雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧44話のリメイクです。
一話につき二話ほど詰め込みが出来なくなってきているので、総話数が三分の二ではきかなくなるかもしれません。
つまりまた三百話弱……?

では、どうぞ。


焼失、傷心

 夜が更けて、アルシェムは子供達の服を繕っているテレサの手伝いをしていた。あまり得意ではないものの、縫えるだけマシである。どこぞのメイドだったらきっと恐ろしいまでに精緻な刺繍でも入れてくれるんじゃなかろうか、と思いつつアルシェムは服を繕い続けて――ふと、手を止めた。この場所に立ち寄りそうもない手練れの気配が複数したからである。

 険しい顔をして手を止めたアルシェムに、テレサが問いかける。

「……どうかなさったんですか?」

「……テレサせんせー、ここ、誰か来る用事あります?」

 テレサが首を振ると、アルシェムは繕い物を置いて導力銃を取り出した。そしてテレサに子供達の部屋に行くようにすすめ、自分は階下に降りて人間の気配を探る。数は3人。相当な手練れである。

 アルシェムは扉の前に立ち、薄く扉を開けて外を窺うと――そこに、液体が投げつけられた。独特のにおいがするそれは、可燃性の油である。

「――ッ、何してんの!」

 バンッ、と扉を蹴り開けたアルシェムはその液体を投げた人物に導力銃を向けようとして――横から飛び出してくる何者かに向けて発砲した。それは人間ではなく、魔獣。クローネ峠で出現した調教されている魔獣である。その魔獣はひらりとかわし、逃走していった。

 そして――その隙に、複数の火属性アーツが放たれた。瞬く間に燃え広がる焔。

「ちょっ……あーもー!」

 犯人たちはこの場から去っていった。それに歯噛みしながらアルシェムは孤児院の中に駆け戻る。この時点での消火は不可能であるし、なによりも犯人を追うことも出来ない。中にテレサと子供達がいるからだ。

 二階に駆け上がり、テレサに向けてアルシェムは叫ぶ。

「せんせー! 今すぐ全員起こして、降りてください!」

「この臭いは……火事ですか!?」

「いーから早く!」

 アルシェムの叫びに急かされたテレサは子供達を全員起こした。子供達は火事だと分かるとすぐさま飛び起き、先導するアルシェムについて避難を始めた。

 子供達とテレサを連れて階下に降りたアルシェムは、あまりの火の周りの速さに舌打ちをする。

「火の回りが早すぎる……ッ!」

 毒づき終わるや否や、アルシェムはとあることに気付いて飛び出した。勢いよく崩れて来る入り口付近の天井の梁に、アルシェムに出来たのはその腕で梁の落下を物理的に止めることだけだった。

「アルシェムさん!」

「熱っ、あっつ、ちょっ、早く出て皆!」

 アルシェムが必死に支えている間に、テレサは子供達を全員外に逃がした。最後尾にいたテレサは、アルシェムを連れて脱出しようとしたが――出来なかった。何故ならば――

「アルシェムさん、皮膚が……!」

 アルシェムの皮膚は、熱に焙られ過ぎて梁に張り付いてしまっていたのである。当然、無理やりはがしてしまっては筆舌に尽くしがたい痛みがアルシェムを襲うのは間違いない。しかし、アルシェムの決断は早かった。

「先出てせんせー、何とかして脱出するから!」

「で、でも……」

「絶対脱出するから! 流石に共倒れになるとか子供達が可哀想だし!」

 ここで、子供達を引き合いに出したのが良かったのかテレサが脱出する。そして、残されたアルシェムは――脱出しようとして、崩壊した天井に呑まれた。瓦礫の下でアルシェムは考える。このまま、ここから逃げ出すことは可能である。しかし――それは、テレサたちがここにいなければの話だ。最終手段を使えばこんな炎くらいどうということはない。しかし、人目があると不味いのである。どうする。アルシェムは翳みそうになる意識の中でただそれだけを繰り返していた。

 

 ❖

 

 燃え盛る孤児院から脱出し、振り返ったテレサはそれに気付いた。気付いてしまった。アルシェムが付いて来ていないことに。そして――天井が、崩れてしまっていることに。

「あ……」

「アルシェム姉ちゃんッ!?」

 クラムが叫んで駆け込もうとするのを、マリィが止めていた。それでも中に駆け込もうとするクラムをポーリィとダニエル――孤児院の残りの子供達の名前である――も協力して抑え込む。流石にぼんやりしていてもクラムが飛び込めばどうなるかなど目に見えていたからである。

 テレサはあまりのことに意識が遠くなりかけて――堪えた。子供達の前なのだ。今倒れるわけにはいかない。だが、テレサを救うためにアルシェムがあの中に取り残されてしまったのも事実で。咄嗟に周囲に水がないかを探した。海まで行っている時間はない。どこか、どこかこの周辺に火事対策のためのバケツがあるはず。そう思ってテレサが探し始めて。すぐさま見つけ出された火事対策のために置いてあったバケツの水は、ひっくり返されて地面に浸み込んでしまっていた後だった。

「そんな……」

 バケツの前でへたり込むテレサ。泣き叫ぶ子供達。もう、どうにもならない――そう、思った瞬間。

 

「退いていろ」

 

 この場にはいないはずの人間の声が聞こえた。マノリアの人間でも、ルーアン市の人間でもない。少なくとも、テレサが見たことのない人物だった。

 その、象牙色のコートを着た男は不思議な造形の剣を片手に孤児院の中に侵入した。それを、テレサは祈るような眼で見ていた。このまま、あの男性が無事にアルシェムを救い出してくれることを願いながら。

 

 

 燃え盛る孤児院に突入した象牙色のコートを着た銀髪の男は、梁を蹴り飛ばした。途端に粉々になる梁。再建する際に再利用されるかもしれなかった資材ではあるが、こうなってしまっては使えない。それでも、彼は進んだ。無駄な犠牲を出さないために。

 そうして――人の気配を探って、見つけた。先ほど蹴り飛ばした梁の下に、微かに紺色の服が見えたのだ。彼はその人物に負担がかからないよう迅速に瓦礫を粉砕していき――そして、埋まっていた少女を発掘した。言うまでもなくアルシェムである。

 男は下敷きになっていたアルシェムを抱え上げた。そして、そのアルシェムの顔を見て呆然とこう漏らす。

「……何故、ここに」

 彼にとって、アルシェムはこの場にいるべきではない人物だったのである。彼としては、どこかで野垂れ死んでいてくれればいいと思っていた。とっとと死んでいて欲しいと欲していた。だが、彼女は生きていた。今、ここで。

 そして、彼はアルシェムを救ってしまったのである。無駄な犠牲は出さないと誓った彼は、死んでほしいと願っているアルシェムを見ても――それでも、彼女を救うことに決めた。どうせ無駄な命ではあるが、ここで無駄に犠牲にしてしまっては後々問題が起きてしまう。それに、先ほど退いていろと言ってしまった手前、助けないわけにもいかなくなってしまっている。

 アルシェムは、微かにあった意識で彼にこう答えた。

「……どうして……ここ、に……ン、兄……」

 それだけ告げると、アルシェムは意識を落とした。本来ならばこのまま警戒し続ける必要があったのだが、今のアルシェムの状態ではそれは叶わなかった。

 そんなアルシェムを見て、彼は歯ぎしりする。アルシェムに兄などと呼ばれる筋合いはないのだ。そもそも彼には弟分と妹分がいるのだが、その妹分は『ここにいるアルシェム』ではないのだから。それでも、先ほど決めたことを覆さないために彼は孤児院から脱出した。

 途端にテレサと子供達が駆け寄ってくる。

「アルシェムさん……!」

「な、なあ、無事なのかアルシェム姉ちゃん!?」

 クラムが彼に詰め寄ると、彼は無表情を必死で保ちながらこう答えた。

「気を失っているだけだ。恐らく命に別状はない」

 それを聞いてほっと胸をなでおろすテレサ。一瞬だけ彼はテレサを見て表情を歪め――そして、アルシェムを抱えたまま歩き始めた。

 テレサは不安げに彼に問う。

「あの、どこへ……」

「マノリアへ救援を呼びにいく。流石にこれ以上の人間を護衛しながら動くのは難しいから待っていろ」

 そう言って、彼はマノリア村へと急行した。マノリア村の《白の木蓮亭》にアルシェムを預け、孤児院が燃えた旨を伝えて村人が準備している間に姿を消す。そうして、彼はそのままどこかへと消え去って行ったのだった。

 

 ❖

 

  誰も殺さないで! /自分は殺しているのに?

  貴女なんかに助けられたくない! /わたしは貴女を助けたかったのに。

  お前がいたから彼女はこんな目に! /違う、わたしは危ないって知らせたのに。

  姉さんの仇! /違う! 違う! 違う!

 

  ――消えろ! /ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

  どうしてこんなところにいるの? /皆死んだから。

  一緒に暮らそうよ! /そんな価値なんてない。

  何で庇ったの!? /お願い、生きて!

 

  おお、すばらしい検体だ! /どうでも良い。

 

  服が剥がれる。/嫌だ、脱がさないで。

  体が動かない。/誰か助けて。

  甘い液体。/甘くておいしいけど飲みたくない。

  はい、よろこんで。/ダメ、行かないで。

  はい、よろこんで。/ダメ、行かないで。

  はい、よろこんで。/ダメ、行かないで。

 

  そうして、皆が死んでいった。そこで生き残れる人間は――

  そうして、皆が殺されていった。そこで生き残ったのは――

 

 ❖

 

 アルシェムは悪夢の底でもがいた。地獄から逃げ出したいと願って。決して楽園なんかではない世界から逃げ出したいと祈って。そうして――ようやく、目が醒めた。

「いやああああああああああああっ!」

 叫びながら勢いよく起き上がると、アルシェムの目の前には見覚えのある少女達と――そして、男がいた。

「……ぁ……」

 肩で息をしていたアルシェムは、男を見た瞬間全身がわなないた――恐怖のために。過去の悪夢の直後に、すぐ近くに男がいればどうなるか。それをアルシェムは本能で知っていて――だからこそ、掛けられていた毛布を頭からかぶって縮こまった。そして、宿の人間には悪いが口の中に毛布を突っ込んで叫ぶ。

「うあああああああああああああああああっ!」

「あ、アル!?」

 狼狽する見知った少女。しかし、アルシェムには彼女に構う余裕がなかった。必死で身に着けていた武器を遠ざけて毛布で自分の動きを制限することにしか神経を傾けられていないからである。

 そこで男がアルシェムに近づいてきた。

「ど、どうかしたアル? 大丈夫かい?」

 近づいて話しかけた。たったそれだけで――アルシェムは暴れた。背にあてられた手を跳ね飛ばし、気配を探って出来るだけ男から離れるように遠ざかる。少しばかり近づいて来ようとしていたが、そこで見知った少女達の片割れが男に声を掛けた。

「ヨシュアさん、下にシスター・メルがいらっしゃるので呼んできてください!」

「あ、ああ、分かった!」

 男が遠ざかって行く気配がする。しかし、油断は出来ない。何故ならば、まだ戻ってくるかもしれないから。だからこそアルシェムはまだ丸まったままで震えていた。少女達ならば良い。ただ、男という存在が受け入れられないのである。過去の経験によって。特に、ひげ面の男などは最悪である。アルシェムのトラウマを全力で掘り起こしてくるからだ。

 そして、そこに男とさらに見知った気配の少女が入ってきた。びくり、と震えて男から出来得る限り距離を取ったアルシェム。男は新たに入ってきた見知った気配の少女に止められてその位置を動かないことになった。

「アルシェム、毛布剥ぎますよ」

「……メル……せんせ?」

 そこに出現したのが、アルシェムの信頼する人物だったことに気付いたアルシェムは毛布からおずおずと顔を出した。顔は青白いのに全力で泣いたのか眼だけが充血してしまっている。それを見たメルは内心で溜息を吐きながら先ほど階下で手に入れておいたものをアルシェムに手渡した。

「飲んでください。落ち着きますから」

「……薬じゃ、ない……?」

 アルシェムは、それが怪しいものではなくメルが差し出した信頼性の高いものであると、脳内では分かっていた。しかし、これまでの経験からか――それが薬であれば飲む気は全くなかった。

 それを、メルはよく理解していた。だからこそ、メルが差し出したものは湯気の立ったミルクセーキ。たとえば色のついた液体が混ざっていればすぐに分かりそうな飲み物を用意していたのである。

 メルはアルシェムにミルクセーキを近づけながら中身の色を見せつつ言った。

「ただのミルクセーキですよ」

 アルシェムはゆっくりと手を伸ばしてそれを受け取り、少しずつ冷ましながら飲んだ。じんわりとあったかい液体が体を温め、恐怖で冷え切った体を万全の状態へと近づけていく。同じく精神も、あったかい飲み物を飲んだことでリラックスし、落ち着いてきた。

 そうして――ようやく事態を把握した。ミルクセーキを呑み終わったアルシェムはゆっくりと深呼吸し、詰めていた息を吐いて――そして、まだかすかに震える声でメルに礼を言った。

「……ありがと、メルせんせ。落ち着いた」

「それは良かったです。取り敢えずベッドに戻りましょうか。一応応急処置はしましたけど、まだ治り切ってはいないはずですから」

 メルの言葉に従い、アルシェムはゆっくりとベッドへと戻った。少しばかり腕がひりひりするが、それ以外はあまりけがはなかった。そして、エステル達に向き直ったアルシェムはメルの手を握りながら何があったのかを語り始めた。悪夢のことではなく、あくまで放火事件のことを。




若干アルシェム視点にも見えないことはない件。

では、また。

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