雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧47・49・50話のリメイクです。
推敲の結果、順番が前後しました。

では、どうぞ。


ルーアンでの掲示板の依頼・上

 ジークに襲われたアルシェムを《レイヴン》に襲われたと勘違いしてエステル達が襲撃を始めて数分後。

「……全く、女の子と子供に暴力を振るおうとするなんて……恥ずかしくないんですか!」

 すっかりクローゼにぶちのめされてしまった《レイヴン》達は説教されていた。クローゼとエステルの二段構えで。ヨシュアは顔をひきつらせながらアルシェムの治療を手早く行い、クラムに怪我がないかを確かめていた。

 エステルが腰に手を当ててロッコの顔を覗き込み、告げる。

「大体ねえ、あんなボロボロになるまで小突き回すってどういう了見なのよ!」

「あれは俺らじゃねえっつってんだろうが!」

 全力で反駁するロッコだったが、その勢いはクローゼに止められた。

「じゃあ誰がやったって言うんですか?」

 怒鳴るように怒るエステルと、諭すように怒るクローゼ。クローゼは怒りのあまり視線の温度が絶対零度と化していた。一応何もしていないはずなのに、不憫な奴等である。

アルシェムは遠い目をしながら《レイヴン》を擁護するべく口を開いた。

「あー、クローゼさん?」

「アルシェムさんは黙っていてください」

 しかし、クローゼは取り合おうとはせずに一言で斬って捨て、《レイヴン》達に向き直る。

「いや、下手人は《レイヴン》じゃないんですが……っておーい、聞いてますー?」

 アルシェムはクローゼに呼びかけるが、クローゼは反応すらしなかった。無論、クローゼはアルシェムの言い分を信用してはいないのである。だから彼女はアルシェムの言葉を完全に無視した。

しかし、エステルは違った。

「え、じゃあ誰なの? アル」

 アルシェムに下手人の正体を問うたのだ。そして、アルシェムはそれを答えようとして――

「じーぐげほぁ!?」

「ピュイイッ!」

 再びジークに邪魔をされた。危険すぎる鳥である。アルシェムの近くにいたヨシュアは顔をひきつらせながらジークを見ていた。情け容赦もなく鳩尾に一撃を入れに来る鳥がいるだろうか、いやいないはずだった。

 ぴくぴくと痙攣しながら、アルシェムは抗弁する。

「犯人、は、ジークェ……」

「ピュイっ」

 しかしジークは得意げに鳴いただけ。アルシェムはジークのことを心底うぜぇと思った。因みにクラムはその光景を見て顔をひきつらせ、次いで心の中で誓った。絶対にジークを怒らせないでおこう、と。流石にあんな突撃をかまされては死んでしまうと本能で察したからである。

 と、そこに横やりを入れるようにして入口に現われた人物がいた。

「おい、何やってやがるお前ら……」

 その声に振り返ったエステルは紅い髪で大剣を背負った遊撃士を見た。無論のこと、《重剣》のアガット・クロスナーである。彼は頭を押さえながら大剣の柄に手を掛けていた。油断はしていないが、一気にやる気がそがれたようである。

 そんなアガットにエステルが声を掛けた。

「あ、アガット? 何でここに……」

「それは後回しだ。おいロッコ、状況を説明しやがれ」

 アガットは、こともあろうに遊撃士ではなくそこにいた不良に声を掛けた。しかしロッコはそれを拒否。あえなくアガットにぶっ飛ばされる羽目になったのであった。その後、ひとしきり不良をブッ飛ばし終えたアガットはようやくエステル達に向きなおった。

「それで……何でテメェらがこんなところにいやがる?」

「ええと、その……」

 どう説明したものか、と悩むエステルを見たクラムは、どうやら困らせてしまったらしいと敏感に察した。両手を拳型に握りしめ、アガットに向けて叫ぶ。

「え、エステル姉ちゃんたちは悪くないぞ! オイラが飛び出したから、それで追っかけて来てくれたんだ!」

 それを見て、アガットは意外そうに眉を上げた。ただの無謀なガキだと思っていたが、カシウス風に言うのならばなかなか見どころがあるようだ。

「ほう、それで?」

 クラムは必死に弁解した。自分を追ってきてくれたがために不良の親玉っぽい男――あながち間違いではない――に絡まれているエステル達を擁護するために。悪いのはクラムであり、エステルたちは何も悪くないのだと。

「放火の犯人がこいつらだって聞いて、かっとなって飛び出しちゃって……で、でもここまで来て、アルシェム姉ちゃんが違うって言ってくれなきゃオイラ、そのまま飛び掛かってたと思う……」

「……おい小娘、違うと断じた理由は?」

 アガットがぎろりとまだ悶絶したままのアルシェムに向けてそう告げた。今この段階で判断することは恐らく不可能だろうと思っていたからである。

しかし、アルシェムはよろよろと起き上りながら答えた。

「だってあいつら、弱いし……そもそもオーブメント持てるだけの財力もない。放火犯はもっと手練れの、それこそ特殊部隊みたいなやつらだと思うから」

「……後で根拠を聞く。とにかくここから出るぞ」

 アガットの言葉に、エステル達は素直に撤退した。アガットの威圧感に耐え切れなかったというのもあるが、実際《レイヴン》達を本気では疑っていなかったからである。もっとも、アルシェムだけはよろよろと移動する羽目になったが。ジークが再び襲撃して来ようとしていたが、それはクローゼが止めていた。

 そして、エステル達がアガットに護衛されてきていたテレサとクラムを引き合わせている間にアルシェムはアガットによって遊撃士協会へと引きずり込まれた。ジャンがぼろぼろのアルシェムにぎょっとした顔をしていたが、事情を説明――ジークに敵視されているという事実を告げた瞬間に壁に穴が開きそうなほど突かれたが――すると妙に納得してくれた。

 そこでアガットがジャンに告げる。

「放火の件、俺に引き継がせろ、ジャン」

 アガットの言葉にジャンは眉をひそめた。新米準遊撃士でも捜査できそうな案件だと判断していたためだ。しかし、アガットは正遊撃士。そう言うからには何か根拠があるのだろう。

 ジャンはアガットに問いかけた。

「……そんなにきな臭いのかい?」

「ああ、恐らくあのヒヨッコどもには荷が勝ちすぎるだろうからな。事情聴取にこいつだけ借りておくぞ」

 そう言うと、アガットはアルシェムを半ば担ぎ上げるようにして遊撃士協会の二階へと引っ込んだ。アガットが荷物を降ろしている間、アルシェムは遊撃士協会に備え付けてある救急箱の中身を駆使してジークにつけられた傷にガーゼと湿布を当てる。

 そして、アガットはアルシェムに向きなおった。

「それで……一体何が起きて倉庫であんなことになった」

「クローゼという学生があの場にいたでしょー。彼女とは一応面識がありまして……えー、もー色々とあってですね、それでクローゼの飼っている鳥、ジークって言うんですが、奴には嫌われてるんですよ……」

 壊れたように笑いながらアルシェムはそう告げた。流石に倉庫でのことはあまり放火の件には関係ないとはいえ、それでも説明する義務はあると感じたからである。《レイヴン》に濡れ衣を被せたままではいられないというのもあるが。

その表情に若干アガットは引きつつ質問を変えた。

「そ、そうか……それで、放火の現場に居合わせたのはテメェだったな。何が起きたか逐一話せ」

 それに、アルシェムはあったままのことを告げた。唯一、アルシェムを炎の中から救い出した男についての詳細は省いたが。それを聞いたアガットは眉をしかめてアルシェムに問うた。

「今、魔獣って言ったか?」

「えー、あの関所で襲ってきたのと同じタイプの。ついでに犯人たちは似たような黒い服を着てました」

 アガットはしばし考え込んだ。あの孤児院が狙われたのは恐らくアルシェムがいたからではないだろう。むしろ、それならばアルシェムを救う人間を襲撃するなり孤児院の子供達を人質にするなりして確実に息の根を止めるはずである。しかも、アガットが追っている黒装束の男達と特徴も似ている。彼らの目的が何であるかは分からないが、各地で混乱を巻き起こしていることだけは間違いない。

 アガットはぽつりと漏らした。

「……きな臭いな」

「そーですね。目的は見えませんけど、十中八九愉快犯じゃないでしょーし」

 アルシェムもアガットも、この放火が愉快犯でないことだけは十分に把握していた。何故ならば、愉快犯で燃やすのならば孤児院よりも市長邸やラングランド大橋の方が話題になる。孤児院を燃やしても困るのはテレサたちだけである。

 アガットは鼻を鳴らして吐き捨てた。

「……フン、調べる必要がありそうだな」

 いろいろと調べれば調べる程に根は深そうである。問題はどこから絞り込むか、だ。どこから絞り込むべきかを考え込むアガット。

アルシェムはそんなアガットにヒントになるような言葉を投げかけた。

「……ねー、アガットさん。孤児院が燃えて得をする人っていると思いません?」

「何?」

「だってあそこ、あんなに見晴らしが良くて海岸にもマノリアにもほど近いんですよ? 観光スポットとか作るにはよさそーな場所だと思いません?」

 マーシア孤児院は、アルシェムの告げる通り見晴らしも良く、まさに観光スポットとして運用できそうな場所でもある。もしもそこに別荘でも立てれば良い値段で売れそうだ。そのことに、アルシェムの言葉を眉を寄せながら聞いていたアガットは気付いた。

 アルシェムの推測には続きがあるだろうと思い、アガットは先を促す。

「……続けろ」

「観光スポットとか作るには孤児院が邪魔って人もきっといるかなーと。ほら、身分の高い人って孤児とかあんまり好きじゃないですし」

 その言葉も鑑みつつ、アガットは捜査の方向性を定めた。あの孤児院を邪魔だと思う人物を片っ端から調べることにしたのだ。そして、それには人手が足りない。たった一人で全てをこなせると思うほどアガットは無茶な人物ではなかった。

「……チッ、おいアルシェム」

「何です?」

「あのヒヨッコどもにはバレねぇようにルーアンの有力者たちの情報を集めろ。俺は今来ている外部の人間から当たる。テメェは内部の人間から当たれ」

 そのアガットの言葉に、アルシェムは頷いた。そうして、アガットは二言、三言エステル達と言葉を交わし合ってから遊撃士協会から出て行った。アルシェムは小さく溜息を吐きつつ階下に降り、エステル達と二手に分かれて掲示板の依頼をこなしつつアガットからの頼みごとをこなすことにした。

 エステル達と依頼を分配したアルシェムは、早速依頼をこなしながら情報収集に努めることにした。エステル達に振り分けた依頼は倉庫の鍵の捜索と、整備鞄の配達、クローネ山道探索の護衛。アルシェムはそれ以外の依頼を引き受けた。そして、エステル達と合同でクローゼからの学園祭への協力の依頼も受けることになってしまったので後でアガットに連絡が必要だろうとアルシェムは判断する。

 とにもかくにも、依頼をこなすためには動き始めなければならない。アルシェムは早速依頼をこなすべく動き始めた。まず、アルシェムが向かったのはアイナ街道。何も考えずに息抜き感覚で出来る手配魔獣の排除からである。ついでにそのままエア=レッテンまで向かって迷惑な旅行者への対応をこなし、戻ってきて燭台の捜索に向かい、最後に礼拝堂で待つというお宝捜索の依頼人の元へと向かう。その間に試作品の捜索もこなせるだろう。面倒なことは先にやってしまう派なのである。

 アイナ街道をしばらく進むと、そこに現れたのはヘルムキャンサーという魔獣だった。この魔獣は《紺碧の塔》に生息しているはずの魔獣である。《紺碧の塔》で何かしら異変があった可能性は否めないが、取り敢えず今は関係なさそうなので手配魔獣を排除する。物理攻撃は効かないようだが、生憎アルシェムの導力銃の弾丸は一部を除き導力で出来ている。さして困ることもなく手配魔獣を狩り終わった。

 すると、狩り終わった手配魔獣から散ったセピスに紛れて、何やら導力銃のようなものが出現した。どうやら、この手配魔獣が呑んでしまっていたらしい。確かに導力銃の動力源には七耀石が使われているので手配魔獣が呑んでしまっていてもおかしくはない。

 その導力銃を鞄の中にしまったアルシェムは、そのままエア=レッテンまで突っ走った。途中の魔獣は目についたものだけを粉砕する形である。出来るだけ早く市内に戻って情報を集めなければならないため、全ての魔獣を狩っている暇はないからだ。

 エア=レッテンに辿り着いたアルシェムは、迷惑な旅行者とやらを捜索した。そこまで大きな関所ではないため、すぐに見つかるだろう。案の定扉の前に旅行者と思しき人々は集まっているのを見たアルシェムは、そこに紛れていた王国軍の兵士に話しかけた。

「済みません、依頼を受けてきました」

「お、おお! 来てくれて助かったよ」

「この中ですね? 出来るだけ穏便に済ませてきますので、出来たら離れていてください」

 扉から中に入ろうとしていた旅行者たちの対応を王国軍の兵士に任せ、アルシェムはその部屋の中に入る。すると、そこには――

「黙れ、フィリップ! 私はここが気に入ったのだ。何しろエア=レッテンの滝を間近に臨むことが出来るからな!」

 などとのたまういかにも偉そうな人物がいた。アルシェムは彼の名を知っている。デュナン・フォン・アウスレーゼ。ただいまルーアンに視察に来ているはずの王族の人間である。

 アルシェムは溜息を吐きながら対応にあたっていた副長と代わった。

「む? 誰だお主は」

「初めまして、デュナン公爵閣下。フィリップさんとは大変ご無沙汰しております」

 アルシェムがいささか芝居がかった様子で一礼すると、フィリップは眉を寄せた後目を見開いた。どうもアルシェムがここにいるとは思ってもみなかったらしい。確かにアルシェムとフィリップは面識があるとはいえ、状況が特殊すぎた。

 フィリップはデュナンの前に体を滑りこませてアルシェムと対峙する。

「貴女は……」

「今は準遊撃士として動いております、アルシェム・ブライトです」

 その言葉に、フィリップは一気に警戒を引き上げた。先ほどまで確信が持てなかったとはいえ、名乗られたことでアルシェムの正体を理解したからである。フィリップはアルシェムがかつてデュナンの姪クローディアを暗殺しようとしたことを知っていたのだ。

 フィリップは滅多にない厳しい声でデュナンを下がらせた。

「お下がりください、閣下」

「う、うむ……」

 デュナンはフィリップの声に含まれた厳しい響きを感じ取って後ずさる。デュナンは、これほどまでに警戒したフィリップを見たことがない。それほどまでに危険な相手なのだろうか、と思いつつ様子を見守る。

 本来ならばここでデュナンは騒ぎ立てていただろう。正面にいる女が、暗殺者かも知れないのだから。しかし、フィリップの雰囲気に気圧されてしまって迂闊に声を出せる状況ではなかったのである。故に、デュナンは下がるだけにとどめておいた。

「それで、アルシェム殿。我が主に何の御用ですか?」

 全力で警戒しているフィリップに、アルシェムは溜息を吐きながら答えた。

「遊撃士として受けた依頼ですよ。こちらの組んだ警備体制を全力で乱されてしまっては御身に何が起こるやも分かりませんから、ルーアン市街に戻っていただけないかと」

「……確かに、準遊撃士の紋は身に着けておられるようですが……その証拠は」

 フィリップは警戒を解かない。アルシェムが操られていたことを知ってはいても、それが本当なのかどうかわからないからである。口では何とでも言えるし、そもそも犯罪結社出身者だ。信頼することなど出来はしない。

 しかし、ここでアルシェムに助け舟を出した人物がいた。それは、先ほどまでデュナンを説得しようと試みていた副長である。

「あー……申し訳ないんですが、他の旅行者の迷惑になるってぇのを聞いていただけないみたいですし、交渉事は遊撃士の方が得意ですからこちらから依頼したんです」

 それを聞いたフィリップはかっ開いていた目をゆっくりと閉じ、すっかりおびえてしまったデュナンを連れてエア=レッテンから退去することを確約した。アルシェムは道中の護衛を買って出たが、全力で断られたのは言うまでもない。




ジークお兄さんは規制できません。
だって国鳥だからね。
仕方ないね。

では、また。

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