雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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旧33話~34話のリメイクです。

では、どうぞ。


~白き花のマドリガル~
ボースからクローネ関所へ


 シェラザード達をボース空港で見送ったエステル達は、ボースマーケットで暫し買い物をしてからルーアン方向へと徒歩で向かうことにしていた。

「ね、アル。アルは何か買わないの?」

「消耗品はもー買い揃えてあるから別に」

「ふーん。ま、いっか」

 エステルはその後、一時間ほどボースマーケットで買い物を楽しんだ。ヨシュアは呆れたように見ていたが、アルシェムは女の子の買い物は長いという統計的に証明されている事実を盾に少しでも長く買い物をさせようとした結果である。エステル自身は気付いていないようだが、十分ストレスも溜まっていたはずだ。父親が人質になっているかも知れないという不安と闘いながら今日まで頑張ってきたのだから、少しくらいご褒美があっても良いだろうという気遣いである。

 ふと、エステルが露店の前で立ち止まった。可憐な女性が営む店である。何を売っているのかと覗き見てみると、カステラのようだった。それを見たエステルが目を輝かせる。

「ヨシュア、これ美味しそうじゃない?」

「そうだね。3つもらえますか?」

「はい、少々お待ちくださいね~」

 ヨシュアがそのカステラを買い、外のベンチで昼食代わりにして堪能する。濃黄色のふわふわの生地に、少しばかりほろ苦い焦げ目。売り子さんは『東方の甘い餡子というものを挟んでもおいしいですよ』と言っていたが、これ以上甘みを足さなくても十分満足する甘さであった。ついでとばかりにアルシェムはエステル用にミルクとヨシュア用にコーヒー、自分用に紅茶を買って一息ついた。

 これっで十分リフレッシュできただろう、と思ったアルシェムはエステルに声を掛ける。

「さて、じゃー、行く? エステル」

「あはは、うん。行こっか、ヨシュア、アル」

 エステルはそう言って勢いよく立ち上がり、一度遊撃士協会に寄ってから西ボース街道に向かった。途中の魔獣は、エステル達が粉砕した。エステル達も成長しているのである。――もっとも、ヨシュアはエステルに合わせたレベルに抑えているだけなのだが。クローネ山道の魔獣も難なく粉砕し、エステル達は夕方にクローネ関所へとたどり着いた。

「は~、やっと着いたわね」

「そーだね。……さて、泊めてくれるかな?」

 アルシェムは勢いよく伸びをするエステルに苦笑してそう返した。既に日は傾いて来ており、ここから下山するのは危険である。もっとも、エステルのことさえ考えなければ突破できるのだろうが、流石にそこまでして先を急ぐつもりもない。

「え、どうして?」

「エステル、流石に夜の峠越えはお勧めしないけど……」

「あ、そっか。この先にあるのは一番近くてもマノリア村……って、流石にそこまで強行突破は出来ないもんね。あは、あははは……」

 エステルは遠い目をして笑った。この先は峠を越えてさらに道を進まないと休める村が出て来ないのである。途中で野営をするという手も無きにしも非ずなのだが、流石に今の状況でそれをするのは危険すぎるだろう。

 協議の結果、関所で泊めて貰えないか聞いてみることにした。聞くのはじゃんけんで負けたヨシュアである。そして、ヨシュアは見張りをしていた兵士に上手く取り入って泊めてもらえるように誘導した。幸い、部屋が空いているので無料で泊めてくれるという。ヨシュアは早速副長と隊長に挨拶に行き、体調室の隣の休憩所を使って良いとの許可をもらった。

そのまま休憩所に通されたエステル達は荷物をほどき、休憩する。ヨシュアが暖炉をつけて一息ついていると、そこにクローネ関所所属の副長が入ってきた。

「お邪魔するぞ」

「あ、どーぞ。お世話になってます」

「遠慮すんなって、いつもこっちが世話になってるんだし」

 からからと笑う副長。どうやら、副長はお堅い軍人とは違うようだった。豪放に笑いながら彼はこう提案した。

「今夜は泊まりなんだろ? 夕食、俺達と同じメシで良けりゃご馳走するけど……どうする?」

「え、良いの?」

「勿論だ。それに……うわさに聞いたところによると、あんた達が空賊事件の解決に協力してくれた遊撃士たちだろ? そんなボースの恩人に食事も出さねえなんて軍の名前がすたるぜ」

 副長の申し出を断る理由はなかったので、ヨシュアはその提案を受けた。何から何まで済みません、という言葉を添えて。副長は味に期待はするなと言いながらもそこらのマズいレストランよりは数段美味しい料理をエステル達に振る舞ってくれた。

 振る舞ってくれた料理は、サモーナのルーアン風バルサミコソースがけと、パン。それに、野菜と肉たっぷりのミネストローネである。若いうちはこんぐらい喰いな! と言わんばかりに大量に振る舞われた料理を、忌憚なく美味しいと感動しまくったエステルによって副長の機嫌は上々だった。

 食事を終え、半ば強引に後片づけを手伝ったエステル達は休憩所に戻ってくつろいでいた。美味しいご飯を無料で食べさせてもらった上に無料で泊めてもらうのは気が引けたからである。このおかげでクローネ関所の遊撃士人気はうなぎのぼりだった。

 と、突然休憩所の扉が叩かれた。それにエステルが返事をすると、副長が顔を覗かせた。

「ちょっと失礼」

「あ、副長さん」

「本当にありがとうございます、ご馳走様でした」

 エステルとヨシュアの満面の笑みを見て副長はだらしなく笑った。どうやら骨抜きにされてしまったらしい。

「一応朝飯も残りもので良ければ食べてってくれよ? ……張り切って作り過ぎたから」

「え、良いの?」

「流石にそこまでしていただくわけには……」

「遠慮すんなって。困ってる時はお互い様、だろ?」

 そうして副長に上手く丸め込まれたエステル達は朝食もお相伴にあずかることになった。話がまとまったところで、ようやく副長が本題を話し始める。

「それでだな、もう1人客が来たんだが、相部屋でも構わないかい?」

 その言葉にアルシェムは眉をひそめた。今この時間にクローネ関所まで来るような一般人はいない。すっかり日も暮れたあとであるため、危険すぎるからだ。一般人でなく、軍人がここまで通すということは――

「遊撃士ですよね、多分。一体誰です?」

「え、何で遊撃士だと思うの? アル」

 エステルの疑問にアルシェムは少しだけ解説を加えた。こんな時間に一般人がここまで来られるわけがない、という事実を。エステルはそれに手を打って成程、といった。そしてエステルは相部屋を快諾し、中に通されてきた遊撃士を見て驚愕した。

「あ、アガット!?」

「フン……どこかで見たような顔だぜ」

 そこに現れたのは、ふてぶてしい態度の赤毛の遊撃士、アガットだった。知り合いなのを見て取った副長は後のことを仲間内で決めてくれと言って去っていく。それを確認したアガットはエステル達に向き直って言葉を零した。

「さてと……オッサンの子供達とヒヨッコだったか」

「あ、自己紹介まだでしたっけ。一応カシウスさんの養女のアルシェム・ブライトです」

「……あのオッサン、何考えてんだ……」

 アルシェムの自己紹介を聞いてアガットは頭を押さえた。アガットから見て、アルシェムはどう見ても準遊撃士にしては実力がありすぎる少女である。エステルやヨシュア程度ならともかく、アルシェムは異常という言葉に尽きた。そんな彼女を養子にしたということは、カシウスにも何か考えあってのことなのだろうが――と、そこでアガットは我に返った。そんなことはどうでも良い。何故彼女らがここにいるのかが分からない。何を考えているか分からない実力不足の準遊撃士共が無茶をしないように目的を聞いておく必要があった。

「それで、何だってこんな場所に泊まってやがる。シェラザードはどうした?」

「シェラさんはロレントに帰りました。今はこの3人で旅をしています」

「正遊撃士目指して王国各地を回ろうと思って。修行を兼ねて、自分の足だけでね」

 ヨシュアとエステルの答えを聞いてアガットは呆れ返った。先日、カシウスから任された依頼を少しばかり手伝ってもらおうかと一瞬でも考えた自分が馬鹿らしく思えたのだ。その程度の実力は当然カシウスに叩き込まれているはずだと思っていたのもある。しかし、先日見た限りではヨシュアとアルシェムに少しばかり腕に覚えがある程度で、エステルに関しては論外。カシウスは何をしていたんだとでも言いたげである。

 アガットはそういう理由で呆れ返って言った。

「正遊撃士? 歩いて王国一周だぁ? 随分と呑気なガキ共だな」

 自分にまかされた依頼も知らないで、という副音声がつくこの言葉であるが、カシウスは家族にその依頼関係の話を全くしていないのでその呆れは見当はずれでもあった。

「あ、あんですってー!?」

「多分カシウスさんもあなたにやらせたと思いますけど。自分の足で自分の護るべき場所を見て回れって」

「年齢が違うっつうの、年齢が。大体なあ、お前等みたいなガキが簡単に正遊撃士になれるわけねえだろ? 常識で考えろや、常識で」

 図星を突かれたアガットだったが、それでも確かにアガットとエステル達では遊撃士になった時期が違った。アガットはその前に下積み――と言っても、不良集団の中で暴力を振るっていただけである――があったのである。しかし、エステル達には恐らくそれがない。いかにカシウスが鍛えただろうとはいえ、実戦の経験がなければどうしようもない。

「うーん、アガットさん。簡単になれるわけないと思ったからこうしてじっくり経験を積もーとしてるんだけど……」

「ちんたらしすぎだっての、ったく……事件は突発的に起こるんだよ。《リンデ号》だってそうだ。あの事件――シェラザードの手も借りずにお前達だけで解決できたと思うか?」

 アガットの問いにエステルは黙り込んだ。確かに、あの事件はエステル達だけで解決したわけではない。しかし、誰かの手を借りて進んでいくことが悪いことなのだろうか。

 考え込むエステルに小さく溜息を吐いたアルシェムはアガットにこう反駁した。

「想定がおかしーですアガットさん」

「何だと?」

「仮にシェラさんがいなくて、不審者帝国人もいなかったとしましょーか。それでエステル達に出来なかったことと言われれば突入だけです。それも、人数不足ってゆーだけでね」

 アガットはその言葉に眉をひそめた。シェラザードという遊撃士がいなくても軍とさえ連携が取れていれば解決したかのようないいぶりである。

「《リンデ号》の場所の情報だって、空賊の目撃情報だって、たとえわたしがいなくともエステル達なら拾えます。それにあの時軍と迂闊に連携していれば逃げられていた可能性だって高いんですよ」

 アルシェムの言葉に、アガットは鼻を鳴らして答えた。

「どうだかな。力も経験もない新米のガキだぞ。テメェは多少覚えがあるようだが……浮かれて咄嗟の判断も出来ずに周りの足を引っ張るのがオチだ」

「う、浮かれてなんか無いもん! あんたの方こそ、こんな時間に峠越えなんか危ないって分かっててやってんの?」

 エステルはそう抗弁するが、流石にそれはマズイ。間違いなくアガットの方が経験も力もあるからである。この時間に峠越えをするリスクも考えて、なおかつやらなければならないような事態が起きているのだとアルシェムは推測した。

「エステル、流石にアガットさんのほーが経験はあるんだしそこまでね。多分この人、事情があってこんな時間にも拘らずここにいるんだろーから」

「お前に擁護される筋合いはない。それに俺の方は仕事だ。物見遊山の旅と一緒にするんじゃねえ」

「ふーん、仕事、ねぇ。遊撃士協会のでしょー?」

 ふてくされた様子のアガットは思わずそこで情報を漏らしてしまった。

「ああ、お前等のオヤジに強引に押し付けられた……」

 と、そこで思わず口が滑ったのを自覚したのかアガットは言葉を止めた。流石にこの件を手伝えるほどの力量が彼女らにあるとは思えなかったからである。すると先が気になるエステル達は騒いだ。勿論アガットは誤魔化して早く寝るように言ったが。

 そして、アガットがベッドを1つ占領してしまったのでどうやって寝るかを協議する羽目になったのは言うまでもない。ベッドは、2つしかないのだ。結局、エステルとヨシュアが一緒に寝ることになり、アルシェムは荷物から寝袋を引き出して寝ることになった。エステルとアルシェムが一緒に寝れば良いだけの話なのだろうが、生憎ヨシュアにはアルシェムの寝袋のサイズは小さすぎたのだった。

 

 ❖

 

 アルシェムは、深夜に目が覚めた。いつものように悪夢を見たからである。その悪夢は――ちょうどここ、クローネ関所が黒装束の男達によって占拠され、エステル達もアガット含めて無力化されて殺されている、というものである。流石に笑えない話だった。もしもあり得るならば、この瞬間にでも――と思ってアルシェムは寝袋を脱いで装備を整えた。

「……アル、起きているのかい?」

 そこに声を掛けたのはヨシュアである。うなされているときには声を掛けないが、こういう不審な動きを始めれば声を掛ける。それがヨシュアクオリティである。アルシェムはヨシュアにこう答えた。

「何か嫌な予感がして……予感、でとどまれば良いなーと思ってた時期があったよ全くもー!」

 答えている途中に、関所周辺の魔獣の気配が一変した。明確に敵意を持って迫りくる魔獣の気配に、アルシェムは総毛だった。その声でアガットも起き出す。

「何騒いでや……ッチ、そういう勘だけは鋭いわけか!」

 アガットはベッドから跳ね起きてボース側の入口へと駆けだした。アルシェムはそれを見てそちら側はアガットに任せても良いと判断し、エステルを起こして魔獣の気配がすることを伝えた。そして関所内で仮眠している兵士を起こすように重ねて伝え、アルシェム自身はルーアン側の入口へと急いだ。

「うっわ、こっちの手薄すぎ!」

「くっ……ゆ、遊撃士の嬢ちゃん、か?」

「ちょっとばかし掃除するんで入口の防衛だけ頼みますねー」

 アルシェムは負傷していた兵士を扉の方へと押しやり、棒術具を組み立てて魔獣の群れの中に突っ込んだ。頭を叩きつつ、寄ってこないように牽制する。そもそもこれだけの魔獣が関所に集まるのはおかしな話でもある。せめて誰か手伝いに来てくれれば――すぐ近くにある魔獣除けの街道灯の調子を見るのに、と思っていた。

「邪魔! ってーか、統制とれ過ぎてて逆に怪しーよこれ!」

 棒術具で魔獣を薙ぎ倒し、吹き飛ばしつつも――数が減らない。大ダメージを受けた魔獣はすぐさま消えるのだ。そして新手がやってくる。恐らくコレは操られているのだろう、とアルシェムは思った。

 と――そこに、アルシェムの待ち望む救援は来た。

「うおりゃあ!」

 豪快に飛び上がって魔獣に大打撃を与えたのは――アガットだった。それを見てアルシェムはアガットの背後に回り、死角からアガットに襲い掛かろうとする魔獣を弾き飛ばす。

「ッチ、こっちが本命か……!」

「アル! 街道灯を!」

 そこにエステル達も現れ、状況を見たヨシュアがアルシェムにそう指示を出す。アルシェムはヨシュアと入れ替わって即座に街道灯の調子を確かめた。

「お、おい! 無闇に触るな!」

「1年のツァイス留学経験持ってます、街道灯の点検くらい出来ますからそっちを!」

「……ッチ、どうなっても知らねえぞ!」

 アガットは吠えた。そして――エステルも兵士を中に引き込み終えて扉を死守すべく立ちはだかる。エステル達は、魔獣狩りを開始した。

 アルシェムはというと――

「……やっぱ正常なんだけどなー……ってことは、やっぱ操られてるわけか……」

 溜息を吐きつつ点検を終え、ボース側の街道灯も一応点検してからルーアン側に戻り、まだ残っていた魔獣退治を手伝うのだった。




というわけで、ろ……アガットおにーさんの登場でした。

では、また。

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