雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧51話~53話のリメイクです。

では、どうぞ。

※2017/02/20,22:47追記。学園祭前日準備辺りに言葉足らずだったのを修正しました。


ジェニス王立学園へ

 エステル達と合流したアルシェムは、実は休日だったクローゼと共に夕食をとり、エステル達はホテルへ、クローゼはジェニス王立学園の寮へ、アルシェムは遊撃士協会の二階へと向かった。そして、明日に備えて休んだのであった。

 アルシェムは再び悪夢を見ることになった。恐らく灯台の中だろうか。密閉空間で灯台守のお爺さんとエステル、ヨシュア、そしてアガットが重傷を負い、クローゼが身分を明かして命乞いをしているという光景である。結論としてクローゼがその場から離された瞬間にエステル達は射殺される羽目になっていた。

 最早悪夢にも慣れたものでアルシェムは顔をしかめながら起き上がり、荷物をまとめた。エステル達がクローゼから受けてしまった依頼は、ジェニス王立学園に泊まりこまなくては出来ないものだったからである。アガットにはまだ告げていなかったので、出来れば今のうちに伝えておきたかった。

 その願いがかなったのだろうか。アガットが遊撃士協会に現れた。アガットとしてはアルシェムと情報交換をするために現れたので出現するのは当たり前ではあるのだが。遊撃士協会の二階でアガットとアルシェムは情報交換を始めた。

「それで……ルーアン内部で怪しい奴はいたか?」

「えー、まー」

 アルシェムはアガットに報告した。最近お偉方が訪問する回数が増えたダルモア邸の話を。そして、盗難事件にも拘らず実況見分をさせて貰えなかったことも。更には、盗難事件に際して燭台を包んでいた紙がダルモア家の裏帳簿のものだったということまで。

「……フン、思ったより使えるらしいな」

「そっちは何かありました?」

 アガットはそれに首肯してグランセル王城から念のために引っ張ってきたルーアンの税収の資料を取り出した。外部の人間で怪しい人物は見当たらなかったため、早々に内部の人間を疑うことにしたのだ。そこには、明らかに計算の合わない帳簿があった。

「……怪しいのはダルモア、か……」

「ただし、彼独断かってゆー確証がないのが問題ですよねー。やろうと思えばこれくらい、秘書のスタイン氏にでもできますし」

 アガットは黙考した。アルシェムが有能なのは認めるが、これ以上関わらせていいものかと。ある意味被疑者の一人でもあるのだ、アルシェムは。だからこそこれ以上関わらせて捜査を引っ掻き回されるよりは遠ざからせた方が賢明だと判断した。

もしここで反駁するようなら黒の可能性が高くなってくる。そう思いつつアガットはアルシェムに宣言した。

「……取り敢えず、テメェはここまでだ」

「あ、そーなんですか。ちょっと助かったかもです」

 だからこそ、アルシェムのこのほっとしたような答えに眉を寄せることになったのだ。アガットが事情を聴くと、どうやら先日倉庫にいた女学生――クローゼのことである――からの依頼で学園祭まで泊まり込みになる可能性が高いとのこと。アガットは釈然としないもののアルシェムに依頼終了を言い渡した。

 そして、アガットは捜査を続けるべく遊撃士協会から立ち去った。アルシェムも階下に降りてジャンに挨拶を終え、エステル達を待つ。すると、程なくしてエステル達は現れ、そのままジェニス王立学園へと向かうことになった。

 ジェニス王立学園までの道では、比較的魔獣が少なかった。アルシェムが狩っていた分もあるのだが、それにしても少ない。アルシェムはいぶかしく思いつつも足を進めたのだった。

 ジェニス王立学園へとたどり着くと、クローゼはコリンズ学園長にエステル達を紹介し、次いでクラブハウスへと向かった。そこに生徒会室があるらしい。生徒会室に足を踏み入れると、忙しそうに作業をこなす女生徒とそれを補助する男子生徒がいた。

 その女生徒たちにクローゼは声を掛けた。

「ただいま、ジル、ハンス君」

 そのクローゼの声に反応したのか、女生徒――ジルが顔を上げてクローゼに声を掛けた。

「お帰り、クローゼ。今丁度修羅場が終わったところよ。後でまたちょっと手伝ってもらうかもしれないけどね」

「孤児院のチビ達と院長先生のこともあったのは分かる。でも悪いけど手伝ってくれ……もしくは差し入れでも可」

 男子生徒――ハンスがジルに追従してそう言い加える。どうやら相当忙しかったようである。クローゼは苦笑しながら謝罪し、助っ人を連れて来たことを告げた。その瞬間。

 

「「よくやったクローゼ!」」

 

 とジルたちは叫んだ。最早救世主でも見たかのような顔にエステルとヨシュアは絶賛引いていたが。

 その後、自己紹介を済ませたエステル達とジル達は今回の依頼である劇について語り始めた。演題は『白き花のマドリガル』。中世リベールの悲劇、というか恋愛もののアレンジらしい。そのアレンジの内容がオカシイのだが、それはさておき。

 ジルは考えがまとまったのかエステルにこう宣言した。

「よし、決まりね! エステルさんは剣でクローゼと決闘して貰うわ!」

「ええっ!?」

 驚愕するエステルを放置して、今度はアルシェムに宣言するジル。

「そしてアルシェムさん! あなたにはクローゼ達の師匠役になってもらうわよ!」

「何故に!?」

 最後に、ヨシュアに向けてジルは宣言した。

 

「ヨシュア君は――お楽しみね!」

「なんでさ!?」

 

 一部ヨシュアを放置しながら、劇の配役は決まったようだった。そもそも劇の配役が決まらなかったのはクローゼの相手役がいなかったから、だそうだ。むしろこの学園内でクローゼに対抗できてしまう女生徒がいればそれはそれで問題である。クローゼの剣の師は、王国軍のとある士官なのだから。

 そして、衣装合わせをすべく講堂に向かったエステル達。流石に衣装は考えてあったのか、エステルのものは紅、クローゼのものは蒼、そしてアルシェムのものは紫だった。どれも王国親衛隊の衣装を基調にしたものである。もとは男子用だったのだが、この三人娘のとある部位は貧相なので普通に収まったことを明記しておく。因みにそれを明言してしまったハンスはお仕置きを受けることになったそうな。

 エステル達が衣装を合わせると、ジルは眼を輝かせて感嘆の声を上げた。

「おお……イイわね」

 と、いうのも――エステルが演じる紅騎士ユリウスは貴族であり近衛騎士団長。当然内側から自信がみなぎっている彼女は、少しばかり雰囲気は違うものの貴族として威厳があると言っても良い。対するクローゼが演じる蒼騎士オスカーは平民上がりの猛将。当然礼節をわきまえていて知的な雰囲気を醸し出す彼女は、本来の身分を抜きにしても『貴族から見ても認められるほどの優秀な平民』になれるだろう。そして、アルシェムが演じるのは紫騎士ブラッド。他国からの流れ者でありながらも総大将として動ける渋いオッサンの役である。威厳は微塵もないのだが、どこからどう見ても只者ではない雰囲気を醸し出せばいいとジルに言われたので常時少しばかりの殺気を放出する羽目になっていた。

 そして、肝心のヨシュアはというと――

「……なんでさ……」

 若干涙目になりながらも衣装はきちんと着ているあたり、律儀であるともいえるだろう。黒髪のヘアピースのおかげで全く以て男子には見えない。むしろ、コレが男子だったということを誰もが信じたくなかった。

 

 そこに、まさしく白の姫セシリアが現出したのである。

 

 流れるような黒髪――手入れを怠らなかったヘアピースであるため、かなり状態はいい――に、神秘的な琥珀色の瞳。頭上に乗せられた華奢なデザインのティアラの宝石は、艶消しを施してある本物の紅耀石で作られている。髪に隠れた耳たぶにはこれまた艶消しを施してある小さな紅耀石の耳飾りが揺れ、表情を引き締めていた。首元を飾るネックレスも耳飾りとセットのもので、少し大振りな紅耀石と小さな銀耀石でふくらみのない胸をカバー。その下には髑髏のネックレスが重ねがけされていた。

 白の姫を象徴するかのようにドレスは谷間の直上の紅バラを除いて純白で、紅バラの下と腰回りを強調するためのリボンだけが装飾となっていた。それに合わせた白手袋も、かなり繊細な刺繍が入っていてミラがかかっていることをうかがわせる。これで足元が疎かかと言われるとそんなはずもなく、ヨシュアの足にはこれまた純白のローヒールが履かされていた。

 そして、問題なのは――

 

「……ジル、信じられるか……? こいつ、ノーメイクなんだぜ……?」

 

 虚ろな声でハンスが告げたとおり、この状態でヨシュアは化粧の一つもしていないのである。エステルとアルシェムを除く、うっかり覗き見していた女生徒を含めたその場にいる女子諸君が轟沈した。彼女らの内心は一致している。即ち――

 

「(女として)負けた……!」

 

 なお、この女生徒諸君が立ち直るには数日間の時を要したと明記しておく。

 

 ❖

 

 ヨシュア女装事件から、数日――その爪痕も色濃く残る中、エステル達はコリンズ学園長の計らいもあってジェニス王立学園の短期留学生として通学することになった。実は制服を支給するという話があったのだが、とある人物の要請でその話は立ち消えた。というのも、その人物が制服を着てしまえばその身体に残る数多の傷跡が晒されてしまうことになるからである。他国からの留学生や大富豪の子息令嬢も多数在籍している学園としては、心に傷跡の残りそうな控えめに言ってもグロい傷跡を見せることを良しとしなかったのであった。

 そうして、遊撃士としての仕事着を着たまま授業に参加させて貰ったエステル達。彼女らの学園生活は、これまでの遊撃士として動いている中では得られないものが多かった。専門的なことや、普通に生活しているうえでは知りえないこと――たとえば、人体の構造について――など、多岐にわたる。

 エステルはどちらかというと落ちこぼれる傾向にあったのだが、たまに穿つような発言をするので少しばかり先生たちから目をつけられた。知識が伴っていないのに穿った発言が出来るということは、それなりに頭の回転が良いということ。エステルに知識が伴えば、どれほどの大人物が出来上がるだろうか。それを夢想した教師たちが多かったのだ。おかげでエステルの知識量はこの一時に限りぐんと増えたのであった。

 ヨシュアはどれでも甘いマスクでそつなくこなすので特に女性教師たちから人気があった。因みに女生徒からも人気があり、何度か告白もされたらしい。しかし、告白した女生徒たちは、ヨシュアのにっこり笑顔からの『僕、好きな人がいるから』に打ちのめされるという悲劇に見舞われていた。因みにその好きな人を突き止められた人物はジルとクローゼ以外にはいない。

 ヨシュアがたまにハーモニカを吹いて休憩する役者たちを癒していると、それに目をつけたジルに閉会の音楽を流してくれるように要請されたこともある。ヨシュアはそれを断ったが、ジルの巧妙な手回しによって結局披露することになったのは言うまでもない。ヨシュアは最後まで抵抗したのだが、結局披露することになってしまったことで開き直って全校生徒を巻き込んだ。

 アルシェムはエステルとヨシュアを隠れ蓑にして出来るだけ目立たないように過ごしていた。なので周囲の評価はヨシュアにくっついている虫かエステルの妹というだけ。たまにヨシュアに振られた女生徒たちに詰め寄られたり、いつの間にか信奉者が出来ていたエステルお姉様親衛隊に詰め寄られたりしていた。言葉で説得することもなく普通に逃亡するので生徒たちの間での評判は最低ランク。本人は全く気にしていなかったが、エステル達には心配されていた。

 また、学園祭での出し物である劇の練習にも邁進した。エステルはセリフを覚えるのに苦労しつつも、クローゼともう一人の剣を扱う役者に実戦的な剣の扱いを伝授した。一応カシウスから剣の手ほどきを受けていた彼女は、あまり向いていないものの一般人よりは扱えるためである。ヨシュアは可憐に演技をしつつハンスと共に台本の改訂にいそしみ、演出にも口を出した。アルシェムは勢い余って舞台装置を傷つけるエステル達の尻拭いに奔走することになるのであった。手先が器用なため、修繕はどちらかと言えば得意なのである。

 そうして、日々は過ぎていった。

 学園祭、前日――本番まで厳密に言えば丸一日を切ったころ。通しの練習を数十回もこなせば、セリフの間違いも減ってくる。この日も数回通しを行い、最後の通しが終わったところで、役者たちは各クラスの出し物の手伝いに奔走することになっていた。無論、そんななかで取り残されるのは外部の人間。つまり、エステル達である。

「何か、手伝えることないかな?」

 というエステルの提案により、エステルは肉体労働、ヨシュアは書類仕事、アルシェムは導力器系統のメンテナンスを行うことになった。エステル達に手伝われた学園生たちは皆エステル達に感謝し、明日の成功を願い合った。もっとも、アルシェムの手伝いは生徒では全くできないことだったので感謝されることもなかったのだが。そもそも目立つ場所に導力器の電盤がないので生徒達がアルシェムの仕事を見ることがない。サボりとは思われてはいなかったのだが、わざわざメンテナンスしていたと公言する必要もないためにそうなったのであった。

 そうしてあっという間に時間は過ぎていく。学園も飾りで彩られ、皆の気分も浮き立っていった。例外もいたものの、お祭りムードに呑まれていくことで妙なテンションになっていった人物もいたようである。

 そんな中――アルシェムは、導力器全般のメンテナンスを終え、近場にいた用務員と教師に旧校舎について聞き、絶賛魔獣の気配のするそこに足を踏み入れていた。すると、やはりそこには魔獣がおり、魔獣たちは日ごろの――特に最近のアルシェムのうっぷんを晴らすのに役立ったと言っておこう。

 その後、ジル企画のプチ壮行会に少しだけ参加したアルシェムは、途中でコリンズ学園長に呼び出された。エステル達は壮行会にそのまま参加していたが、アルシェムは学園長から依頼を受けることになった。というのも、このジェニス王立学園はルーアンから少しばかり距離があるのである。いくら遊撃士たちが定期的に掃除しているとはいえ、魔獣が出ないとも限らない。今手すきの遊撃士たちで魔獣を狩り倒しているが、もしもジェニス王立学園に侵入しようとする魔獣がいれば狩っておいてほしいという依頼だった。

 学園長からの依頼を二つ返事で受けたアルシェムは、ジェニス王立学園の正門の前で佇み、魔獣の気配を感じた瞬間に狩っていった。夜闇にまぎれているのでエステル達に見えることはない。だからこそえげつなく殺傷することが出来るのである意味楽だった。

 魔獣を掃除していた遊撃士たちがジェニス王立学園の正門まで辿り着き、そしてルーアンに帰り着いたころ――ようやく、アルシェムは女子寮に戻って眠ったのだった。そのころには既にエステル達は眠っていたので詰問されることはなかった。

 

 

 学園祭、当日。たくさんのお客が集まる中、カラースモークが打ち上げられ、そして――

「ただいまより、学園祭を開催します!」

 生徒会長ジル・リードナーの宣言によって、学園祭が始まった。エステルとヨシュアはクローゼと共に孤児院の子供達と回る予定のようだが、アルシェムはそれに参加することはしなかった。というのも、劇の大道具小道具をチェックしているときに先日まではついたはずの照明が壊れてしまっていたのである。しかも、音響機器に至っては配線が切れてしまっていた。今からオーブメント工房に行くわけにもいかないのでアルシェムが修理することになったのである。

「……何がしたいのかねー……」

 アルシェムは溜息を吐きつつ照明を修理し、音響機器の切れた配線を直していた。心配させないように何も言ってはいなかったが、この音響機器に関しては目についた配線という配線を切り裂かれていたのである。恐らくは、鋭利な刃物で。何とか時間までに直りそうだったからよかったものの、気付くのが少しでも遅れていればどうにもならなかっただろう。

 ちまちまと配線を繋ぎ直し、補強して作業を続けるアルシェム。このままでは学園祭を回ることなど到底できないだろう。もっとも、アルシェムは学園祭を回ろうとも思っていなかったため、別に気にしてはいない。しかし、後でジル達に気を遣われるかもしれないと思うと、少しばかり気が重かったのは否めなかった。

 作業の途中で孤児院の子供達が講堂に入ってきた気配がしたが、アルシェムの作業していた場所は講堂の二階部分。走り回りはしないだろうが、一応危険なのでテレサが子供達を登らせないようにしていたようだ。おかげで会話という邪魔が入ることなく作業を進めることが出来た。

「アル、終わりそうー?」

「んー、多分劇が始まるまでには」

「分かった、じゃあ後で何か食べ物でも差し入れるから食べなさいよ!」

 という会話がエステルとの間であったとかなかったとか。

 エステルからの差し入れを食べ、ギリギリで修理を終わらせたアルシェムは急いで衣装に着替え、劇に臨んだ。




ドレスの描写をがんばってみた。
次回からマドリガルです。

では、また。

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