雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
みんなだいすきジークお兄さんの登場。
では、どうぞ。
マーシア孤児院に辿り着いたエステルは、クラムを見つけると説教の体勢に入った。クラムは言い逃れしようとしていたのだが、クローゼの泣き落としによってそれも敵わず。クラムはエステルとクローゼの二段構えで説教されてしまった。見習いたいわ、とマリィ――孤児のうちの一人で、とてもしっかりものである――は思った。
説教のされ過ぎでグロッキーになったクラムはうめき声を漏らす。
「う、うう……」
「クラム君……もうこんなことはしないって約束してくれる?」
「わ、分かったよクローゼ姉ちゃん……」
クラムはしばらく説教されてから非を認め、エステルにしぶしぶ支える籠手の紋章を返した。そこまでは本当に真面目な話をしていたのである。――その、鳥が現れるまでは。
「ピュイーッ!」
甲高い鳴き声を上げて、真っ白い鳥が飛来した。
「あら、ジーク?」
クローゼは呼んでもいないのにジーク――リベール王国の国鳥であり、クローゼととある人物たちの間で共有されているペットでもあるシロハヤブサの名である――が飛来したことに驚いていた。しかも――
「うっわちょっ、やっぱこー来んの!? やめてマジで止めて目に当たったら失明するってーの!」
クローゼが命じてもいないのにアルシェムを襲い始めたのである。ジークの瞳にはなぜか怒りが浮かんでおり、絶対アルシェムを赦さんバードと化していた。頭を何故か集中的に突く当たり、かなりの悪意が見て取れる。このままではアルシェムはジークに突き殺されてしまうだろう。
それを見て取ったクローゼは慌ててジークにお願いした。
「ジーク、止めて! お願い!」
「……ピュイ」
明らかに納得していない表情のジークは、それでもクローゼの命に従ってアルシェムを突くのを止めた。しかし、隙あらば突こうとしているのが目に見えている。アルシェムはジークにだけは気を許さないでおこうと切に思った。
ジークにしてみれば、アルシェムは赦すべきでない敵だから突いていたのである。しかし、生憎ジークがそのことを伝えられるのは敬愛する主クローゼと何故か憎き敵アルシェムだけ。ジークは一緒に行動しているらしい若い遊撃士たちに注意できないのを酷く残念がっていた――と書くと、人間に見えるかもしれないが、あくまでもジークはシロハヤブサである。決して鳥頭ではない意味不明の賢さを持つ鳥・ジーク。彼の生態を、アルシェムは知りたいとも思わなかった。
と、そこに騒動を聞きつけたのか孤児院の中から女性が出てきた。柔らかい雰囲気の、いかにも優しげな女性である。
「あらあら、何の騒ぎですか?」
「あ、テレサ先生」
「あのね、あのね、ジークがお姉ちゃんにぴゅーんでざくざくなの!」
物凄く物騒なことを言う幼女に、テレサ――テレサ・マーシアはこのマーシア孤児院の院長である――は眉を顰めながら問うた。どちらかというと困っているふうでもある。流石にその説明では把握できないのだろう。
「ポーリィ、えっと……」
「済みません、先生。その……ジークが、ちょっと」
クローゼは顔を真っ赤にしながら弁明した。というのも、ジークはクローゼのペットという認識が成されているからだ。何も知らない一般人から見ればペットのしつけがなっていないと言われるだろう。実際は、とある人物がクローゼのためにとつけてあるのだが。決してペットなどではない。
事情を聴いたテレサはアルシェムに問いかけた。
「大丈夫ですか、遊撃士さん」
「えー、まー……確かに動物に好かれたことないから分かりますから、えー……」
アルシェムは物凄く遠い目をしてそう答えた。動物にも魔獣にもアルシェムは好かれることはない。というよりも、むしろ忌避される傾向がある。本来ならばジークには避けられているのだろうが――とある事情で、アルシェムはジークに恨まれていた。
「そ、その……」
「気にしないで貰えると助かります……あは、あははは……」
どう見ても情緒不安定なアルシェムを見て、テレサはエステル達を含めてお茶にしないかと誘った。流石に落ち着いて貰わないと、この先魔獣に襲われては申し訳ないと思ったからだ。
孤児院の中で、孤児たちと一緒にエステル達はおやつを取った。時間的にはあまりお腹が空いていることはなかったのだが、紅茶とアップルパイの組み合わせが絶妙で美味しかったからである。この紅茶は普通の紅茶ではなく、アップルパイの中身に入れてある野生のアップルの皮で煮出した紅茶――所謂、アップルティーである。少し酸味の強いアップルを歯ごたえが残る程度に甘く煮て、それをさくさくのパイ生地の中に封入して作られたアップルパイはまさに至高。同じアップルを使っているからか、味もこれ以上ないほどにマッチしていた。
その、至高のアップルパイを堪能したエステルは思わず言葉を漏らした。
「あー、美味しかった」
「ふふ、それは良かったです。今日のアップルパイはクローゼが焼いてくれたものなんですよ」
満面の笑みで言ったエステルに、テレサはそう返した。すると、エステルの目がクローゼに向く。そして、にわかに目を輝かせながら尊敬の念を宿してこう言った。
「そうなんだ、凄い!」
「え、えっと……それほどでもないですよ」
クローゼはエステルの喰いつきように少しばかり引きながらもクローゼは答えた。このアップルパイの作り方はクローゼの祖母から教わったもの。上手くできているようで安心したと言えば安心したのだが、まだまだ祖母の味には敵わない、と思っていた。実際、クローゼの祖母――リベール王国で一番偉大な女性である――の作るアップルパイとクローゼのそれとは比較しても遜色ない出来なのだが、今現在のクローゼの状況では比べることが出来ないためにその判断になっている。
その後、少しばかり歓談したエステル達は日が傾く前にとテレサに暇を告げ、孤児たちに見送られながら孤児院を後にした。クローゼは王立学園の門限までに戻れれば良いからとルーアンの案内を申し出てくれ、エステル達はそれを喜んだ。
メーヴェ海道をルーアン市街方面へと抜けようとすると、何故か男の悲鳴が聞こえた。
「うおお~、誰かぁぁぁぁ!?」
「え、何!?」
その声にエステルは困惑して足を止めてしまう。比較的近くで発生した悲鳴に気を取られたのだろう。
「あー、見て来る。エステル達は先にクローゼさん連れてルーアン行ってて」
「え、でも……」
「まだルーアン所属じゃないけどクローゼさん一応一般人だからね、エステル。つまり護衛対象。危険に晒すわけにはいかない。おけー?」
戸惑うエステルを口早に言いくるめたアルシェムは、エステル達から離れて悲鳴の方向へと駆け付けた。そこには――何故か、丸腰の男がいた。しかも、護衛に遊撃士もつけずに。
「た、たーすっけてー!」
「分かったから大人しくしてて下さいねそこの人! 後でお説教!」
「ひえっ……」
全力で叫んでいた男を叱咤したアルシェムは、魔獣を殲滅した。この際方法は問わない方向でいったので、かなり凄惨な現場になってしまったのは言うまでもない。魔獣の気配がなくなったことを察知した男は、そこで一息ついてこうこぼした。
「うおお~……今回はヤバかったな……」
「……取り敢えず、何でこんな場所で護衛もつけずにいるのか教えて貰えません?」
溜息を吐きながらそう問うと――男は、とてもイイ笑みを浮かべながら親指を立て、こう言った。
「ありがとさん、遊撃士ちゃん! じゃあな!」
そして走り去っていく。流石に怪しいとは思ったものの、今ここで追いついて何かしら巨大な陰謀でもあれば止めきれないのは見て取れたので追うのは諦めた。アルシェムはそこからエステル達を追い、ジャバという魔獣に苦戦しているエステル達に追いついて一緒に撃破した。
「あ、ありがと、アル」
「それは良いけど……うん、何でこんなとこにこんな魔獣がいんの?」
アルシェムは首を傾げながらそう問うた。というのもこの魔獣、普段は林に潜んでいるのである。つまり、何らかの理由で海道に出て来たということだ。その理由がろくでもないものでなければ良いのだが、とアルシェムは思っていた。最近の手配魔獣はやたらと危険なことに繋がっているからである。
「それは分からないけど……アル、君って人はリベールの魔獣の分布まで把握してるのかい?」
アルシェムの思考を何となく予測出来たヨシュアは呆れたようにそう告げた。アルシェムはそれに、無駄なことだけ覚えてるんだよと返した。確かにある意味無駄なことである。ヨシュアは何も言い返すことが出来なかった。
そこから少し進んだところで、アルシェムはふと海岸の方を見下ろした。すると、そこには砂浜に流れ着いた樽らしきものがある。
「あ、エステル、あそこに何か不審物あるから調べて来るー」
「え、あ、ちょっとアル!?」
エステルの制止も聞かず柵から飛び降りたアルシェムは、慎重に樽を調べ――そして、樽の中から海図の切れ端と趣味の悪い骸骨をあしらってあるダガーを手に入れた。何ともいえない顔をしつつもアルシェムは飛び上がってエステル達の元へと戻り、とりあえずその海図とダガーを遊撃士協会に預けることに決めた。
そして――一行は、ルーアン市街へとたどり着いた。遊撃士協会に寄ったものの、少しばかりカッコイイお姉さん遊撃士に受付――ジャンという名らしい――にお客が来ているらしい。それでは手続きが出来ないので、エステル達はクローゼの勧めもあってルーアン市街を散策することになった。
倉庫街の方へ向かうと、何やら騒がしい。どうも誰かが絡まれているようである。アルシェムはエステル達と顔を見合わせ、言い争っている男女の元へと向かった。そこには――
「だからあたしは急いでいると言っているでしょう」
「別に良いじゃん、用事なんてほっぽって俺達とイイことして遊ぼうぜ」
いかにも不良です、と言わんばかりの青年たちと、それに絡まれているシスターがいた。金髪で、碧眼のシスターである。紛うことなく――メル・コルティアであった。
アルシェムはとりあえず両者の間に割って入った。
「イイことの内容によってはご同行願うことになるかもよ、不良君達」
「ああん? 何だテメェ」
アルシェムに向けてガンを飛ばしてくる青年たち。それをのほほんと見ていたメルは今更のようにこう言った。
「……あら、アルシェムではありませんか」
「って、メルせんせ? うわー、罰当たりだわーこの不良君達。よりによってシスターに手を出そーとする? フツー」
「余計な口挟んでんじゃねえぞ、ガキ」
そう言って紫色の髪の男がアルシェムの胸ぐらをつかもうとして――その手を、メルに叩き落とされた。
「痛ってぇ! 何しやがるこのアマ!」
「それはこちらのセリフですよ。婦女子に手を上げるなど、最低です」
「テメェにゃ手を上げてねえだろうが!」
アルシェムはその言葉を聞いて物凄く遠い目になった。確かにアルシェムの胸はない。絶壁である。激しい運動をしたって全く揺れない奇蹟のようなシロモノである。いわゆるひんぬー。だが、流石に(多分)女であることを棄てた覚えは毛頭ないのである。
アルシェムは微かに体を震わせながらこう告げた。
「わたし、女だけど」
しかし、目の前の不良達はそれを信じなかった。
「はあ? 冗談も休み休み言えよ!」
「そんなまな板な女がいるかよ!」
赤髪の不良と緑髪の不良が口々にそう言った。どうでも良いが、なかなかにカラフルな頭をした不良どもである。
酷い。アルシェムに向けて言うにはとても酷い言葉である。アルシェムの胸が絶壁なのは確かに真実である。だが、流石に胸だけで女子かどうかを判断されるのは腑に落ちなかった。そのため――自然と、言い返すことになる。
「王室親衛隊のユリア・シュバルツ中尉見てきたら? あの人、わたしと同じくらい絶壁だから」
そう言った瞬間。
「ピュイーッ!」
怒り心頭 の シロハヤブサ が 現れた!
ジークは上空から一気にアルシェムの頭に突き刺さろうとした。しかし――アルシェムは、それを避けた。ジークは勢いを止めきれずにそのまま突入し、そして。
「ぐぼはぁぁ!?」
赤髪の男の鳩尾にクリーンヒットした。もう、突き刺さる勢いでジークが突撃したのである。むしろ貫通していないというのがオカシイ。有り余った勢いを存分に生かしたジークの突撃は、正直に言って命の危険を感じるレベルである。
ジークが突撃した場所を押さえて大げさに蹲る赤髪の不良。
「れ、レイス!?」
「ぬぐおおおおお……」
そして、その赤髪の不良――レイスという名らしい――の前に慌てたように降り立ったジークはぺこぺこと頭を下げ始めた。どうも、謝罪しているつもりらしい。意味不明なまでにハイスペックな鳥である。むしろシュールだ。
メルは苦笑しながらレイスの服を捲った。
「うぉい!?」
「はいはい、じっとしてて下さい。……あー、これなら大丈夫。内臓破裂もしてないし、骨折もしてない。結構丈夫なんですね、貴男」
「い、いやあ、それほどでも……」
メルに診察されて鼻の下を伸ばすレイス。流石に美人に看病されるというのは夢のような出来事だったのだろう。メルが立ち上がろうとすると、レイスはむしろもっと看病してて! とでも言いたげな名残惜しそうな顔でメルを見上げた。
「一応、安静にしとかないとダメですよ。どこか休めるところにつれて行ってあげてくださいね?」
「あ、ああ……」
「では、お大事に」
メルはそこで優雅に礼をし、アルシェムを連れだってその場から去った。ついでにその手にジークが握られていたのは言うまでもない。
エステル達と再合流したアルシェムは、ついでに合流したメルからジークをクローゼに引き渡した。
「す、済みません……」
「いえ、相手のかたに大事がなくてよかったですよ、クローゼさん。その……どう見てもアルシェムを狙っていたようですので、出来れば止めて頂けると良心が痛まないんですが」
良心が痛まなければジークを止めないのだろうか、とアルシェムは思った。どれだけ本気かによって、メルの後の楽しみ()が増えるのは言うまでもない。
と、そこでエステルがメルに話しかけた。
「そういえばメル先生、クローゼさんとも知り合いみたいだけど……いつルーアンに来たの?」
「《リンデ号》の事件の最中ですね。多少時間はかかりますけど、ボース上空を使わなければ《セシリア号》の方が早かったので」
「そ、そうだったんだ……」
その後、メルはエステル達と別れて七耀教会へと戻った。アルシェムの手に紙きれを握らせて。ヨシュアだけが、メルが去っていくのを冷たい目で見ていた。
ルーアンでの主人公はジークお兄さんです。
嘘です。
では、また。