雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧98話~100話のリメイクです。

では、どうぞ。


闇からの来襲

 アルシェム達が資料を探している間に、エステル達は各地を回って混乱具合を確認していたらしい。ラッセル博士の発明で零力場発生器なるオーブメントが完成していたため、王城と遊撃士協会の通信機の近くにおいて回るという作業のついでではあったのだが、なかなかの混乱具合だったようだ。

 そうしているうちに集まった情報によると、帝国南部と共和国西部までは導力停止現象が起きてしまっているようである。後で七耀教会の方からフォローが必要になりそうである。ただ、そのあたりは全てケビンに丸投げすることにしたアルシェムはあまり気にはしていなかった。今のところ外交的に何かしら言って来そうなのは帝国の方。共和国は普通に外交ルートを使うだろうが、帝国は実力行使で来る可能性があった。

 もっとも、それよりも前に襲来するのが《身喰らう蛇》であろうことは想像に難くない。このまま《輝く環》を《身喰らう蛇》が手に入れるとして、邪魔になるのはエステル達と国家権力であろう。だからこそアルシェムは未だに王都に留まっているのであった。

 そして、その判断は正しかったようである。王国軍兵士の報告で城門前まで《身喰らう蛇》の紅の兵士と執行者が近づいてきていることを知ったアルシェムは、ヒーナに最終防衛線――女王の私室ではなく袋小路に出来るクローディアの部屋に立てこもっている――を任せて女王宮前の空中庭園で執行者たちを待ち受ける。もう一人誰かが潜んでいることには気付いていたが、敢えてアルシェムはそれに触れないでいた。

「……来た、かな」

 ぽつりとアルシェムが呟くなり空中庭園の入口から執行者たち――レン、ヴァルター、ルシオラ、ブルブランである――が現れる。それを見て彼女は手に持った棒術具を握りなおした。意識を執行者モードに切り替えて執行者たちと対峙する。最早、そちらに戻ることはないのだと態度で見せつけて。

「そこを退いてくれるかしら?」

 執行者たちを代表してレンがそう告げた。しかし、いくらレンの頼みでもここを退くわけにはいかない。何故ならアルシェムはリベール王家に恩を売るためにここにいる。対処できる人物がアルシェムとその奥にいる人物のみだというのもあるが、九割は下心ありありである。

 レンの言葉にアルシェムはこう答えた。

「お断りするよ。通りたかったらわたしを倒してからどうぞ」

「あらそう? なら、遠慮なくやらせて貰うわね」

 レンはスッと大鎌を取り出して構え、腰を落とす。アルシェムは姿勢を変えずに無言のまま棒術具を操った――棒術に則ってではなく、槍術に則って。その技の名はシュトゥルムランツァー。《使徒》の第七柱《鋼の聖女》の得意技である。かつてアルシェムは彼女に師事していたことがあるのだ。それは、明白に《銀の吹雪》が《身喰らう蛇》に逆らうという証左だった。外部で同じクラフトを扱える人間はごくわずかなのだから。

 そのクラフトが突き刺さったのは、レンではなく一番脅威になりそうなヴァルター。断じて煙草の恨みがあるとかそういう理由ではないのである。ないったらないのである。

「……ほう?」

「手加減してる余裕はないみたいだからさ。さっさと決めさせて貰う」

 アルシェムは殊更冷酷にそう告げると、もう一度シュトゥルムランツァーを放ってから棒術具を上空に投げあげた。そしてスカートから導力銃を取り出して乱射する。この時点でルシオラがダウンしているのだが、アルシェムはそれを意に介することはない。今は全員をダウンさせる必要があるのである。恐らくワイスマンでもエステルの前でクローディアとヨシュアをにゃんにゃんさせて後でヨシュアを絶望させるなどという全力で外道な行為は恐らくやらないはずだ――断言できないのは彼が外道であることをアルシェムが知っているからである――が、念のためである。

 故に、彼女が発動させているクラフトは――Sクラフトという特殊なクラフトだった。

「――ッ!」

 アルシェムの裂帛の気迫がブルブランを怯ませる。そこに先ほどからばらまき続けている銃弾が突き刺さっていく。いつもとは違って殺傷能力をかなり引き上げてあるため、防御しなければ間違いなく死ぬ。そういう方法を取ることでアルシェムは執行者たちを逃がさないようにしていた。

「くっ……《パテル=マテル》!」

 レンは紅の人形兵器《パテル=マテル》を呼び、自らの楯とする。しかし、アルシェムはレン以外の執行者にそんな逃げ道を与えるつもりは毛頭なかった。落下してきた棒術具をキャッチして導力銃を背後に放り投げたアルシェムはそのままもう一度シュトゥルムランツァーを起動。そのままなす術もなくブルブランとヴァルターは沈んだ。

「……本気なのね」

 《パテル=マテル》で上空に避難していたレンがそうつぶやく。すると、アルシェムは濁った眼でレンを――否、《パテル=マテル》を見ながらこう告げた。

 

「《パテル=マテル》、今から全速でルシオラ、ヴァルター、ブルブランを拾ってレンを乗せたままグロリアスまで離脱」

 

 それは命令だった。アルシェムにしてみればブラフ程度のもので動揺さえさせられれば良かったのだが――何と《パテル=マテル》にはまだ《銀の吹雪》の命令行使権が残されていたようである。ひょいひょいひょいと三人を拾い上げた彼はそのまま全速力でその場を去って行った――飛ぶ直前に飛び降りたヴァルターを残して。

「えー……あんたが残るの?」

 アルシェムは複雑な顔をしてヴァルターにそう告げる。すると、ヴァルターは酷薄に嗤ってこう返した。

 

「や ら な い か」

 

 アルシェムは思わず遠い目をした。本音を言えば何言ってんだコイツ、である。だが、五体満足のまま帰すわけにはいかないのも事実。だからこそアルシェムはヴァルターと対峙しようとして――思いとどまった。そこにいる誰かに手柄を半分くらい渡しても良いと思ったからである。これは恩を売ることにもつながるだろうと思えたという理由もないではない。果たして、そこにいた人物とは――

 

「仮にも婦女子に向けて何たる発言かね?」

 

 金髪の男だった。ただしそれはオリヴァルトではなく、腰にはどこかから調達してきたらしい刀が差さっていた。それに、どう考えても頭部の物理法則に反しているだろう髪はセットまでしてあるようだ。つまり彼――アラン・リシャールは自分の意志で脱獄してきたわけではないらしい。髪をセットしている時間があり、なおかつここに寄っている暇があるのならばとうの昔に逃げ出していてもおかしくないからだ。

 アルシェムはリシャールに向けてぼやく。

「仮にもって何なわけ……女子だよ恐らくたぶんメイビー」

「せめて反論するなら断言したまえ……」

 リシャールは呆れたような声をアルシェムにかけているが、その実視線はヴァルターに向いていて油断もしていない。完全に狩る気モードである。そうして――両者は数度打ち合った。リシャールは刀で。ヴァルターは拳でだったが、その拳は異様に硬く刃を通さない。それでもリシャールの刀はヴァルターの拳に一筋の赤い線を刻んだ。

「……やるな」

「東方系……《泰斗》あたりの流派と見た」

 リシャールの言葉に顔をしかめたヴァルターは一端跳び退ろうとする。しかし、リシャールはヴァルターを逃がさない。彼が後ろに飛んだのよりも早くその懐に滑り込み、刀の峰で思い切り切りつける。それを辛うじていなしたヴァルターは冷や汗をかきながらリシャールの刀を弾こうと攻撃を繰り出した。

 そんな光景を眺めながらアルシェムは現実逃避を止めた。このまま何もしなくとも決着はつくだろう。駆け付けて来ているエステル達――眼下に城内に駆け込んでいるのが見えた――もそう時間はかかるまい。ならばアルシェムがやることはと言えば、もう一度執行者たちが戻ってこないかどうかの警戒だった。

 幸い、執行者たちが戻ってくることはなく――ヴァルターには逃げられたが――無事に事態は終息しそうである。彼女の眼下では特務兵たちが紅の兵士達を合わせ技で屠っていた。

 女王宮まで辿り着いたエステル達は元情報部の連中が何故ここにいるのかと訝しんでいたが、恐らくカシウスの差し金だろうとアルシェムは思う。こういう時に手柄を立てさせれば恩赦もあり得るからだ。実際にそうなりそうなやり取りも聞けたので情報部の連中は恩赦されることになるのだろう。と現実逃避気味にアルシェムは思う。

 そんな彼女の隣で穴が開きそうなほど見つめて来るアガットの存在などないったらないのだ。非情に気まずい空気の中、それを打ち破ってくれたのは王国軍の兵士だった。

「大変です、陛下!」

 彼からもたらされたのは、ハーケン門の向こうからなぜ動いているのか不明な戦車を引き連れて帝国軍が迫っているという情報。女王はそれを聞いて瞠目し、今すぐ動かなければと準備に動こうとして――止められた。

「おばあ様……私に、任せては頂けないでしょうか」

 止めたのはクローディア。これを機に政治に携わって行こうという腹なのだろう。その覚悟は結構だが、今この時に発揮されなければならないものではない。一歩間違えば戦争が起きるというのに彼女はその交渉をやり遂げようというのだ。

 気持ちは嬉しいし何よりも孫娘の成長が嬉しい女王ではあったが、流石に不安はあるだろう。だからこそ、アルシェムは女王と共に空中庭園に出て来ていたヒーナに目くばせした。幸い、彼女は理解したらしい。

「陛下、私にクローディア殿下の後押しをさせては頂けませんか? 《輝く環》を――アーティファクトだと証言できる七耀教会の人間がいた方がスムーズに交渉できると思うのですが」

「ヒーナ殿……」

 女王にも勿論それが建前だと分かっていた。しかし、内政干渉になりそうなほど踏み込めばアルテリアにも咎が及ぶ。だからこそそこまでは踏み込まないだろうと判断して女王はクローディアとヒーナに交渉を任せた。立会人として申し出たエステルもそれに同行することになり、遊撃士連中もそれについて行くようである。アルシェムはしれっとそこに混ざっておくことにした。

 そうして、クローディアはエステル達遊撃士とアルシェム、そしてヒーナを連れて王都の波止場に出た。ティータと交渉が苦手なリオ、行く理由がなくそもそもそこにはいなかったケビン、クルツ達は留守番である。陸路を行くよりも湖を船で行く方が早いからである。ついでに零力場発生器を王城から借り出して導力式モーターの船を動かせば完璧だ。

 数時間もかからないうちにボースに辿り着いたクローディア一行は街道を走り、ボース市街を抜けて連絡が行っていたハーケン門からの迎え兼護衛を従えながらハーケン門へと向かった。その間、誰もが口を閉ざしている。

 ハーケン門に辿り着いた時、そこで出迎えたのは焦った様子のモルガンだった。

「モルガン将軍……交渉は、私に任せて頂けますか?」

「殿下……分かり申した」

 モルガンは止めることもなくただ付添としてクローディアの後ろに着き、その場で陣形を組んで待ち受けていた帝国軍人たちの元へと赴いた。そこで待っていた帝国軍は帝国軍第三機甲師団所属の《隻眼》のゼクス。フルネームをゼクス・ヴァンダールという人物だった。アルシェムは彼を見た瞬間、これならばクローディアでも行けると確信する。

 なぜなら、彼はリベールに侵攻するのを良しとしないだろう人物だからだ。オリヴァルトと繋がっているであろうゼクス――オリヴァルトの護衛ミュラー・ヴァンダールはゼクスの甥である――ならば、まだまだ説得の余地がある。アルシェムはミュラー、ひいてはヴァンダール家が誰を守護しているのかを知っていた。アルシェムとオリヴァルトは以前会ったことがあるのである。ただしアルシェムは『アルシェム』とも『シエル』とも名乗らなかったし、オリヴァルトも名は名乗りはしなかったが。

 そうして、交渉は始まった。導力が止まって危機に陥っているであろうリベールをとある方法――蒸気機関である――で動かしている戦車を以て援助に訪れたゼクス。その軍隊をリベール国内に入れたくないクローディア。その交渉は間違いなくゼクスの方に傾いている。何故なら、彼らは知っているからだ。《輝く環》がアーティファクトであったとしてもリベールが兵器として使ってくる可能性があることに。

 それを突かれると痛いのだが、そも《輝く環》がアーティファクトであることを証明するすべがないとゼクスは思っている。その場にいるシスターが沈黙を守っているのは怖くはあるが、それでも反論するすべはないと判断していた。それが、間違いだと気付く間もなく。

 だからこそ、ゼクスが《輝く環》がリベールの新兵器でないという証拠を求めた時にヒーナが口を挟んだのだ。

「失礼ながら口を挟ませていただきますわ、殿下、閣下」

「……アルテリアは内政干渉でもしてくるつもりかね?」

 ゼクスはそう告げるが、ヒーナはそれを涼しい顔で流した。この程度のことを内政干渉というのなら、ゼクスのしている行為も内政干渉だと言いがかりをつけられる。その程度のことなのだ。

「いいえ。ただ、アレがアーティファクトであると証言しに参っただけです。しかし――少々見ていられなかったので口だけは挟ませていただきますわ」

「……何?」

 ゼクスはヒーナの言い分にひるんだ。彼女の言い方であると内政干渉しますと言っているようにも聞こえたからである。実際、ヒーナは半ば内政干渉に当たりそうな言葉を吐くのであながち間違いではない。

「閣下はアレがリベールの新兵器ではないかとおっしゃいますが、もしアレがそうだとすると何故リベールはアレを使ってエレボニアへと侵略していないのです?」

「それはリベールにしかわかるまい」

 ゼクスはヒーナの質問をうまくかわした。確かに《輝く環》が本当に兵器だとすればリベールにしか理由は分からないからだ。しかし、ヒーナはそれだけで済ませるほど甘くはない。

 ヒーナは言葉を続ける。

「ええ、そうですね。ですが、貴男方とて同じ事でしょう? むしろ新兵器を引っ提げてリベールに侵略して来ようとしている分たちが悪いとは思いませんか?」

「……貴殿には関係あるまい」

 ヒーナの言葉に怯んだゼクスはそう返した。ある意味的は得ているのだ。大義名分があるにせよ、事実は変わりがない。そもそも彼はこの命令に乗り気ではなかったからこそここで隙を作ったともいえる。

 交渉の流れを強引にリベールに持って行くべくヒーナはゼクスに宣言した。

「私はリベールの女王より信任を得てここにいます。私の言葉を信頼しないということはアリシア女王の言葉を信頼しないということでよろしいのですね?」

 無論、ゼクスとしてはよろしいわけがない。今ここでゼクスに求められているのは支援という名目でリベールに貸しをつくり、あわよくば領土をぶんどること。リベールと全面的に戦争をしに来ているわけではないのだ。リベールと戦争をしても間違いなく勝てるという状況ではないからこそ、彼はそれ以上のことをやらかすわけにはいかなかった。

 だからこそゼクスはこう答える。

「いや……だが、もしもあれが本当にリベールの新兵器などではないとしてだ。アレを止める手段がない以上は支援が必要になるのではないか?」

 ゼクスの言葉にヒーナは黙って上空を指さして下がった。これ以上ヒーナが出る幕はないと判断したのだ。事実、先ほどから聞こえていた微細な音にアルシェムは気づいていた。そう、それは――オーバルエンジンの、音だ。

「な……」

 ゼクスもそれに気付いて絶句する。エステル達も、クローディアでさえその情報を知らなかったのだ。ゼクスにまで情報が漏れているはずなどないのである。それが動くことを知っているのは――カシウスと、中央工房の人間だけなのだから。

 そこで浮遊しているのは《アルセイユ》。導力式のその飛空艇は、しかしラッセル博士に巨大な零力場発生器を取り付けられて《輝く環》の影響下にあっても動くようになっている。

 

「止める手段ならこちらで用意しております、中将閣下」

 

 その声を発したのは、無論カシウスだった。その後はもはや消化試合と言っても良いだろう。カシウスがゼクスとやりあって。分が悪いと言いながら何故かオリヴァルトが出て来て。たったそれだけのことでエレボニアのリベール侵攻はなくなったのだから。

 エレボニアがリベールに恩を売る代案としてオリヴァルトが乗り込んでくるということもあったが、概ねアルシェムの予定通りに事は終わった。そう――後は、アルセイユで《輝く環》に乗り込むだけである。そうすれば、全てが終わる。

 アルシェムは、それを望んでいたはずなのに何故かこの時間を終わらせたくないと思う自分がいて困惑していた。




そういうわけで、タマネギにも活躍して貰いました。

では、また。

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