イロイロ誤魔化すのにちょっと演技してた」

「なら良いけど……とりあえず、周囲の人形兵器たちをどうにかするのが先ね」

 アルシェムを案じたようにカリンが言う。その間にも人形兵器たちは動き始めているので油断は出来ない状況だったのだが、アルシェムが操られていないと分かって随分やりやすくなった。

 その後、アルシェム達はドラギオンを全力で狩っていっていたのだが、いつエステル達がそこに合流したのか誰も分かっていなかった。いつの間にかレオンハルトとヨシュア、カリンとエステルが並んで戦っているのである。アルシェムは何度か見間違いじゃなかろうかと思って目をこする羽目になった。

 そして、ドラギオンを狩り終えた後――ヨシュアは、レオンハルトと仲直りを果たした。ただしカリンのことは内緒にしていてくれと本人から要請があったために彼からヨシュアに伝わることはなかったのだが。

 

 そうして、ヨシュア達《ハーメル》の人間にとって一つの終着点に辿り着く――




こんなんレーヴェちゃう! と思う方はこの先も扱いはこんな感じなのでブラウザバック。
こんなレーヴェでもいいよ! と思う方はこの先もどうぞ。

では、また。

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