雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は、旧5話~6話の半ばまでのリメイクです。
少しばかり展開が変わっていたりしますが、大筋に変わりはありません。

では、どうぞ。


試験後のひと時

 試験形式の依頼を達成し、アイナに報告を終えて晴れて準遊撃士となった3人は、シェラザードたちと別れて遊撃士協会から出た。すると、眼前を横切る少年たちがいた。

「おーい、早く来いよ~!」

「ま、待ってよ~!」

 エステルにとって馴染み深いその少年たちは、急いだように街の北へと向かおうとする。エステルはいつものようにその少年たちに声を掛けた。

「今日は何してるの、ルックにパット」

「げげっ、エステル!?」

「あ、ヨシュアお兄ちゃんにアルお姉ちゃん」

 エステルの言葉に大げさに反応してみせたのがルック。そしてヨシュア達の名を呼んだのがパットである。彼らは年頃の少年らしく今日も元気なようだった。

 エステルはルックの言葉にムッとしたようにこう応えた。

「失礼ね~。なによその『げげっ』てのは?急いでるみたいだけど、どこかに遊びに行くつもり? 気を付けないとダメよ~。街道には魔獣もいるんだからね」

「ふんだ、うっさいな。オトコのやることにオンナが口出さないでくんない? 遊撃士でもないくせに……」

 お姉さん風を吹かせるエステルにカチンと来たのか、ルックは負けじと言い返す。しかし、この言葉は現在のエステルの状況を指すものではなかった。そう、エステルは既に準遊撃士になっているのだ。

 エステルは不敵な笑みを浮かべながらルックに告げた。

「ふっふっふっ……甘い! パーゼル農園のミルクより甘いわ!」

「へっ?」

 エステルの言葉に動揺するルック。

 因みにルックでも分かるこのたとえはエステルの友人ティオ・パーゼルの父が経営する農園で搾乳されるミルクに起因する。このミルクはコクがあるにもかかわらずサラッとしており、しかも甘いという驚愕の飲み物である。因みにエステルはこのミルクがお気に入りで毎朝呑んでいる。よく虫歯にならないものだ、とアルシェムは思っているが、このミルクは誰もが愛好して呑むほどに絶品なのだ。他の地方にも特産品のミルクはあるが、このミルクの美味しさには負けるだろう。

 それはさておき、エステルはにんまりと笑いながらルックに向けて宣言した。

「ホホ、つい先程をもちましてあたくし、遊撃士資格を得ましたの。正真正銘、本物のブ・レ・イ・サ・ぁ☆」

「見習いみたいなものだし、威張れるような立場じゃないけどね」

「とゆーか、調子に乗り過ぎてもどーかと思うけど」

 エステルの自信満々の宣言に水を差すヨシュアとアルシェム。あまり調子に乗られてしまっては失敗した時の反動が怖いのである。実際、エステルは過去虫取りにおいて失敗してしまっている。虫を取るために魔獣(ホーネット)の巣に突っ込んだり、などなど……数え上げればきりがない。それでもあきらめずに立ち上がるのがエステルであるが。

「そこ、水を差さないの! 全く、これだからうちの捻くれた弟たちは……」

「お姉ちゃんたち凄い! やったね、エステルお姉ちゃん!」

「あー、パットは良い子ね~。癒されるわ~……」

 エステルはパットの頭を撫でまわした。パットの顔が赤いのは仕様である。流石に気になるお姉さんから頭を撫でられれば赤面もするだろう。

 その隣で、ルックが有り得ないという顔でぶつぶつつぶやいていた。

「そ、そんな……オレの方が先に遊撃士になるはずだったのに……ヨシュアにーちゃんやアルねーちゃんならともかく、エステルなんかに先越されるなんて……有り得ない……」

「『なんか』って何よう! 大体ねぇ、16歳以上じゃないと遊撃士にはなれないんだからね!」

 ルックの呟きに噛みつくエステル。どう見ても大人げないのだが、これがエステルの魅力でもある。エステルは子供からの人気が高いのだ。ロレントに住む子供達は全員エステルのことを知っているし、その人柄をも知っている。そして、エステルになつくのだ。例外としてたまに幼女がヨシュアになついたりもするのだが、アルシェムには全く子供がなつかない。ルックとパットだけが例外である。

 がるるる、と言いながらエステルとルックは張り合っていた。まるで子供同士の喧嘩である。否、確かに成人ではないので子供同士ではあるのだが。そのうちルックがエステルに捨て台詞を吐いた。

「くっそ~、覚えてろよ! 秘密基地で特訓してすぐに遊撃士になってやるからな! 行こうぜパット!」

「う、うん……お姉ちゃん達、またね!」

 そう言ってルックとパットは街の北へと走り去っていった。街の外に出ていないかだけが心配である。特にルックならば有り得る話なので少し警戒する必要がありそうだ。そうアルシェムは思った。

 エステルは走り去るルックたちを見てこうこぼした。

「まったく……すぐ突っかかってくるんだから……もしかしてあたし、嫌われてるのかな?」

「や、どっちかとゆーと好かれてるんじゃないの?」

 眉をハの字にして言うエステルに、アルシェムはそうフォローを入れた。実際、ルックたちはエステルを好いているからこそあの反応なのである。ある意味では人たらしのエステルとでも言えば良いのか。このロレントの街でエステルに悪感情を抱く者はいなかった。街の皆に好かれているのである。それはある意味で遊撃士として必要な資質であり、エステルの持つ武器でもあった。

 そこにヨシュアもフォローを入れる。と言っても、フォローというよりは曖昧な言葉を投げただけであるが。

「ま、男の子ってことさ。……それにしても秘密基地か……」

「なんかそそられる響きよね! 良いなあ、秘密基地……ロマンがあって」

 ヨシュアの言った秘密基地という言葉に目を輝かせるエステル。子供のころから男勝りだったエステルはそういう秘密基地など一般的に男の子が好むといわれるものが大好物なのだ。そこには恐らくエステルの母の影響があるのだろう。早くして母を喪ったエステルは男手ひとつで育てられたのだから。カシウスもそういったものを好むために嗜好が移った可能性は捨てきれない。

 そんなことも察知せず、ヨシュアはエステルに言った。

「そういう意味で気になるんじゃないんだけど……」

「街の外だと問題ってことでしょー? 流石にそこまでは考えてると思うけど……」

 ルックならば有り得そうだ、とヨシュアとアルシェムは同時に思った。そして同時に首を振って否定した。まさかそんなことがあるわけがない。止める大人がいるはずだと。この考えが後で事件を起こすことになるのだが、今はその時ではない。

 エステル達はロレントの住民に会うたびに準遊撃士になったこと、また応援してくれたことについて感謝の意を述べていった。町中の人が祝福してくれ、また惜しんでくれた。遊撃士になるということはロレントを必ず一度離れなければならないからである。準遊撃士から遊撃士に昇格するにはリベール全土を回り、各地の推薦状を得る必要があるからだ。

 順々に挨拶をしていき、そしてエステルは最後にカシウスから頼まれたリベール通信を買うべくリノン総合商店へと足を踏み入れた。すると、店主リノンが出迎えてくれる。

「やあ、いらっしゃい。新しい靴でも買いに来たのかい?」

「えっ、新しいの入ってるの? 《ストレガー》の新作とかっ!?」

 エステルは一気に色めきたった。エステルはストレガー社のスニーカーをこよなく愛する人種である。新作が出れば買い集め、また実際に履いて出かけることもしばしば。今エステルが履いているスニーカーもストレガー社のものである。

 しかし、今はスニーカーを買いに来たのではないのでヨシュアがリノンに告げた。

「リベール通信を下さい」

「はは、100ミラだね。残念だけどストレガーの新作は出てないみたいだよ」

「そ、そっか……残念」

 エステルはがっくりと首を落とした。ストレガーの熱狂的ファンとしてはいつでも新作をチェックしておくのは基本なのだが、ないと言われると落ち込むのである。そんなエステルの様子を見たリノンがエステルのテンションを上げるべくこう聞いた。

「そういや、エステル。無事に遊撃士にはなれたのかい?」

 無論、リノンは街の噂と何よりもエステルの胸につけられている遊撃士協会の紋章を見ているために遊撃士になれたのだとは知っている。エステルの念願の夢だったことも知っているし、遊撃士になれたことがエステルにとってどれだけ嬉しいことなのかも知っている。そのために聞いたのだ。エステルは笑っている方が魅力的なのだから。

 事実、エステルはリノンの問いに顔を輝かせて答えた。

「えへへ、うん、ちゃんとなれたよ、リノンさん!」

「そりゃあ良かった。今夜はご馳走か?」

「ううん、食事当番はあたしだからそんなに豪華には出来ないかも」

 エステルは苦笑しながら答えた。エステル自身、料理はあまり上手くない。ヨシュアやアルシェムに手伝って貰えばいくらでも豪華には出来る気がしたが、逆にこういう記念日だからこそ自分の足で立ったという証に料理も作りたいと思っていた。材料はもう揃っている。とれたて卵に、食パン。朝ごはんと使う食材は同じだが、エステルが作るものはオムレツだった。もしくは食パンをお米に変えて頑張ってもオムライス。ただし今ブライト家には肉がないため、少し頼りない感じになってしまうのは否めない。

 すると、にやりと笑ったリノンがエステルに小包を差し出した。

「ほら、これは僕からのお祝いの品だよ」

「え、これは……」

「家に帰ってから開けてくれよ?」

 エステルは恥ずかしそうに笑うリノンから小包を受け取った。それはずっしりと重く、ひんやりとしていた。因みにヨシュアがリノンをものすごい形相で睨んでいたのだが、エステルは気付かなかった。裏を返せばリノンとアルシェムは気付いていたことになる。恐らくは贈り物であっても好意からであって、恋心からではない。流石にロリコンとまでは言わないし年の差もさほどないのだが、リノンはヨシュアを敵に回す度胸がなかった。

 そんな周囲の状況にも気づかず、エステルは笑顔でリノンに礼を言った。

「ありがとう、リノンさん!」

「いっ……いやいや、このくらいは当然さ。いつも贔屓にしてくれてるからね」

「そう? じゃ、また来るね、リノンさん!」

 そう言ってエステルはリノン総合商店を出た。アルシェムは遅れて、ヨシュアはリノンにしっかりと釘を刺してから店を出た。哀れ、リノンはヨシュアに脅されて栗色の髪の女とは付き合えなくなったそうな。

 それはさておき、エステル達はブライト家へと足を向けようとした。しかし、その場で女の声に呼び止められた。

「エステル、ヨシュア、アルシェム! ああ、丁度良かった、今カシウスさんは家にいらっしゃる?」

 やけに焦ったその声の主は、先ほど受付で別れたはずのアイナだった。アイナは焦ったようにエステルの返事を待っている。エステルはアイナにこう返した。

「朝は家で書類を整理してるって言ってたけど……もしかして事件?」

「ええ、さっきユニちゃんが教えてくれたんだけど、ルックとパットが《翡翠の塔》に行っちゃったらしくて……!」

 アイナの言葉にアルシェムは顔をひきつらせた。《翡翠の塔》は現在魔獣の住処となっており、そもそも一般人が入ってはいけないことになっているはずだ。その場所にルックとパットがいるということは危険であることを示す。

 アルシェムの考えに、エステルも至っていたようだ。顔を青ざめさせてアイナに言う。

「あそこ、確か魔獣の住処だったはずよね!? 大変……」

「こうして出て来たってことはシェラさんは出掛けてるんですね!?」

「ええ、だからカシウスさんに急いで伝えて来てくれないかしら?」

 緊迫した状況の中、アイナはエステル達にそう要請した。しかし、エステルは頭を振ってそれを否定した。

「何言ってんのアイナさん! 今すぐあたし達が追いかけたら間に合うかもしれないじゃない!」

「で、でも貴方達は今日準遊撃士になったばかりじゃない! 危険だわ!」

 エステルの言葉に、アルシェムは迷いを断ち切った。今すぐに動かなければルックたちが危ないのだ。あの時引き留めさえしていればこんなことにはならなかったかもしれないのに。その後悔がアルシェムを突き動かした。

「アイナさん、じゃーアイナさんがカシウスさんに連絡をお願いします。準遊撃士とはいえ、わたしは元遊撃士協会の協力員です。少しは信用してください、手遅れになっちゃってからでは遅いですから」

 アイナはアルシェムの言葉に一瞬の逡巡を見せた。しかし、それが一番合理的だと悟ったのだろう。何かを覚悟したようにアイナは言い放った。

「……分かりました。全責任は私が持ちます。遊撃士協会からの緊急要請よ、一刻も早く子供達の安全を確保して頂戴!」

 それにエステル達は威勢よく答え、街の外へと飛び出した。エステルはリノンから預かった荷物を鞄の中に収納し、両手を使えるようにしておく。ヨシュアも壮健を構えて疾走し、アルシェムも途中の魔獣を殲滅すべく導力銃を構えた。アルシェムが探る限り、ルックたちの気配は近くにはない。

 アルシェムは歯ぎしりしてヨシュアに提案した。

「先行するから、エステルよろしく!」

「分かった、気を付けてね、アル!」

 ヨシュアは一つ返事で了承したのを後目にアルシェムは走るスピードを上げた。アルシェムの手によって銃弾がばらまかれる。それだけで周囲にいた魔獣は戦闘不能、および瀕死の状態になる。それをはた目に見ながらアルシェムは走る。

 エステル達から自分が見えなくなったことを確認すると、アルシェムは更にスピードを上げた。周囲にいた魔獣はただ殲滅されるだけ。ルックたちの気配は近くなっている。

 道中では見つけることは出来なかったため、アルシェムは《翡翠の塔》に侵入した。案の定子供の足跡があり、それが2階へと続いている。幸い、1階には魔獣がいなかったので完全にスルー。全速力でアルシェムが2階へと駆けこむと、奥の方で魔獣に囲まれているルックとパットがいた。

 アルシェムは魔獣の注意を引くために叫んだ。

「ルック、パット、動くな!」

 魔獣の注意が一瞬アルシェムの方に向く。しかし、この行動は誤りだったようだった。ルックがアルシェムを見つけて叫んでしまったからだ。

「アルねーちゃん!?」

「……っ、この、馬鹿……!」

 アルシェムは予定を変更して導力銃で魔獣を撃ち抜く。そして魔獣が怯んだ隙に魔獣とルックたちの間に文字通り跳び込んだ。きちんと狙った位置に着地することは出来たが、その結果を振り返ることなくアルシェムは反転して魔獣を撃ち始めた。

 さて、導力銃の弾丸は基本的に小さな金属片とそれを取り巻く導力によって成り立っている。先ほどからアルシェムは残弾を気にせずに撃ちまくっているのだが、それには理由があった。というのも、ブラウスの袖口には大量のマガジンがセットされているために弾切れの心配はなく、またアルシェム自身が改造した導力銃であるために弾丸は非常に小さくなっていて自然と装填数が上がっているのだ。

 しかし、限りがあるのは事実で、だからこそアルシェムは銃の腕を磨いていたのだ。アルシェムの放つ銃弾は過たず魔獣の急所へと突き刺さっていく。なお、単発でしか攻撃をしないのはクラフトを使った後の硬直を無くす為である。

 そんな中で、アルシェムに声を掛けるものがいた。パットである。

「あ、あの……アルお姉ちゃん……」

「後でいっぱい説教するからそれまでじっとしててよ。余裕がある訳じゃないから」

「ご、ごめんなさい……」

 パットは大人しく引き下がった。今何を言っても邪魔にしかならないと悟ったのである。

 そうしている間にもどんどん魔獣は増えていく。一体一体は大したことのない魔獣であるが、集まれば脅威である。何よりも視界が遮られてしまうのだ。異常発生しているらしい魔獣――ポムという名である――は、愛らしい顔つきをしているもののオーブメントにあるEPを好んで食べる傾向にある。そのためにアーツを使うことも出来ず、アルシェムはただ魔獣を狩るしかなかった。たまにきらきら光るポム(シャイニングポム)が出現しているものの、アルシェムの銃弾2発で簡単に倒れてしまう。

 アルシェムは表面にだけ焦りをだしながらただひたすらに待った。増援が来るその時を。そして――

「ヨシュア!」

「了解!」

 増援は、来た。栗色の髪をなびかせながら、琥珀色の瞳の少年を従えて。




文字数で言うとばらつきはあるけど6000~7000字程度ですかね。
ちょっと長いのかもと思いつつそう言えば万超えのSS普通に読んでるわと思い至った次第。

では、また。

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