雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧57話後半~61話のリメイクです。

アルシェムさんが兇悪になる回ともいう。

では、どうぞ。


真の黒幕の手先

 ジークの誘導に従い、バレンヌ灯台に乗り込んだエステル達は薬と暗示によって操られた《レイヴン》達を無力化しながら上へと登っていた。これまでの《レイヴン》達とは一線を画す実力を持たされた彼らは、限界まで肉体を酷使してエステル達を足止めしてくる。しかし、エステル達も複雑な思いを胸に彼らを打倒して行ったのであった。

 そして――《レイヴン》を倒し終わって。最上階へと続く階段を上っている途中でエステル達は話し声がするのに気付いた。息を殺し、その話の内容を盗み聞くエステル達。

 はっきりと聞こえたのは、どこかで聞いたことのある声だった。

「よくやってくれた。あの薄汚れた建物も、もう再建されはしないだろう。これで連中に罪を被せれば万事解決というわけだね」

 その声に、クローゼはクッと眉を寄せた。どこかで聞き覚えのある男性の声。それも、つい最近聞いた声のはずである。クローゼの中では、既にその人物が割りだせていた。しかし、彼女はそれを信じたくはなかった。

「我らの仕事ぶりに満足して頂けたようだな」

「ああ。それよりも、念のために確認しておくが……証拠が残ることなどないだろうな?」

 もう一人の声に、アガットが目を細めた。この声には一応聞き覚えがある。それも、ずっと追っていた相手である。つまり今回の件も黒装束の彼らが関わっていたということだ。彼らの目的を、アガットは知らない。ただリベールに混乱をもたらしているということだけは分かっていた。

「安心するが良い。下の連中が正気を取り戻そうが、灯台守が目を醒まそうが一切覚えてはいない。無論……この女もな」

「そういえば、何でこの女を連れて来たんだ?」

 クローゼにとって聞き覚えのある声がそう問うた。女、という単語にエステルが反応して飛び出しそうになるが、アガットとヨシュアに止められる。階下にもいなかったということは、ここにアルシェムがいるのだろう。

 黒装束の男が彼の問いに答えた。

「この女はこれまでにも我々の邪魔をしてくれた人物でな。この際罪を被せるのに非常に都合の良い人物でもあった。故に――首謀者として突き出させればお前に矛先が向くことはあるまい」

「なるほど……」

 と、そこで別の黒装束の男と思しき声が男性に問うた。

「しかし、あんな孤児院を潰して何の得があるのやら……」

「あの場所は風光明媚な街道沿いで、しかもルーアン市ともマノリア村とも近い。別荘地としてはこれ以上にない立地条件だとは思わないかね?」

 この言葉に、クローゼは我知らず手を握っていた。確かに孤児院のあった場所は都会の喧騒からも離れた安らげる場所である。そこにある孤児院を燃やしたのは、恐らく――

 クローゼは首を振ってそれを否定した。否定したかったのである。この声の持ち主が――市長秘書ギルバート・スタインが、そんなことを考える人物であったとは信じたくなかったから。

 しかし、男の――ギルバートの声は続く。

「あの場所は孤児院にはもったいない。それよりは豪勢な別荘をたくさん建てて国内外の富豪に売りつける方が有効活用できると市長はお考えなのさ」

 クローゼは思わず耳を塞ぎそうになって、堪えた。今ギルバートはとても重要な証言をした。彼は単独でこれを考えたわけではない。市長が――モーリス・ダルモアがこの件に関わっている。耳を塞ぐ代わりに、クローゼは歯を食いしばって飛び出したくなるのを堪えた。

 黒装束の男がギルバートに問う。

「それが何故孤児院を潰すことにつながるのだ?」

「はは、決まっているだろう。別荘地に孤児院があるというだけで価値は半減してしまうのだよ。富豪というのは孤児院というものをひどく嫌うからな」

 違う、とクローゼは叫びそうになった。そんな人たちばかりではないと。そう信じたかった。しかし、それは真実でもあった。確かに大富豪たちは親のいない子供達を嫌う。真っ当に育ってきたわけではないと差別する。自分達とは違う人種であるとさえいうものもいる。だからこそ、彼らは孤児を排除したがる傾向にある。

 ギルバートの声は、続く。

「それに、あの場所を売れとあの頑固な女に言おうが夫の残した土地だから、売るわけがない。だからこそあの場所から追い出してその間に別荘を建ててしまおうとしているんだ……そうすれば、いかなあの女であっても、泣き寝入りするしかなくなるだろう」

 そこで、クローゼの我慢が限界を迎えた。エステル達の制止も聞かず、腰からレイピアを抜き放って幽鬼のように階段を上り終えた。

 そして、クローゼはギルバートに告げる。

「……それが動機ですか、ギルバート先輩」

 その声にぎょっとしたギルバートは後ずさり、黒装束の男達は武器を構えた。エステル達は敵だと判断したようである。

それを見てもクローゼは動じない。動じる理由がない。確かに撃たれれば死ぬが、今はそれを気にしている場合ではないのだ。クローゼには、孤児院の子供達とテレサ、そして何よりも自分のために彼らに言わなければならないことがあるのだ。

 クローゼはキッとギルバートたちを睨みつけて言った。

「そんなことのために……先生たちを傷つけて、思い出の場所を灰にして……あの子達から笑顔を奪って……! それを、よりによってアルシェムさんに罪を被せるんですか……!」

「おかしなことを。この女は元々罪人だ。それに罪を一つや二つ増やしたところで、何が変わる?」

 嘲るように、黒装束の男はそう告げた。そして――

「それに、この女は今から罪を犯すのだ」

「え……」

 エステルが眉をひそめる。今からアルシェムが罪を犯す、と言われてもどう考えてもあり得なかったからである。何故なら、エステルの目の前でアルシェムは気絶しているのだから。

 しかし、ヨシュアは察した。先ほどまでの《レイヴン》と同じである。薬と暗示でもって、恐らくアルシェムは操られることになるのだろう。ヨシュアは双剣の柄を握りしめてアルシェムからの攻撃に備えた。

 黒装束がギルバートに問う。

「見られたからには皆殺し、で構わないか?」

「も、もちろんだ! 一人も生かして返すな!」

 その、ギルバートの言葉を合図にアルシェムは立ち上がった。そして――

 

「くっ……くっくっ……ふははは……」

 

 喉から声を漏らした。それは、誰がどう聞いても嘲笑だった。それに怯んだようにエステルが棒術具を握りなおす。ヨシュアはその場から飛び出そうとして、アガットはクローゼの前に立った。

 アルシェムは、動いた。ただし――

「な……ガッ!?」

「何をして……グフッ!」

 黒装束たちに向かって。アルシェムは彼らが構えていた導力機関銃を跳ね上げ、的確に鳩尾を蹴って少しばかり灯台守から距離を取らせたのである。落下してきた導力機関銃を受け止めたアルシェムは、片方の導力機関銃を地面に落として黒装束の男の片割れを蹴った。

「グッ……バカな……暗示も薬も完璧だったはず……」

 ぼやく黒装束たちの言葉を、アルシェムは聞いていなかった。アルシェムは手に持った導力機関銃の銃身を両手で持って怖いくらいの満面の笑みを浮かべながらその男に告げた。

「うんそーだね。暗示は、ばーっちり効いてたよ?」

「な、ならば何故正気でいられる!?」

 黒装束の男の問いに、アルシェムは銃身を両手で捻じ曲げながらこう答えた。

「大概の薬ってか毒ってかに耐性あるから無駄だって。何より、一番耐性のあった薬使われるとはねー……」

 ばきょん、とまぬけな音がして導力機関銃が捻じ切れた。それを素晴らしくイイ笑顔でおこなったアルシェムは、黒装束の男達にこう問うた。

「この薬、どっから手に入れたの?」

「お、教えられるか!」

 黒装束の男達はそう反駁するが、既にアルシェムの雰囲気に圧されていた。笑顔で自分達の使っていた武器を捻じ切られると流石に怖いのである。しかも、素手で。

 アルシェムは捻じ切った導力機関銃を更にギリギリと捻じ曲げつつもう一度問うた。

「あの薬、どっから手に入れたの? 一応結構ヤバーいお薬なんだけど、アレ。量産してたら多分カシウス・ブライトがすっ飛んでくるレベルの」

「し、しらな……ヒッ!?」

 黒装束の男が知らない、と応えようとすると、アルシェムは捻じ切れた導力機関銃の残骸をその顔の隣に物凄い勢いで突き立てた。途中までは間違いなく当たるコースで、当てる直前で床へと進路を逸らして。

 今この時に限り、アルシェムは割と本気を出していた。アルシェムに盛られた薬は、彼女の暗い過去ともかかわりのあるものなのだから。もしもこの薬が増産されて世間に広まるようなら――アルシェムは、その薬を作った人間を完全に殺してしまうだろう。完膚なきまでに叩き潰して、塵一つ残らぬように滅して。

「ねー、ほんとーに知らないの? 正直に答えたほーがいいよ?」

 アルシェムは残骸になっていない導力機関銃を拾い上げ、怖いくらいに笑みを浮かべてこう告げた。

 

「こうは、なりたくないでしょう?」

 

 妖艶に嗤ったアルシェムは、言いながら導力機関銃を限界まで捻って真半分に折った。因みに、普通は捻じ切るどころか捻ることすら不可能である。アルシェムも薬を盛られていなければ不可能だっただろう。

 それを見た黒装束の男は――叫びながらアルシェムに向けて突進した。理性よりも恐怖が勝ったのである。

「うわ、うわああああああああああああああっ!」

「だーからムダだって」

 アルシェムは呆れたように笑いながら黒装束の男の持つ短剣を避け、腕を掴んで投げ飛ばす。黒装束の男はいとも簡単に投げ飛ばされた。投げ飛ばされながら、黒装束の男は覆面の下で引き攣った笑いを漏らす。

 それが、アルシェムにとっての隙となった。アルシェムが投げなかった方の男が、煙幕を焚いたのだ。

「わわっ……」

「チ、逃がすか!」

「その程度で、わたしがどーにかなるとでも?」

 エステルは怯み、アガットは飛び出し。アルシェムは手に持っていた導力機関銃の残骸を地面に落として自らの導力銃を抜き、黒装束の男達を撃ち抜いた。黒装束の男達は少しばかりよろめいたが、動きを止めることはせずに灯台から飛び出して行く。

 煙が晴れると、そこには途方に暮れた様子のギルバートと僅かな血痕、そしてエステル達しかいなかった。因みにアガットは黒装束の男達を追って飛び出して行ったようである。

 それを見て不利を悟ったのか、こそこそと逃げようとするギルバート。それを、アルシェムは軽く投げ飛ばした。

「ぎゃああっ!?」

「こーらこら、逃げないの。はい寄付金奪取。クローゼ、パス」

 後ずさって逃げようとするギルバート。しかし、アルシェムは彼を逃がさなかった。アルシェムは笑いながらギルバートの懐を漁り、抵抗しようとすれば関節を極めて身動きをとれないようにする。程なくして、ギルバートの懐にあった寄付金はアルシェムによって奪取され、クローゼに投げ渡された。

 それを受け取ったクローゼはハッと我に返って叫んだ。

「え……じゃなくて、アルシェムさん! 身体は大丈夫なんですか!?」

 クローゼがアルシェムに詰め寄る。無理もないだろう。アルシェムは先ほどまで薬を盛られて暗示を掛けられていたかも知れなかったのである。クローゼが見た限りではそのような痕跡は全く見当たらなかったが、何かしらの影響があるはずだと思ったからである。

 そんなクローゼにアルシェムは笑いながら答えた。

「あー、うん、大丈夫。まだちょっと抜けきってないけど、動いたら抜ける系統の薬だから問題ないかな」

「え、えっと……」

 クローゼが困惑したようにアルシェムを見るが、彼女はそれ以上の答えを出すことを拒んだ。アルシェムはこの薬の名も、効果も知っていた。しかし、それをこの場に存在する何者にも告げるつもりはなかったのである。

 その後――エステル達は《レイヴン》とギルバートをマノリアにある風車小屋を借りて拘禁した。ルーアン市へと連行しても良かったのだが、そうしてしまえばダルモアに気付かれる恐れがあったためだ。

 完全に余談ではあるが、アルシェムは《レイヴン》とギルバートを縄でひとまとめにして括り付けたオブジェを一息にマノリアまで連行していた。というのも、アルシェムの盛られた薬を抜くには、その効果を使い切る必要があったためである。一番顕著な効果は、肉体のポテンシャルを最大まで引き出すこと。それを大いに活用したのである。

 彼らの拘禁には、眠らされていたカルナが協力してくれた。アルシェムはカルナと共に残り、彼らを見張ることになった。流石にアルシェムには市長逮捕に向かうまでの体力もなく、薬の効果が抜けきっていないとヨシュアに判断されたからである。そのため、カルナと共に風車小屋を見張ることになったのだが――

 カルナは、アルシェムを気遣ってこう言った。

「ああ、一応シスターがいるみたいだから診て貰っておいで」

「え゛……」

 アルシェムは途轍もなく嫌な予感がしてそっと背後を振り返った。すると、そこには――

「アルシェム?」

 とてもイイ笑顔をしたシスター・メル・コルティアがそこにいた。先ほどのアルシェムの笑みと勝るとも劣らないイイ笑顔である。無論、嬉しくて笑っているわけでも楽しくて笑っているわけでもない。ただただ怒りの沸点をはるかかなたに置き去りにしたために、笑うしかないのである。

 メルは風車小屋の裏にアルシェムを連れ込み、法術で傷を癒した。いかな法術であれども失った体力は戻らないが、そもそもアルシェムに盛られた薬は体力に関係するものではない。脳に働きかけてポテンシャルを引き上げるものである。

「……あまり無茶をしないで下さいと言っても、貴女は守らないのでしょうね」

 法術を掛け終えたメルは、ぽつりとそう零した。メルがアルシェムを案じているのは、顔を見なくともわかった。もっとも、アルシェムにとっては顔を見ずとも、声を聴かずともそのことはよく分かったが。特に今の状態では、他人の感情など手に取るようにわかるのである。

 アルシェムは苦笑しながらメルに返した。

「仕方ないでしょーに。無茶も無理も通さないと皆が死んじゃうんだから」

「貴女だけが動く必要はないと言っているんです。この際言わせて頂きますけど、もう少し手駒を増やしなさい」

 しかし、アルシェムはその言葉に首を横に振った。あくまでもメルの言うことを聞く気はないという意思表示である。アルシェムが使える手下を増やさないのには理由があるからだ。もっとも、個人的な理由であってメルを説得できるようなものではないのだが。

 メルは嘆息し、次いで一人でルーアンまで戻っていった。これ以上何を言ってもアルシェムは聞かないことを身を持って知っていたからである。脳内でこれから必要になるであろう資料をリストアップしながら、メルはルーアンまで帰り着いた。

 一方、アルシェムはそのままマノリア村で監視を続けた。アルシェムにはルーアンに戻り、事件解決に貢献することも出来た。失ったのは体力ではなく精神の平静だけなのだから。黒装束の男達と激しく戦闘をしていれば筋肉痛で身動きもとれなくなっただろうが、アルシェムはただ鋼鉄の塊を捻じ切っただけである。若干腕が筋肉痛を訴えているだけで他に異常はない。

 ならば何故、彼女はマノリアに残ったのか。その理由は、風車小屋の中の黒装束の男達にある。

 アルシェムは、黒装束の男達の正体を半ば掴んでいた。いくら彼らが一般人よりも少し強いレベルとはいえ、アルシェムの目はごまかせない。彼らはとある人物に訓練されている。そして、その人物をアルシェムはよく知っていた。

 その人物が動いている以上、この場の男達は逃走する恐れがある。だからこそアルシェムは風車小屋の前でただ見張りを続けた。彼らが逃走しないように。そして、とある人物が彼らを奪取しに来ないように。




アンチクローゼに見えなくもない。

では、また。

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