雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧101話~103話のリメイクです。

15,000ものUA、ありがとうございます。

では、どうぞ。


いざ、《輝く環》へ

 《アルセイユ》に乗り、準備を一通り終えてから一行は《輝く環》に向かわんとしていた。その中には、先ほどの交渉で置いて行かれた面々もいる。アルシェムはティータまで連れて行くのはどうかと思ったのだが、本人が行く覚悟を決めてしまっていたので動かすことは出来なかったのだ。ただし、そこにヒーナはいなかった。リオと入れ替わりでグランセルに降り立った彼女は別ルートで《輝く環》に向かっているのである。

 緊張をほぐすために談笑しているエステル達をよそに、アルシェムは警戒のレベルを上げていた。恐らく、というよりも間違いなくグロリアスが追ってくると分かっていたからだ。どのような状態であれ、出来得る限りは《アルセイユ》を近づけたくないだろうことはわかり切っている。一応最後の手段は用意しているものの、使わない方が良いに越したことはないのだ。

 そんなアルシェムに声を掛けて来たのは目立たないようにしていたケビンだった。

「……何でそんなに警戒しとるんや?」

「グロリアスが追ってくるのは確実だし、いつどのタイミングで《白面》がヨシュアをお持ち帰りしようとするか分かんないから」

 アルシェムの答えを聞いたケビンは顔を引き締めた。前者についてはケビンも考えていたが、後者については確証がなかったのだ。ヨシュアに《白面》が何かを細工しているのはほぼ確実だったのだが、それでも確定とは言わない。ヨシュアが操られてもケビンとしては別にどうでも良い――もし操られて何かしらやらかしたらそのまま自害してくれるだろうという目論見もある――ため、敢えて放置していたというのもある。だが、いつ寝首をかかれるか分からない状況という不確定要素はなくしておくべきだろう。ケビンはそう判断しなおしてヨシュアに近づいて行った。

 アルシェムはそれを後目に見つつ甲板の方へと向かった。《アルセイユ》の武装でも十分あしらいきれるだろうとは思ったのだが、念のために迎撃に出ておくべきかと思ったのである。

 そこに、一人の親衛隊員が追いかけて来てアルシェムに告げた。

「隊長からの伝言です。殿下に危害を加えたら抹殺すると」

「別に危害を加えたいとは思ってないって言っといて。ついでにグロリアスが追いついてくるだろうから警戒レベル上げた方がいーよって」

 そう言ってアルシェムはその親衛隊員に見向きもせず甲板まで出た。最早目視できる位置に浮かんでいるグロリアスを見て舌打ちをしたアルシェムは、グロリアスから急速に近づいてくる影に向けて発砲する。

「……うーわ」

 アルシェムはその影を完全に目視して正体を看破した。そこにいたのは――二足歩行の龍型機械人形の上にまたがったレオンハルトだったのである。ある意味完全本気モードだと判断しても良いだろう。ただ、それで《アルセイユ》を止められるかと言われると五分五分と言ったところ。そして、その確率はレオンハルト自身によって下げられる。彼は、この事態をエステル達に止められるかどうか試したいのだ。

 レオンハルトの意志とは関係なく、アルシェムは彼の妨害を阻止するために動くしかないのだ。そうしなければ、まだ《身喰らう蛇》と繋がっていると思われてもおかしくないのだから。たとえそれが元『家族』であったとしても。

 龍型人形兵器――ドラギオンから少しばかり身を乗り出したレオンハルトはアルシェムに問う。

「邪魔をする気か?」

「いろいろ期待を持ちたいのはよーく分かるんだけどさ。そもそも前提条件からして間違ってることにそろそろ気づいてほしいんだけどなー」

「……何だと?」

 遠い目をして告げたアルシェムにいぶかしげな顔をするレオンハルト。彼の目的は『カリン亡きあと、彼女を犠牲にして成り立っているこの世界に本当に価値があるのか』を確かめることである。それのどこが間違っていると言いたいのだろうか、彼女は。よりによってカリンを殺したアルシェムが何を言っているのか。レオンハルトはそう思っていた。

 アルシェムは遠い目をしたままレオンハルトに告げる。

「目隠ししたまま裏の世界から表の世界がどれだけ正しいかなんてばかばかしくて見ていられるわけないじゃん」

「何が言いたい……!」

「何がって……レオン兄が間違ってるってことを言いたいんだよね。まずカリン姉は――」

 アルシェムがそう言った瞬間、強風が吹いた。だからレオンハルトはその真実を聞くことはなかった。否――実際に強風など吹いてはいない。ただ、彼が認めたくないだけで。そして、彼が認めたくない真実を虚構に変えるのが《白面》の技だった。

 

 レオンハルトの記憶の限りでは、カリン・アストレイが生きていることなどあってはならないのだ。

 

 認められない真実を聞かされたレオンハルトは剣を振りかぶる。いつも冷静沈着な彼の顔に浮かぶのは怒り。それほどまでに、アルシェムの告げた真実は彼の心をかき乱したのだろう。それが嘘だと思わされている彼には、その剣を振るうことでしか晴らせない思いがある。

「嘘だ……」

「わたしが嘘を吐くメリットがどこにあったって?」

「……大方、時間稼ぎでもしたいのだろう……なれば貴様をここで討つ――!」

 レオンハルトは激情のままに剣を振るう。だが、アルシェムはその剣をいともたやすくいなした。今の怒り狂ったレオンハルトの剣など、アルシェムに通ずるはずがなかったのだ。彼女にだけではない。今の彼の状態では、エステルにすら劣るだろう。

 アルシェムとレオンハルトが戦っている様子が見えたのか、ヨシュアが飛び出してくる。しかし、その時には既に《アルセイユ》は《輝く環》に到着していた。ある意味時間稼ぎだけは出来たとでも言うべきだろう。

 そのことを認識したレオンハルトは激情を呑みこんで何とか気持ちを落ち着けた。ここでじっとしているわけにはいかないのだ。

「……フン」

 だからこそ、余裕があるように演技してレオンハルトはその場を立ち去ったのである。そうしなければその剣を弟のような存在にまで振るうことなど出来そうにもなかったのだから。

 ヨシュアは何かを言いたそうに去っていくレオンハルトを見ていたが、気を取り直してアルシェムに向きなおった。

「……アル、その……」

「何を聞きたいか知らないけど、今はそんなことよりも自分の心配したら? 万が一ってこともあるだろうし……特に、わたし達は」

 アルシェムが意味深にそう返すと、ヨシュアは顔を引き締めた。アルシェムがいいたいことは恐らく暗示のことだろう。同じような時期に同じような環境で過ごしていたアルシェムとヨシュアにならば共通してありうることがあるのだ。そう――同時期に、《白面》の元にいた彼女らにならば。

 ヨシュアはアルシェムを気遣うように声を発する。

「アルは……大丈夫なのかい?」

「わたしのはヨシュアのよりもーちょい厄介だからどーしよーもないんだけど、ヨシュアのならシスターか不良神父に頼めば何とかなるんじゃない?」

 どこか楽観的にアルシェムはそう返す。実際、ヨシュアの暗示を解くのですら行動をトリガーにしなければならないほどのものである。アルシェムの暗示は――既に解いていると周囲には説明しているが――精神の奥深くで複雑に絡み合って定着してしまっているのだ。《聖痕》で凍結しているために余程のことがない限りは操られはしないが、それでも完全に解ききることは不可能に近い。

 アルシェムの言葉に顔を曇らせたヨシュアは彼女に告げた。

「この後頼むつもりだけど……もし、君が操られたら――」

「あー、一応全力で抵抗はするよ? するけどさ……もし無理だったら、ヨシュアの思うとおりにしてくれて構わない」

 その言葉にヨシュアは息を呑んだ。ヨシュアの思うとおりに、ということは最悪殺しても良いということなのか。殺してでも止めてくれというわけでもなく、ただヨシュアの思うとおりにしていいということはそういうことだ。

「……分かった」

 ヨシュアはその覚悟を受け取った。もしもエステルに危害を加えようとするならばヨシュアはためらうことなくアルシェムを殺すだろう。もしそれでヨシュアがエステルに恨まれたとしても、彼はそれをやり遂げるつもりだった。それが、せめてもの――贖罪になると信じて。

 《ハーメル》の一件の真相を聞いて以来、ヨシュアはアルシェムにどう接して良いか分からなくなっていた。本当は生きていてくれたことを喜ぶべきだったのかもしれない。だが、今までは記憶の歪曲によって彼女を憎んでいた。それを簡単に変えられるほどヨシュアは《ハーメル》の件に固執していないわけではないのだ。誰が黒幕かが分かっても、あの時ヨシュアの目の前に現れたアルシェムは紛うことなく『人殺し』だったのだから。今ではヨシュアも彼女と同じ『人殺し』ではあるが、それでも譲れないものはある。姉の仇かも知れないと思っていたアルシェムがそうではないと知ったとしても、彼女を簡単に赦すことは出来ないのだ。

 アルシェムはそんなヨシュアの内心を知らずそう提案した。まだ恨まれていても構わないと思って。もう、ヨシュアは『家族』ではないのだから。もしもまだ恨まれていて殺したいと思うのならば好きにすると良いと思った。どうせこの先、ヨシュアとはもう会うこともなくなるだろう。その前に気持ちの整理をしていてくれた方が闇討ちもされないだろうと計算してのこと。それ以外に理由はない。

 甲板から中に戻ったアルシェムとヨシュアは、《アルセイユ》の復旧作業――撃墜はされていないとはいえ、無理矢理着陸したことに変わりはないので帰りのことを考えると修理は必須である――に入っている一行と合流した。これから《輝く環》を探索するのだろうが、それよりも前にやっておかなくてはならないこともあるのだ。特にアルシェムは、ここからどうやって単独行動を勝ち取るかを考えていた。馬鹿正直にエステル達に付き合う義理はないのである。

 だが、その考えはリオに遮られた。

「あ、シュバルツ中尉! アタシ達は別方向から探索に向かうから。馬鹿みたいに一か所に固まって探索するよりは効率的だし」

「そ、それはそうだが……達とは?」

 困惑したようにユリアはリオにそう返すが、彼女はアルシェムの手を掴んで連れて行くというジェスチャーをしてそのまま《アルセイユ》から脱出してしまった。追ってくる気配もないのでそれはそれで問題ないのだが、流石に怪しすぎる気がしなくもない。

 なのでアルシェムは一度リオを引き返させ、ユリアにこう耳打ちさせておいた。『もしアルシェムが敵と通じていてもこっちで対処するから不意打ちはさせない』。それは、ユリアがまだアルシェムを疑っていることを前提にして、アルシェムを連れ出すことでクローディアの安全確保をしているのだと思わせるための方便だった。

 そうして戻ってきたリオと合流したアルシェムは一度彼女と目を合わせると、微かに頷いて駆け出した。馬鹿正直に探索などやるわけがない。《アルセイユ》が完全に見えない場所に動かしてあるであろう《メルカバ》に辿り着く為だ。途中でグロリアスが見えて別方向に止めているだろうと判断したアルシェムは方向転換をして《メルカバ》まで急ぐ。《アルセイユ》の方が足は速いが、流石にもうついているだろうと思ったからだ。待たせるわけにもいかない。

 数十分の後にステルス状態の《メルカバ》まで辿り着いたアルシェムとリオは、見つからないように内部で待っていたヒーナともう一人の人物と合流していた。もう一人の人物とは、ここの所めっきり空気になっていたメルである。ずっとルーアン大聖堂でスタンバイしていたのだが、あまり動くこともなかったため空気となり果てていたのだ。

「お待たせ、メル、ヒーナ」

「いえ、本当にさっき着いたところですから。それで……ここからは手筈通りに?」

 メルはアルシェムにそう問うた。アルシェムはその言葉に首肯し、もう一度確認のために声に出して指示を確認する。メルはそのまま《メルカバ》内で待機で、何かあれば単独でも脱出することになっている。リオは《外法狩り》のサポートで姿を眩ませたままこっそりついて行く。そして、ヒーナはアルシェムと共にとある人物の確保に動くことになっていた。

 それを言い終えたアルシェムは思い出したようにヒーナに向きなおって伝える。

「あー、それで目標が確保できて協力が得られたらちょっと頼みたいことがあるんだけど、ヒーナ」

「何かしら?」

 ヒーナは胸騒ぎがしていた。何かとんでもないことを言われる気がしてならない。それも、彼女のこれからの人生を左右するような何かを。悲しいことにそういう予感だけはよく当たるのだ。特に、彼女が七耀教会に入ってからは。

 そしてその予感は当たる。アルシェムは彼女にこう告げたのだ。

 

「ヒーナ……いや、カリン姉。レオン兄と一緒にリベールに残って欲しい」

 

 ヒーナは――否、かつてカリン・アストレイだった彼女は頭が真っ白になった。それは、アルシェムを置いて七耀教会から離脱しろと言われているのだろうか。リベールに残って一体どうしろというのか。アルシェムを残して幸せになれとでも言うつもりなのだろうか。

 そこまで思考が至った時、カリンは唇を噛んだ。そんなことが許されるわけがない。たとえ《ハーメル》の件が防げなかったとしても、逃亡する理由ならアルシェムが持ってきていたのだ。それを聞かず彼女が追放されるのを黙って見ていた時点で赦されるはずがないと思っていたのに。それでもなお助けに来てくれた彼女を罵倒してしまった。そんな彼女に謝罪はしても一生その罪を償わなければならないと思っているのに――当の本人から、戦力外通告をされる? そんなことは、あってはならない。

 カリンは唇を震わせてアルシェムに抗議の旨を伝えようとして――アルシェムに機先を制された。

「勿論七耀教会所属のままでいて貰うけど、身柄はリベール預かりになってもらう。事と次第によっては《ハーメル》の件でいつでも証言台に立てるようにしてて欲しいんだ」

 そのアルシェムの言葉を聞いたカリンは震える声を無理やり絞り出した。

「……私は……足手纏い、ですか?」

「どう考えたらその結論になるのかイマイチ分かんないけど、それはないかな」

「でも……私は、エルについて行くって決めたのに……」

 逡巡するカリン。しかしカリンの迷いはアルシェムには届かない。カリンがアルシェムについてくる理由などないのだ。ぶっちゃけ言ってどうでも良いとアルシェムは思っているのだから。ただ有効だと思われる一手を打つだけだ。

「《ハーメル》の一件を知ってるカリン姉と、王国軍所属だった経緯のあるレオン兄。エレボニアの増長を削ぐにはうってつけの人材なんだ。頼まれてくれない?」

 義妹のお願いにカリンは結局逡巡したまま了承の意を示すことしか出来なかった。アルシェムについて行って、贖罪を果たしたかったというのは本音だ。だが――カリンは途中で気付いてしまったのだ。もし、アルシェムに嫌われていて引きはがしにかかっているのだったら? それが真実なら――カリンは大人しく引き下がるしかなかった。

 そうして、一同は行動を始めた。メルはその場で待機。リオはケビンを追跡すべく《アルセイユ》方面に戻っていった。カリンはアルシェムと共に中央の塔を目指して動き始め――はしなかった。というのも、これを機にグロリアスをどうにかしてやろうとアルシェムが企んだからである。前回の破壊工作はレオンハルトに邪魔をされたようなので彼が出払っているだろう今がチャンスだ。

 カリンにもグロリアスを破壊することを伝えたアルシェムは内部に侵入し、爆発物を仕掛けていく。途中でエステル達が突入してきて何かしらを探し回っていたようだが、幸いアルシェム達にも爆発物にも気づかなかったようだ。ヨシュアだけは爆発物に気付いていたが、こっそりいくつか追加していたので黙認するということだろう。

 エステル達と何故かそこにいた《カプア一家》がグロリアスから脱出すると、アルシェム達も脱出してとある装置を作動させた。それは時間差で煙を吐き出させる発煙筒を作動させるスイッチだった。にわかに騒ぎ始めたグロリアス内部には目もくれず、アルシェムはカリンを連れて中央の塔へと向かう。

 中央の塔まで辿り着くと、アルシェムは頭上を振り仰いた。ショートカットして上から降りていく方が確実にエステル達よりも先にレオンハルトに接触できると思ったからだ。そして、何か所かあるでっぱり部分に鋼糸を投げつけつつアルシェムはカリンを連れて上昇していく。途中、執行者たちがいるのも見えたが別に彼らには用がない。唯一レンだけは今のうちに味方に引き込めるだろうが、今はカリンの正体を悟らせないために長時間の会話はしない方が良いだろう。

 そう考えていたからだろうか。最上階まで登ろうと鋼糸を巻き取りつつ登っていたアルシェム達が撃墜されたのは。

 カリンは複雑な顔をしながらそこでぼやいた。

「……撃墜されたのに何で受け止められてるのか教えて貰えないかしら」

「うーん、誤射?」

 アルシェムも苦笑しながら返す。彼女達がいるのは――《パテル=マテル》の腕の中だったのだ。まさか撃墜されたのに受け止められるとは思ってもみなかったアルシェムは小さく彼に感謝の言葉を伝えた。

 そこに呆れたようにレンが言葉を掛ける。

「呑気に会話しているところを悪いのだけれど、降りてくれるかしら?」

「あ、ごめんごめん。レンの特等席だもんね」

 アルシェムはレンの要請に従ってカリンを連れて《パテル=マテル》の腕の中から脱出した。といっても彼が高さを調節してくれたので飛び降りる羽目にはならなかったのだが。その行動を見てアルシェムは《パテル=マテル》にまだ味方だと思われていると確信した。本当に一応であるが、アルシェムも彼に命令する権限を持っているのである。

 それを幸いとアルシェムはレンにこのまま上に上ることを告げ、邪魔をするようなら《パテル=マテル》に邪魔をさせることにした。もっとも、レンはアルシェムを妨害することなくすんなりと通してくれたため、意味はなかったのだが。

 そして、その塔の上に待っていたのは――やはり、レオンハルトだった。




次回は……お察し。

では、また。

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