雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧84話のリメイクです。
しばらくは執行者編ともいえますかねえ。

では、どうぞ。


《銀の吹雪》と《怪盗紳士》

 ――その日、彼女らは同じ空間に存在していた。一人は銀髪の少女。もう一人は、青い髪の男性だった。片方は言わずもがな、アルシェムである。当時はシエルと名乗っていた。そして、もう片方はブルブランと名乗る男。本名かどうかは定かではないが、世間では《怪盗B》の名で知られる人物である。そんな彼女らは、とある場所で向かい合っていた。

「……そうだ。そこからこう……」

 ブルブランがアルシェムに手ほどきをしているのは変装の技術。どこへ行くにしても本当の姿をさらさずに動く方が後々都合が良いのである。万が一目撃証言があったとしても別の姿に変装すればいいのだから。

 アルシェムがブルブランに指示された通りにこなし、一通りの作業を終えたころ。そこに一人の少年が訪れる。黒髪で、琥珀色の瞳が特徴的な少年だ。無論皆大好きよっきゅんことヨシュアである。

「変装の訓練の途中だったんだね、ブルブラン」

「ああ、ついでに君もやっていくと良い」

「そうだね。今回はどんな人に変装しようか?」

 ヨシュアがブルブランにそう問うて。そうして悪夢は始まるのである。ブルブランはヨシュアに次々と指示をして変装させていく。長い黒髪のヘアピース。上げ底をするためのシークレットブーツならぬシークレットピンヒール。網タイツに黒のレオタード。かさ増しするための胸パッド。煽情的なメイクに、最後にトレーとうさ耳を着けて完成である。

 ――バニー☆ヨシュアの爆誕であった。ブルブランは予想以上の出来に鼻を押さえ、アルシェムは遠い目をしてヨシュアの格好から目を逸らす。取り敢えず直視してはいけないモノがそこには存在した。

 しかし――それを運悪く直視しまった男がいる。それは……

 

「バニーカリン、だと……!?」

 

 《剣帝》レオンハルトだった。滅多に崩さない表情を崩し、驚愕の表情でヨシュアを見つめている。どうやら、破壊力があり過ぎるようである。顔は紅潮し、そのまま天にでも召されていきそうな表情をしていた――物陰で。アルシェムは誰かがいることには気付いているが、それが誰だとは特定できていない。

 そこにこれまた混沌を生み出す人物が現れた。いかにもふざけた雰囲気を纏った緑髪の少年、No.0《道化師》カンパネルラ――人呼んで宇宙人もしくはUMA、信頼は執行者ナンバー並――である。

 カンパネルラはバニーヨシュアを見て噴き出した。

「ぶふっ……よ、ヨシュア、キミ、何て恰好をしてるのさ!?」

「似合っているかしら?」

 そのカンパネルラの問いにヨシュアはしなをつくりながら答えるものだから、物陰のレオンハルトはそのあまりの破壊力にコメディタッチで吐血して悶絶する羽目になったのは言うまでもない。その物音でレオンハルトに気付いたらしいヨシュアは彼を見てこの変装は完成度が高そうだと思ったらしい。全く以て見当違いなのだが、そこは突っ込んではいけない。

 さて、敢えて描写してこなかったが、アルシェムは一体何に変装しているのかというと――

「で、キミはキミで何を大真面目にお婆ちゃんやってるの」

「え、だって誰もこんなお婆ちゃんが襲撃者だなんて思わないと思うから?」

 老女だった。それも、どこにでも良そうな気のいいお婆ちゃんである。腰を曲げているのは辛いものがあるが、杖を使いさえすれば体重は支えられる。実に合理的だろう、とアルシェムは言わんばかりに胸を張った。

 ――そんな、ある日の光景。

 

 ❖

 

「……なんてこともあったねえ」

 そう零したのは、ブルブランだった。ここはジェニス王立学園旧校舎の地下。ほこりまみれになった迷宮の奥深くに、二人の人物がいた。一人はブルブラン。そして、もう一人は長い銀髪を持て余している女だった。白い姫袖のブラウスに、紺色のプリーツスカート。白いタイツに編上げのブーツをはいたその女は、ブルブランの言葉に相槌を打った。それが本当は誰なのかを知っている人物はその女以外にはいない。

 この二人にはいくつかの共通点がある。《身喰らう蛇》に所属している/していたこと。その手は浸み込んだ血で穢れ、後戻りするつもりもないこと。そして、何よりの共通点として二人は似た仮面をその顔に張り付けていた。

「さて、シエル。今回は《ゴスペル》の実験で、実は今のところ手は足りているのだよ」

「うん。Bならその辺はぬかりなくやってるだろーなーとは思ってた」

 シエルと呼ばれた女――無論アルシェムである――は、隙を見せずにそう答える。彼はまだ知らないはずだ。《銀の吹雪》ことアルシェムが《身喰らう蛇》に戻るつもりはないことを。だからこそできる語り合いである。実際、アルシェムとしてはブルブランとなど話していたくはなかったのだが、情報を引き出すためである。

 ブルブランは何かを思い出したようにアルシェムに告げる。

「ああ、でもお願いしたいことはある」

「え、何?」

 アルシェムの疑問に、ブルブランはとある物体の整備を頼むことで応えた。アルシェムの目の前に屹立していたのは巨大な人形兵器。どこから持ってきたのかやどうやってここまで運び込んだかなど様々な疑問はあるがそれは問うてはいけないだろう。ブルブランは《身喰らう蛇》の執行者なのだから。恐らく不可能を可能にする手段はいくらでも持っているだろう。

 残念なことに有用な情報――《白面》の居場所など――は得られなかったが、ここでブルブランを叩き潰しておくというのも一手だろう。そう思ってアルシェムは人形兵器の整備をしながら仕込みを始めていく。

 粗方仕込みが終わったところで、ブルブランがアルシェムに声を掛けた。

「おや、どうやらお客人のようだ。……何なら、一緒にもてなしてやるかね?」

 アルシェムは周囲の気配を探って気付いた。と言っても、まだまだ遠い場所で魔獣と誰かが戦っている気配がしただけなので誰がいるとは特定できなかったが。この場合であれば迷い込んできた一般生徒という選択肢だけはないだけに、アルシェムはこう答えた。

「いや、流石に執行者二人がかりは可哀想だと思うよ?」

「ふむ……それもそうだね。ではゆっくりと観劇していてくれたまえ」

 そう言ってブルブランはその空間から移動した。アルシェムは肩を震わせて嗤うと、目の前におかれている紅茶に下剤を混ぜ、ブルブランの荷物の中にある全ての食物に細工をした。ついでに着替えや仮面にも麻痺毒を塗っておく。

 と言われるとアルシェムはブルブランを殺しにかかっているようだが、実はそうではない。彼ならばこれくらいの毒は体調が悪くなるくらいで済むし、そもそも致死性のある毒は入れていないのである。――今のところは。アルシェムにしてみればちょっとしたいたずらである。やられる本人からしてみれば洒落にならないいたずらではあるが。

 そして、アルシェムはその空間から出て隠形でブルブランの背後に潜んだ。ヨシュアにも劣らない精度の隠形であるため、ブルブランは看破できないだろう。そうして待つこと数分程。そこに現れたのは、想定通りの人物たちと想定できなかった人物だった。

 

「あ、あの幽霊!?」

 

 そう叫んだのは久し振りに会うエステルだった。その背後にはアガット、クローディア、そしてエステル達に同行するように命じていたリオがいる。ここまでは想定通りだった。しかし、そこにいるはずのない人物が混じっている。それは――

「フッ……とんだ目立ちたがり屋だねえ」

「テメェが言うな……」

 自称《演奏家》、オリビエ・レンハイム。エレボニア帝国の皇族であり、《放蕩皇子》の名をほしいままにする自由人。本名をオリヴァルト・ライゼ・アルノールという男がそこにはいたのである。恐らくはまたミュラーから逃げてきたのだろう、とアルシェムは思った。

 現実逃避気味の考えから復帰し、隠形を解いたアルシェムは忘れてはならない名乗りを上げる。その際、ブルブランに「出て来るのかね?」と言われたのはご愛嬌だろう。

「さて、初めましてになるのかな。あんた達が追い求めていたであろう《身喰らう蛇》の執行者、No.ⅩⅥ《銀の吹雪》だよ」

 それを聞いたリオがピクリと眉を動かしたのをアルシェムは見てしまった。後でお仕置き確定である。こんなところで怪しまれる要素を作らなくても良いというのに、何をしてくれているのだろうか、とアルシェムは思った。

 それを気にした様子もなくブルブランが続く。

「同じく私は執行者No.Ⅹ《怪盗紳士》ブルブラン。世間では《怪盗B》としても名が通っているよ。以後お見知りおき願おうか」

 ブルブランの言葉を聞いたエステル達は身構えた。やはり執行者が二人もいると思うと緊張するのだろう。だが、今のところアルシェムはブルブランを手伝うつもりは毛頭ないのである。残念ながら。

 アルシェムはひらりと手を振りながらこう告げる。

「B、それじゃーわたしは消えてるから」

「見物もしていかないつもりかね?」

「だって見てたって意味ないしねー」

 ひらひらと手を振ってその場からアルシェムは姿を消す。今は顔見せだけで良いのだ。エステル達と対立するつもりはこれっぽっちもないのだから。今のところは。今後は状況次第にもなるだろうが、今はまだ対立はしたくなかったのである。

 姿を消したアルシェムに警戒する様子のエステル達だが、ブルブランは彼女らが消えたアルシェムに向けた警戒という名の隙を突くことはしなかった。その代わり、壁の向こうに隠している人形兵器の起動を始めている。

 そこに声を掛けたのはクローディアだった。

「……あなたの目的は一体なんなんですか……?」

 微かに声が震えているのは恐怖しているからなのだろうか。それでも気丈に声を上げる姿にブルブランは胸を打たれたらしい。口角を上げてクローディアの問いに答えることにしたようである。

「それは野暮というものだよ、我が麗しの姫君」

 その言葉をブルブランが発した瞬間、エステルは声を上げてしまった。

 

「な、何でクローゼのことを知ってるの!?」

 

 その言葉は、彼に確信を持たせるに至った。本当はブルブランとて『クローゼ』がやんごとない身分の女性であることには感づいていたし、その裏付けもしていた。しかし、その事実を確信できるほどの情報があったわけではないのだ。もしクローディアが高貴な身分の女性でなかったとしても彼はそう呼んだだろう。彼にとって美しく麗しいものは至宝なのだから。

 ブルブランはまだまだ甘いエステルに教え込むようにして言葉を吐いた。

「フフ……元市長を逮捕するとき、私もそこに居合わせていたのだよ」

 その言葉を聞いたエステルは眼を見開いた。あの時に近くにいた/居合わせたと言えるのはエステル達とダルモア、ナイアル、デュナンとフィリップだろう。しかしそれ以外に居合わせようとしてできる人物はと言えば、とエステルは考えて――見つけた。そう言えば、あの時扉の前には執事がいなかっただろうか。

「ま、まさか、あの執事!?」

 エステルの言葉に、ブルブランは少しばかり意外そうな顔をした。まさかあの言葉だけで真実に辿り着くとは思ってもみなかったからである。これは評価を上方修正できるだろう、とブルブランは判断してエステルの言葉に返答する。

「ご名答。ああ……あの時の我が麗しの姫君は美しかった。凛々しく悪を糾弾するその姿……まさしく私のコレクションに相応しい」

 その言葉をブルブランが吐いた瞬間、クローディアは背筋に悪寒が走るのを感じた。何か狙われている気がする。クローディアのその思いは正しかった。ブルブランは次いでこう告げたのである。

「あの時の美しい輝きをもう一度見せてくれたまえ……巨悪に抗うその姿を!」

 ブルブランの声と共に、人形兵器ストームブリンガーがエステル達の隣から現れた。がしゃん、がしゃんと音を立てて迫り来る人形兵器を見たエステル達は、ブルブランへの警戒を解かずにそれぞれの武器を構える。

 しかし――その努力は、ほぼ無駄になった。牽制を入れようとオリヴァルトが放った弾丸が、全てを決したのである。

 

「ピー、タ……ゴルァ、スー……ウィッチ」

 

 そう、ストームブリンガーが音声を発した。そして、オリヴァルトが銃撃した場所から徐々に崩れ始めたのである。エステル達は油断せずにストームブリンガーの崩壊を見守ったのだが、爆発するだとかいきなり暴走し始めるだとかという事態にはならなかった。本当に壊れたようである。

「……え、ええー……嘘でしょ……」

 その場に妙な沈黙が流れた。一体どう反応すれば良かったのかわからなかった人物が半分ほど。《怪盗紳士》とやらは噛ませ犬的な存在ではないかと思った人物がもう半分ほど。そして、例外の人物は――とある人物に向けて問いを発する。

「どういうことだね? シエル。君はきちんと整備をしてくれたのではなかったのかな?」

 しかし、ブルブランのその問いに応えはない。アルシェムにはブルブランの疑問に応えるつもりなど毛頭なかったためだ。答えたところでアルシェムが得るものなどないのだから。

 そこで、ブルブランのこの動揺を付いてエステル達が彼の捕縛へと動き出す。ゆっくりとエステルとアガットはブルブランに近づき、視線が外れた瞬間に一気に間を詰めようとしたのである。

 しかし、ブルブランは腐っても執行者。それくらいのことには対処できる。奇術でその小部屋の明かりの光度を上げると、小刀を取り出してエステル達の陰に投げつけたのである。結果、エステル達は駆け出そうとした体勢のままでその場に縫い付けられてしまった。俗にいう影縫いという状態である。どういう原理なのかと突っ込んではいけない。

「くっ……」

 一歩も動けなくなったエステル達は焦りながら体を動かそうと試みる。このまま動けないと好き放題やられると誰もが分かっていたからである。クローディアの救世主となるべく吶喊してきたジークもブルブランの目前で止められ――本当に刺さる直前だった――、万事休すかと思われたその時。

 

「おおっ、皆さんキュートですねえ」

 

 突如現れた不審人物――リベール通信社のカメラマン、ドロシー・ハイアットである――がその手に持っていたカメラで盛大にフラッシュを炊いて写真を撮ったのだ。結果的にそのフラッシュの光によってエステル達は影縫いから解放されたが、ドロシーの暴虐はまだ続く。

「その表情も良いですねえ~、はい、チーズ」

「ぬおっ……」

 目の前でフラッシュを炊かれたブルブランは眼を閉じて後ずさる。執行者とはいえブルブランも人間なのである。目の前で閃光が瞬けば目つぶしされたのと同じ状態になるのは言うまでもない。

 馬鹿げたことではあるが確かに劣勢に立たされたことを察したブルブランは、捨て台詞を吐いてその場を去ったのだった。




多分疲れてたのよ。

では、また。

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