雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧64話~65話半ばまでのリメイクです。

では、どうぞ。


~黒のオーブメント~
こんにちは、ツァイス


 アルシェムはクローゼ達と別れると、カルデア隧道を駆け抜けていた。思ったよりも時間が取られてしまったため、エステル達が予想外に先へと進んでしまっていたからである。ただし、駆け抜けていると言ってもただ走っているわけではない。留学中のほぼ一年ほどの記憶が、魔獣の出現予測位置を教えてくれる。そして、その場所と寸分違わぬ場所に出現する魔獣を一撃で葬りながらアルシェムはエステル達に追いつくべく駆け抜けていた。

 付近に一般的な遊撃士がいれば驚いたことだろう。風が吹き抜けたかと思えば魔獣が消えているのだから。アルシェムは駆け、そして――急停止した。

「あれ、これ……あー、整備不良かな?」

 アルシェムの視線の先には、街道灯。しかも、妙にピカピカ光って点滅している。何かしらの機能が壊れている可能性が高い、とアルシェムは判断した。それを修理すべく街道灯を覗き見るが、どうもアルシェムの知らない技術が使われているようである。仕方なく、アルシェムはツァイスに向けて急ごうとした――実際は、すぐにその場で足を止めたのだが。

 アルシェムが足を止めたのは、足音が聞こえたからだ。しかも遊撃士ではなく、恐らくは子供の。この場所に出現するであろう子供は、アルシェムの知る限り一人しかいない。

「……はあはあ……あ、あれ? もしかして……」

「や、久し振り、ティータ。もしかしてコレの修理に来た?」

 息切れをしながら駆けつけた金髪の幼女に、アルシェムは苦笑しながらそう告げた。すると、幼女――ティータは息を整えながら大きく頷いた。そのため、アルシェムは作業を手伝うべく工具を取り出そうとした。

 もっとも、それはティータに止められたが。

「あ、その型の工具だとちょっとやりにくいかもです」

「やっぱ最新だね、ツァイス……っと、ティータはそのまま作業続けてねー」

 ティータの持ついかにも使いやすそうな工具を一瞥し、次いでとあることに気付いたアルシェムは導力銃を抜いた。というのも、その周囲には魔獣が集まってきていたからである。

「ふえ?」

「大丈夫大丈夫、一応今は遊撃士だから退治も簡単」

「そ、そうですよねっ! アルシェムさん、お強いですし」

 そうして、ティータは作業を始めた。アルシェムは群がってきた魔獣を退屈そうに一撃で仕留めながらエステル達に追いつける時間の概算を計算していた。もっとも、その計算は無駄になりそうだったが。

「……あれ、もしかしてあれって……」

「うん、杞憂だったみたいだね」

 というのも、エステル達はどうやら引き返してきたようだからである。ティータとすれ違ったか、もしくはアルシェムを迎えに来たのか。恐らくは前者だとアルシェムは判断した。

 魔獣を殲滅し終え、街道灯の修理も終わったところでティータがアルシェムに向けて告げた。

「あ、あのあのっ、ありがとうございました!」

「いやいや、準遊撃士として当然のことをしただけだしね。それよりティータ、工房長はツァイスにいる?」

「今日は一日お部屋に籠ってるって言ってましたけど、工房長さんに御用なんですか?」

 あざとく首を傾げてそう問うティータ。あくまでもこの年齢だから許されるのであって、アルシェムがやると全力で叩きつぶされかねない所業である。

 アルシェムは笑ってティータの言葉を否定しつつエステル達を指さした。

「いんや、わたしじゃなくて主にあのおねーさん達が用事あると思うよ」

「ふえ?」

 ティータはどうやらエステル達には気付いていなかったようである。アルシェムの指が指し示す方向を見たティータはあ、と言葉を漏らした。というのも、先ほどすれ違った男女だったからである。

「あ、さっきの……」

「えっと、さっきぶり? ……じゃなくて、アル。この子と知り合いなの?」

 色々と混乱しているのか、エステルが頭の上にはてなマークを飛び散らせながらそう問うた。それも無理はないだろう。エステルはアルシェムがツァイスに留学していたことを知っているが、そこでどのような人達と触れ合っていたかを知る機会はなかったのだから。

 アルシェムはティータの持つ鞄を取り上げながらこう告げた。

「知り合いっていうか……わたしが留学した時に泊めて貰った家の子だよ」

「あ、えと、わたし、ティータって言います! よろしくお願いします」

 ティータは空気を読んで自己紹介し、丁寧に頭まで下げた。それに合わせてエステル達も自己紹介をし、長々とこの場に居座るべきではないことを思い出したのかツァイスまで急いで向かうことになった。

 と、そこで何かに気付いたかのようにティータがアルシェムに声を掛ける。

「あ、アルシェムさん、鞄……」

「次からはちゃんと遊撃士連れて来てくれるんなら家の前で返してあげるけど」

「……ご、ごめんなさい。近くだから大丈夫かなって思ってたんです……」

 少しばかり落ち込みながら謝罪するティータの頭を、アルシェムはぐりぐりと撫でまわしながら告げた。

「近いから大丈夫って過信してたらいつか痛い目に遭うから言ってんの。博士を泣かせたくないでしょー?」

「はい……気をつけます」

「なら良し。さーてエステル、ヨシュア、進むよー?」

 そうして、アルシェムはエステル達とティータを連れてツァイスへと足を踏み入れた。もっとも、アルシェム自身は何度か発作的に引き返しそうになってはいたが。どう考えても黒歴史になってしまったツァイス留学の時の記憶がよみがえってきたからである。完全に自業自得だ。

 中央工房でティータと別れたエステル達は、アルシェムに先導されてツァイスの遊撃士協会へと向かった。エステルがツァイスの街並み――主に動く階段や昇降機――を見て素っ頓狂な声を上げていたのはご愛嬌だろう。

 遊撃士協会に入ると、そこには黒髪の女性が待ち受けていた。目を閉じたまま、彼女はエステル達に向けてこう告げる。

「いらっしゃい、良く来たわね。エステル、ヨシュア。ツァイス支部へようこそ」

 その言葉にエステル達が瞠目する。エステル達はツァイスについたばかりで、彼女に自己紹介どころか名乗りすらしていないはずなのだから。

 それに苦笑しながらアルシェムは黒髪の女性――ツァイス支部の受付にして、泰斗流師範代《飛燕紅児》キリカ・ロウラン――に挨拶をした。

「相変わらず情報が早いですね、キリカさん。お久し振りです」

「ええ、久し振りね。まさかこちらの道を選ぶとは思ってもいなかったけれど。……手続きを終えたら工房長に話を通しに行きなさい。貴女ならアポなしでも問題ないでしょう」

「ハハハー、留学経験バンザイ」

 アルシェムは遠い目をしてそう言い放った。そしてふらふらと手続きを終えようとして、書類を見た瞬間に乾いた笑いを浮かべた。そこにあった書類は、アルシェムがツァイス支部に所属する旨の書類ではなかったからである。

 アルシェムにつられるようにエステル達も手続きをしているが、彼女らの書類はルーアンまでと同じ転属届だった。しかし、アルシェムのものは違う。というのも、そこには――遊撃士協会協力員特別推薦状、と書かれていたのだから。

 遊撃士協会協力員特別推薦状。それは、最初遊撃士協会の協力員として働いていて、その後準遊撃士となった人物に依頼の遂行なしに遊撃士の推薦を与える書類である。滅多に発行されない伝説の代物であるが、キリカはアルシェムが遊撃士協会の協力員として働いていた功績を本部に事細かに報告していた。そして、ロレントでアイナがアルシェムを準遊撃士に認定したことで本部がツァイス支部にのみ発行したのである。アルシェムはツァイスでしか遊撃士協会の協力員でいなかったため、他の地方では適用されなかったのだ。

 アルシェムはちらりとキリカを見た。すると――

「とっととサインしなさい」

 キリカはアルシェムにしか聞こえないようにそう告げた。アルシェムは遠い目をしてその書類に必要だった直筆のサインを施す。そして、キリカはエステル達の書類とアルシェムの書類を回収した。

「……これで手続きは終わりよ」

「じゃ、工房長に会ってきます。エステル達の方が当事者なんで連れて行きますね?」

「構わないわ。今は依頼も少ないから回るでしょう」

 アルシェムはキリカの許可を採れたため、エステル達を連れて中央工房へと舞い戻った。受付のヘイゼルに話を通し、工房長が在室していることを確認して二階を訪ねる。

 扉を叩き、工房長室に入ると疲れた様子を必死で隠しているように見える男性が立ち上がった。彼こそが工房長マードックである。

「おお、良く来たねアルシェム君。聞いたよ。遊撃士になったんだって?」

「えー、まー。工房長も比較的お元気そうで何よりです」

 アルシェムは苦笑してそう言った。恐らくは慢性のストレス性胃潰瘍に悩まされているだろうマードックであるが、最近はどうもストレスの元が比較的おとなしいようである。その証拠に顔色も良い方だし、昔は微かに漂っていた煙草の臭いがほぼない。

 マードックはアルシェムにこう告げた。

「君のことだからてっきり研究者になるのかと思っていたが、そっちの道を選ぶんだね」

「……そーですね。研究者って道も昔はありましたけど、今は取り敢えず準遊撃士やってます。カシウスさんの子供達と一緒にね」

 マードックの言葉にアルシェムはそう返す。しかし、アルシェムには、研究者になるという道などなかった。その道はいつの間にか消え去ってしまっていたような錯覚があるだけで、実際は最初から開けてなどいなかった。アルシェムには数多の選択肢があるように見える。しかし、実際には選ぶことすらままならないまま流れに呑まれていくことしか出来ないのである。

 そんなこともつゆ知らず、マードックは納得したようにアルシェムに返した。

「ああ、やっぱり後ろの子達はカシウスさんの子供達だったか。紹介して貰っても?」

 アルシェムは頷いてエステル達を紹介し、エステル達もそれに続いて名乗った。すると、マードックはカシウスに昔よく世話になったことを話し、エステルを驚かせた。

 しかし、驚くだけ驚いたエステルは用件を忘れてはいなかったようで、鞄から黒いオーブメントを出して詳細を説明した。そして、手紙に書かれたR博士とKという人物の確認をした。

「R博士は恐らくラッセル博士だろうね。しかし、Kは……まさか、あの人か?」

「え、心当たりがあるんですか?」

 マードックの言葉に体を乗り出して質問を投げかけたのはヨシュアだった。よほど気になるようで、詰め寄ろうとしているのを必死に抑えているようにも見える。マードックもエステルもそれに気付いてはいないが、アルシェムはそれを冷たい目で見ていた。

 そして、マードックはその名を告げた。

「ほら、君も会ったことがあるだろう? クルツさんだよ」

 アルシェムはその名を聞いた瞬間遠い目をした。確かに彼の名の頭文字はKだった。Kなのだが――アルシェムはそれを信じたくはなかった。何といっても、クルツは一度彼女を殺しかけたのだから。しかも、勘違いで。

「あー……クルツってあのクルツですか……クルツ・ナルダン……《方術使い》……暫定A級……うわー、ガチかー……」

「あ、アル? どうしたのそんな遠い眼して」

「……いやー、だって、ねー……あの人だけはないわーと思ってたから……」

 アルシェムはそう言ってクルツという人物について思考を巡らせた。かつてアルシェムを殺害しかけ、その後平謝りしてはくれたもののタイミング悪くトラウマを誘発した彼のことを。

 彼は、カシウスには娘はいるがアルシェムではないと断じ、アルシェムの右肩を槍で貫いたのだ。その時に巡回シスターが駆け付けなければ、アルシェムは右腕を失っていただろう。その後、クルツは留学初日から怪我をしたアルシェムを見舞ったのだが、昏睡している中で顔を近づけて看病しているのがいけなかった。当時はようやく刃物を振り回さずに叫ぶだけで恐怖を遠ざけられるようになっていたから良いものの、時期が狂えば彼はアルシェムによって殺害されていた可能性だってあった。

その時のことを貸しにしてリンデ号の際はロレントに呼び出したのだが――と、そこまでアルシェムが考えた時だった。

「……あれ? じゃーあの人、それ送りつけるまでもなくロレントには持ってこれたんじゃ……」

 ようやく、アルシェムはそのことに気付いた。クルツがここにある漆黒のオーブメントを送りつけた主ならば、リンデ号の事件の際にロレントに呼びつけられたのだからその時に運搬するのが一番安全だったはずである。あの時はそれを送った後だったのか、それとも――

 エステルはアルシェムの洩らした言葉に首を傾げた。どうやらクルツとアルシェムは面識があるらしいというのは分かったが、何故彼がロレントにこのオーブメントを持って来ることが出来たのかが分からなかったからだ。

「え、どういうこと?」

 エステルの問いに、アルシェムは頭の中で情報をまとめながら答えた。

「リンデ号の事件の時にシェラさんの代わりに王都支部からロレントに遊撃士を派遣して貰ってるんだけど……それがクルツ・ナルダンだったんだよね」

「え……」

「何でアルがそれを知ってるんだい?」

 ヨシュアは不思議そうにアルシェムに問うた。というのも、ヨシュアも表向きロレントに派遣されてきた遊撃士が誰だったのかは知らなかったことになっている。実際にはもしかしたらそうかもしれないという不可思議な確信があるだけで、本当にクルツが派遣されてきていたのかどうかを確認するすべはなかったのだ。

 アルシェムは苦笑しながらヨシュアの問いに答えた。

「あー、あの人わたしに借りがあって。それでボースに行くって決まった日の夜に遊撃士協会に応援をお願いしに行った時に、王都支部に《方術使い》がいるって聞いたから半ば脅してロレントの比較的危険じゃないけど異様に数の多い依頼をブン投げたんだ」

「……え、A級遊撃士に半ば脅しって……アル……」

「……あれ、でもそれって何かおかしくない?」

 ヨシュアが愕然とする中、エステルが首を傾げる。というのも、エステルは気付いてしまったのだ。あの時――通信機器が壊れているわけでもないのに、彼から何も伝言がなかったことに。

 珍しくまだよく分かっていないヨシュアはエステルに問うた。

「えっと、おかしいって……?」

「だって、リンデ号にこれを乗せたわけでしょ? しかもその後ロレントに来てるじゃない、その人。当然リンデ号の件は知ってるはずだし、これがリンデ号にあることも分かってたと思うのよね」

 ヨシュアはそこでようやく事態を把握した。確かにそうである。クルツがこのオーブメントを本当に発送していたならば、当然そこで伝言か何かがあってしかるべきである。

 ヨシュアは納得したような顔でエステルに告げた。

「なるほど。確かにそれについてはロレント支部から伝言があってもおかしくないね」

「でしょ? ……まあ、だから何って話にはなるんだけど」

 エステルは苦笑しながらそこで話を打ち切った。流石にこれ以上マードックという部外者の前で話すことではないし、何よりもエステルの中であやふやにではあるが形を持った推測が、今ここで話し続けることの危険性を訴えて来ていた。

 もしも、クルツがオーブメントを送ったことを覚えていなかったとしたら? それが、今のエステルの危惧である。記憶がない、もしくは混濁しているのは空賊の頭やダルモアで見られた現象である。もしも彼らが操られていたと仮定するならば、《レイヴン》達もそれに当てはまるかも知れない。もしも、クルツも記憶が曖昧になっていたとしたら。これまでのことを鑑みて、それはあの黒装束の男達が関与していることになりかねない。それをここで話すのは、あまりにも危険すぎた。マードックの安全という意味でも、どこに彼らが操っている人物がいるのかわからないという意味でも。

 実際、エステルの危惧は無意識で彼女自身が強くそれを感じているわけではない。ただ、漠然とこのまま話し続けることに危険を感じただけである。ただ、そこに今まで起きたことが絡んでくるのなら、話は別になる。

 やがて、マードックは話を変えてティータを呼び出し、ラッセル博士の家までエステル達を送り届けるように要請した。




というわけでさくっとツァイス到着です。

では、また。

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