雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
タイトルからお察し。
では、どうぞ。
学園祭閉幕後、アルシェムは学園長に依頼されて正遊撃士のカルナと共に孤児院の子供達とテレサをマノリアまで護衛することになった。本来ならばカルナだけに依頼する予定だったのだが、予想以上に膨れ上がった寄付金――その中には、ジルが劇の責任者としてフィリップから手渡され、そのままジルがその場で寄付した慰謝料50万ミラも含まれている――を狙う不届き者がいるかもしれなかったからである。加えて、まだ孤児院放火の犯人が分かっていないとアルシェムから聞かされたことから、まだ怨恨の線が残っていると学園長が判断したからだ。
アルシェムとしては後片付けを手伝うつもりだったのだが、依頼とあっては仕方がない。エステル達にいろいろ頼みつつ、腕のしびれはもう取れたと示してアルシェムは護衛の依頼へ向かうためにカルナと再び合流した。
「お待たせしました」
小走りにアルシェムがカルナとテレサたちに近づくと、テレサはまだ赤い目をしたまま苦笑してこう言った。
「ゆっくりしていてくださっても良かったのですよ?」
「や、むしろ護衛者を待たせるほーが問題なので。お気づかいありがとーございます。カルナ先輩もお待たせしました」
「《氷刹》の腕前、楽しみにしてるよ」
カルナはにやっと笑いながらそう言った。アルシェムは顔をひきつらせながら背から組み立て式の棒術具を取り出し、素早く組み上げる。アルシェムが見たところ、カルナの得物は大型の導力銃だったからである。
そうして――アルシェムはカルナと共にマノリアへと向かった。アルシェムが前を、そしてカルナが後ろを警戒する形である。ヴィスタ林道を抜け、メーヴェ海道に入り。そして、マノリアまであと少し、というところでアルシェムは足を止めた。
「どうしたんだい?」
「……カルナ先輩構えて。来ます」
いぶかしげな顔をするカルナにそう声を掛け、アルシェムは棒術具を構える。その、瞬間だった。
「……またお前か」
黒装束を着た男達が、一行を取り囲んでいた。アルシェムの前に立った人物がその言葉を発した。アルシェムはその言葉で、彼らが孤児院を放火した人物たちであることを直感した。
「用件は何? 返事しないと全員漏れなくぶちのめすけど。返事してもぶちのめすかもしれないけどね」
「生憎お前には用はない。眠っていて貰おうか」
アルシェムの前に立っていた人物が彼女に突進し、手に持っていた噴射機を顔の前に突き出した。それを見たアルシェムは咄嗟に棒術具で噴射機を弾き飛ばし、宙に浮いた噴射機ごと棒術具を目の前の黒装束にたたきつける。
「な……」
「カルナ先輩、いけますか……カルナ先輩?」
アルシェムは背後で、複数人が崩れ落ちる気配を感じた。しかもカルナからは返事もない。ということは――
「ゆ、遊撃士のお姉さん!?」
「……っ、皆、屈んで!」
アルシェムの絶叫に、子供達とテレサは咄嗟に従った。その気配を感じ取ったアルシェムは――棒術具を宙に投げあげて懐から二丁の導力銃を抜いた。そして、両腕をまっすぐ伸ばして乱射する。
「な……気は確かか!?」
「あんたらこれくらいじゃ死なないでしょーが」
アルシェムの銃弾は、黒装束たちに突き刺さる。容赦なく頭も狙っているが、彼らが死亡することはない。今アルシェムが使っているのは、敢えて威力を落とした鎮圧用のスタン弾であるからだ。無論、それでも当たり所が悪ければ死ぬが。そもそも彼らの装備は一級品。軽い銃弾如き、無効化できるのである。
そして、空気を切り裂いて落ちて来た棒術具を導力銃の代わりに握る。どこからどう見ても曲芸だが、一瞬気を引けるという意味でアルシェムはこの技術を愛用していた。難点は一度使えば対策を施されてしまうくらいか。棒術具が唸り、黒装束たちを薙ぎ倒して行く。
しかし――アルシェムは、次に落下してくる導力銃を握ることは出来なかった。何故なら、それを取ってしまえばどうなるか分からなかったから。即ち――
「あ……」
「マリィ!」
「動くな遊撃士。さもなくば撃つ」
人質を、取られてしまったのである。人質になってしまったのはマリィ。子供達の中でもしっかり者の少女だ。アルシェムは警告を受けた瞬間、棒術具を止めた。落下してくる導力銃はぎりぎり微調整を施して足のホルスターにおさめることが出来たが、それだけだ。今反撃する方法がない。
「目的は寄付金?」
だから、せめて出来るだけ情報を落とすべく言葉を紡いだ。答えは、目の前で噴射された催眠スプレーだった。
❖
夢を見た。二度と思い出したくない過去の夢を。誰も救えず、誰も守れなかった、そんな夢を。周囲にいた少女達が死んでいく。その場で唯一友と呼べた少女とも引き離された。煉獄に移され、大切な家族に出会い。その家族は壊れてしまって。最早会うこともないと思っていた最初の家族たちが助けに来てくれた。しかし希望はない。最初の家族たちは、彼女を酷く憎んでいたから。
その、どれもが碧く、碧く、碧く染まる。思い出も、人生も、何もかも。彼女を形作る全てに沁みわたり、彼女という名の存在は既に染まり切っていて。身を内側から灼き、心を壊し、魂までも染め上げて。
懐かしい碧。二度と見たくなかった碧。大切な人達に出会わせてくれた碧。大切な人達を壊して行った忌々しい碧。それでもそれは彼女を形作る重要なファクターだった。
彼女は必死に抗った。その、碧に。まだ抵抗できる。何故ならば、一度彼女はそれに魂までどっぷりつからされていたのだから――彼女には、確かに耐性があった。
❖
「……テレサ先生と子供達が、マノリアの近くで何者かに襲われた」
エステル達がその知らせを聞いたのは、学園祭の片づけを終えてルーアンへと戻ろうとしている時だった。時は既に夕方。その情報を伝えてくれたザックという青年からは、以下の情報を得られた。
まず、当然のことであるがテレサと子供達が何者かに襲撃されたということ。そして、護衛のはずの遊撃士が一人、気絶させられていたこと。そして、宿の通信機が壊れていたために彼が走ってルーアンへと伝えに行くこと。
それを聞いたヨシュアは、すぐさまエステルにこう告げた。
「エステル、僕は大急ぎでルーアンまで伝えに行ってくる。途中の魔獣は無視していくからかなり時間が稼げるはずだ。エステルはクローゼと一緒にこの人を連れてマノリアに向かってくれるかい?」
このままザックにルーアンへと伝言を頼んでも良かったのだが、今は夕方である。ここから魔獣が活発になってくるのだ。だからこそこのまま彼をルーアンに向かわせるのは危険すぎた。
それにエステルは頷いた。
「分かった。クローゼ、ちょっときついかも知れないけど……」
「……いえ、大丈夫です。急ぎましょう」
「じゃ、ヨシュア。また後で」
エステルがヨシュアにそう声を掛けると、彼は手をひらりと振ってルーアンの方へと姿を消した。エステルもクローゼとザックを連れ、マノリア村へと急ぐ。途中の魔獣は、敢えて狩らずにおいた。何者かに襲われた、の何者かが魔獣である可能性も捨てきれないからである。
マノリア村に辿り着いたエステル達は、ザックと別れて《白の木蓮亭》へと急いだ。エステルは胸騒ぎを抑えることが出来なかった。彼の話の中には――アルシェムがいない。もしもアルシェムがいたならば、彼女が先駆けとして情報を伝えに走っただろう。やられた遊撃士がアルシェムならば、相手はかなりの手練れだ。先ほどの決闘を抜きにしても、アルシェムは強いとエステルは認識しているのだから。
《白の木蓮亭》の二階に上がり、部屋に入ったエステル達はベッドに寝かされたカルナとテレサ、そしてそれを取り囲む子供達を見た。
「皆……」
思わずクローゼが洩らした言葉に、子供達が縋る。自分達の親とも呼べるテレサが倒れたため、心細かったのだと思われる。クローゼは泣きついてきた子供達をあやして心の安定を図っていた。
一方、エステルはというと。
「……えっと、瞳孔……開いてない。大丈夫……で、えっと、脈も……大丈夫。このちょっと変な臭いが気になるけど……流石にあたしじゃ分かんない」
シェラザードに叩き込まれた遊撃士としての心得を頭の中から引っ張り出しつつ、先日ジェニス王立学園で学んだこと――偶然、理科の人体を学んだところであった――を思い出しながらカルナとテレサを診察していた。
それが一通り終わると、エステルは屈みこんで子供達に問うた。
「ごめんね、辛いとは思うんだけど……何があったか、教えてくれる?」
それに応えたのは、マリィだった。ポーリィとダニエルは涙ぐみ、クラムは歯を食いしばって言葉を発することすら辛そうだったから。
「あたしが説明します……」
マリィはエステルに告げた。マノリアへと向かっている最中、突然アルシェムがカルナに警告を発したこと。そして、黒い服を着た変な人達が自分達を取り囲んだこと。アルシェムが用件を聞き、それに応えず襲い掛かってきたこと。カルナは不意を突かれて顔に何かを噴射されたこと。
そこまで説明し終えて、マリィの声が震える。
「そ、それで……あたし、あたしが捕まっちゃって……それで、アルシェムお姉さんも倒れちゃって……!」
「マリィちゃん……無理しなくて良いわ。ありがとう……怖かったね……」
全身が震えはじめるマリィを、クローゼは掻き抱いた。落ち着かせるように、背中を叩いて。マリィはクローゼにしがみ付いたまま震え続けた。
それを見ていたクラムも声を震わせて言葉を漏らす。
「……あいつら、あの封筒とアルシェム姉ちゃんを持って行ったんだ……オイラ、取り返そうとしたけど……思いっきり突き飛ばされて、その隙に逃げられちゃって……」
「クラム君……」
クローゼはクラムも引き寄せて抱き締めた。震えながらも、クラムは涙を零そうとしなかった。何も出来なくて悔しい。何も出来なかったから、泣く資格なんてない――そう、クラムは思っていた。
クローゼはそんなクラムに優しく声を掛けた。
「クラム君が無事で良かった……どこにも怪我はない?」
「……ない。でも……オイラより、アルシェム姉ちゃんが危ないかも知れない」
クラムは、自分の見たものを全て伝えなければならないと思った。そうすればきっと、寄付金も連れ去られたアルシェムも取り返せると信じて。今泣いても、何も出来ないだけ。この事態を解決するには――エステルに、情報を伝えなければならない。
「アルシェム姉ちゃん、きっとあいつらと会ったことあるんだ。またお前かって言われてたし……それに、あいつら……アルシェム姉ちゃんの方が強いから楽しめるって言ってた……」
「え……」
エステルは言葉を零しながら考えた。アルシェムはその怪しい人物と会ったことがある。その情報を、どこかで聞いたことがなかったか。そうだ――孤児院の放火の、初動捜査の時に。そう考えた時、エステルの中で何かがつながった。
「……そっか、だから愉快犯とかじゃないんだ……」
そこまで考えがいたった時だった。扉が開き、ヨシュアとアガットが出現したのは。
「何が愉快犯じゃないって?」
「あ、アガット!? 何で……って、そんな場合じゃないか。孤児院の放火の犯人よ」
エステルがそう言った瞬間、アガットは部屋の中の子供達を一瞥してからこう告げた。
「……場所変えるぞ」
「……う、うかつだったわ。クローゼ、皆のことお願いできる?」
「私も……いえ、分かりました」
クローゼはエステルの言葉を聞きたいと思ったが、子供達を放置することが出来なかったのでそう言った。しかし、そこにいた《白の木蓮亭》のおかみが気を利かせてくれてクローゼも共に聞くことになった。
階下に降り、机を借りたアガットはエステルに問う。
「で、取り敢えず概要とさっきの愉快犯じゃないってのの説明をしやがれ」
「う、うん……」
エステルはここまでの経緯をアガットに伝えた。アガットは厳しい顔でそれを聞いていたが、愉快犯でない、というエステルの言葉の意味を聞くとエステルを睨んでこう問うた。
「……何故そこでアイツが敵の一味だとは思わない?」
「あに言ってんのよ。アルは家族だし、何よりアンタも聞いたんでしょ、アルの報告。放火の犯人は黒装束の男達って」
エステルの言い分は、放火の際にアルシェムが目撃した人物たちが孤児院をどうしても再建させたくなくて襲撃した、というものである。そこにはアルシェムが犯人の一味であるという可能性は全く考慮されていない。
だからこそ、アガットは問うた。
「じゃあ何で連れ去られた」
「そ、それは分かんないけど……とにかく、万が一アルが犯人の一味だったとしても、追いかけなきゃ何も始まんないわ」
アガットはしばしエステルの瞳を見て――舌打ちした。何かを見透かすような、澄んだ瞳。その目は、限りなくカシウスに似ていた。その目にアガットは逆らうことが出来ないのだ。それをしてしまえば、何か大切なものを裏切ってしまう気がして。
「……チッ。取り敢えずこっちからも伝えておくぞ。《レイヴン》の連中が消えた」
「このタイミングで消えたってことは恐らく何か関係はありそうですけど、急ぎませんかアガットさん。暗くなってきますし」
「指図すんな」
アガットは舌打ちしながら立ち上がり、《白の木蓮亭》から出た。すると、外は夜になってしまっている。これでは実況見分など出来はしない。アガットが再び舌打ちをして急ごうとすると、そこに甲高い鳴き声がしてジークが現れた。
「あら、ジーク? ……えっと、トドメを刺しちゃだめよ……? もう。それで、どっちに行ったのかわかる?」
クローゼがジークと会話していると、アガットはヨシュアを引き寄せて小声で問うた。
「……あの一般人、頭大丈夫か?」
「ええと、一応あのシロハヤブサとは意思の疎通ができるらしいですし、かなり賢いことは僕達が既に体験してますから多分そういうアブない人ではないです……」
ヨシュアは苦笑しつつそう答える。確かにこの光景では頭を疑われてもおかしくない。というか、ヨシュアもこれがクローゼでなければ疑っていただろう。
そうして、クローゼは黒い服の男達が向かった方角を指し示した。今はそれ以上手がかりもない。故に、アガットもしぶしぶそれにしたがってジークを追った。はたから見ればとてもシュールな絵面だったに違いない。
ジークを追い、魔獣を狩りつつエステル達は進む。ジークは途中の分岐を折れてバレンヌ灯台の方へと飛んで行った。それを追い――ヨシュアは足元を調べて確証をもつ。複数人の足跡が見て取れたのだ。間違いなく彼らはここに駆け込んだに違いない。
エステル達の目の前で、バレンヌ灯台は不気味な静けさを伴って佇んでいた。
またお前か。黒装束たちじゃないけどこの後も何回も関わるんで言われてもおかしくないなーと。
では、また。