雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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エステルさんには少しばかり頑張ってもらいました編。
うちのエステルさんは前衛棒術使いというよりもアーツと棒術をバランスよく使う後衛です。

では、どうぞ。


武術大会三日目・決勝戦

 武術大会、最終日。エステル達はエルナンから借りた地下水路の鍵を使って体を温め、念入りに準備を進めていた。相手は特務兵。しかも、怪物的な強さを誇る男がそこにいるのである。負けられない戦いだが、同時に勝てる気もしない試合だった。

 地下水路で魔獣を退治しながらエステルが零す。

「……アルがいればな……」

「……エステル……」

 エステル達が派手に動いている間、アルシェムはこっそり何かをしているのかもしれない。そう思っていても、ここまで消息がつかめないと不安になってくる。どこかで力尽きているのではないか。特務兵に捕まっているのかもしれない。捕まって、ひどい目に――そこまで考えて、エステルは思い切り首を振る。今はそんなことを考えていても仕方がない。今できることを着実にやっていくしかないのだ。

 そんなエステル達の様子を見て、触れてはいけないと思ったのかジン達はアルシェムがいないことに口出しすることはなかった。

 午後になり、しっかりと腹ごしらえをしたエステル達は王立競技場に向かった。控室に入り、無駄に緊張するのを防ぐために観客席を見て回るエステル達。そこで、何故か無料でチケットを譲ってもらったアルバと何故か真っ青な顔をしたクルツ、そして控室に戻る前に何とロレントのクラウス市長と再会することが出来た。

 そして――試合が、始まる。

 

 ❖

 

「南、蒼の組。人数が足りないというアクシデントに見舞われつつも優勝候補と目された遊撃士チームを降した、カルバード共和国出身の遊撃士にして武術家ジン選手以下4名のチーム!」

 わあっ、と歓声を浴びてエステル達はアリーナへと出た。相手が顔も見せない不審者たちであるため、エステル達の人気は高い。ただし、エステル達が勝つ方にかけている人物は少ないそうだが。

「北、紅の組。空賊共との戦いで圧倒的な強さを誇ったリーダー・ロランス少尉擁する、王国軍情報部特務部隊所属のチーム!」

 こちらにも歓声が上がるが、エステル達の時よりもそれは少ない。正直に言って不気味だからというのもあるだろう。エステル達は彼らとは口も利かずに所定位置についた。――もっとも、ヨシュアは何かを問いかけようとして止めたのだが。

 そして。

 

「空の女神も照覧あれ……勝負、始めッ!」

 

 最後の試合が始まった。始まった瞬間、飛び出したのはヨシュアとエステルだった。ロランスのためにジンは温存しておくべきだということになったからだ。まずは、一番近くにいた特務兵アドルを、エステルが棒術具で薙ごうとする。しかし彼は短剣でエステルの棒術具を受け止めると、思い切り力を入れてからふっと抜く。それでエステルの体勢を崩そうとしたのだ。

 特務兵アドルの思惑は上手く行ったように見えた。エステルはバランスを崩し、前のめりに倒れ込んで――にやっと笑った。特務兵アドルはぎょっとして背後に向けて飛び退る。彼が飛び退る前にいた位置を、ヨシュアが薙いでいた。そのままヨシュアは特務兵アドルを追って一撃いれようとする。

 と、そこに特務兵ボズウェルがヨシュアに向けて突進し、特務兵アドルを救おうとするが――

「フッ、そこだ!」

 アリーナの奥からオリビエが狙撃し、その銃弾を防御するために一端止まらざるを得なくなる。そして、そこにエステルのクラフト撚糸棍が突き刺さった。

「ぐっ……」

「ヨシュア!」

「分かってる!」

 特務兵ボズウェルが怯んだ隙にヨシュアが彼に特攻し、狙いが狂ったものの何とか短剣を破壊して離脱。特務兵ボズウェルは舌打ちしながら下がり、後方支援要員だった特務兵クリストと入れ替わって導力機関銃を取り出した。

 その時である。ロランスが剣をすっと持ち上げてエステルを指したのは。それを見た特務兵ボズウェルは即座にエステルを狙撃し、ロランスがエステルを集中的に攻撃するよう指示したのを知らせた。それに追随するように特務兵たちはエステルに迫る。

 それを見たヨシュアは即座にエステルの救援に入ろうとするが、当の本人に掌で否定されてしまう。

「エステル!?」

「大丈夫だから、フォローお願い!」

 エステルは巧く銃弾を弾きつつ特務兵たちをあしらい、何とかその場におしとどめている。ヨシュアがそのフォローに回ったことで、ロランスへの警戒が一瞬外れた。その瞬間――ロランスは一瞬だけ殺気を解放する。

「ッッッッ!?」

 その殺気にあからさまに反応してしまったのは――ヨシュアだった。無防備になってしまったヨシュアに向けて銃弾と斬撃が放たれる。斬撃に関しては問題なかった。それはエステルが対処したのだから。しかし――銃弾は、ヨシュアの右腕を掠って飛んで行った。

「ヨシュア!?」

「大丈夫だ! だから集中してエステル!」

 ヨシュアの絶叫に、エステルは従うことしか出来なかった。特務兵たちは手ごわいのだ。満足に自分の戦いもさせて貰えない今の状況では特に。ぎりっと歯を食いしばってエステルは棒術具を唸らせる。今は粘るしかないのだ。絶対にヨシュアかオリビエが状況を打破してくれる。そう信じて。

 そして、そのエステルの信頼に応えたのは――オリビエだった。

「エステル君!」

 オリビエの叫びと構えに何をするか悟ったエステルは思いっきり特務兵たちに棒術具を叩き込んでしゃがんだ。その頭上を通り過ぎていくのはオリビエのクラフト、クイックドロウである。エステルに痛撃を食らわされ、避けることもままならなかった特務兵アドルとクリストはそのまま倒れてしまう。

 ――特務兵チーム、アドル、クリスト。戦闘不能。

 これで、エステルは比較的自由に動けるようになった。そう思ってちらりとオリビエを見て礼を言おうとして――出来なかった。エステルがオリビエを見た瞬間、オリビエは膝を付いていたからだ。

「済まん!」

「まだ戦えるから気にしないでくれたまえ!」

 ジンの謝罪に、暗に前を向けと告げるオリビエ。エステルはそれを見てギュッと棒術具を握りなおして特務兵ボズウェルに向けて突っ込む。すると、ボズウェルはエステルに向けて攻撃を再開した。

「……まだ、まだいけるんだからねっ!」

 エステルはその銃撃を歯を食いしばって弾き飛ばしながらじりじりと前進する。ボズウェルはエステルのあまりの胆力に一瞬だけ怯えてしまった。もしも、自分がその立場だったら――そう、考えてしまった。それが隙になることすら分からないほど、その時には忘我していたのだ。

 そして――彼は、エステルの捨て身の策にまんまとはまってしまう。

「……後ろがお留守ですよ」

 背後から忍び寄ってきていたヨシュアに痛撃を食らわされ、特務兵ボズウェルはそのまま昏倒した。これで、後はロランスだけ――そう思った瞬間。

「なっ……」

「ヨシュアッ!?」

 ――特務兵チーム、ボズウェル。武術家混成チーム、ヨシュア。戦闘不能。

 ヨシュアは、ロランスの一撃で派手に跳ね飛ばされてアリーナの壁に激突した。それを何の感慨もなく眺めていたロランスは剣をゆるりと動かして構えると――一閃。猛烈な風が吹き荒れ、エステルもあわやヨシュアの二の舞になる、と思いきや――

「うわっと……大丈夫か、エステル!」

「あ……ありがと、ジンさん!」

 ジンがエステルを受け止め、そこにすかさず飛んできたのは何故か薔薇の花だった。飛来した元を見ると、何故かオリビエが手品師のように取り出した薔薇の花束にティアラの薬を振りかけるという微妙な光景を目にしてしまったのでエステルは目を逸らした。目を逸らしても薔薇の花はもう一度飛んできた。それで体中の疲労が和らいだことにエステルは気づく。それはそれでどうかとも思うのだが、今は四の五の言っている場合ではない。

「行くぞ、エステル」

「モチのロンよ!」

 ジンの声と共に、エステルはロランスに迫った。ロランスはエステルを見つめたまま軽く剣を振る。すると――

「な……ふ、増えた!?」

 何と、ロランスが2人に増殖した。増殖した方のロランスはゆっくりと特務兵クリストへと近づいて行く。アレはマズイ、と判断したジンはエステルに向けて叫んだ。

「分け身のクラフトだ! エステルはそっちを!」

「わ、分かった!」

 エステルは慌てて増殖した方のロランスに向けて駆け出すが、間に合わない。彼は懐から七耀教会謹製のセラスの薬をクリストに呑ませてエステルに向き直ろうとした。しかし――エステルはロランスが何をしたのかを察すると、すぐさま間を詰めてSクラフトを発動させたのである。

「余計なことしてんじゃないわよ! 桜花、無双撃!」

 その大技を受けてロランス(分け身)は消滅し、クリストも倒れ伏してしまう。エステルはクリストとついでに隣で倒れているアドルをアリーナの端までころがし、ロランスの方を顧みた。すると、ジンとロランスがほぼ互角に戦っているのが見える。といっても、ロランスの方が優勢でアーツを使おうとしているらしいオリビエの妨害までしてのけているのだから流石とでもいうべきだろうか。このままではじり貧である。

「何とかして、回復しないと……」

 エステルはオリビエと対角線上くらいになるように場所を移動してオーブメントに手を掛ける。すると、すぐさまロランスから猛烈な風――というか剣圧――が送られてくるのを感じた。慌てて射線上から離れるエステル。しかし、それはロランスにとって貴重な一手を外させることになる。

「受け取りたまえ、ヨシュア君!」

「いちいち叫ばなくて結構ですオリビエさん!」

 これで、ようやく場は整った。最初から決めていたのだ。ロランスには二人がかりで当たると。そして、回復要員はいればいるほどいい。だからこそ――エステルは前に出たい気持ちを棄てて回復に専念することにした。妨害されようが何されようが、オリビエかエステルのどちらかが回復に成功すれば良い話である。

 続けてティアラのアーツを発動させかけたであろうオリビエに向けてロランスが剣圧を送るが、今度はエステルがヨシュアの回復に成功する。後は簡単だ。ジンかヨシュアを回復し続ければ良い。どちらも大丈夫そうなら剣圧を避けきれないであろうオリビエに向ければ問題ないのだ。それを繰り返せば何とかロランスにも勝てるはずだ。

 勝てる。少なくとも、エステルはそう思った。そう思ってしまったのだ。それが間違いであることに気付くのは、比較的すぐだった。突如、ロランスがジンとヨシュアの間から消えたのだ。

 そして、エステルの目の前にはロランスがいる。驚愕したエステルは慌てて棒術具でその剣をガードするが――思い切りロランスに吹き飛ばされてアリーナの壁に激突した。猛烈な痛みがエステルを襲うが、まだ動けないことはない。

「エステルッッ!」

 ヨシュアの絶叫も、エステルの耳には届かない。エステルは駆けつけようとするヨシュアに大丈夫、という趣旨のハンドサインを億劫そうに送ってオーブメントで自身を回復する。回復して痛みが安らいだところで、ほっと一息つくことが出来た。

 と、そこで――エステルは、気付いた。今、ロランスからの妨害はなかった。もしかしたらもう戦闘不能になったと思って見逃されたのかもしれない。この場所は――使える。ばれないように小さな動きでオーブメントにEP回復薬を突っ込み、とある補助アーツを自分にかけてから軌跡を辿られてエステルがまだ無事であることを悟られないような攻撃アーツを準備する。チャンスは一度。失敗は、赦されない。

「……あたしが、やるんだ」

 エステルは痛む節々を無視してオーブメントを駆動させた。選んだアーツは――シャドウスピア。上手く行けば、一撃でロランスをノックアウトできる少々危険なアーツである。しかし、エステルにとれる手段はそれしかない。アクアブリードでもファイアボルトでも危険だったのだ。ストーンハンマーでもアースランスでも良かったが、敢えてシャドウスピアを選んだのは上空という視角外の場所からの奇襲性を買ったからである。ストーンハンマーでなかったのは、エステルの目視した限りではシャドウスピアの方がスマートに見えたからである。他意はない。

「うまく、いってよ……!」

 そして――それは、エステルの願いどおり上手くはまった。期待通りの効果を発揮することはなかったが、エステルは間違いなく痛撃を喰らわせることに成功したのである。そして、その隙を突くようにジンとヨシュアがロランスを攻撃する。

 ロランスも何もせずにその連撃を受けさせられたわけではない。ジンの攻撃は剣でいなし、ヨシュアには足払いを掛けることで危機を脱した。そして、ジンの拳を弾いて振り上げた剣の勢いそのままにヨシュアに剣を振り下ろそうとする。

 しかし。

 

「ヨシュアに手ぇ出そうとしてんじゃないわよこのスカシヘルム!」

 

 エステルの威勢のいい声に思わず手を止めてしまったロランス。それが、致命的な隙となった。ヨシュアが素早く立ち上がり、背後に回り込んで首筋に双剣を当て。ジンはロランスの前に立ちふさがっていつでも拳を振り抜けるように構えた。

 それを見たロランスは溜息を吐いた。このまま振りほどいて殲滅するのはたやすい。しかし、この場は『負けなければならない』のだ。だからこそ、彼はすっと両手を上に挙げ、良く通る声でこう告げた。

 

「――降参する」

 

 その、言葉が会場中に沁みわたった瞬間。武術大会の勝者を告げるアナウンスと爆発的な歓声が王立競技場中に響き渡ったのであった。

 

 ❖

 

 ――喧騒が聞こえる。おめでとう。よくやった。流石は遊撃士。若いのに凄い。格好良い。きゃあああオリビエさまああ。こっち向いてヨシュアくーん。うおおおエステルたんマジ天使。A級遊撃士は伊達じゃないな。

 あまりの騒ぎに、彼女は耳を塞ごうとして、出来ないでいた。否、塞ごうと思えば出来たのだ。しかし、今それをしてしまえば自由に行動できることがばれてしまい、増援もあるはずがないためにこのまま朽ち果てるのが分かっていた。だからこそ、彼女はその場で吊られたまま顔をしかめているしかなかった。自分が身じろぎをすると耳障りなキイキイという金属音がするため、身動きもしたくないのである。

 実際には、その場にいる人物にとって喧騒など聞こえるはずもないのである。窓は閉め切り、建物の内側にいるはずの人物には、ざわめきなど一切聞こえるはずがないのだ。王立競技場とこの場所は少し離れているのだから。

 彼女の視界に映るモノは、決して多くはなかった。そこらじゅうに広がる空の注射器。中身の詰まっていたはずの段ボールの中にも、空の注射器。床にこぼれて染みを作っている碧い液体。それと――その液体に負けないくらい蒼い顔をした見張り役の特務兵だけだった。そこが元々客間だったことを知る者など、ここにはいない。

 彼女の肌を触るのは、とげとげしい空気だった。実際にはとがっているはずもない空気。しかし、今の彼女にとっては風が吹くことは幾千もの針で刺されるのと同義である。あまりの痛みに絶叫して気絶し、何度碧い液体の混入された水でたたき起こされたことか。その水でも猛烈な痛みが襲うものだから、彼女の喉は既に枯れ果てていた。

 誰かがこの場を見ていたとしよう。その誰かに対して、『ここにいるのは――否、在るのは叫ぶ肉塊である』と言ってもそれはたやすく信じられただろう。彼女は叫ぶ以外に何もすることはなかったのだから。

 

 そう、彼女――アルシェム・ブライトは。既に、壊されていた。それを知る者は、未だにいない。




おにーさんには余力を残して降参して貰いました。このあたりはエステルの成長度が低めだったからという裏事情もあったり。

では、また。

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