雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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四話目。つまりここまでが旧72話に詰まっていたという……頭大丈夫だったか、わたしよ。

大分つめこみ気味ですが、どうぞ。


女王陛下との謁見

 武術大会が終わり、日も暮れかけたころ。エステル達は王立競技場前でオリビエと強制的に――といっても、彼の言動・行動を見ている限りでは当然であるために可哀想だとは思うが憤りはしない――別れさせられ、そのまま王城へと向かった。

 王城内に入ると、カノーネに入れられた探りを何とか躱しつつエステル達は宿泊部屋へと滑り込んだ。そして、招待客が一体誰なのかを全員知るべく動き始める。それを、ジンは苦笑しながら見ていた。

 招待客はルーアンを除いた各地方の責任者たちと、コリンズ学園長。エステル達は彼らの話を聞くうちに少しずつ気になる情報を心に留めていく。メイベル市長からはモルガン将軍とほぼ連絡が取れないことを。コリンズからは今回の晩餐会への出席者がほぼ半数であることを。そして、工房長からはまだラッセル博士が情報部に見つかっていないことを知らされた。

 一通り情報を聞き終えたエステル達は屋上へと至る階段を発見し、女王宮に続く空中庭園へと出た。そこから見える景色はまさに百万ミラの価値のある暖かい地上の星々とも例えられるべきものであるが、エステル達はそれをゆっくりと見学している暇はない。何とかしてこの奥にあるであろう女王宮に侵入し、アリシア女王に面会しなければならないのだ。

 しかし、エステル達は女王宮の門前で特務兵に門前払いを受けてしまった。険悪なムードになりかけたそこに割って入ったのは、中年の女性。彼女は特務兵たちを一喝すると、エステル達を誘導して特務兵から見えないギリギリの場所で立ち止まり、エステル達に自己紹介をした。彼女こそ、ユリアが会えと言った女官長のヒルダである。エステル達はユリアからの紹介状を手渡すと、ヒルダはその筆跡を見てエステル達を侍女の控室へと誘導した。

 控室でヒルダはエステル達に女王の状態を伝えると、エステル達の意向を汲んで何とかエステル達が女王に会えるよう手引きすると告げた。エステル達はそれを聞いてヒルダの前を辞し、晩餐会へと向かうのだった。

 晩餐会に向かったエステル達は、若干緊張しつつもなんとかぼろを出さずに食事自体は終えることが出来た。しかし、その後でデュナンが告げた言葉が問題だった。女王が体調不良というのは分かる。そういう建前で謁見も見舞いも出来ないのは分かっていた。しかし、女王がデュナンに譲位するという話を聞いて動揺を皆が隠しきれなかった。そして、クローディアに縁談が来ていることも。

 食事の味も分からないままに丸め込まれた市長達はともかく、エステル達は陰謀がここまで周到に進められていることに驚いた。もっと単純に――女王とクローディアを暗殺ないし幽閉してそのままデュナンに譲位させる――事を進めるのかと思いきや、外部から不信感を持たれないようにするその狡猾さに舌を巻いたのである。実際、晩餐会が終わって宿泊部屋に戻ったエステルは思わずその周到さに声を漏らしてしまったほどだ。

 その後、腹ごなしと称してエステル達は宿泊部屋を抜け出すと、何とリシャールに出くわしてしまった。リシャールはエステル達と話があるらしく談話室に誘ってきたため、変に断れば角が立つと思いヨシュアはそれを受けた。

 談話室でリシャールが語ったのは、カシウスのことだった。いかにカシウスがリベールに貢献したのか。それをエステル達に語ったのである。そして――エステル達にこう問うた。

「そういえば武術大会の時から思っていたのだが……あの銀色の髪の子はどうしたのだね? 確か、アルシェムという名の……」

「アルは……今、ちょっと別の依頼で動いていまして。連絡がつかない状況なんです」

 リシャールの問いに答えたのはヨシュアだった。キリカから聞いた限りでは全く間違いではない。王都で混乱が起きるかもしれないから、先に行って正遊撃士たちの負担を減らしておく――とキリカは説明していた――ことが、アルシェムに依頼されたこと。

 それを聞いたリシャールは険しい顔をしながらこう告げた。

「では、今は近くにいないわけか……一つ、忠告をしておこうと思ってね」

「忠告、ですか?」

「ああ。恐らく君達にとって重要な忠告になると私は思っているよ」

 リシャールの言葉に、エステルは言い知れぬ不安を感じた。アルシェムに関することで、エステル達が忠告されるべきこと。これまでならば心当たりなどあるわけがなかったが、あの時の――レイストン要塞でラッセル博士にリシャールが告げていた――あの言葉が脳内にリフレインする。『アルシェム・ブライトは殺人者である』。そんなはずはないと信じたいのに、心のどこかでそれを信じはじめている自分がいた。

 そして、リシャールはエステル達に向けてこう告げた。

「あの子にあまり深くかかわらない方が良い。きっと――いつか、後悔することになるよ」

「……どういう、ことですか」

 眉をひそめて硬直したエステルの代わりにヨシュアがそう応える。しかし、リシャールはその言葉に返答することなく談話室から去って行った。エステルは不安をぬぐいきれずに眉をひそめている。ヨシュアも険しい顔をしてリシャールの後ろ姿を見つめていた。

 胸の中のもやもやは晴れないが、今は動くしかない。今からリシャールがデュナンと面会するということは当然カノーネも同じで、マークは外れていることになる。動くのならば今のうちだった。

 晴れない気持ちを抱えながらエステル達は侍女の部屋に向かい、侍女の変装――当然ヨシュアも、である――をさせて貰った。一瞬だけシアという名の侍女が自信を無くしてしまっていたがヨシュアが美人過ぎるのが悪い。

 侍女の格好をしたエステル達は何とか特務兵たちを誤魔化して女王宮に侵入した。このまま謁見しても何ら問題はなかったのだが、ヨシュアは断固として着替えることを主張した。流石に男の沽券に関わるらしい。一体どこに隠し持っていたのか、エステルの分の着替えまで忍ばせていたヨシュアはクローディアの部屋を借りて着替えさせてもらい、ようやく女王と謁見することが出来た。

 女王に博士から言われたことを告げたエステル達は、王城地下に埋まった謎のアーティファクトの存在を知る。そして、何とかして大佐の陰謀を止めなくてはと息巻くエステルを見て女王は流石はカシウスの子供達と漏らした。そこからはカシウスの昔話――というよりは英雄譚―になり、最後にはリシャールが何故陰謀を巡らそうとしたのかという推測が語られる。そこからクローディアの救出依頼が発された。

 そして、最後に女王はこう告げた。

「……それと、もう一人確実に助けて頂きたい方がいるのです」

「えっと、それって……クローディア姫様とは別に、ですか?」

 エステルの問いに女王は首肯した。そして、その人物の名を告げる。

「アルシェムさんも、情報部に囚われているのです」

「何かの間違い……ではなさそうですね。でも、どうして陛下がアルのことをご存じなんですか?」

 ヨシュアは女王にそう問うた。これまでの情報を集めた限り、アルシェムと女王に接点はないはずだからである。そもそもアルシェムはヨシュアの知る限り真っ当な道を歩んできた人間ではない。そういう手段で会ったことがないとすると、女王が案じること自体がおかしい。何故なら、アルシェムと面識があるということは――アルシェムに、危害を加えかけられたということになるのだから。

 女王は軽く目を伏せ、迷うそぶりを見せてからエステル達に告げる。

「アルシェムさんは……カシウス殿に引き取られる前、とある犯罪集団の手先として使われていたのです」

「……え」

「……そして、人を殺していた、ということですか」

 ヨシュアは厳しい顔をしてそう続ける。そろそろエステルにはアルシェムを危険人物として見て貰わなければならないからだ。これ以上、アルシェムをエステルに関わらせるわけにはいかない。だからこそ、ヨシュアはエステルにアルシェムを嫌わせる方向に仕向けようとしたのである。

 女王はうつむきがちにこう答えた。

「あくまでもその可能性はある、程度ですが……もしもリシャール大佐が他人を意識なく操る術を持っていたなら、彼にとってアルシェムさんはとても使いやすい人物となってしまうのです。……もしもわたくしとクローディアが暗殺されたとしても、アルシェムさんのせいに出来てしまいますから」

「あ、アルはそんなことしません!」

「落ち着いて、エステル。ルーアンの《レイヴン》を覚えてるだろう?」

 ヨシュアの言葉にエステルはびくりと体を震わせる。しかし、エステルにはまだ反撃する材料が残っていた。それは――他でもない、アルシェム自身が見せた一つの事実。

「でも、ルーアンの時のアルは操られてなかったじゃない」

 しかし、ヨシュアはそれに首を振った。あの時は限りがあった。今回は、限りがあるとは限らないのだ。そして、アルシェムがそれに耐えられるかどうかすらも分からない。

 だからこそ、ヨシュアは諭すようにこう告げた。

「アルが捕まってるってことは、もっと量を打たれる可能性だってあるんだ。……陛下、アルのせいに出来るということは、アルはブライト家に来る前、陛下かクローディア殿下を暗殺しに来たんですね?」

「……ええ。二年ほど、前の話です。幸い、その時はカシウス殿に止めて頂きましたが……無傷で確保されたアルシェムさんは、過去の記憶を失っていたのです」

 エステルは息を呑んだ。何があって記憶を失ったのかは知らなかったが、せいぜい頭を強く打った程度だと思っていた。そんなことがあったとは思ってもみなかったのだ。

 女王は言葉をつづけた。

「七耀教会でも、彼女の記憶を戻すことは出来ませんでした。わたくしとカシウス殿は話し合い、アルシェムさんがもしも再び操られるようなことがあっても止められるようにとカシウス殿に引き取られ、七耀教会の監視までつけられていたのです。わたくしは、自らとクローディアの身可愛さにアルシェムさんを監視の檻に入れてしまった……」

「陛下……」

 女王は沈んだ顔に作り笑顔を浮かべると、エステル達に謝罪した。それが余計に痛々しい表情になっていることに、女王は気づいていない。

「……済みません。年寄りの懺悔を聞かせてしまって……そろそろ戻らないと怪しまれてしまいます。どうやってここまで来て下さったのかは存じ上げませんが、着替えが必要なのではないですか?」

「あ……は、はい」

「……では、失礼します」

 こうして、エステル達は女王との謁見を終えた。侍女の服装に着替えたエステル達はフィリップに気付かれ、カノーネに色々追及されそうになりつつもジンの助けもあって無事に宿泊部屋へと戻ることが出来たのであった。

 

 ❖

 

 クローディアは久々に幽閉されていたエルベ離宮の《紋章の間》から連れ出された。勿論逃げ出すことは出来ない。《紋章の間》に集められた人質たちを見捨てることは出来ないからだ。彼女は、リベール王国の王孫女。民を見捨てることなど、在ってはならない。

 カノーネに連れられ、特務兵たちに囲まれて案内された客間は、凄惨なありさまだった。そこかしこに漂う甘い匂い。そこら中に散らばる透明の注射器。そして――その中央に吊られた、見覚えのある人物。

 クローディアは思わず声を上げていた。

「……アルシェムさん……!」

「無駄ですわ、殿下。聞こえてはいません」

 冷淡にそう告げるカノーネに、クローディアは憤る。どう見てもアルシェムは長時間この場所で吊られていたのが分かるからだ。普通、人間は長時間吊られていることに慣れられるわけがない。関節が抜けて筋肉が千切れそうになり、激痛にさいなまれる可能性が高いのだ。

「アルシェムさんに、何をしたんですか……!」

 震える声でクローディアはそう告げた。一体いつからアルシェムはここに吊られていたのだろう。クローディアと共に捕えられた時だとしたら――アルシェムは、計り知れない苦痛を味わわされていることになる。

 そんな怒りを込めたクローディアの言葉に、カノーネは嗜虐的な色を浮かばせながらこう告げる。

「あら、殿下。彼女を気遣ってもよろしいんですの?」

「……どういう意味ですか」

 声を押し殺してそう問うたクローディア。カノーネが何を言いたいのかわからない。精確には――分かりたくもなかった。予想できることは一つしかないだけに。そんな予想など当たって欲しくない。

 しかし、カノーネはさも愉快そうにこう告げるのだ。

 

「彼女はこれから女王陛下を弑し奉り、後継者たるデュナン閣下のお命を狙うのです」

 

 カノーネの瞳は、嘘を吐いてはいなかった。分かっている。彼らがアルシェムを使うとすれば、当然この使い方しかない。外敵をすべて排除させるよりも、こうして暗殺者として使う方がより効果的だ。既に暗殺者だったという事実を持つ彼女ならば、女王やデュナンを殺しても動機が十分にあると判断されるだろう。その時は操られていたという公式な記録があったとしても。

「そんなこと、アルシェムさんがするわけがありません」

 取り付く島もないというようにクローディアは言い切る。有り得ないことではない。しかし、そんなことをさせてはならないのだ。嘘を吐いてまで闇から抜け出したいと願ったアルシェムに、闇を押し付けることなどあってはならない。それがどれだけ自分勝手な言い分だったとしても。

 しかし、カノーネはその頭脳を最大限に働かせてはじき出したより良い未来――リベールにとって良い未来だとカノーネが思っている――について歌うように語る。

「そして、彼女は閣下に倒されてこう告げるのですわ。――『クローディア殿下に依頼されてやりました』とね」

 クローディアは絶句した。そんなことをすれば――自分は廃嫡どころか処刑される。そんなことが怖いわけではないが、冤罪で死ぬのはご免だった。そして、そんなことに使われるアルシェムでもないはずだ。操られでもしない限り――そこで、クローディアは気づく。

 目を見開き、震える声で絶叫するクローディア。

「ま、まさか、ここに散らばっている注射器は――!」

「その通りですわ。ここにある全ての薬を彼女に打ちました。流石にこれで操れないことなどないでしょう。決行は女王生誕祭の日――うふふ、楽しみですわね?」

 カノーネのたのしげな笑いに、クローディアは眼前が真っ赤になる錯覚を見た。リベールを乗っ取るためにそんなことをしでかそうだなんて、信じたくなかった。しかし、これは現実なのだ。

 クローディアはぎり、と歯を食いしばりながら耐えた。アルシェムを救うのに、民を犠牲にすることは出来ない。だが、それ以外にアルシェムを救う方法が見つからない。

 カノーネは悔しげに顔を歪めるクローディアを連れて《紋章の間》に幽閉し直し、エルベ離宮からグランセル王城へと戻っていった。

 

 ❖

 

 エステル達は色々とカモフラージュしながら王都内を駆け回っていた。ジンは酒を買いに行くふりをして居酒屋に向かい、そこにいたグラッツに声を掛ける。ヨシュアは武器の手入れをする振りをして武器屋に向かい、カルナに事情を説明して遊撃士協会へと誘導した。エステルは百貨店に買い物に行くふりをしてアネラスに事情を説明する。

 そして、エステルと合流したジンはホテルに向かってクルツに事情を説明し、何やら不穏な顔色をしている彼に事情を説明した。途中で発狂しそうになっていたがジンが治療できたので良しとしよう。その間にヨシュアはリベール通信社に向かってナイアルに会いに行っていた。彼はいなかったものの、ドロシーの証言によってクローディアがそこに保護されているという情報を得ることが出来た。そのついでにヨシュアは大聖堂に寄ってユリアに話をつけようとしたが既に行方不明になっており、仕方なく遊撃士協会に戻ることになる。

 遊撃士協会の二階で作戦を練っていると、そこにユリアたちが現れて協力を申し出てくれる。どうやら女王からの依頼を知ってここまで来たらしい。親衛隊を含めて作戦に参加してくれることになったユリアだったが、ここでも新しい情報を齎してくれた。

「ああ、そうそう。その特殊な連絡手段によると……アルシェム君も、エルベ離宮に囚われているそうだ。動ける状況にはないようだが、自分の身くらいは守れるだろう」

「え、ええっ!?」

 エステルはそのユリアの言葉に驚愕した。まさかそんなところから情報が来るとは思いもしなかったからである。何故それをユリアが知っているのか。それを問おうとしたが、そんな時間はないと思い直した。

 そして、作戦は決まる。エステル達は準備を整えて気合いを入れなおしてエルベ離宮近くのエルベ周遊道へと赴いたのであった。




さて、ようやっと突入までこぎつけたぜ。

では、また。

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