雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は旧6話の半ば~7話の半ばまでのリメイクとなります。

あー、文才が欲しい。

では、どうぞ。


偉大なる義父上様

 エステル達は山道を急いでいた。途中の魔獣が少なすぎることに首を傾げてはいたが、今はそんな些事に構っている暇はないのである。先行したアルシェムが帰ってきていないということは、戻ってこれないような状況にあるということ。エステル達は焦りながらも《翡翠の塔》へと全速力で向かっていた。

 エステルの心の中は『早く』という言葉で占められていた。早く行かなければ、ルックとパットが危ない。アルシェムならば大丈夫だろうが、ここまで戻ってこないとなると何かに巻き込まれた可能性がある。それにルックとパットが巻き込まれてしまっていたら、と考えるだけで怖かった。

 恐慌状態寸前のエステルを見てヨシュアは内心溜息を吐いた。そして、エステルを元気づけるべく声を掛ける。

「エステル、落ち着いて。大丈夫だから」

「うん……きっと、大丈夫だよね?」

「ああ、だってアルが行ったからね」

 エステルにとって、この言葉は安心できるだけの要素を持っていた。何せ、エステルは模擬戦ではアルシェムに勝ったことがないのである。エステルよりも強いアルシェムがいってくれているのだから、まだ大丈夫だと無理やり自分に信じ込ませた。

 エステル達は程なくして《翡翠の塔》に辿り着いた。中に入るとひっきりなしに発砲音が響いている。ということはアルシェムが戦っているのだ。エステル達は慎重に階上へと登った。すると、そこにはルックとパットを背後に護りながら導力銃を撃っているアルシェムの姿が見えた。その瞬間、エステルは叫んでいた。

「ヨシュア!」

「了解!」

 ヨシュアはエステルの叫びに応え、エステルと共に魔獣に突っ込んだ。エステルは魔獣を薙ぎ倒し、ヨシュアは斬り裂いていく。あっという間に魔獣はセピスと毛皮を残して消えていく。

「すげえ……」

「うん……エステルお姉ちゃんも、ヨシュアお兄ちゃんも凄い……」

 ルックとパットの感嘆を聞きながら、エステル達は魔獣を狩り終えた。狩り終えたと思っても周囲への警戒は解かない。しかし、ルックとパットは感嘆の声を上げながらエステルに飛びついた。

「すっげえっ! エステル、結構強いんだぁ! オンナの癖にやるじゃん!」

「あ、あの、かっこよかったです!」

 その光景を後目に見ながら、アルシェムは地面に散らばったセピスと毛皮を拾い集めた。セピスは後で寄せ集めてクオーツにしたりオーブメント細工を作るために使い、毛皮は売りさばく。すると結構な値段で売れるのだ。天然もののふっかふかなポムの毛皮は。がめついということなかれ、アルシェムは毛皮に隠れているかも知れないポムを探しているだけである。案の定何匹か潜んでいたので仕留め、セピスを回収する。粗方回収し終わった後にはルックたちへの説教は佳境を迎えていた。

 エステルはルックを羽交い絞めにしながら叱責する。

「ルック! 反省しなさい!」

「いたた、やめろってば! 暴力オンナ! 馬鹿エステル!」

 そうしてエステルはルックを目いっぱい叱りつけようとした。しかし、それはアルシェムの叫びによって止められた。

「エステル、避けて!」

 エステルがその声に振り向くと、背後にはこの場にはいないはずの魚型魔獣がいた。アルシェムはそれに気付いたから叫んだのである。本来ならばルーアン周辺を生息地とするはずのその魔獣はまっすぐとエステルに向かう。エステルは慌ててルックを放そうとするが間に合わない。

「え、やば……」

「……ちいッ!」

 ヨシュアがその場から駆け出そうとするが、間に合わない。それでもヨシュアは駆けた。大切なエステルを守るために。そして、一発の銃声と打撃音が響き、魔獣がセピスを残して消えた。

 ヨシュアはそれを知覚すると急ブレーキをかけ、魔獣に打撃を喰らわせた男に向けて言葉を発した。

「良かった、来てくれたんだ」

 ヨシュアの視線の先には栗色の髪の男性、人呼んで公式チート親父、カシウス・ブライトが自らの得物である青い棒術具と共に立っていた。カシウスは小さくヨシュアに向けて頷くと、エステルに向けて静かに言葉を発した。

「まだまだ甘いな、エステル。見えざる脅威に備えるために常に感覚を研ぎ澄ませておくのが遊撃士の心得だぞ?」

 エステルは放心しているようだったが、それでも何とか現実に帰ってきて叫んだ。

「と、父さん!? どうして……」

「アイナが家に駆けこんできた。……行動力と判断は評価できるが、まだまだ詰めが甘かったようだな?」

 ほらほら、父さんに言ってみな? 的なノリでエステルに迫るカシウス。エステルも思うところがあったようで正直に応えた。

「うう、面目ないです……」

 ルックを叱るためとはいえ、それ以外のことに気が回らなくなってしまっていたエステルの落ち度である。そういう意味では周囲に気を配っていなかったヨシュアとアルシェムも同罪なわけだが、それでもエステルは落ち込んだ。

 そんなエステルを見つつヨシュアはカシウスに礼を述べた。エステルを守ってくれたこと、それにエステルの遊撃士としての人生を閉ざさないでいてくれたことに。

「助かったよ、父さん」

「礼ならアルシェムに言うんだな、ヨシュア。アレがなければ間に合わんかったかもしれん」

「や、カシウスさんなら間に合ったでしょーよ。多分あれだけじゃ仕留めきれなかっただろーしね」

 いきなり話題を振られたアルシェムだったが、一応カシウスの顔を立てておいた。実際、位置的にはエステルが邪魔で魔獣を撃つことなど出来なかった。それゆえ無理やり跳弾で魔獣を撃ったのだ。威力が減衰してしまうことも理解したうえで。カシウスが来なければ、恐らくヨシュアが対処しただろう。しかし、間に合わなかった可能性もあったのだ。そういう意味では本当に危ないところだった。

 しかし、カシウスはそれを鼻で笑い飛ばした。可能性だけを見ても仕方がない。今ある結果が良ければそれで良いのだ。少なくともこの事件に関しては。

「そんなことはないさ。……それでは帰るとしよう。おーし坊主共、歩けるな?」

「は、はい……!」

「か、かっくいい……エステルの何倍もかっくいいよカシウスおじさん!」

 ルックとパットは目を輝かせながらカシウスに付きまとう。カシウスはそんな子供達を見ていたずらっぽく笑うとこう告げた。

「はっはっは、当たり前だ。それじゃあ町に戻るぞ」

「うん!」

カシウスがルック達2人を連れて歩き出す。アルシェムもそれに追従し、ヨシュアはふるふる体を震わせるエステルの隣に立った。

 エステルはキッとカシウスの後ろ姿を睨むと、心の底から絶叫した。

「む~……助けてくれたのは感謝するけど、何で良いとこ全部父さんが持ってっちゃうのよ~っ!? 納得いかなーい!」

 いかなーい、かなーい、なーい……と反響するエステルの声を聴きながら、ヨシュアは苦笑した。その言葉の答えは決まり切っているからだ。そして、ヨシュアはその答えを口にした。

「はは、それは仕方ないよ。何と言っても…カシウス・ブライトだからね」

 その言葉がすべての答えを示していた。格好良いのも、子供達に好かれるのも、尊敬の念を抱かれるのも、全て彼がカシウス・ブライトだから。そこに至るまでに切り捨てることなく持ち続けたものがあるからこそ、カシウスという人間は魅力的なのだ。それは勇気だったり、優しさだったり、精神的な強さだったりと色々ある。どれ一つとして捨てることがなかったからこそ、カシウスは今こうして尊敬される遊撃士たれるのだ。

 エステルは帰り道、憤慨しながら歩いて行った。しかし、途中から静かになり、やがて黙り込んでしまった。何を考えているのかアルシェムには手に取るように視えていたが、それを指摘することはなかった。それを解決するのはエステル自身であり、アルシェムなど役に立たないと分かっていたからだ。

 その後、エステル達はアイナに報告して帰路についた。アイナはとっさの判断とルックたちの無事を喜んでくれた。しかし、エステルは何か腑に落ちないことがあるのか足取りは重い。エリーズ街道に入ってからは更にその足取りは遅くなっていき、止まった。そして、エステルは躊躇いがちに口を開いた。

「ね、ヨシュア……あたし……遊撃士に向いてるのかな……?」

 ヨシュアはエステルの言葉の意味を正確に理解した。今日のルックとパットの件で落ち込んでいるのも、エステル自身が浮かれていただけで本当は向いていないのではないかと思っているのも察した。だからこそヨシュアはエステルにこう返した。

「……まあ、父さん譲りの武術の腕もそれなりだと思うし、お節介野次馬根性な性格にも合ってると思うけど」

 普段ならここでエステルからのツッコミが入るところなのだが、今日に限ってはそのツッコミはない。エステルは無理に笑ってこう応えた。

「えへへ、そっか……」

 エステルは少し黙り込むと思いつめたような顔でこう続けた。

「でも、やっぱりあたしってそそっかしくてその……今日もルックを危険な目に遭わせちゃったし……これから先、こんな調子でやっていけるのかなって、思って……」

 こういう時、アルシェムは何の役にも立たない。エステルを励ますことは出来ないし、何よりも適任がいるから任せてしまいがちになる。何度かそれで良いのかと自問自答したことはあるが、結局はエステルのことはヨシュアに任せるしかないのだ。短期間しかエステルと一緒にいなかったアルシェムとは違って、ヨシュアはエステルと一緒にいることが多かったのだから。

 そして、案の定ヨシュアがエステルにフォローを入れた。

「……何、らしくないこと言ってるかな」

「えっ……」

「明日より先を考えて尻込みするなんて君らしくもないよ。ずっと遊撃士に憧れてたんだろ?この程度でへこたれてどうすんのさ」

「ヨシュア……」

 そのヨシュアの言葉を聞いてエステルの顔色が戻った。やはりヨシュアの言葉は効果てきめんである。ヨシュアの話術が巧みであるという事実を抜きにしても、エステルはヨシュアの言葉を特別に感じているのだから効果があるのは当然なのだ。ヨシュアは更にエステルの心を点火させるべく言葉の油を注いだ。

「エステルは深刻な顔してるより能天気に明るく笑ってる方が良いよ」

「ありがと……って、どういう意味よっ! 全く、一言多いんだから……」

 一言多いと思うのはアルシェムも同意するところではあるが、それでもエステルには効果てきめんだったので黙っておく。こういう時はアルシェムは黙っていることにしていた。こんなやり取りに加わるだなんて、まるで家族のようだと思えてしまうからだ。アルシェムにとっての家族とは、少なくともブライト家の人間のことではない。

 そうこうしているうちにエステル達はブライト家へとたどり着いていた。エステルはすっかり元気になったようでたっだいまー、と元気に挨拶する。ヨシュアとアルシェムは苦笑しながら帰着の挨拶を済ませ、エステルがカシウスにリベール通信と遊撃士協会からの預かり物を手渡すのを横目で見ていた。

 カシウスが手紙を受け取ると、エステルはカシウスに向けてこう告げた。

「それじゃ、あたしは夕飯の支度するね。……今日は危ないとこ、助けてくれてありがと」

「ほう、いつになく殊勝だな? さあ、遠慮するな。どーんと父の胸に飛び込んでくると良い。可愛がって……」

 カシウスはニヤニヤしながらエステルの言葉にこう返したが、エステルに調子に乗るなと言われてへこんでいた。しかもカシウスの書斎から出ていくというオマケつきである。カシウスは半ば本気で落ち込んでいたが、それでも娘を案じて言葉を紡いだ。

「思ったより落ち込んでないようだが……」

「ヨシュアがフォローしましたから」

「大したことはしてないよ。ちょっと発破をかけただけさ。エステルはもともと強い子だからね」

 アルシェムの言葉を半ば遮るようにしてヨシュアは苦笑しながらそう告げた。それにカシウスは鼻を鳴らして応える。

「ふん、まだまださ。遊撃士稼業をしていれば迷うことなどザラだぞ。それを乗り越えてこそ一人前だ」

「くす、相変わらず娘思いだね」

 ヨシュアはカシウスに向けてそう言った。その言葉の中にはエステルへの思いが詰まっているような気がした。

 ちょうどそんな会話が繰り広げられていた時である。台所から焦げ臭いにおいが漂ってきたのは。そして聞こえてくるのはこの場にいないエステルの声。

「あっちゃあ~……ううん、料理も気合よ! 折角リノンさんから良いお肉もいっぱい貰ったんだし、何度でも挑戦あるのみ!」

 どうやらリノンから貰っていた小包の中身は肉だったようである。アルシェムは現実逃避にそう考えた。カシウスとヨシュアは苦笑し、次いでヨシュアが手伝ってくる、とカシウスの部屋を後にした。

 ヨシュアに次いでアルシェムもカシウスの書斎を辞し、玄関から外に出た。そしてその場で気配を消し、カシウスの部屋から外に直接通じる扉の前に座りこむ。すると、手紙を開けたらしいカシウスの声が漏れ聞こえてきた。少し集中すると小さな物音まで聞き取れるのはアルシェムの特技でもあり、とある事件の後遺症でもある。

「ふむ、帝国方面からか……何?」

 部屋の中のカシウスの気配が一瞬にして手練れの遊撃士のそれとなる。その言葉を聞きながらアルシェムは先日とある筋から聞いた情報を思い出していた。何でも、今現在ジェスター猟兵団なる猟兵団がエレボニア帝国の遊撃士協会を次々と襲撃しているのだとか。その陰にはアルシェムの過去がちらつき、十二分に罠の可能性がある事件でもある。

 この場合、ひっかけるべき獲物は恐らくこの手紙を受け取った人物――つまり、カシウス――であろう。リベール国内の別の高位遊撃士が釣れればなおよしである。カシウスはその手紙を見ながらじっと考え込んでいるようだった。

 そんなカシウスの気配を読み取ったアルシェムはこれ以上の情報は見込めないだろうと推測し、そっと扉から離れて少しずつ気配をもとに戻していく。そして、完全にいつもの気配の状態になったアルシェムはその場で鍛錬を開始した。外にいることを怪しまれないように。

 しばらく鍛錬を続けていると、急に玄関が開いた。そこから顔を覗かせたのはエステルである。エステルはアルシェムの姿を認めるとこう告げた。

「アル、ご飯出来たわよ!」

「りょーかい。……自信ありそーだね、楽しみにしてるよ」

「う゛……ぷ、プレッシャー掛けないでよ、もう!」

 すねて玄関から顔をひっこめたエステルを追って、アルシェムも家の中へと戻る。すると、そこはかとなくいい匂いが漂ってきた。これは味に期待が出来そうである。アルシェムは手を洗って席に着いた。ヨシュアは既に席についており、カシウスも遅れて席に着いた。

「ほう、これは驚いたな……旨そうだ。見た目は」

「見た目はって何よぅ。エステル特製パーゼル農園の親子オムライストマトソースがけ! 心して味わいなさいよねっ♪」

 カシウスの意外そうな声にエステルはそう答えた。エステル曰く、親子オムライスとはチキンライスに焼いた卵を掛けたものだとか。それは一般的にはオムライスと呼ぶものが多いような気がするが、エステルは断固として親子オムライスだと言い張った。

 空の女神に日々の恵みを感謝して、エステル達はオムライスを口に入れた。一口食べてアルシェムは思った。今日のエステルは本当に調子が良かったようである。チキンライスはトマトソースで炒めてあり、内容物にもしっかりと火が通っている。しかし、火が通り過ぎていて硬いわけではない。程よい硬さを保ったままである。また、卵は半熟よりも少し硬いくらいで、卵が流れ出たりはしていない。しっかりと薄焼き卵としてチキンライスの上に鎮座している。そして、上からかかっているトマトソースは先日エリッサの家からおすそ分けして貰ったもののようで、少しワインの香りがしていた。

 ヨシュアは一口食べてエステルにこう告げた。顔には意外そうな表情を浮かべているが、アルシェムは見なかったことにしようと思った。

「うん、美味しく出来てるよ。やるじゃない、エステル」

 そのヨシュアの言葉に、エステルは分かりやすく調子に乗った。比喩ではなく本当に鼻を高そうにしているあたりが微笑ましい。

「ふふん、これが真の実力よ♪やー、色々あったけど、今日はすごく良い1日だったわね♪」

「ふむ、初めて作った割には喰えるな。覚悟してたのに拍子抜けだ」

 カシウスも絶賛、とまでは言わないがエステルにそう言った。次いで、エステルの眼を見ながらこう付け加える。

「こんな上出来なものが出発前に喰えるとは思わなかった」

 その言葉を聞いてエステルは眼を剥いた。そして、カシウスに向かってこう問うた。

「どこか行くの?」

「うむ、急に大きな仕事が入ってな。しばらく家を留守にするぞ」

 それを聞いてアルシェムは内心で苦虫をかみつぶしていた。アルシェムに課せられた仕事はカシウスの監視である。しかし、今は遊撃士となった身。自ら望んでやったこととはいえ、行動の範囲を狭めてしまったのは事実だ。ただ、アルシェムにはまだ取れる手が残っていた。無論泣いて懇願するわけではない。

 アルシェムの内心も知らず、エステルは机に手をついて立ち上がった。目は見開かれたままなので少々怖い。

「ちょ、ちょっと待ってよ! それって、いつからなの?」

「明日からだ」

「あ、あ、あ、あんですって~っ!?」

 エステルの叫びがブライト家に響き渡った。ヨシュアは耳を抑え、アルシェムは嘆息したのだった。




あ、あんですってー(もはや死語)

では、また。

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