雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
全て旧72話と裏話になるというちょっと異例の事態。
流石に描写がないのもどうかと思ったので、大幅追加になります。
あ、あと、残酷な描写になりかねない光景が四話とも最後に出て来ます。薬物ダメ、絶対。苦手な人は飛ばしてください。
では、どうぞ。
武術大会、一日目。ジンと共に選手登録を終えたエステル達は、一度キルシェ通りまで出て魔獣を狩りつつ体を温めてから王立競技場へと舞い戻った。そして中に入ると、そこで何と《レイヴン》の連中と遭遇したのである。
「あ、あれ、あんた達……」
「フン……妙なとこで会うもんだ」
「ひゃはは、ここで会ったが百年目だぜ!」
鼻を鳴らす紫色の髪の男――確か、ロッコと呼ばれていたはずの男である――を無視して、エステルはにやにや笑うレイスに向けて声を掛けた。それも、心配そうな顔をして、である。
「それはどうでも良いけど、あの後ジークに突かれなかった?」
「……俺は、突かれてねえ。俺は、な……」
レイスは疲れたようにそう告げた。そして、視線で背後にいる男を差す。そこには――
「……む、毟られたんですか……」
ヨシュアは引き攣った顔でそうつぶやいた。流石に鳥とはいえぴかぴかになるまで毟られたいとは思わない。毟られて赦せるかどうかといわれるとヨシュアの場合では八つ裂きでは足りないかもしれない。
ヨシュアの目には、スキンヘッドになってしまって格好が悪いのでサングラスをかけてみたがイマイチに合わないという可哀想な青年が映っていた。残念ながら眉毛もないので、髪色からは一体誰なのかは分からない。ただ、雰囲気で恐らくディンと呼ばれていた男だろうということだけは分かった。
ディンがゆらりと幽鬼のように蠢いて呟いた。
「……この恨み、お前達で晴らして良いよな? 試合で」
「あー……頑張ったのね。ここにいるってことは本戦に出るんだろうから、よっぽど特訓したんじゃない?」
エステルの言葉を聞いたディンはかっと目を見開いてぱかっと口を大きく開けた。それを見たロッコとレイスは顔をひきつらせてディンに飛びつく。何かを叫ぼうとしたらしい。
「……ご、ごめん。言わない方が良かったみたいね。もしこれから当たるんだったら正々堂々戦いましょ」
「あ、ああ……」
《レイヴン》達は毒気を抜かれたようにそう返事をして去って行った。暴れ出そうとしていたディンまで呆けたのだから、エステルにとってはあっけにとられる光景になっていた。
「な、何だったのかしらね……」
「さ、さあ……」
試合開始前の、そんな一幕。エステル達はいい具合に緊張を抜くことが出来たのだった。
❖
「続きまして、第二試合――南、蒼の組。つい先ほどメンバーの揃いました、カルバード共和国出身の遊撃士にして武術家ジン選手以下4名のチーム!」
わあっ、という歓声が響く。それに呑まれそうになりつつも、エステルはアリーナへと足を向けた。ジンは泰然としており、オリビエは緊張など無縁。ヨシュアも飄々としている。いつも通りな彼らを見て、エステルは少しだけ落ち着いて棒術具を握ることが出来た。
そして、対戦相手は、とゲートの方を見ると、司会が答えを告げてくれた。
「北、紅の組。チーム《レイヴン》所属、ロッコ選手以下4名のチーム!」
どうやら、《レイヴン》が相手のようである。エステル達は気を引き締めてそれぞれの武器を構え、そして――
「始め!」
開始の合図が、聞こえた。そう思った瞬間だった。
「「お前の頭は禿げ頭!」」
まぬけな掛け声が聞こえたかと思うと、ディンの様子が豹変した。息を大きく吸い、そしてサングラスで隠された眼を大きく見開いた。
「な、何よ?」
「……嫌な予感がひしひしとするねえ。というわけで邪魔させて貰おう!」
動揺するエステルの陰からオリビエが導力銃の射線を確保し、ディンに向けて発砲する。しかし、その銃弾はディンを傷つけることは出来なかった。
「シュコオオオオ……シュコオオオオ……フンヌっ!」
何と、ディンはその腹筋で導力の弾丸を弾き返したのである。オリビエはその光景に目を見開いた。流石にそれは想定外だったからである。そこにヨシュアが飛び出し、ディンの脇をすり抜けて《レイヴン》の一員であることしかわからない男を一撃で昏倒させ、アリーナの端まで投げ飛ばした。
――チーム《レイヴン》の一人目、戦闘不能。
そして、それを見届けたヨシュアは叫ぶ。
「ジンさん、ディンさんを! 僕はこのまま――ッ!?」
ヨシュアが咄嗟に背後を振り向いて双剣を翳すと、レイスのスタンロッドが降ってきていた。どうやらかなり俊敏になったようである。そのままヨシュアと数合打ち合うと、レイスは離脱して今度はエステルに襲い掛かろうとした。
「舐めるな……!」
それを見たヨシュアがクラフト魔眼を発動させ、レイスを引き留める。その間にジンはディンとやり合い始めた。エステルは流石にヨシュアとレイスの戦いに割ってはいれるとも思わなかったので近づいて来ていたロッコと打ち合う。この時点でほぼ団体戦の意味がなくなっているのだが気にしてはいけない。
エステルはロッコのスタンロッドを受け止めて目を見開いた。思っていたよりも重い打ち込みだったからだ。流石にカシウスよりは軽いが、並の遊撃士なら押されているだろう。
「中々やるじゃない……」
「何のための特訓だと思ってやがる。ここで沈んでもらうぜ!」
ロッコはそのままエステルに向かってヘッドバッドをかました。エステルは嫌な予感に従って後ろに飛ぼうとして――足を滑らせた。結果、何が起こるかというと。
「……まな板だ」
ロッコのつぶやきが、一瞬で静まった王立競技場内に響く。彼の頭は――エステルの胸部に埋まっていた。ヨシュアから黒いオーラが立ち上がったように見えたが、それも一瞬で消える。それは――
「あはっ」
エステルが顔に満面の笑みを浮かべて思い切り膝をロッコの下半身に叩き込んだからである。ロッコは悶絶して吹き飛んだ。オリビエはそれを見てきゅっと内またになって怯える。それを見ていたレイスもである。観客の何人かも同じ動きをした。彼らが思うことは一つ。アレは痛い。
エステルはゆらりと立ち上がってひゅん、と棒術具を振るうと、未だ悶絶しているが戦闘不能判定が出ていないロッコに向けて突き付け、こう告げた。
「降参するのと今のをもう一回喰らうの、どっちが良い?」
「スミマセンデシタ降参します!」
――チーム《レイヴン》のリーダー、ロッコ。棄権により戦闘不能。
エステルはロッコを言葉で戦闘不能判定にさせると、そのままディンと戦うジンの元へと駆けた。ちらりと見た限りでは、レイスはオリビエとヨシュアに完封されていたからである。
「キシェエエエア……」
妙な音を発するディンに近づくのは流石に抵抗があったが、このままジンにだけ任せていては決定打が入らないだろう。エステルはそう考えてジンの陰から棒術具を突き出し、ジンに代わってディンの気を引く。
「助かる!」
「ううん、多分あたしじゃ決定打は入れられないから大技の準備しててジンさん!」
その光景を後目に見ながら、ヨシュアは早く決着をつけるべくレイスの背後に回り込もうとする。だが、レイスもその速度について行くことは出来ないまでも対応しようとするため、決定打がいれられないのだ。
と、そこにオリビエからの声がかかる。
「退きたまえヨシュア君!」
ヨシュアはオリビエの声を無視しようとしたが、本能がその言葉に従った。ギリギリまで引きつけ、導力で出来た弾丸が通り過ぎようとするときに上体を思い切り逸らしてレイスに直撃させる。
「いってぇぇ!?」
「終わりです」
ヨシュアは痛みに動きの止まったレイスの鳩尾に双剣を叩き込み、全力で顔をひきつらせたレイスを気絶させて蹴り飛ばした。
――チーム《レイヴン》レイス、戦闘不能。
チームメイトが全滅したことを感じたのか、ディンに焦りが出て来たのを見て取ったエステルは牽制だけではなく反撃を視野に入れて様子を見ていた。ちらり、とレイスを見てディンはエステルを転ばせ、隙を作って叫ぼうとする。
「タラタラして」
「遅い、雷神脚!」
しかし――ジンが、上空から雷の如く落下してきたことで押しつぶされ、あえなく戦闘不能となった。それを見た司会はマイクを持ち、エステル達の勝利を告げるのだった。
❖
試合が終わり、控室から次の試合をゆっくり観戦しようとしたエステル達は――司会の言葉に吹いた。というのも――
「北、紅の組。空賊団《カプア一家》所属、キール選手以下4名のチーム!」
と司会が叫んだからである。デュナンの計らいで服役中の態度が真面目だったことから首領を除いたメンツが出て来ているらしいが、正直に言って有り得ない。異例すぎる事態である。一体何故、と思う間もなく試合が始まり――さして時間もかからずに正規軍を撃破した。
それを見て、ヨシュアは思う。一体何人の人間が情報部の凄さを思い知っただろうか。空賊の逮捕にリシャールが関わっているという事実を知る一般市民たちが、あっけなく空賊に倒された正規軍を見て。これもまた、プロパガンダなのだろう。
それを示すかのように、次の試合は特務兵と正規軍の戦いがあった。そこで――ロランス、と呼ばれた男がある程度まで特務兵が戦った後に正規軍を蹂躙し、試合を終わらせたのである。
単純な人間は思うだろう。特務兵ってやっぱり強いんだ、と。思慮のある人間は思うだろう。正規軍は不甲斐ない、と。そして、政治に関わるものはこう思うだろう。――特務兵を、正規軍にすべきなのではないだろうか、と。
因みに、ヨシュアはロランスの太刀筋を見て彼の正体に思い至ったようであった。ヨシュアは呆けたまま、エステルに声を掛けられるまで彼を見つめていた。
大会が終わり、エステル達は何故か《レイヴン》達から地下水路の鍵を貰って遊撃士協会へと戻った。因みにジンとオリビエは酒場で呑んでいる。それについて行かなかったのは、何か情報がないかを知るためである。特に、ヨシュアが情報に拘っていた。
遊撃士協会では特に重要な情報を得ることは出来ず、ホテルに戻ろうとしたエステル達はリベール通信のナイアルに捕まった。これ幸いとエステル達は情報料代わりにカレーをおごらせ、そして自分達の持つ情報と引き換えに情報収集して貰えるよう要請するのだった。
❖
アルシェムは、目を閉じたまま状況を把握していた。彼らの会話の内容から、ここがエルベ離宮で、クローディアもつかまっていること。そして、ユリアがまだ逃げおおせていることを知った。もう、ここからは逃げられないだろう。彼女にはクローディアを死なせる意志などないのだから。
と、そこでアルシェムはいきなり冷水をぶちまけられて覚醒を余儀なくされた。
「冷たっ!?」
ぷるぷると首を振ったアルシェムはゆっくりと目を開け、目の前に立つ女を見た。それは――
「おはよう、アルシェム・ブライト。良く眠れたかしら?」
桃色の髪の士官。カノーネ・アマルティアだった。その隣にはリシャールもいる。ロランスと名乗る男はこの場にはいないようだが、逃げようとすれば察することの出来る位置にいるのだろう。彼にとってグランセル市街とエルベ離宮など誤差のようなものなのだから。
アルシェムは視線の温度を下げてカノーネを睨みつけ、冷たい声でこう返した。
「最悪かな。つーかさ、宙づりにされて良く寝れるとかどんなニンゲンなわけ?」
「口の減らない女ね。今から何をされるか分かっていないのかしら?」
カノーネはそう言って手に持っていた注射器から薬剤を少しだけ押し出して見せた。アルシェムの目には見える。その液体の色は――碧、だ。アルシェムの顔から血の気が引くのを、カノーネとリシャールは確かに見た。
「うふふ、素直な子は好きよ。……これを打たれたくなければ質問に答えるのね」
カノーネは注射を持ってアルシェムに近づき、彼女の腕に注射器を突き立てようとして止まった。反応も出来ないほどこの薬が怖いのか、と思ったのである。しかし、アルシェムはソレが怖いから黙っていたわけではなかった。
震える声を絞り出し、結果掠れてしまったのも気にせずにアルシェムはカノーネに告げる。それほどまでに、状況はひっ迫していたともいえる。ソレは、その薬は――国際法で数年前に取り決められた、取引が禁じられている薬だ。
「何で……いや、誰からソレを手に入れたの?」
「質問するのはこちらよ」
「喧しい答えろ。カシウスさんから鳳凰烈波じゃ済まない代物だよ」
その言葉に、カノーネは嘆息してリシャールを振り向いた。リシャールは渋面を作りながら微かに頷き、それを促す。カノーネはリシャールから顔をそむけると、顔に愉悦を浮かべてアルシェムの腕にその薬を注入した。
アルシェムは注射針を刺された瞬間、微かに震えたものの薬による何かしらの効果が出ることはなかった。それは、アルシェムにとって一番の耐性がある薬物なのだから当然ともいえる。顔を伏せ、いかにも効果が出たように見せかけたアルシェムを見てカノーネは満足そうである。
注射針から一滴残らずアルシェムに薬剤が注入されると、カノーネは注射器をケースに入れて懐にしまった。そして、アルシェムに向けて問う。
「さて――じゃあ聞こうかしら。二年前、クローディア殿下を暗殺しようとしたのは何故?」
その言葉を聞いたアルシェムは、顔を伏せたまま肩を震わせた。泣いているのでは勿論ない。嗤っているのである。彼らの目的はリベール王国の平穏であり、王国そのものではないことは分かっている。しかし、今それを聞くということは何を意味するのか。純粋に知りたいだけなのかどうか、今のアルシェムにはまだ判断がつかない。
「それを――話すと思う?」
伏せていた顔を上げたアルシェムの顔には、冷や汗と同時に酷薄な笑みが浮かんでいた。それを見たカノーネは眉を顰め、薬剤の追加の許可を貰うべくリシャールを振り仰ぐ。
リシャールはそれにこう答えた。
「使い物になるレベルまでなら許可する。私はこれから王城に戻るが……くれぐれもやり過ぎないでくれたまえ」
「承知しておりますわ、閣下」
カノーネは恭しく頭を下げ、リシャールが立ち去ろうとしてからは扉の外に立っていた特務兵たちと共に敬礼して彼を見送った。
ゴメン、ディン。悪気はなかったんだ赦せ。
表と裏みたいな構成を意識したので表の武術大会にはネタが入ったり入らなかったり。
では、また。