雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧71話後半のリメイクです。ここから次の章にします。
章ごとに短くなっていく件。

では、どうぞ。


~王都繚乱~
白き翼に吹く追い風


「はあ、はあ……」

「こちらです、クローゼ!」

 王都グランセルの周囲をぐるりと回るエルベ周遊道から王都へと入るキルシェ通りに、不審な二人組がいた。片方は反逆罪で追われている親衛隊の制服を着た女性。そして、もう片方はジェニス王立学園の女子制服を着た少女だった。どうも、何かから逃げているらしい。

 親衛隊の女性――親衛隊隊長ユリア・シュバルツが逃げるのはまだわかる。アルバート・ラッセル博士誘拐の首謀者ともされ、今やリベール王国中から追われる人物なのだから。しかし、クローゼが追われる理由が分からない。一般人から見れば、『クローゼ』はただの女生徒なのだから。

 しかし、『クローゼ・リンツ』はただの女生徒ではないことを、彼女に追手を掛けている首魁は知っていた。はた目から見ればユリアがクローゼを脅して人質にし、一緒に逃げさせている絵にしか見えないその光景は、実はこのリベール王国で二番目に高貴な女性の身を護るために繰り広げられる逃走劇なのである。

「止まれ、ユリア・シュバルツ! 貴官には反逆罪の疑いが掛けられている!」

 背後から聞こえる怒号を発する男――黒装束を纏った特務兵である――は、そのことを知らない。ユリアがいたいけな少女を脅して逃げさせているようにしか見えないのだ。だからこそ、クローゼを保護しようとはすれ、傷つけようとはしていなかった。

 と――そこに、甲高い音が響き渡る。何かが破裂したような音だ。クローゼはその聞き覚えのある音に眉をひそめた。ここにいるはずがないのだ。クローゼの知る限り、彼女は現在ツァイスにいるはずなのだから。

 しかし、クローゼの読みは外れる。精確に追手の四肢を撃ち抜いたその女は、クローゼ達に並走しながら彼女達に声を掛けたのだ。

「まだご無事なようで何よりです」

「な……何故ここにいるんですか!?」

 苦笑しながらそう告げた女――アルシェムにクローゼは思わず返事をしてしまう。今はそんな余裕はないはずなのに、である。クローゼにしてみれば有り得ない人物が有り得ない場所にいるために驚愕しているのだが、アルシェムはそれを意に介さない。

 じゃりっ、と音を立てて体を反転させたアルシェムは振り向きざまに背後から追ってくる特務兵たちを精確に狙撃した。そしてもう一度振り返るとクローゼ達に並走する。

 そして、アルシェムはクローゼに答えを与えた。

「色々なことを総合的に考えた結果、一般市民を巻き込んで騒動になりそーなのはあなただったので一般市民の護衛のために駆けつけました」

 そう言う彼女の胸には、準遊撃士の紋章はない。今ここで立場をばらせば、特務兵たちに遊撃士協会への格好の攻撃の材料を与えてしまうからだ。アルシェムはたびたび特務兵を狙撃しながらクローゼ達を護衛する形になる。

 それにクローゼはようやくアルシェムが救援に来てくれたのだと察してこう返した。

「それは分かりました。でも、ここからどうやって……」

「方法は一つしかないでしょーに」

 アルシェムは嘆息してクローゼの言葉を受け流した。現状、この状況を脱するためにはクローゼを遊撃士協会に放り込むしかない。そこにユリアを連れて行くか否かが問題なのである。

 だからこそ、アルシェムはこう告げた。

「選んでくださいシュバルツ中尉。彼女の身を脅かして自らの身の安全を取るか、自らを犠牲にして彼女を護るか」

 その言葉に、ユリアはこう答えた。

「そ、それは勿論クローゼの身の安全が最優先に決まっているだろう!」

「駄目です!」

 クローゼはユリアの答えを聞く直前からそう反駁した。ユリアの答えなど分かり切っていたからだ。クローゼの、クローディア・フォン・アウスレーゼの望みは、このまま誰も傷つかずに安全を確保することだ。ユリアが欠けることなど、考えたくもなかった。

 しかし、それは叶わないのである。遊撃士協会に二人まとめて匿うことは出来ない。そして、七耀教会にも二人まとめては匿えないのである。一人ずつなら誤魔化せる。そのためには、双方ともに危険を冒さなければならないのだ。

「クローゼ!」

「いくらユリアさんの頼みでも、それだけは譲りません! 誰かを見捨てて逃げ延びるような人間にはなりたくありませんから!」

「クローゼ……」

 その主従の会話にアルシェムは嘆息する。一体どうしろというのだろうか。今は言い争っている場合ではないのだ。背後から迫りくる大量の特務兵たちをどうかわすかが問題なのだから。

「全く……ジーク、信頼できないのは分かるけど今回に限ってはわたしの方が適任だからね。シュバルツ中尉よろしく」

 嘆息しながら口早に頭上の鳥にそう告げたアルシェムは、クローゼを抱え上げてその場から駆け出した。クローゼは何とかユリアの元へ戻ろうと暴れるが、アルシェムはそれをさせない。今戻らせては何もかもが台無しになる。

「離して、離してくださいアルシェムさん!」

「今は自分の心配して貰えませんかね。このまま遊撃士協会まで行けるかどうか五分五分なんですから」

 クローゼは暴れる。今ここでユリアの元へと戻らなければ、二度と会えなくなるかもしれないのだ。なのに、アルシェムはそれをさせてくれない。逃げなければならないのは頭で分かっているのだ。しかし、感情がそれを赦さなかった。

 そして――ついに、クローゼは感情のままに悪手を選択してしまう。グランセル市街は目の前というところで、クローゼはアルシェムにこう宣言したのだ。

「降ろしなさい、命令ですアルシェムさん!」

 その命令は――聞かなければならない。何故なら、彼女は誓ってしまったから。『アルシェム・ブライトはクローディア・フォン・アウスレーゼが望むときのみ傍に侍り、その力を振るう』のだと。彼女が望まないことを成すことは出来ない。

 苦々しい顔をしながら、アルシェムはクローゼに告げる。

「それで、どうするっていうんです?」

「ユリアさんを助けに行ってください。私はここまで来れば大丈夫ですから」

 クローゼはアルシェムにそう命令し、王都へ向けて歩き始めた。アルシェムはその命令を聞かなければならない。このまま行かせたとしても、遊撃士協会にはたどり着けないだろうという確信があったというのに。それが、アルシェムとクローディアとの間になされた誓いだから。

 ぎりっ、とアルシェムは歯噛みして猛スピードで駆け始めた。先日の出血分の失血は何とか補填された。十全とはいかないが、ある程度は動けるはずなのだ。だからこそ、このままさっさとユリアを救出してクローディアの元へと戻る。そうするしか、なかった。今はまだ、約束破りで処刑されるわけにはいかないのだから。

「……バカ。しがらみから逃げることなんて出来ないって知ってるはずでしょうが」

 自分をそう叱咤したアルシェムは、乱戦状態になっているユリアの元へと駆け付けた。途端にジークが襲い掛かってくるが、もう構ってはいられない。特務兵を殺さない程度に次々と伸し、ユリアの離脱を確認したところで――背後に、恐ろしいまでの気配を感じた。感じたことのある気配。良く知っていて、なおかつ今は会いたくなかった気配。ついでに別の人物たちの気配もする。

 アルシェムはくるりと振り返ると、そこには2人の男性と1人の女性がいた。

「やあ、久し振りだねアルシェム・ブライト君」

 そう声を掛けたのは、金髪の男性。情報部大佐アラン・リシャールだった。その隣には副官のカノーネもいる。そして、最後の一人は油断なく剣を構えてアルシェムの動きを見ていた。

 すぐに対応できるように銃から手を離さず、アルシェムはリシャールの言葉に応える。

「ええ、お久し振りですねリシャール大佐。最近地方で暗躍している黒装束の男達を伸したので是非連行して事情を聴いて貰えませんか?」

 あくまでもそれは建前である。目の前に倒れ伏しているのは、リシャールの部下なのだから。連行されるわけもなく、事情を聞かれることすらないだろう。だが、敢えてアルシェムはそう告げたのだ。いかにもリシャール達と特務兵がつながっていないという前提で。

 それに、リシャールはこう答えた。

「はて、彼らは私の直属の部下たちでね。最近地方で暗躍していたのは彼らの存在を知って罪を被せようとした何者かの仕業であることが確認されている。故に、君には無関係の人間を傷つけたとして事情を聞かねばならないのだが」

「秘密部隊の情報を手に入れられて、かつ模倣できるなどどのような集団が可能なのでしょうか? そのあたりを是非お教えいただきたいですね」

 リシャールとアルシェムとの間で火花が散る。しかし、その拮抗は長くは続かなかった。突如背後から男が斬りかかってきたのである。アルシェムは咄嗟に銃身を立ててその剣を受け止めた。

「落ち着きたまえ、ロランス君」

「いつもの貴男らしくなくてよ、ベルガー少尉」

 しかし、ロランス・ベルガーはその剣を止めようとはしなかった。剣にさらに力を込めながら彼はリシャールに向けてこう告げたのである。

「公務執行妨害です、閣下。自分が気を抜けば彼女はすぐにでも逃げ去っていたでしょう」

 無論、アルシェムに逃げる意思はなかった。しかしその言い訳は通じない。この場において、『正義』は彼らの側にあるのだから。

 そして――アルシェムはそのまま気絶させられて拘束され、何故かエルベ離宮へと拘禁されることと相成ったのであった。

 

 ❖

 

 エステル達は焦っていた。アガットと博士、そしてティータが逃げたことを受けた王国軍――否、情報部は、空路を封鎖してしまったのである。故に、エステル達は飛行船ではなく徒歩でツァイスからグランセルへと向かっていた。昨晩から全く寝ていないが、それ以上にエステル達を焦らせる情報をキリカは開示したのである。

 

『アルシェムには、先に王都に向かって貰ってこれから起きるかもしれない混乱に備えて貰っている』

 

 その言葉にエステルは無性に不安を感じた。エステルの中では、アルシェムが単独行動をすると必ず何かひどい目に遭わされてしまうという方程式が出来上がっているからだ。エステルはキリカにそう告げると、彼女からは出来る限り早くグランセルへ到着するようにと言われてしまった。だからこそ飛行船を使おうとした矢先にこの封鎖である。嫌な予感を止めることが出来なかった。

 だからこそ、ヨシュアを引っ張ってまでセントハイム門まで来たのだが、そこで再び足止めを食らいそうになってしまったのだ。そこに現れて窮地を救ってくれたのは、アルバだった。

 彼を見たエステルは、この先も何か起こる予感がした。彼が出現すると何かしら事件が起こる。もしも、今回も何か事件が起こるのだとしたら。しかし、彼がいなければ事件が解決しなかったのも確かであり、エステルの思考は混乱してしまっていた。

 それを悟ったのか、アルバは長話をせずにグランセルまでの同行を申し出、エステル達もそれ以外にこの門を抜ける手段がなかったためにやむなくそれを受けた。そして、無事にセントハイム門を抜けてグランセルまで辿り着いたのである。

 そこでアルバと別れると、エステル達は遊撃士協会へと向かった。所属変更願と博士からの依頼の相談、そして何よりもアルシェムが何事もなくそこにいるのかどうかを知りたかったのだ。

 遊撃士協会に入ったエステル達は入るなり受付の人物にこう告げた。

「えっと、ツァイス支部から来ましたエステル・ブライトとヨシュア・ブライトです。あの……アル、アルシェム・ブライトはいますか?」

 すると、受付の人物は渋面になって応えた。

「グランセル支部の受付のエルナンです。……アルシェム準遊撃士は、先日転属した直後に飛びだして行ったきりですね。……それがどうかしたんですか?」

 その言葉を聞いたエステルはがくがくと震え始めた。その様子を見たエルナンはただ事ではないことを察してエステルに問いかける。ヨシュアも何故エステルが震えているのかは察することが出来ないのでおろおろしていた。

 やがて、エステルは震える声を押し殺して口を開く。

「……アルのことだから、また危険な目に遭ってる気がするのよね」

 その言葉を聞いたヨシュアは妙に達観した表情でああ、と声を漏らした。確かにその可能性はあるだろう。というよりも、今この場所にいない時点で絶対に何かに巻き込まれているに違いない。妙に確信を持ててしまったのだが、それ以上の答えはない気がした。

 エルナンはエステル達の様子を訝しみつつこう問う。

「ええと、彼女は特に危険な目に遭って来たんですか……? あの報告書を見る限り、滅多な相手には後れを取らないと思うのですが」

「ほ、報告書?」

 エステルが首を傾げるが、ヨシュアにもその報告書には心当たりがない。因みに、その報告書の名称は『ツァイス魔獣異常発生事件および協力員アルシェム・ブライトについての報告書』である。

 ヨシュアはその報告書が気になったが、今はそれどころの話ではないのでエルナンに向けてこう告げる。

「僕も気になるけどそれは後でね、エステル。お話しないといけないことがあるので、出来れば少し時間を頂けますか?」

「少し待っていただけますか? もうすぐ武術大会に出場する遊撃士を送り出さなければならないので」

 困ったようにエルナンはそう返すと、脇の階段からタイミングを見計らっていたのかボースのアネラス・エルフィードとグラッツ、ルーアンのカルナ、そして見覚えのない緑色の髪の男性が現れた。

 緑色の髪の男性がエステル達に柔らかく笑いかけながらこう促す。

「済まないね。すぐに出るから話を続けてくれたまえ」

「いえ、こちらがお邪魔をしているのでお気になさらないで下さい」

 ヨシュアはその男性にそう答え、彼らを見送ろうと出口の方を向く。エステルもそれにならって出口の方を向くと、男性は苦笑してエステルに向けてこう告げた。

「アルシェム君のことなら心配いらないよ。何なら、エルナンさんからあの報告書を見せて貰うと良い」

 そして、彼はカルナ達を連れて遊撃士協会から出て行った。エステル達はそれを見送ってからエルナンに向きなおり、ヨシュアがこれまでにあったことを全て説明し始める。それが、誰の陰謀なのかまで。

 それを聞いたエルナンは天を仰いで遠い目をした。そこまで壮大な計画が進んでいるというのに、自分には察せなかったこと。そして、自分が先ほどまで首謀者リシャールを信じていたことに呆れてしまったのである。

 この時点での問題は二つ。どうすればアリシア女王に会えるかと、アルシェムが一体どこへ行ったのかである。前者は足で情報を集めればいいのだろうが、アルシェムについては情報が集まるとは思えなかった。彼女はほとんど何も手掛かりを残して行かなかったのである。ただ一言、エルナンに伝言を残していただけだ。

 

『今から民間人を保護してくるから、何があっても彼女を遊撃士協会から出さないでほしい』

 

 この保護されるべき民間人が一体誰なのか、エステル達には全く以て想像がつかなかった。だからこそ、アルシェムの情報を後回しにしてどうすれば女王に面会できるのかを模索するしかなかったのだ。

 王城について探りを入れたエステル達は想像以上にリシャールが王国の中枢に食い込んでいること、そして傀儡にされているデュナンの情報を手にすることが出来た。ついでにデュナンの動向を調べるべく王立競技場へとエステル達は足を運ぶ。そこで、予想だにしない幸運をエステルは耳にすることになった。

「北、紅の組。遊撃士協会グランセル支部、クルツ選手以下4名のチーム!」

 そう司会が言った瞬間、エステル達は顔を見合わせた。つまり、先ほど話していた緑色の髪の男性がクルツ・ナルダンである可能性が高い。あの《福音》をどんな経緯で手に入れたのかは聞いておく必要がありそうだった。因みに試合は順調に進み、クルツ達は危なげなく予選を通過したようである。

 その後、ツァイスで出会ったジンという遊撃士が単独で、何故か出場している《レイヴン》達を伸している光景を興奮して見物しつつ試合が終わり――そして、エステル達にとって最大の僥倖が転がり込んできた。

 それは、デュナンが宣言した『賞品』。その内容は――三日後に開催される宮中晩餐会への招待状を発行するというもの。それさえあれば、公的に城に入ることが出来るのである。

 エステル達は観客席で考えを詰め、控室へと向かってカルナ達に予選突破のお祝いと依頼の引き継ぎのお願いをしようとして、失敗した。グラッツが単独で戦うジンのためにエステル達が出場したらどうかと思いついたのだ。エステル達はそれに圧され、何の話も出来ずに彼らと別れることとなってしまった。

 武術大会に出場できるという高揚と《福音》についての話が出来なかったという葛藤から物凄く複雑な顔になったエステルは、後者を一瞬だけ忘れて雄たけびを上げた。エルナンにも相談して武術大会そのものには出場することにし、そのためにジンを探して彷徨うことになるのだった。

 因みに、エステル達はエルベ周遊道で襲われているシスターを助けて無事にジンと会え、武術大会に出場できるようになったことをここに明記しておく。ついでに神出鬼没なオリビエ・レンハイムも含まれてしまったのだが、それはご愛嬌というものだろう。

 ともあれ、エステル達は首尾よく城に潜入するための切符を手に入れたのであった。




だ、大丈夫。エステル達の動きもこれから入れていくから。

では、また。

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