雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

28 / 192
旧45話~46話のリメイクです。

では、どうぞ。


放火の犯人(偽)

 アルシェムが孤児院で起きたことを語り終えると、ヨシュアは複雑な顔をして黙り込んだ。この部屋はアルシェム専用にとってあった部屋で、子供達はいない。もしも聞き耳を立てていたら困ると思ったのか、話を始める前にクローゼが子供達を階下に誘導した。だからこそ、この場にいるのはアルシェムを含めた新米準遊撃士3人とテレサ、アルシェムに付き添っているシスター・メルだけである。

 メルは昨夜の火事の一報を聞いたルーアンの遊撃士協会から依頼され、《白の木蓮亭》に派遣されてきた。というのも、子供達とテレサには怪我はなかったものの、アルシェムの怪我を治療する必要があったのである。両腕の重度の火傷と、擦過傷。それと、いくつかの打撲痕の治療のためだ。アルシェムは隠していたつもりだったのだが、メルは空賊事件の一件でついた傷も綺麗さっぱり治しきっていた。後でお説教をかます予定であることは言うまでもない。

 ヨシュアが脳内で事件の整理している間に、エステルが憂鬱そうな顔で言葉を漏らした。

「つまり、放火なのは確実なのよね……」

「まー、一応目の前で放火されたわけだし……にしても、目的が読めないんだよねー」

「目的?」

 エステルは首を傾げた。善良な孤児院に対して、放火を行う人間がいるということだけでも信じがたいことである。誰かの恨みを買っているとは考えたくないし考えられない。しかし、動機がなければ事件は起きないもの。つまり、孤児院に対して何かしら思うところがある人間がいるわけで――そこまで考えて、エステルは身震いした。犯人は孤児院に、何の不満があるというのだろうか。

 エステルが考えていることに思い当たったアルシェムは苦々しい顔を保ったままテレサに問うた。

「テレサ先生、心当たりはありますか?」

 しかし、テレサは首を振った。ミラにも余裕はなく、恨まれる覚えも全くない。ミラに余裕があればもう少し子供達にも贅沢をさせてあげられるとは思ったが、生憎いつも寄付で成り立っているので経営はギリギリ。自分の食事を切り詰めてまで維持していたのをクローゼに看破されてからは、喰うに困らないくらいの援助を国から受けられるようにはなった。しかし、それも微々たるものでハーブを売り物にして稼ぐのがやっとである。恨まれる覚えも当然ない。

 テレサは無意識にあることを考えないようにしていた。孤児院という存在が邪魔だという考えで、燃やされたのではないかという懸念である。孤児を疎ましく思う風潮は確かにエレボニア帝国と比べると風当たりは弱いものの、確かに偏見はあるのだ。孤児が疎ましい。素性の知れない怪しい子供。何をしでかすか、分からないしつけのなっていない孤児、という印象は確かにリベール王国の中でもあった。比較的寛容なだけで、決して孤児を排斥する風潮がないとは言えないのである。

 ヨシュアはそこで言いにくそうに口を開いた。

「そうなると、嫌な話ですが愉快犯という可能性もありますね……事件前後に、変わったことはありませんでしたか?」

「そうですね……アルシェムさんがいらしたこと、くらいでしょうか。流石にあの方は関係ないでしょうし」

「あの方?」

 テレサの言葉尻を捕えたのはエステルだった。あの方、ということは子供達とテレサ、そしてアルシェム以外に第三者がいたことになるからである。テレサはその問いに、アルシェムを火の中から救い出した銀髪で象牙色のコートを着た20代後半くらいの男性の情報を伝えた。

 すると、ヨシュアはひくっと口角を震わせた。どうやら心当たりがあるらしいが、犯人ではないと判断して話を続けようとする。

 しかし、話は続かなかった。何故ならば、クローゼに案内されてルーアン市長モーリス・ダルモアとギルバート・スタインが訪ねて来たからである。ダルモアは開口一番にテレサを案じる言葉ではなく、遊撃士がいることに気付いた旨の言葉を吐いた。

「おや、遊撃士諸君も一緒だったか。流石はジャン君、手回しが早くて結構なことだ」

 それに、アルシェムは眉をひそめた。皮肉なのか、それともここに遊撃士がいてほしくなかったのか。そもそも遊撃士協会としては情報が入り次第遊撃士を向かわせるはずである。当然、情報が入るのは市長よりも早い。市長が来ても何も出来ないのは分かり切っているため、《白の木蓮亭》の亭主は先に遊撃士協会に連絡を入れたのである。無論アルシェムはそのことは知らなかったが、この場に遊撃士がいないことの方が違和感であろう。だからこそ眉をひそめたのである。

 そんなアルシェムに気付くことなく、ダルモアはテレサに声を掛けた。

「さて……お久しぶりだ、テレサ先生。先程知らせを聞いて慌てて飛んできたところなのだよ。だが、本当に御無事で良かった」

「ありがとうございます、市長。お忙しい中をわざわざ恐縮です」

「いや、これも市長の勤めだからね。それよりも、誰だか知らんが許し難い所行もあったものだ」

 憤慨したようにいうダルモア。ここで再びアルシェムは引っ掛かりを覚えた。遊撃士協会に伝わった連絡は、エステル達の話を聞く限りでは『孤児院が燃えたから調査に来た』というもの。そして、放火であるというのはエステル達が調査し、アルシェムが証言した結果分かったことである。つまり、彼らが知っているはずがないのである。今この時点でこの事件が放火であるという真実を知るのは、犯人かそれに準ずるものでしかありえない。

 だからこそ、アルシェムはダルモアにカマをかけた。

「ダルモア市長、まだ放火だとは伝わってないはずなんですけど、いつその情報を仕入れたんですか?」

 その言葉をアルシェムが履いた瞬間、ダルモアはぴくりと眉を動かした。眉を動かした、だけだった。アルシェムでなければそれは視えなかったため、ダルモアは誤魔化しきることが出来たのである。

 そう、こう言って――

「いや、誰かから聞いたわけではないよ。テレサ先生の性格はよく存じ上げているからね。火の始末にはかなり気を使う方なんだ。不始末ではあるまい」

 ちなみにこの時のダルモアの内心は全力で動揺していた。何かしらの関与があるのはアルシェムの目で見れば一目瞭然。ただし、証拠も何もないので問い詰めることは出来ない。あの時に現れた男達の中には、ギルバートもダルモアもいなかったのだから。

 アルシェムは能面のまま話を促した。いつもならば冷たい目で蔑むのだが、今はその余裕がない。先ほど一応落ち着いたとはいえ、まだアルシェムは不安定なのだ。アルシェムに促されて、ダルモアは問うた。

「どうだね、遊撃士諸君。犯人の目途はつきそうかね?」

 それに、ヨシュアが応えた。可能性は数多あるが、愉快犯の可能性も捨てきれない、と。その言葉をダルモアはさも真実であるかのようにすり替えを行う。可能性があるというだけであるが、ダルモアはこう言ったのだ。

「そうか……何とも嘆かわしいことだな。この美しいルーアンの地にそんな心の醜い者がいるとは」

 ダルモアの中では、愉快犯であってほしいのだろう。アルシェムにはそう見えて仕方がなかった。何かしらの恨みを買うような人間ではないことは恐らくダルモアも理解していてそう言っているのだろうが、今のアルシェムは偏見を以てダルモアを見てしまっている。即ち――モーリス・ダルモアがこの件に関わっている可能性がある、と。

 ぎゅっとアルシェムは手を握りしめて、その考えを追い出そうと努めた。今の自分には正常な判断が出来ないと分かっているからである。その考えを追い出すべく、別のことに思考を割いた。いつ何時でも行っている、その場に在る気配の把握。

 だからこそ、気付いた。この部屋の扉の前に誰かがいる。そして、中の話に聞き入っている。気配を消す技術はないため一般人。恐らくは、息を詰めて聞き入っているのだろう。

 そして、このタイミングでダルモアの言葉に便乗するように愉快犯の可能性の、さらにあり得る可能性を告げる男がいた。

「市長、失礼ですが……今回の件、もしや彼らの仕業ではありませんか?」

 男は――ギルバート・スタインは、そう言ってとある集団の名前を挙げた。外で誰が聞いているとも知ることはなく。その名前は、《レイヴン》。エステル達はあずかり知らぬことではあったが、倉庫街の不良達の名でもある。

「《レイヴン》って……」

 その名を知らぬエステル達のために、メルは分かりやすく説明した。

「昨日あたしに絡んできた男達がいましたね? 彼らですよ、エステル」

「え……あの不良達のこと?」

 そこで、扉の向こうで盗み聞きをしている気配が動き始めた。それだけ訊ければ十分なのだろう。つまり、そこにいた人間の目的は――犯人の情報を、知ること。そして、それを求めるのは――現状、孤児院の子供達しかいない。

 うーんと首を傾げてエステルが言葉を漏らす。

「そこまで大それたことするかな?」

「いや、分からないけど……」

 エステルの疑問は、《レイヴン》本人たちにしかわからないことである。ヨシュアも考え込んではいるが、結論はまだ出せないようだ。

 エステル達が考え込んでいるのを見て取ったアルシェムは、厳しい顔をして起き上がった。そして、告げる。

「ごめん、エステル、ヨシュア、ちょーっとストップ」

 アルシェムは頭を押さえながらそう言った。そして、無理矢理にでもベッドから出ようと画策した――画策しただけで、メルに止められたが。

「何をしているんですか、アルシェム! 今日だけは絶対安静――」

「それどころじゃねーから」

「それどころじゃないのは貴女の身体です!」

 メルはアルシェムが事情を説明する前にベッドに押し戻そうとする。しかし、アルシェムはどうしても動き始めなければならなかった。恐らく、先ほど盗み聞きをしていた人物は《レイヴン》の居場所を知っている。そして、恐らく問い詰めに行くのだろうから。

 だからこそ、アルシェムはメルに告げた。

「誰か盗み聞きしてて犯人っぽいの聞いただけでダッシュしてったんだけど、それでも止める?」

「何ですって?」

 メルは窓に駆け寄って外を見た。すると、一目散にルーアン市街地方面へと駆けていく帽子をかぶった少年の姿が目に入った。メルも知っている。彼が誰であるのかを。日曜学校を開くためにマノリア村を訪れたことのあるメルは、孤児院の子供達の顔もきちんと覚えていた。――クラムだ。

 一瞬にして顔を青ざめさせ、窓から飛び出そうとして押さえる。流石に一介のシスターが窓から華麗に飛び立って子供を確保しにはいけない。だからこそ、メルは青い顔をしたままで振り返って告げた。

「……クラムです」

「おっけ。……ギルバートさん、流石に憶測で物を言いすぎですよ。……失礼」

 アルシェムはベッドの横にきちんと揃えてあった靴を素早く履き、窓に駆け寄って飛び出した。メルがそれを止めようとするが、後一歩のところで手は届かなかったようだ。おかげでアルシェムは万全とは言えない身体のままで飛び出せたのである。

 万全ではないながらもきちんと着地で来たアルシェムはそのままクラムを追って駆け出した。

 

 ❖

 

 エステルは窓から飛び出すアルシェムを呆然としながら見ていた。一応怪我の具合の報告をメルにして貰っていたものの、普通はあの状態で動けるはずはないのである。腕の火傷は一応ほぼ完治させてあるものの、肉体に残った疲れは少なくとも丸一日は絶対に安静していなければとれない、と言われたのである。だというのに――アルシェムは飛びだして行った。

「エステル、追おう!」

「あ、うん!」

 ヨシュアに声を掛けられるまで呆然としていたが、取り敢えず追わなければならない。無理をさせられるような身体ではないのである。エステルはヨシュアとクローゼと共に《白の木蓮亭》を飛び出した。

 飛び出したところでクローゼが声を上げる。

「ジーク!」

 ジークはすぐさま飛来し、クローゼの意をくみ取ってクラムを救うべく先行した。この判断をクローゼが後悔するのはもう少し経ってからである。

 とにかく――エステル達はクラムを追った。珍しく途中の魔獣が狩り終えられていないので少しばかり足止めを食らったが、あくまでも少しばかりである。エステル達も成長しているのだ。エステル達は必要最小限の戦闘だけでルーアン市街まで辿り着いた。

 と、そこでエステルが目ざとく目的の人物を見つけ出す。

「クローゼさん、前!」

「あ……待って、クラム君!」

 クローゼは慌ててクラムの名を呼んで引き留めようとするが、クラムには聞こえていないようだった。――ついでに、前方を走っているアルシェムにも。ラングランド大橋に差し掛かったクラムは無事に通過するが、アルシェムは――不運にも渡っている途中に跳ね橋であるラングランド大橋の跳ね上げに巻き込まれてしまっていた。

「……って、アル、あのバカ……!」

 ヨシュアが舌打ちをして方向転換をし、ホテルの船着き場には確か小舟があったはずと思い至ってホテルに駆け込む。クローゼとエステルもそれに追随した。その背後では――アルシェムが、無理矢理跳ね橋を飛び越えていた。ぎりぎり向こう側には渡れたようである。

 ホテルの地下で小舟を借り受けたヨシュア達は急いで倉庫街の方へと向かい――そして、クラムが入ったと思われる倉庫に突入した。

 

 ❖

 

 倉庫の中でたむろしていた《レイヴン》達は困惑していた。と、いうのも――

「た、たのもーっ!」

「おるぁ待てって言ってんでしょーがクラムぅぅぅ!」

 いきなり少年が乗り込んできたばかりか、先日ナンパをしたレイス達を撃退したつるぺったん女が飛び込んできたのである。まず組み合わせが意味不明である。しかも――

「ピュイイイイイイッ!」

「ごふぁ!?」

 先日レイスに突き刺さったシロハヤブサが女の後頭部に突き刺さったのだから。あれは痛い。レイスは心の中でそっと手を合わせた。脳震盪でヤバいことになっていなければ良い、とも思っていたが。レイスは不良の割に心の底から悪に染まり切れていないのであった。

 流石のクラムもクローゼの飼い鳥ジークの所業に驚いたのか、少しばかり冷静さを取り戻したようだった。ぎこちなくアルシェムに声を掛ける。

「……えっと、アルシェム姉ちゃん?」

「……ジーク……後で焼き鳥にしてやるー……」

 取り敢えず意識はあるようである。アルシェムは後頭部を押さえながらゆっくりと起き上ろうとして――

「ピュイ! ピュイイイッ!」

「ごふぅっ!? 」

 今度は脇腹とみぞおちに嘴を喰らって悶絶する。流石に一般的な鳥だったら問題なかったのだが、相手はジークである。ジークの最高飛行速度は《百日戦役》中の軍事飛空艇の速度にも匹敵する。そして、そんな速度で体当たりされれば悶絶は必至。むしろよく抉れなかった、と自分の肉体をほめたくなったアルシェムであった。何とも恐ろしい鳥である。

 プルプル震えながらやっと痛みを堪えることのできたアルシェムは、涙目になりながらクラムに声を掛けた。

「クラム、犯人、違う。こいつら多分無関係だかみゃあああっ!?」

「ピュイイイイイイッ!」

 クラムに真実を告げようとするアルシェムを、再び邪魔するジーク。ことごとくアルシェムの邪魔をするジークである。主人の意を汲んで動くジークは、《レイヴン》を怪しいとみているのだ。つまりクローゼもそれを疑っているということなのだろう。

 そして、《レイヴン》達は今一番出てはいけない手段に出てしまった。紫髪の不良――ロッコがこう指示したのである。

「お、おい、今のうちだ! 叩き出せ!」

 緑髪の不良――ディンがクラムをつまみ上げ、レイスがジークを蹴り飛ばしながらアルシェムの腕をつかみあげた。そして、その瞬間だった。

 

「クラム君達から手を放してください!」

 

 逆光で顔は見えないものの、凛と響く声。シルエットはジェニス王立学園の制服のように見える。そして、その背後に付き従うツインテールの遊撃士と双剣を構えた遊撃士。

 まあ、つまりはエステル達のことである。彼女らは《レイヴン》がアルシェムを痛めつけたと勘違いして戦闘を開始してしまったのだった。――しかも、クローゼまでもがレイピアを突き付けて。




ジークお兄さんの大・勝・利!
……スミマセンデシタ。

では、また。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。