雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧82話のリメイクです。
SC編開始。

では、どうぞ。


SC編・序章~乙女の決意。少女と蛇の再会~
仕込みの開始


 グランセル王城からアルシェムは消えた。ヨシュアも消えた。そのことに気付いたのはカシウスだけだった――という事実に、アルシェムは気づいていた。もう少し気配を探るべきだろう。ジンとかジンとかジンとか。アルシェムはそう思いつつグランセル大聖堂へと向かった。そこに待ち合わせの人物がいるからだ。

 アルシェムがグランセル大聖堂に入ると、その人物は顔を曇らせてアルシェムを待っていた。誰にも話を聞かれないようにわざわざ《始まりの地》まで開けての密談である。その人物は、アルシェムに向けてこう問うた。

「それで――あの子は、どうしましたか?」

「《白面》に復讐しに飛び出してった。だからプランBで行くよ、ヒーナ」

 ヒーナとアルシェムが呼んだ女性は、琥珀色の瞳を揺らめかせて口を押さえた。余程衝撃的だったらしい。彼女の出自を鑑みれば致し方ないことではあるのだが、それでも彼女は職務を忘れてはいなかった。そう――従騎士という立場における職務を。

「そっ……承知しました。一度報告に戻るのでしょう、アルシェム?」

「まー、カシウス・ブライトの監視も終わったことだしね。リベールからの撤退命令は出てないから配置はそのままで。リオと一緒に行ってくるよ。ヒーナはメルとこのままリベールの情勢の把握をお願い」

 ヒーナはアルシェムの言葉に了承の意を示し、彼女と連れ立って《始まりの地》を出た。そして大聖堂の礼拝室へと戻ると、そこには思いがけない人物が待ち受けていた。それは――

「……リオ? 何だってこの場にカシウスさん持ってきたわけ?」

「えっと、その……ごめん」

 従騎士リオと、何故かその背後で厳しい顔をしているカシウス・ブライトだった。カシウスはリオの背後をつけて来たらしい。とんでもないことを言い始めかねなかったため、アルシェムはもう一度《始まりの地》を開けさせてカシウス達をそこに誘導した。

「それで、カシウスさん。何だってリオについてきたんです?」

「何、リオから面白いことを聞いてな? 何でも、お前はただの星杯騎士じゃないらしいじゃないか」

 アルシェムは遠い目をして現実逃避をした。何故にばれている。リオから聞いたということは情報漏洩をしたということで、つまり切り札が少なくともカシウスには知られているということだ。そこから連鎖的に女王に伝わっていてもおかしくはない。カシウスに知られているだけならば良いが、女王に知られているというのはかなり痛い。交渉に使えなくなってしまう。

 遠い目のままアルシェムはリオに宣言した。

「リオ、しばらくこき使うからそこんとこよろしく」

「ヒエッ……しょ、承知……」

 あまりにも遠い目をしすぎて眼球の動きが恐ろしいことになっているアルシェムから目を逸らしてがたがた震えながらリオはそう答えた。アルシェムの遠い目はある意味恐ろしいのである。――主に、瞳が上下に小刻みに動いたり円を描いたりしているという意味で。

 アルシェムは眼を元に戻してカシウスに問うた。

「それで、カシウスさん。それを知った上でわたしに接触してきたのはどういうわけですか?」

「あ、ああ……ヨシュアは独自に《蛇》を追うらしいが、お前はどうするのかと思ってな」

「さあ。上からの指示がないとどうなるかは分かりません」

 首をすくめてアルシェムがそう告げると、カシウスは真剣な顔でアルシェムを睨んだ。どうやら次の指示はもう出ていると思われているらしい。残念ながら報告にも戻っていないためにどうなるかは未だにわかってはいないが、恐らくこのままリベールに残留することにはなるだろう。

 ただ、それを伝えるわけにはいかないのでアルシェムは嘆息した。次に指示されるのは一体何だろうか。恐らくは続けて『リベールのアーティファクトの回収』が含まれるのだろうが、それだけではなさそうな気はする。

 と、そこに足音が聞こえた。カシウスは警戒したように微かに身構えるが、生憎そこに現れるのは味方でしかありえない。そこに現れたのは、金髪碧眼の麗人だった。しかも、カシウスも面識のある人物である。

「……シスター・メル?」

「これはどういう状況なのか説明してほしいのですけど、アルシェム?」

 金髪の麗人――メルは全く笑っていない目でアルシェムを見ながら微笑みそう問うた。ある意味コワい。アルシェムはカシウスがここにいる理由を何となくは察していたが、はっきりしていないので部下に責任をぶん投げた。

「リオがばらした」

「ちょっ、アルシェム!?」

「後でリオはお説教です。それより、言っておかなければならないことが」

 アルシェムはメルの言葉にうなずくと、メルはアルシェムの耳元に口を近づけてカシウスから口元が見えないように隠しながら囁いた。『リベールへの影響力の強化と《環》の回収、そして《身喰らう蛇》構成員の削減をこれから送る守護騎士と共に当たること』。要約すればそれだけの話だった。つまり、このままリベールで動けということ。

 アルシェムは渋面になって考え込み、そして一つの結論を出した。

「カシウスさん、わたし達はまだしばらくリベールで動くことになりました。本部に報告を入れてから本腰を入れることになりますが、こちらも《蛇》を追うことになりそーです」

「ふむ。なら目的は同じということだな」

 アルシェムにはカシウスが何を言いたいのか大体察していた。ここで取引を持ちかけさせようというのだろう。自分から持ちかけるより相手から持ちかけさせた方が条件を緩くさせやすいから。

 しかし、アルシェムはそれに引っかからなかった。

「えー、同じよーですね。ま、しばらくは《蛇》も潜伏しているでしょーから追っても見つからないとは思いますが」

「それは俺も同感だ。……ヨシュアもしばらくは潜伏しているだろう」

 そして、沈黙。どちらかが話を持ちかけて来るのを待っている状態である。むしろここで話を終えてもアルシェムとしては何ら問題はないのだ。リベール中枢部へのパイプなど、カシウスだけではない。直接女王にも会うことが出来るため、別にカシウスとのパイプを無理やり維持することもないのだ。最早『家族』でもないカシウスとのつながりなど、なくても構わない。

 対するカシウスは少しばかり焦っていた。ここでアルシェムを逃せば、このまま逃げ切られてしまう可能性が高い。何だかんだと言い訳をしてブライト姓を抜けたアルシェムは、恐らく二度と戻っては来ないだろう。だからこそ、心変わりをさせるためにもこのままずっと協力関係を築いていたかったのである。カシウスにとって、血は繋がっていなくともアルシェムは『娘』なのだから。

 その心情の差があればこそ、先に折れたのはカシウスだった。

「……協力してくれないか」

「何をです?」

「《蛇》の件でだ。もしもエステルがヨシュアと追うと言ったら、協力して欲しい。そうでなくとも、情報共有くらいは出来ればそちらとしても助かるんじゃないか?」

 アルシェムはその提案を聞いて黙考した。要はエステルにヨシュアを追わせなければ良いだけの話である。監禁でも何でもすれば間違いなく協力はしなくても良い。ただし信頼は地の底に堕ちるが。もし協力することになったとしてもアルシェム本人が表だって動くわけにはいかないので人物指定をされていない以上はある意味セーフ。情報共有はしても良い。ならば、決まりだ。

「条件を付けても?」

「ああ。そちらにもそちらの都合があるだろうしな。ただ、あまりおかしな条件は付けないでくれると助かる」

 カシウスはそう答えた。協力関係になることを呑んでさえくれればまだ時間はあると踏んでのことだ。このままアルシェムを闇の道へと戻すわけにはいかない。闇の中を歩んできたのだろう彼女に、これ以上闇に浸かって欲しくはなかったのである。――もっとも、アルシェム自身はカシウスの思うより深い闇の住人であるため、抜け出すことは不可能であり、光を見ることすらままならないのであるが。

 アルシェムは何の感情も浮かばせずにカシウスに向けて告げた。

「アルバート博士に《福音》への対抗策を探ってもらうことと《蛇》構成員の殺害の見逃しと《ハーメル》の一件の再調査。主に『誰』が『誰』を殺したのかというのを中心にしてお願いしたいな」

 カシウスはその言葉に渋面を造った。最初と最後の条件に関してはまだ問題はない。ただ、問題があるとすれば軍を動かすときに何といわれるかが問題なだけだからだ。しかし二つめの条件はマズイ。流石に殺人の見逃しだけは出来ない。リベールは法治国家であり、殺人は罪になるからだ。

 だからこそ、カシウスはこう答える。

「《蛇》の構成員の殺害に関しては出来ればやらないでほしい。《ハーメル》の件に関しては分かったが、これを呑むには条件が欲しいな」

「ものによるけど」

「七耀教会側の『生き残り』と交渉できるように取り計らってくれないか?」

 アルシェムはその言葉に目を見開き、視界の端で微かに頷く人物を見て首肯した。その人物こそが、七耀教会側の『生き残り』。彼女の正体をバラさないという条件付きでならば問題ないだろう。このあたりについては後で色々と言い含める必要はあるだろうが、それほどひどい条件ではない。

「それはしますけど、間違いなく彼女からも条件出されるけど良いんですか?」

「ああ、それは構わない。というよりも当然だと思っている」

 そうして――カシウスとアルシェムは契約を交わした。カシウスはこの契約を思い返した時、何故もう少し条件を詰めておかなかったのかと後悔することになる。

 

 ❖

 

 夜が明けた。雨が降っていた。隣のベッドには誰もいない。一体どこにいるのだろう、ヨシュアは。エステルはそう思った。いなくなったはずがない。あのまま去っていっただなんて夢に違いないのだから。

 エステルは部屋から飛び出してヨシュアを探す。王城の中。客室の一室一室まで。女王宮も訪ねた。ヒルダ夫人に聞いても分からない。王城には――いない。なら、どこにいるのか。

 考えた結果、エステルはこう判断した。――ヨシュアは先にロレントの家に帰っているのだと。そんなことは有り得ないというのは心のどこかで分かっていたのだろう。しかし、信じたくなかった。ずっと一緒にいたヨシュアがいなくなるなんてあるわけがない。アルシェムがいなくなった上にヨシュアもいなくなるなんて有り得ないのだ。

 飛行船に飛び乗り、途中でナンパを仕掛けてくる不良神父と会話をしつつもエステルは思う。早くヨシュアを見つけなくては、と。ヨシュアを見つければ安心できる。エステルの居場所は、ヨシュアの隣なのだから。

 しかし――ロレントに着いても。誰に聞いてもヨシュアを見たとは言わない。家に戻っても人の気配がしない。それでも部屋を開けて、どこかにヨシュアがいないかと探すエステル。それを、不良神父は痛々しいものを見たような顔で見ていた。

 そして、ヨシュアの部屋まで探したエステルは気づいた。――ここに、ヨシュアはいない。昨日の出来事は夢でもなんでもなく、事実だったのだと。ヨシュアは、エステルを置いて行ってしまったのだと。カシウスもいない今、エステルは――一人ぼっちだった。

 エステルが絶望に身を任せて涙を流そうとしたその瞬間。聞き覚えのある声が聞こえた。

「おじゃましまー……って、何でこんなとこにネギみたいな不良神父がいるわけ?」

「誰がネギや! 誰が不良神父やねん!?」

 お前だよお前、とエステルは心のどこかで突っ込みを入れつつその覚えのある声の方を振り向いた。そこには――旅に出てしまったはずの、アルシェムがいた。今までと同じ格好で、昨日となんら変わりのない様子で。

「アル……?」

「エステル、何打ちひしがれてんの? 悲劇のヒロインやっててヨシュアが帰ってくるわけ?」

「そ、それは……」

 少しだけ期待したのかもしれない。アルシェムに変わりがないということは夢ではないのかと。しかし、アルシェムから告げられたのはヨシュアがどこかへ行ってしまったという事実。それを受け入れるのに、エステルは少しの時間を要した。

「……分かってるわよ。ヨシュアは……行っちゃった。悪い魔法使いを殺すために……」

「……ずいぶんメルヘンチックなたとえだけど、アイツってそんな可愛げはないんだよねー……」

 エステルの言葉に、アルシェムは遠い目で返した。いくらどうあがいてもワイスマンは可愛くない。魔法使いというよりは魔王の方が似合いそうである。もしくは大魔王でも可。

 しかし、エステルはその言葉に露骨に反応した。アルシェムの言葉はつまり、『悪い魔法使い』の正体を知っていることになりはしないだろうかと思ってのことである。

「え……あ、アル、悪い魔法使いが『誰』なのか分かるの!?」

「まーね。一応わたし、ヨシュアと同僚だったみたいだから」

 しれっと爆弾発言をかますアルシェムに、エステルは久々にこう叫んだ。

 

「あ、あんですってー!?」

 

 最早死語なのだが、誰もそこには突っ込まなかった。その場にしれっといたシェラザードも、カシウスもである。カシウスはアルシェムについていくばくか知ってはいたが、シェラザードは知らなかったために同じように驚愕していた。

 驚愕していただけではなく、実際に詰問もしたが。

「ど、どういうことよアル!?」

「今は個人的に時間がないからその話はカシウスさんから聞いてくださいシェラさん。因みにエステル、ヨシュアを追うならあの『ベルガー少尉』を倒せないまでも喰いつけるくらいにはなっといた方が良いかな」

 アルシェムはシェラザードの詰問を避けてエステルにそう告げると、エステルは絶句した。女王宮でのあの超人的な戦いを見せられてから一週間。まだ鮮明に思い出せるその戦いは、控えめに言っておかしかった。控えめに言わなければ超人的過ぎて最早有り得ないレベルの戦いだったと言っても良い。ただ、不思議と喰いつけないとは思わなかった。

「そ、そんなにヤバい人がうじゃうじゃいるの? その悪い魔法使いのところ……」

「正式名称《身喰らう蛇》ね。そのあたりはカシウスさんから詳しく聞いてよ。わたし時間がなくなってきた」

 時計をちらりと見て定期船の時間に間に合わないと見たアルシェムは焦りながらそう告げた。こんなところから《メルカバ》を飛ばすわけにはいかないのである。特に、エステル達がここにいる今は。

 焦るアルシェムにカシウスが問う。

「どこに行く予定なんだ?」

「ちょっと伝手を当たりに行く予定なんだけど、定期船の時間が……」

「……分かった。また何かあったら王城かレイストン要塞に寄ると良い」

「りょーかい」

 アルシェムはカシウスとそれだけをやり取りすると、ブライト家から出てロレント空港へと向かって行った。ついでに不良神父もその場を去ったように見せかけて家の外で聞き耳を立てている。残されたエステル達は話を詰め始めた。

 エステルの意志は固い。ヨシュアを追う。そのために、強くなる。そう決めたエステルは強い。カシウスの提案で、エステルはレマン自治州にあるル=ロックルという場所の訓練施設に合宿に赴くことになった。多少は悩むかと思いきや、即決だったようである。

 というのも、エステルはアルシェムはともかくヨシュアに頼りきりだったからである。交渉も、戦闘も、依頼も。全てがヨシュアがいなければ上手く行かなかったような気がするのだ。まだまだ自分は未熟で、このままヨシュアを追うのが危険だというのも理解出来た。だからこそ、即決したのである。因みにアルシェムが普通に除外されたのはある意味反面教師だったからでもある。独断専行で危険な目に遭いまくる。しかし、それは恐らく自分が不甲斐なかったからだとも思った。だからこそである。

 そうして――エステルは、頼りに出来る人物の支えなしに自分の足で立って動くことを決めた。これが、エステルが本当に遊撃士としての道を歩む最初の一歩だったのかもしれない。それでも、今まで培って来たものと、これから培うものとを合わせればエステルは前に進める気がしていた。少しずつではあっても、確実に。




少しだけ展開が以前とは違いますが、大筋に変更はありません。

では、また。

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