雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧96話~97話のリメイクです。

タイトル通り。

では、どうぞ。


第二結界、解除

 《ハーメル》の真実が生き残りに明かされてから、一同が気持ちを落ち着けたころ。女王宮に親衛隊の一人が駆け込んできてとある情報を齎した。それは、各地方にある《四輪の塔》の異変と紅の兵士、機械人形の跋扈。本格的に《身喰らう蛇》が動き始めたことを指す報告であった。

 それを聞いた女王はエステル達に異変の解決を依頼したが、その際にクローディアが決然とした表情で《アルセイユ》の貸し出しを申請した。どうやら彼女はそれで《四輪の塔》を回るつもりらしい。クローディアの申し出を、女王は覚悟を決めたような顔で受けた。それはつまり、クローディアをほぼ後継者として周囲に知らしめる行為でもあった。王族用の巡洋艦をたかが一王族に貸し出すことなど本来であれば有り得ないことであるのだから。

 女王の許可を得たクローディアはどうしても帰国しなければならない用が出来たオリビエを除く一行を《アルセイユ》に誘導するが、アルシェムは《アルセイユ》には乗らなかった。乗ったところで意味がないからだ。大人数で同じように行動するよりも、別れて行動する方が効率が良い。だからこそ、アルシェムは単独行動を選ぶことにしたのである――といっても、名ばかりの監視はつくが。

 リオを名目上監視として別行動を赦されたアルシェムは、王都周辺に出没しているかも知れない紅の兵士をどうにかするという名目で行動を始めた。ただし、本当に名目だけであって王都周辺に出没するだろう紅の兵士を退治するつもりは毛頭ない。もし紅の兵士が来たならば、ヒーナに任せるつもりだった。恩を売らせるという目的で。いささか急すぎる気もするが、今まではヒーナを目立たせるわけにはいかなかったからこそ目立てる時に目立っておこうという腹だ。

 では、アルシェムはどう行動するのか。それは――

「……全部秘密裏に行動って流石に無理があるんじゃ……」

「無理でも押し通す。《蛇》の人員削減も任務だからね。ってことで各地の構成員達をまとめて使い物にならなくしにいくよ」

 それがアルシェムの目的だった。最悪、一人も執行者たちを減らせなかった時のために任務のための建前が欲しいのだ。殺害でも別に構わないが、リベール国内では殺さない方が後々カシウス達からの追及を逃れられる。そのため、アルシェムが取る方法はこれまで禁じ手にしていたものとなる。そう――今までさんざん出し渋っては窮地に陥ってきた禁じ手である。

 その禁じ手とは、《聖痕》。《守護騎士》としての必須条件の一つである。少しばかり変則的ではあるものの、アルシェム自身にもその《聖痕》が刻まれていた。それを買って盟主はアルシェムを執行者と成したのである。それを以てアルシェムはある意味《白面》と同じくらい外道なことをしに行くつもりであった。それを自覚しているかどうかはさておき。

 メルカバに乗り込んだアルシェムとリオはエステル達の負担を減らすべく、ロレントへと旅立った。紅の兵士達を減らせばエステル達の戦闘も少なく済むだろう。ただし屋上でやらかしている執行者に関しては無視である。《輝く環》を回収するには一度出現させる必要があるからだ。何が何でも出現を阻止することだけはない。ないものを回収は出来ないのだ。

 その行動には間違いなく今の格好のままではマズい。《銀の吹雪》であれば裏切ったことを周知することを代償に《聖痕》で何とかしたと言えば何も問題はない。しかし、今のように顔を晒したままではこれから先の行動に支障が出かねない。よってアルシェムがとる行動はと言えば、もう一度仮面をかぶりなおしてかつらをつけることだった。

 そうして最初に辿り着いたのは《翡翠の塔》の前。そこで入口を警護しているらしい紅の兵士達の注目を集めるために――兵士達がアルシェムを目視しなければならないのである――敢えて姿を現してこう告げた。

「ご苦労様。ここにいるのはこれだけ?」

「お疲れ様であります! 街道に別働隊がいますので……」

 しかし、その兵士は最後までその言葉を告げることが出来なかった。何故なら、アルシェムは返事を聞く前に冷たく言葉を吐いたのだから。そう――この世界では十二人しか紡ぐことの出来ない力ある言葉を。

 

「……我が深淵にて瞬く蒼銀の刻印よ。我が命に応え、彼の者共の意志を凍てつかせよ」

 

 その言葉をトリガーにして、アルシェムの背に蒼銀の紋章が浮かび上がる。六枚の花弁のようなその紋章は所謂雪の結晶の形をしていた――だからこそ、彼女の執行者名が《銀の吹雪》なのである。そして、守護騎士としての通り名《雪弾》も。属性を述べるとするならば、水。アルシェムは恐らく幻も混ざっているだろうと考えている。

 紅の兵士達の瞳から光が消え、アルシェムが紋章を消すと同時に彼らは倒れ伏した。どうやらきちんと効いたらしい。呼吸はしているものの、何かしらのアクションを起こす様子は見られなかった。むしろ行動できていればそれはそれで問題である。本人の意志とは裏腹に動いていることになり、引いては《白面》に操られていることになるのだから。

 ついでにリオが念のためにと彼らに動けない程度の重傷を負わせてその場から撤退する。巡回に出ている別働隊に関しては今はスルーしておくことにして――そんなことをしていれば見つかるリスクが高まる――、アルシェムはリオと共にボースの《琥珀の塔》へと向かった。

 すると、下からでもわかる巨大な人形兵器が塔の上に鎮座しているのが見えた。どうやらここにいるのはレンらしい。生憎今は見つかる訳にもいかないので兵士達の意志を奪うだけで終わらせることにする。見付かったら弁明が面倒なのだ。特に彼女に対しては。

 精神的な疲労が少しばかり溜まっては来るのだが、そんなことを気にしていては先には進めない。ここで倒れるわけにもいかないのだ。少なくとも、《輝く環》を回収し終わるまでは。義理はないかも知れないが、アルシェムはここで死ぬわけにもいかないのである。ケビンはサポートだとアインは言っていたが、残念ながらその言葉をうのみにするほどアルシェムは素直な性格ではない。何せ、ケビンは《外法狩り》なのだ。アルシェムを狩って帰ることすら可能だろう。

 だからアルシェムは星杯騎士団を裏切ることが出来ない。《身喰らう蛇》の時のように抜け出すことは出来ないのだ。無理やり引きちぎろうとするならば、それ相応の権力と地位、そして実力をつける必要がある。今のところは抜け出す気はないので従っておくが。

 ツァイス、ルーアンとメルカバを向かわせながら、顔色が徐々に悪くなっていくのをアルシェムは自覚している。精神的疲労だけでは説明できない何かが起きようとしている気がしてならないのだ。だが、敢えてアルシェムはその感覚から目を逸らす。この感覚を説明してしまったら『アルシェム・シエル』という人間が根本から崩れていく気がして。

 だが、アルシェムは逃げられない。思考を別の方向に逸らそうとすれば逸らそうとするほどに頭の中でとある言葉が巡るのだ。それは――

 

『お主は《□》の一部だ』

 

 それはとある存在から語られた眉唾物の話であるはずだった。だが、それが眉唾物であると肯定できるほどアルシェムは自身を知っているわけではない。『アルシェム』という自らの名でさえも、ふと浮かんできたものでそれまで一度もそんな名を名乗ったことはなかったのだ。カリンにつけられたものでさえない。ならば、それは一体『誰』がつけたものだというのだろうか。

 彼のあの言葉は全て真実だったのだろうか。それを、アルシェムは嫌が応にも考えざるを得ない。どれほど思考を逸らそうが思考はそこに行きついてしまうのだから。《四輪の塔》の兵士達を止め、グランセルに戻ってきたアルシェムはそれを実感していた。

 小刻みに震え始めたアルシェムをリオがぎょっとした顔で見る。だが、アルシェムにはそれを気にかける余裕などない。今の彼女は、嵐の前の静けさに不吉なものを感じているとでも言えば良いのだろうか。とにかく彼女は正気である時には珍しく――錯乱しているときは別である――怯えていた。

 《メルカバ》から出ていたアルシェムは近くの木に背を預けていたが、立ってはいられなくなっていた。ずるずると滑り落ち、地面にへたり込む。リオはそんなアルシェムに手を伸ばそうとしたが、視界の端で煌めいたものが気になって空を見上げた。すると、そこには――

 

「まさかあれが――《輝く環》!?」

 

 金色に輝く巨大建造物が、そこには存在していた。神々しいようにも見えるが、どちらかというと成金趣味にも見えるあたり一応は人間の作ったものとでも言えば良いのだろうか。その威容にリオは息を呑むが、アルシェムはそれを見上げている場合ではなかった。

 彼女の中の本能が叫んでいるのだ。アレは御するべきもの。アレは従うべきもの。アレは――アルシェムはそこで思考を強引に断ち切った。そうしなければとても動くことなど出来なかっただろう。ただ一つはっきりしているのは、アレはアルシェムにとって敵であるということ。下手に機械音等で話されるよりは情を持たなくて済む分楽だった。少なくとも、カシウス達の監視よりはずっとやりやすい。アレに乗り込んで中枢をなす部分を持ちかえれば良いだけの話なのだから。

「……リオ、確認……普通のオーブメントは使える?」

 アルシェムは痛む頭を押さえながらリオにそう告げた。すると、リオは一般的な戦術オーブメントを取り出して駆動させようとする。しかし、それはうんともすんとも言わなかった。やはり《ゴスペル》のような効果を発しているらしい。《ゴスペル》に関しても《輝く環》関係のモノであることはほぼ確実。そのための対策をアルシェムは用意していた。

「はいこれ。一応オーブメントの使用はしばらくなしでいってくれた方が良いんだけど、不測の事態が起きたら困るし」

 それは、小型のストラップだった。オーブメントにくっつけておけば《ゴスペル》の力場を遮断するように造ってあるのでこれさえあればオーブメントも動くだろう。《メルカバ》に関してはそもそも導力エンジンだけで動いているわけではないので全く以て問題はない。

 アルシェムもほぼ無用の長物と化しているオーブメントにそのストラップを取り付けて一度王都の中に戻ることにした。一端準遊撃士の時の服に着替えなおして、である。あの恰好のままでいると執行者と勘違いされかねないからだ。

《メルカバ》の中で着替えていると、扉の向こうからリオが語りかけて来た。

「……あのさ、全部抱え込まなくて良いからね」

 その言葉にアルシェムは息を呑んだ。抱え込んでいるつもりはない。だが、彼女らを頼りにしていないのは確実だった。確かに彼女らはアルシェムの従騎士である。だが、それ以前に一人の人間なのだ。信頼など出来ようはずもなかった。

 それでもリオはアルシェムに告げる。

「アタシ、バカで単純だからさ。ストレイ卿を――アルシェムを信頼する理由なんて一つだけで良いんだ」

 扉の前でリオが身じろぎをする。その手に握られているのは、腰に下げられた星杯の紋章。それはかつて彼女にとって憎むべき象徴であり、現在では救いの象徴だった。

 リオは星杯の紋章を握りしめてアルシェムに思いを告げた。

「あの腐れ親父を通してじゃなく、アタシ個人を見てくれる。それだけで充分なんだ。だから――アタシはアルシェムについて行くって決めたんだ」

 それを聞いてアルシェムが感じ入る――などということは当然なく。悲しいことに彼女の思考は最悪リオを使い潰しても文句は言われないだろうという最低な方向に向いていて。だから彼女はリオに遠慮をするのを止めた。

 アルシェムは着替え終わってリオに向けて言葉を投げかける。

「どーぞお好きに。さてリオ、次はヒーナと合流して七耀教会の立場から恩を売りに行くよ」

「――了解!」

 リオは晴れやかな顔をしてアルシェムに続いた。その顔を見てもアルシェムは何かを感じることはない。アルシェムにとってリオはただの使える駒なのだから。そこに優秀なという冠詞がつこうが、リオに対して仲間であるとかそういう特別な感情を持つことはなかった。

 そうしてアルシェムはリオを連れて王都内に帰還し、ヒーナを拾ってから王城へと向かう。導力が止まっていることに何人かは気付いているが、まだ大きな混乱にはなっていないようだった。この隙にすり抜けなければ、この先どこまで混乱が広がるか分かったものではない。

 立場的な問題から謁見を申し出たのはリオということにし、女王と面会する。

「ご覧になりましたか、陛下」

「あの空に浮かぶ建造物のことを言っていらっしゃるなら、はいと答えておきましょう。あれが――《輝く環》なのですね?」

「ええ。あの《ゴスペル》とやらと同じような効果があるようですから、恐らくここだけでなくリベール全土で導力は使えないものとみて良いかと」

 リオの言葉に女王は眉をひそめた。もしもリオの言葉が本当ならば大変なことになる。特にツァイスでは導力が無ければ町の機能がほぼ死んでしまうのだから。それでなくとも調理や明かりはほぼ導力を利用している。今はまだ派手に混乱していることはないが、これからますます混乱は広がっていくだろう。

 そこまで考えて女王は気づいた。《輝く環》が発する力場的なものは本当にリベールにだけしか広がっていないのだろうか、と。そこまで思い至った女王はすぐさま近くにいたユリアにこう告げた。

「ユリアさん、可及的速やかにハーケン門とヴォルフ砦との連絡を! 導力が通じていない以上今すぐは無理でしょうが、数日中には結果が欲しいのです」

「は……分かりました!」

 ユリアは意を察することはなかったが、急がなくてはならないことだけは分かったようだ。女王が考えたのは、《輝く環》の力場の効果範囲。もしもそれが真円もしくは真球を描く形で広がっているならば、リベール全土のみならず他国にまで及んでいる可能性があるからだ。それどころか、ゼムリア大陸全土にまで――それを引き起こしたのがリベールだと知れたらどうなるか、女王は理解していた。――戦争が、起こる。それも《百日戦役》などは比較にならないくらい大規模な。

 女王は少しでも安心したくてリオに問うた。

「リオさん、《輝く環》が原因で起こる導力停止現象の範囲はどこあたりまでになるか推測は尽きますか!?」

「アタシでは分かりません。ヒーナなら分かる?」

 リオは女王の問いに顔を曇らせてそう答え、ヒーナに向けて問いを発した。すると、ヒーナは難しい顔をして考え込んでいる。頭の中にはリベールの地図が展開されているのだろう。

 ヒーナは難しい顔をしたまま女王に答えた。

「確証がなくて良いのなら」

「お願いします」

 女王はヒーナに頭を下げる。王族が簡単に頭を下げるものではないが、今は頭を下げてでも情報を得るべきだった。リベールの存亡どころかゼムリア全土の存亡が関わる可能性があるのだから。

 苦虫をかみつぶしたような顔をしたままヒーナは女王に向けて返す。

「リベールという国が《輝く環》ありきで出来たというのならば恐らくゼムリア大陸全土ということはないでしょう。ですが、それが現在のエレボニアやカルバードに被らないかと言われると明答しかねます」

 女王はそれを聞いて考え込んだ。今の情報を裏付けるためには古文書なり歴史書なり何なりを読み解く必要が出て来るだろう。だが、今ここで七耀教会の介入を招いては後々困るかも知れない。政治介入までは流石にしないだろうが、七耀教会、ひいてはアルテリアに狩りを作ることになるのは明白だからである。

 だが、それでも女王は決断した。先のことを考えていても仕方がないのだ。今は協力して貰って、後から寄付なり何なりで介入を防いでしまえば良い。古文書や歴史書を読み解くには、やはり七耀教会の手伝いが必要だと思われたからだ。歴史博物館に関しては不審人物を――エステルからそこに《白面》なる人物が勤めていたことを聞いていた――雇っていた前科があるのでイマイチ信頼しきれない。

 だから女王はおもむろに口を開いた。

「リオさん、ヒーナさん、お願いがあります。ヒーナさんの言葉を裏付け、かつ《輝く環》についての情報を得るためにこの城にある古文書を七耀教会の目線から解読してくださいませんか?」

 その提案を聞いたアルシェムは内心でにやりと笑った。これで貸しは作れる。あちらから貸しを作らせてほしいと願い出ているのにその手を取らないだなんてもったいないことは出来ない。

 そして、その考えはヒーナも同じようだった。ただし条件が付くが。

「私で良ければ喜んで。ですがシスター・リオに関してはエステルさん達と一緒に各地を回ってもらった方が良いでしょう」

「何故ですか?」

「陛下、アタシ本読んでたら数分で寝そうになります……体動かしてる方が得意なので、是非」

 女王の疑問にリオはそう答え、アルシェムの監視を一時ヒーナに預けることを告げた。女王はそれを快諾し、リオはエステル達と合流しに行くことになる。ヒーナはそのままアルシェムを連れて書庫へと向かった。

 書庫へとたどり着くと、親衛隊の一人が監視としてついたもののアルシェムが内容を見られないということはなく、次々と古文書を読破していくことが出来た。あまり関係のないような情報から、それなりに信頼性の高そうな情報までいくつか詰め込まれている。

「……《環》の守護者に追われ……これ何のことだか分かりますか、アルシェム?」

「第一結界とやらの消滅の時に何か襲撃してきた人形兵器の名前が《環》の守護者でトロイメライってったけど」

 などなど。多かったのは《輝く環》がどういったものであるのかという情報よりもいかにして《環》の監視から逃れるかと言った情報。どうやら《輝く環》に対する抵抗勢力がいたらしいことはよく分かった。恐らくそれがリベール王家の祖なのだろう。

 ユリアが集めてこようとしている情報が届くまでは数日を要する。そして、その数日の間にどれだけの情報が集められるかが勝負だ。それ以降は恐らくアルシェムごとつまみ出されるだろう。今ユリア本人の警戒はアルシェムまで届いていないのだ。たとえ親衛隊が見張っていたとしても。

 だからこそ、今のうちに集められる情報は探して行くつもりだった。この機会を利用しない手はないのだから。




ぶっちゃけ言って、ケビンの方も第二結界の解除を止める気はなかったと思われるのでこんな感じに。

では、また。

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