雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 じゃ、あと13話で終わりますんで毎日連投して終わりにします。


結界の破壊(S1204/12/23)

 演説ののち、数日間は誰もが使い物にならなくなっていた。精神的に安定を図るために行動する者もいれば、納得できずに何度も衝突を繰り返すものもいた。しかしそれらがうまくかみ合うことはなく、アルコーンとロイドに関してはほとんど交流がなくなってしまっていた。目的さえ合致するのならば協力するが、そうでないならかかわりたくもないといった風情である。

 一番この中で寛容になれなかったのはロイドだった。裏切られたという気持ちが大きすぎて気持ちの整理がつけられなかったからだ。それでも何とか数日かけて妥協点を見出した。キーアのためになることならば、というその一点においてのみ協力することに決めたのだ。それ以外でアルコーンを許容することはなかったし、できるはずもなかった。ある意味では精神的に頼りにしていた大きな柱がぶち壊された彼にとって、それが唯一の妥協点だったのだ。

 それに対して寛容になりすぎたのがティオとリーシャだ。ティオとリーシャはその力をもって全面的にアルコーンを支えることに決めたのである。流石にティオは従騎士になりたいとは願わなかったが、リーシャはしつこくアルコーンに迫った。今度こそ守りたいのだと。そこまでされてもアルコーンとしてはこれ以上『死ぬ』気はないので無駄なのだが、最終的には折れざるを得なかった。

 ランディはなにがしか考えこんでいたようだが、それを周囲に漏らすことはなかった。彼は彼なりに折り合いをつけたらしい。ただ、一度だけアルコーンにあることを問うて、それができないことを確認して安堵していた。正確にはできないではなくしたくないなのだが、もしもできるあるいはしてもいいと答えればランディは彼女を見限っていただろう。

 レンはレンでヨルグと連絡を取り、ティータに魔改造された《パテル=マテル》をさらに改造してもらっていたらしい。動くと決めた当日になっても調整が終わっていなかったらしいので今は《ローゼンベルグ工房》にいる。そこでこの先に向けた最終調整を行っているらしい。どんなゲテモノが出てくるのかと想像しただけで震えるが、レンはにっこり笑って秘密だとしか言わなかった。

 そして、クロスベルを包む結界を崩壊させると決めた日。一同は二手に分かれて行動することにしていた。片方はアルコーンとレオンハルト、そしてリーシャで。そしてもう片方はロイドを筆頭にした元《特務支援課》の一行とリオで。それぞれ《鐘》を止めるために動くことにしていた。人数配分も戦力配分もおかしいが、ロイドたちにあてた方に関しては《道化師》がいる。いざとなればリオだけでも対応できると判断したのであった。

 先に《月の僧院》でロイド達を降ろしたアルコーンたちは、あえて下から上へと昇ることにした。このメンツであれば壁を駆け上がるという芸当もできるのだが、《星見の塔》の中から撃ち落とされてはたまらないからだ。かなり攻撃偏重のメンツではあるが、裏を返せばどんな状況になってもある意味力技で突破できるということでもある。

 中を徘徊している人形兵器を見てアルコーンが言葉を漏らした。

「……面倒だな。あまり壊すとヨルグがうるさい」

「まあ、挟み撃ちされることもないだろう。避けて進むか」

 あまりにも当然のことのように言う二人にリーシャは苦笑したが、自分も同じことができるので口には出さないでおいた。この光景を見ている人間がいれば突っ込んだだろうが、今ここにいる観測者でこの三人の隠形を見破れるのは《鉄機隊》だけだ。そしてこの力技パーティに対して各々単独で待ち構えている彼女らには全く勝ち目はなかった。

 アイネス、エンネアを降し、さらにその先に進んでみれば――

 

「……すぅ、すぅ……むにゃ、うう……もう、もう無理ですわ……」

 

 立ちながら寝ていて、なおかつうなされているデュバリィがいた。どうやら酷使されすぎて待ち伏せしている間に寝こけてしまったらしい。あるいはまだ来ないと高をくくっていたのだろうか。三人合わせて簀巻きにした後もまだ寝ているデュバリィに、アイネスとエンネアは苦笑を漏らすことしかできなかった。

「デュバリィ……」

「それもこれも帝国を荒らしまくってくれた誰かさんのせいね」

「知らん。嫌なら辞めればいいだろう」

 二人からの視線にアルコーンは視線をそらしたが、とてもわざとらしかった。もちろんデュバリィが忙しいのはメルに帝国内の《執行者》を排除させたからであり、《蒼の深淵》《白面》《博士》を始末し《幻惑の鈴》や《殲滅天使》などを寝返らせたアルコーンのせいである。他に使える《執行者》はほとんど残されてはいなかったのである。

 《身喰らう蛇》が気軽に使える《執行者》は《道化師》と《劫炎》くらいのものだ。なお《怪盗紳士》は気まぐれが過ぎて使えると言えるほどの人間ではなくなっている。だからこそ《執行者》でもない《鉄機隊》のうち、機動力に優れるデュバリィが酷使される羽目になったのである。疲労で眠り込んでしまうのも無理のない話であった。

 そして屋上に上れば――そこには。

「……何で兜脱ぎ状態なんだ」

「勿論本気で行く気だからですが。……アルコーン、と呼んだほうが良いですね、我が弟子よ」

「そんな本気にならなくても……まあ、ここでわたしはあなたの弟子ではないというのも野暮なのだろうな」

 真剣な顔のアリアンロードが、その素顔をさらして立っていた。その顔には表情が浮かんでいない。怒っているのか、それとも嘆いているのか。何か大きな感情がその瞳の奥では渦巻いている。それでも平静を保っているように見えるあたりはさすがはアリアンロード、といったところだろうか。

 すっ、と槍をもち上げて、アリアンロードが宣言した。

「――決闘を、申し込みます。アルコーン・ストレイ=デミウルゴス」

「……レオンハルト、リーシャ。その三人を連れて塔から出ていろ。巻き込まれれば死ぬぞ。――受けよう、リアンヌ・サンドロット」

 レオンハルトとリーシャに警告を発してから、アルコーンはその決闘を受けた。どちらも構えるのは槍だ。しかしアリアンロードが持つものがいわゆるランスならば、アルコーンが持つそれはスピアに近い。似て非なるものである。それでも型はほぼ同じである。その形状の差異をこの二人が気にかけることはなかった。

 邪魔者が消えても、二人はまだ自然体のままだった。どちらかが動けば動く。二人ともそう思っていて、だからこそうかつには動けない。太陽の向き、風の流れ、それぞれの立ち位置と、足場。すべてを計算して、どう動けば有利になるのかを見抜く力が必要だった。実力的には当然アリアンロードの方が上。しかし、アルコーンには槍以外の攻撃手段がある。

 すべてを計算して、なおアルコーンは動けなかった。勝てないからだ。ここを乗り越えねばならないのに、アリアンロードに勝てる絵が浮かばない。彼女が全身全霊でかかってくるのならばひとたまりもないだろう。唯一勝機があるとすれば、彼女が今冷静でないことくらいだろうか。決闘を申し込んでくるなど彼女らしくないのである。

 その理由がわからぬうちに、下手に仕掛けるべきではない。そう思ってアルコーンは口を開こうとした。

「――ッ!」

 しかし、アリアンロードはそれを待っていた。言葉を発する瞬間のその隙を狙ったのである。クラフト、シュトゥルムランツァー。槍の連撃が無言でアルコーンに襲い掛かる。当然彼女もこのクラフトを習得しているため、同じ技で相殺する。柄を使って防ぎ続けるよりも、アリアンロードから叩き込まれた軌道の反対をなぞり続ける方が受け流しやすいのだ。

 けたたましく鳴る金属。それに隠れて仕込みを一つ。かろうじて出来たことは、手も足も使わずにできること――すなわち《聖痕》を使った仕込みだけだ。とはいえ目を合わせているわけでもないので暗示をかけることはできないのだが。せいぜいが床を凍らせる程度である。そして、それだけがアルコーンのとれる手段だった。相殺、相殺、また相殺。息もつかせぬ連撃に、アルコーンは冷静に対処する。

 互いの立ち位置は変わっていない。少なくともアリアンロードはそう感じていた。しかし、だ。その間合いはじりじりと開いている。アルコーンが足元を凍らせ、自分を後ろへとずらしているのだ。痛打をもらわないためともとれるが、アルコーンの目的は攻撃を受けないようにすることではない。アリアンロードに隙を作ってもらうためにそうしているのだ。

 そしてアリアンロードが眉を寄せた。気付いたのだ。自分とアルコーンとの間合いが微妙に変わっていることに。体勢も攻撃のモーションも変わっていないはずなのに、位置だけがずれている。いつの間にそんな芸当を習得したのか、と思いつつ半歩空いたその間を利用して槍を振り上げた。先ほどとは別のクラフト、アングリアハンマーを発動するためである。

 アルコーンはそれを待っていた。間が空けばそのクラフトを放ってくるのはアリアンロードのいつものパターンだったからだ。

「なっ……」

 そして、アルコーンがそこに突っ込むのがいつものパターンだった。しかし彼女は大きく飛び退ったのである。慌ててアリアンロードは軌道を修正し、アルコーンへ向けてその雷撃を放つ。塔の縁ぎりぎりまで飛び退っている彼女に当たれば、うまくいけば地上に叩き落せるだろう。あくまでも当たれば、ではあるが。それに対処するために、アルコーンはその場に槍を突き立てて横に転がった。

 雷撃は突き立てられた槍を灼き、アルコーンには当たらなかった。当然だがアリアンロードはその雷撃の結果など見てはいない。彼女の視界にあるのはアルコーンのみ。彼女が一体どういう手段をとるのかを知るために一挙手一投足に注目していたのである。だからこそアリアンロードは、転がって雷撃を避けたアルコーンが投げたナイフのようなものを弾き飛ばせたのである。

 仮に当たっていたとしても、鎧が防いだだろう。しかしその程度で牽制になると思われていたのならば甘く見られたものだ、とアリアンロードは思った。投げナイフごとき、アリアンロードには効くはずもないのである。それを分かっているはずなのだが、アルコーンはあえてその手段を使っていた。何度も何度も悟られないように、アリアンロードを罠にかけなくてはならない彼女はある意味必死だったのである。

 シュトゥルムランツァー、アングリアハンマー、投げナイフを防ぐためにアルティウムセイバー。その繰り返しだった。何度も何度もアルコーンは投げナイフを使い、アリアンロードはそれをはじき落とす。途中でそれが氷でできたものだと知ったアリアンロードはアルティウムセイバーで塔の外までその投げナイフを弾き飛ばしていた。

 それが何度も続いて、アリアンロードはついに問いを発した。

「――何を考えているのです、アルコーン」

「……わたしの問いに答えてくれれば答えよう。何故決闘などしようと思った、リアンヌ・サンドロット」

 弟子のその言葉に、アリアンロードは素直に答えた。

「貴女が指示したのでしょう? ギリアス・オズボーンを殺せと。私にとって貴女に槍を向ける理由などそれで充分です」

「なるほどな。因果を読み解けば確かに理由もわかるが……ね」

 苦笑しながらアルコーンはまたしても投げナイフを放った。アリアンロードはそれをはじき、うっそりと嗤ったアルコーンを見て身の危険を感じ、飛び退る。しかしそこはすでにアルコーンの手の中だ。刹那のうちに生えた氷のとげが、アリアンロードを刺し貫いた。無理に動けば死ぬ。しかし、おそらくはここから抜け出せなくてもまた死ぬ。

 とげを破壊してアルコーンに襲い掛かる、そう決めたアリアンロードが行動に移そうとして――

「そうそう、わたしが何を考えているか、だったか……簡単だよ、リアンヌ・サンドロット。その執着を凍り付かせる。永遠にな」

 文字通り凍り付いた。身体も動かなければ、思考も停止している。やることは簡単なことだ。リアンヌ・サンドロットとしての彼女の生きる理由を凍り付かせる。既に彼女の想い人はこの世を去っていて、二度と生まれ変わってくることはない。《塩の柱》の効果は絶大なのだ。あれは女神の恩寵などではない。消し去るべきものを徹底的に滅する殺菌剤のようなものである。ゆえに二度とギリアス・オズボーンは――ドライケルスは生まれ変わらない。

 その喪失を、アルコーンは利用することにした。どうせ彼女も《身喰らう蛇》からたたき出さねばならないのだ。そのためには、世界に問いを発するような人間でなくしてしまえばいい。この世界はあるべきか、などという問いは、只人の分際が発していいものではないのだ。アリアンロードが只人であるかどうかという問いはまた別にするが。

 アルコーンの口から詠唱が流れ、そしてアリアンロードが崩れ落ちる。部下たちの望む高潔な騎士の誕生である。これで永遠に、ドライケルスに恋した騎士は消え去った。世界を試そうなどという意思ももはや彼女には存在しなかった。この世界が存続すべきか否か、と問われても、アリアンロードはもう答えを永遠に出せないだろう。なぜならばその答えは『分からないなりに他人の行動で判断しよう』ではなく『そんなことを決めていい人間などいない』に変化したから。

 彼女はすでに『ドライケルスの騎士』ではなく、『力なき民衆のための騎士』に生まれ変わったのである。

 

 ❖

 

「良いのかい、リオ君。君の主はとんでもないことをしでかす気だと思うけど」

 そのからかうような問いを、その背に傷だらけの《特務支援課》をかばったリオは笑い飛ばした。

「はっは、《盟主》よりはまともだよ」

 リオは大剣型の法剣を振るった。当然、カンパネルラには当たらない。彼はいまここには『存在していない』のだから当然のことだ。にやにやと笑う『カンパネルラ』はただの影なのだから、攻撃が当たるはずがないのである。それでも彼女は法剣を振るうのだ。それが自身の意思を示しているから。

 カンパネルラはバカにしたように笑う。

「そういっていられるのも今のうちさ。君たちは何もわかっちゃいないんだ」

「そうやってマウント取って相手を見下すの、楽しいんだろうけどさ。箱庭のアリは箱庭でしか生きられないし、外に出たいと考える必要なんてどこにもないよ」

 それがリオの出した答えだった。なんとなく動物的なカンで答えてはいるが、それでもその言葉は本心から出たものだった。カンパネルラにはそれがわかった。ならば彼女には用はない。背後の《特務支援課》達ならばあるいは分かってくれるのかとも思うが、いまだに力不足の感が否めない彼らを《身喰らう蛇》に引き込むわけにもいかなかった。弱者には用はないのだから。

 だからこそ彼はこう吐き捨てた。

「ふぅん、じゃあ良いよ。邪魔なんてされちゃたまらないから――殺しちゃおう」

 そういって本気の幻術をリオに向けてはなった。一度でも信じ込んでしまえば灰となってしまうのではないかと思えるほどのマグマの奔流が、リオを頭上から押し流す。一応は《特務支援課》を巻き込まないよう配慮しているあたり、まだ多少の遠慮はしているようだ。しかしそれでもリオは殺せなかった。何度やっても幻術は幻術なのだから当然ではあるが、傷一つつけられないのはカンパネルラのプライドが許さない。

 だからこそ一番騙しやすそうだったノエルを騙して銃撃させてみたのだが、それもリオには通じない。

「全く……ほんっとうにそういうのだけはうまいよねえ」

「引っかからないくせによく言うよ」

「そりゃあそうでしょ。アタシが信じてるのはアタシだけなんだから」

 リオはカンパネルラに向けて本気の一撃を返した。これでカンパネルラが死ぬことはない。だが、ここから消滅させるだけの威力は確かに存在した。幻を媒介するための物体がそこに存在しなければ、カンパネルラはそこにいられないのだ。それを根こそぎぶち壊されては存在が維持できないのも当然のことだった。有から無を生み出すことはできるが、無から有を生み出すことは誰にもできないのだから。

「やる気なら本体を持ってきたら? ま、そしたら滅してあげるけど」

 そうつぶやいて、リオは力を発揮し続けている《鐘》を破壊する。こんなものはクロスベルにも、自分にも、自分の主にも全くもって必要ない。自分たちの身を守るために、超常の力に頼る必要などどこにもないのだ。それがあれば便利なのは便利なのだろうが、行き過ぎた力は争いを呼ぶのだから。あのキーアのように、身を過ぎた力は自らをも亡ぼすのだ。

 険しい顔でロイドが見ていることに気付いていながら、リオはそれに触れることはしなかった。どうせ話したところで意味はないのだ。ああいう嫌悪の目を向けてくる人間をいやというほど知っているリオは、それへの自分なりの対処法もうんざりするほど繰り返していた。要するに自分を貫き通すだけだ。そうすれば、いずれそういうものだと納得してもらえるから。

 

 ❖

 

「……どうして」

 呆然と、銀色に染まった世界で□□□はつぶやいた。改変がうまくいかない。何度やっても、届かないのだ。この先の運命を操ることができない。読めない。それが何よりも怖くて仕方がない。これではロイドたちを守ることなどできない。このままではロイドたちをまた死なせてしまうかもしれない。

「そんなの、ダメなんだから……」

 うわごとのように否定の言葉を吐き出しながら、操れる過去をいじくりまわす。一人の少女の運命が書き換えられ、力を得た。瞳に光を。その身に力を。誰かを守るための、否、誰かを殺せるだけの絶大な技を。憎しみを、怒りを、すべてを燃料にして復讐者を生む。そうすればきっと守ってくれるから。光を与えたキーアを守ってくれるから、そうした。

「お願い、シズク……皆を、ロイドを、守って……!」

 その願いはかなえられる。シズク――シズク・マクレインは力を得て立ち上がる。本来であれば目に光を取り戻すだけの少女。しかし彼女のバックボーンには《風の剣聖》がいて、悲劇的な要素をもち、強くなりたいという渇望を持てるだけの素地がある。だからこそ、□□□はそうあれかしと定めた。

 ただし□□□は忘れている。未来など、誰にでも変えられるものだということを。


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