雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 駆け足気味。


門番たち(S1204/12/29)

 《門》から出されたアルコーンたちは、一度《メルカバ》に戻って休息を入れた。そして夜が明けてからもう一度《門》へと向かう。そこにあったのはまた別の人物が番をしている《門》で、そこで待ち受けているのはどうやらシグムントであるらしかった。ゆえにアルコーンはまた人員を振り分けた。今度は《メルカバ》の守護はティオとリーシャ、シズクで。そして《門》の守護はアルコーンとエリィで。中に入るのはランディ、リオ、ロイド、ノエル、レンといった組み合わせだ。

 シグムント相手に全力で向かう必要はあったのだが、アルコーンの体調が少し思わしくなかったので外れさせてもらった。それもこれも大樹を通して干渉してきている存在がいるからなのだが、それを説明するわけにもいかない。とはいえロイドたちからは何も言われなかったので説明する気もなかった。

 ロイドたちを見送り、《門》にもたれたアルコーンは目の前に出てくる殺意満々の魔獣をにらみつける。

「昨夜はこんなの出なかったのに……」

「あちらさんはわたしを殺したいのさ。分かりきったことだがね。とはいえ――無駄なことだが」

 嘆くエリィは、アルコーンが何をしたのか分からなかった。ただ目の前の魔獣がいきなり細切れになって死んだという事象しか認識できなかったのである。アルコーンの手には剣のような何かが握られていた。それが振るわれた結果そうなったらしいが、どう見ても届く間合いではないはずだ。目を眇めてその剣を観察してみれば、それが法剣であることが分かった。

「本当に芸達者よね……それ、使うの初めて見た気がするわよ? 確かだいぶ癖があって扱いにくいんじゃなかったかしら」

「わたしはそういうふうにできてるのさ。しかしよく知っていたな?」

「ああ、それはリー……いえ、何でもないわ」

 人名を出そうとしたエリィは、口止めされていることを思い出して口をつぐんだ。しかしそれはアルコーンには通じなかったようだ。

「……ふむ、シスター・リース・アルジェントと知り合いだったか。ならば知っているのも道理だな」

 それに思わずエリィは突っ込んだ。まさか少し気の合う友人がアルコーンとも知り合いだとは思いもしなかったのである。

「待って、ねえ、どれだけ交友関係広いのよ」

「それなりに、と言っておこう。おそらくこの事態にかかわらなくてはならない全員と面識は作らされていると思うぞ」

 鼻で笑ったアルコーンの言葉をエリィは冗談だと思いたかった。しかし、それを冗談だと笑い飛ばした結果が『アルコーン』だ。仲間だと思っていたアルシェムは死に、利用し利用される関係にしかなれないアルコーンと再会して理解した。たとえそこに何が絡もうと、彼女は目の前にある真実を述べている。特に信じられないようなことを言っているときは基本的に真実なのだ。

 とはいえエリィは一つ確認しておきたいことがあった。

「……まさかお母様とまで面識ないわよね……?」

「ディアナ・マクダエルか? さすがにないぞ」

「何で名前まで知ってるのよ……」

 頭を押さえ、母の情報まで知られていることに頭痛を覚えたエリィだったが目の端に魔獣が見えて気を取り直す。ロイドたちが戻ってくるまで、エリィは微妙に考えこみながらアルコーンの支援をするのであった。

 

 ❖

 

 そこはまさに地獄のようだった。戦うことでしか自身を証明できない狂った鬼が、猛威を振るっていた。ロイドを跳ね飛ばし、ノエルを地面にたたきつけ、ランディとリオを同時に相手取る。レンが支援をしていなければ、とうの昔に戦線は崩壊していただろう。ここまでに積んでくるべき経験が圧倒的に足りていないがゆえに、ロイドとノエルはそこに立つに値しないのだ。

 ゆえにその二人が足手まといとなり、周囲に気を遣わねばならないランディとリオの二人であっても攻め切れていないのである。

「オラ、どうした? オレを倒すんじゃなかったのかァ?」

「うるせえ。黙ってな……っとあぶねえ」

「きっついね……こりゃきっついわぁ」

 また攻撃がノエルの方に逸れる。それを防ぐために位置取りを変えさえられ、リオがそのフォローに回る。先ほどからずっとこの繰り返しである。回復のアーツが飛んでいなければとっくの昔に終わっていた。もちろん敗北で、だ。今も粘り続けていられるのは、最初からレンが支援に徹していることに尽きる。ロイドたちをかばいきれなくなった時が恐らく最後だ。

 とはいえオーブメントが動かなくなればそれも終わる。それがわかっているからこそシグムントもレンのオーブメントを狙っていた。

「オラぁ!」

「チッ……乙女に襲い掛かるとかさいってーね、この中年オヤジ!」

 レンがらしくもなく焦ったようにそう叫んだ。それもそのはず、シグムントがようやく本懐を果たしたからだ。レンの《ENIGMAⅡ》は破壊され、もう二度と使い物にはならないだろう。それはレンが周囲の援護ができなくなることを意味していた。だからこそレンは行動を変えねばならなくなり、さらに突っ込んできたシグムントから距離をとれない。

 間合いに入った。それを認識したシグムントがにやりと笑って告げる。

「その物言いはやめろ、刻むぞ」

「あら残念ね。もうレンは刻み終わってるの。この十字架が消えるまで、レンは戦い続けるって決めてた、わッ!」

 そのレンに向けて振るわれた斧は――空を切った。

「何?」

「あはっ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

 パン、と柏手を打つ音が、十二か所から響いた。シグムントは周囲を薙ぎ払うついでに音の位置を確認してみれば、そのすべてに同じ姿、同じプレッシャーを感じるレンがいる。分け身にしては妙だ。あのクラフトは、自身の劣化コピーを地脈の力を利用して出現させるものであり、全くの同じ存在が複数出現するなどということはあり得ないのである。しかも十二体も出現するのはどう考えてもおかしい。多すぎるのだ。

 しかし考えても仕方のないことだ。どうせ何かのからくりはあるのだろうが、全員をつぶせば済む話なのだから。それを認識してシグムントは一点集中から周囲の殲滅へと切り替えた。薙ぎ払われる周囲のレンたち。しかし、そのどれもが超絶技巧を持つ元《執行者》である。そうやすやすとは狩られてはくれない。当然それが狙いなのだから当然だ。

 レンはくすりと笑ってシグムントに忠告する。

「あらあら、力押しね。でもあんまりお勧めしないわよ?」

「抜かせ。どうせそう長くはもたねえだろう?」

「どうかしらね」

 くすくすと笑ったレンはシグムントを翻弄し始める。もちろんこれはおとりでしかなく、崩壊しそうだった戦線を立て直すための大技である。その種は簡単だ。アルコーンの作成した《LAYLA》である。あのオーブメントにはそういう分身を作る力があるのだ。もっとも、本体と同質ではないが。最初からシグムントの視界に入っていたレンは全員分け身である。本体は最初から隠形で隠れ、機をうかがっていた。

 とはいえここまで早く戦線が崩壊するとも思っていなかったため、この大技でロイドとノエルを一か所に固めるのが精いっぱいだった。この大技を発動してからこっち、ランディとリオのフォローは全くできていなかったのである。もちろん攻撃しかしていなかったこの二人には《ENIGMAⅡ》の余裕があるので今のうちに回復もできる。

 とはいえそうやって時間を稼いでもらっているうちにリオがしたのはレンと同じく分け身を増殖させること。そしてランディがしていたのは少しばかり悪辣な仕込みをしたSクラフトの準備だった。一度は大技を叩き込んで疲弊させなければどうしようもない状況に陥りかねないのだ。ロイドたちがここまで足手まといになるとも思っていなかったので当然と言えば当然か。大技の後の隙は劣化リオ達が何とかする予定である。

 そして。

「悪いが叔父貴、強引にいかせてもらうぜ」

「ほう? 今ここでそれは悪手だろう。性根だけでなく技すらも腐ったか?」

「抜かせ」

 不完全ながらもシグムントに直撃するランディのSクラフト。その後の隙を埋めるように怒涛の劣化リオ達のクラフト、インフィニティ・ホークの乱舞。物量で攻められればさすがのシグムントも足を止めて防御に徹するしかない。ランディが体勢を立て直した時には、シグムントは浅く皮膚を切り裂かれた状態でなお立っていた。この程度ではまだ倒せないのは分かってはいたが、それでもまだやらねばならないことに辟易とする。

「おいおい、流石に膝位はついてほしいもんだぜ」

「《戦鬼》を舐めるな、ランドルフ」

 にやりと笑ったシグムントは――身の危険を感じてその場を飛びのこうとして、失敗した。身体が思うように動かないのだ。

「何? ……おいランドルフ、テメェ何しようとしてやがる」

「何って、麻痺毒喰らった時点で想像つきそうなもんだが?」

「いやそっちじゃねえ」

 しかしシグムントが何よりも注目したのはその手に持っている細長い何かだった。遅まきながら先ほどのランディの武器に麻痺毒が塗られていたのは不本意ながらまあ理解した。しかし、今ランディが持っているのはシグムントの想像したものとは違う。シグムントの記憶が正しければ、ランディの持つあれは金属製のケーブルだったはずだ。それをもってにじり寄ってくるランディ。色んな意味でシグムントは危機を感じた。

「おいちょっと待て、こら、おい――」

「ロイド直伝の捕縛術だ。ありがたく喰らっとけ、叔父貴」

 凄惨に笑いながら、ランディはシグムントを縛り上げる。こういうからめ手を使わなければ打倒できなかったことは遺憾だが、ここで負けるわけにもいかなかったので致し方ないことだろう。自分でしたことながら、あまりの光景にランディはそっと目をそらした――シグムントの緊縛から。

「目をそらすなァ!」

「解決。もう無理。いやー疲れたなぁ!」

 はっはっは、と笑いながらシグムントを引きずり、ランディは撤退することを選んだ。これ以上戦ってなどいられない。何よりも仲間が限界だった。だから、ランディはそうやって強引に事を終わらせることにしたのだ。できれば真正面から打ち破りたかったが、鈍っていたカンは戻らなかったらしい。ならば、できるすべての手を使ってでも事態を終わらせる責任があった。自身の死など考えない方法で。その結果がこれである。

 そんなランディの脳裏にある言葉は一つだけ。『ランディが死んでも、わたしは消えちゃうよ』と言った『アルシェム』の言葉。もう二度と失いたくはなかった。だから、自分が死なない方法でシグムントに打ち勝つ方法を考え、最低で最悪の方法であっても実行に移した。過程はどうあれシグムントは打倒できたのだ。今はそれでよしとしておくべきだった。

 

 ❖

 

「何故……お前が来る。たった一人で、こんなところにまで迷い込めるはずがない」

「何で来ないと思うの、お父さん。私はお父さんの娘だよ? うぬぼれかもしれないけど、お父さんがここにいるのは私のせいだから――だから、止めに来たの」

 鎖が大地を戒める。その、戒めだらけの空間の中央で、黒い髪の二人が相対した。手には刀。その身にはコートをまとい、時折吹く風に髪を揺らしながら、顔立ちがあまり似ていない二人は相対していた。その鋭く痛々しい気配だけはどちらも似通っていて。それだけで二人が同じような環境にいたことがわかる。一人は傷を負わされたものとして。もう一人はその傷を許容させられたものとして。そうであるのにその二人の主張は悲しいくらいに食い違う。

 『お父さん』――アリオス・マクレインは柄には手をかけているものの、刀を抜き放つことができない。当然だ。この計画を邪魔する人間は何者であれ斬ると決めていたとはいえ、目の前にいる娘はこの計画に協力する動機そのものだ。その彼女が刀を抜いてこちらをにらみつけている。彼女のために始めたことのはずなのに、その彼女はそれを否定するのだ。

「お前は……だが、それでいいのか? お前の目から光を奪い、母を奪った人間が憎くはないのかシズク」

「憎い。そう答えればお父さんは満足するんだよね。でもね、別にそう思ったことはないんだよ? 不幸な事故を憎んだところで、起きたことは変わらないんだから」

 当然だ。普通であれば過去は変えられない。そして、変えてはいけないものだ。どれほどに恥ずべき過去があったのだとしても、それが今の自分を形作っている。その事実を消すことはできない。受け入れて先に進まなければ、いつまでも止まったまま。過去の奴隷になり下がるだけなのだ。そんなことをシズクが受け入れられるわけがなかった。

 しかしアリオスは言い募る。

「変えられる。変えられてしまうんだ、シズク。だから――」

「だから一緒に来てほしいの? お父さん。バカにしないで。不幸な事故を、『私』を増やしたいだなんて思うわけないじゃない」

「だがシズク、お前は――」

「私はキーアちゃんを止める。お父さんを止めるのはついでだけど、止めてほしくないんだったら力ずくでも取り押さえればいいじゃない」

 そして一歩。シズクはアリオスも認知できないほどの速度で足を踏み出した。それに気づいたアリオスは反射的に刀を抜き放ってしまっていた。目の前にいるのはここにいる理由そのもののはずなのに、その彼女を排除しなければ計画は失敗してしまうかもしれない。矛盾だった。しかし、それならばそれで傷つけないように取り押さえればいい話で。

 その思考が甘かったことを、アリオスはたったの一合で思い知った。

「ぬっ……!?」

「私ごときを止められないんだったら、お父さんは何も変えられないよ」

 まるで少女とも思えぬ膂力にアリオスは瞠目する。そして切り替えた。娘の形をした敵だと、自身に言い聞かせようとした。取り押さえて協力させるまではいかなくとも、目が見えるようになったという現状を変えられてしまっては困るのだ。せっかく見えるようになったのだから、いろいろな世界を見て健やかに成長してほしかった。

 なのに、シズクはその生き方を選んでくれない。

「どうせ私の顔を見に来てたのも、その『過去を変える』っていう気持ちを固めるためで私のことなんかまるで見てなかったくせに!」

 激情とともに叩き付けられる一撃。それは確かにアリオスの心を打ち付けた。事実ではないと否定したかったが、心のどこかにその気持ちがあったことをアリオスは否定できないのだ。

 だから反駁も満足にできない。

「それは――それは違う、シズク! 私は――」

「違わないでしょう? 私の顔を見たいから来てたんじゃないもんね、お父さん。あまり来てくれなかったのは、顔を合わせたくなかったからでしょ?」

 そこでようやくアリオスは自分から反撃に出た。それを愛娘が受け止められないとは、なぜか思わなかった。本気で打ち込んでしまうのはおそらくそれを同等の敵だと認識してしまっているからで、それでも反応して見せるシズクは化け物じみている。実際過去をいじくりまわされた彼女はもはや人外レベルの強さを手に入れてしまっていて、この先どんな陣営に目をつけられてもおかしくはない。

 その反撃の合間にアリオスは自分に言い聞かせるように叫んだ。

「そんなはずがないだろう! 私は……私はお前を愛している! だから忙しくても――」

「その忙しいのだって自分で忙しくしてるだけのくせに! ミシェルさんが教えてくれたよ!? お父さんは何でもかんでも自分で引き受けすぎなんだって! もっと別の人に任せちゃえばよかった! そうすれば忙しすぎて会いに来れないなんてことなかった!」

「それは――っ」

 鈍く金属がぶつかり合う音がした。激情がそこにたたきつけられていて、その感情で刀が砕けてしまわないのが不思議なくらいだった。

「言い訳なんて聞きたくないんだよ! 知ってるもん、お父さんが私のお見舞いを負担に思ってるってことくらい!」

「私は――」

「どうせ変えられるから今の私のことなんてどうだってよかったってことだよ! どうせ変えられるから、《赤い星座》さんたちに酷いことをさせてもよかったんだ!」

 それに絶句したアリオスは、娘の言葉を止められなかった。

 

「どうせ変えられるから、お母さんみたいに理不尽に殺される人を自分から作ってもよかったってことだよ、お父さん!」

 

 否定しなければならなかった。それだけは決して認めてはならないことだった。それを認めてしまえば、アリオスは帝国や共和国の外道どもと同じになってしまう。しかし、人的被害は恐ろしく少なかったとはいえ、その可能性があったことは確かだった。それに気づいていながら見なかったふりをしていて、それを娘に突き付けられてしまった。

 アリオスは『シズク』と『サヤ』を救いたいと願いながら、新たな二人を生み出してしまっていたのだ。それを突きつけられてしまっては、もうアリオスは動けなかった。そのままアリオスは娘に捕縛された。一行がそれに気づいたのはシズクがアリオスを連行したときだったという。


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