雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は旧25話冒頭~26話までのリメイクとなります。

アジト潜入回です。

では、どうぞ。


思わぬ潜入

 アルシェムは呆然としながらその場所を後にした。どうでも良い情報と、途轍もなく壮大な話を聞かされたアルシェムは至極動揺していた。何故。どうして。それが、アルシェムの心中を渦巻く言葉。アルシェムの問いに応えられるものは、いない。

 呆然としながらでも、手は止めない。周囲の魔獣を殲滅し、手配魔獣を探していく。そして――見つけた。手配魔獣マスタークリオン。霧降り峡谷の上の方にのみ生息するはずの魔獣である。美しい見た目とは裏腹に恐ろしい攻撃方法を持つ魔獣でもある。この魔獣はバッカルコーンという器官を使って攻撃を繰り出すのだ。因みに燃えない。むしろ極度に冷えたマスタークリオンの繰り出す攻撃によって酷い凍傷を起こすことがある。

 そんな魔獣を、アルシェムは導力銃の狙撃だけで倒しきった。その手配魔獣が倒されて変わったことと言えば、周囲の温度が若干上がったことと――

「わあっ!? な、何だよコイツ!?」

「バカ、避けろジョゼット!」

 さほど遠くない場所からそんな声が聞こえてきたことくらいか。アルシェムは嘆息しつつ声が聞こえてくる方へと急いだ。声の位置を特定したアルシェムは更に嘆息した。というのも、その場所ががけの上だったからである。十中八九この上にいるのだろう。飛空艇があるかどうかは不明であるが、アジトである可能性を捨てきれない。アルシェムは導力銃に『直上にアジトの可能性アリ。小形飛空艇で乗り込めるかの確認と手配魔獣が直上にも出たようなので退治しに行く』と書いた紙をくくりつけて真上からは見えない場所に置き、崖を登り始めた。

 登ると言っても両手両足を使って登るわけではない。少しばかり下がってから勢いよく駆け上がりつつ跳び上がって上を目指したのである。気配を消して行くことも考えたが、どうせ手配魔獣の退治で姿を現すことになるのでやめた。姿を現さずとも、もっと言えば手を動かさずとも魔獣を殺害することは可能であるが、今はその手段を取るわけにもいかない。

 そして、その場所に辿り着いたアルシェムは呻いた。そこにいた魔獣は、やはりマスタークリオン。しかも8体もの群れがジョゼット達を襲っていたのである。アルシェムは即座に背に隠していた剣を抜いた。一応二振りの剣が隠されているのだが、二振り目をアルシェムが抜くことはまずない。一振りで十分であるという見方も出来るが、何よりもアルシェム自身が二刀を使うことを拒むのだ。ではなぜ彼女が二振りの剣を持っているのかと問われると、それは償いのために他ならない。決して忘れてはならない記憶を自らに刻み込むために、アルシェムは常に二振りの剣を持ち歩いているのである。

 まずは、ジョゼット達付近にいる魔獣から。アルシェムは一気に跳躍してジョゼット達とマスタークリオンの間に降り立った。

「な……!?」

「遊撃士!?」

「話は後、今はこいつを倒すことを考えて!」

 呆然とするジョゼット達に迫りくるマスタークリオン。あまりにも数が多いのでアルシェムはまずマスタークリオンと距離を取ることにした。剣を握り、とあるクラフトを発動させる。

「……雪月華」

 遠心力を利用して振り回された剣からは、冷気が放射された。この技の本来の持ち主ならば焔の気を発生させてマスタークリオンを焼き払っただろう。しかし、アルシェムは彼ではない。そのために同じ技でも変質してしまうのだ。元の技の名は、鬼炎斬といった。そのクラフトに斬られた二個体と吹き飛ばされた六個体とに分かれるマスタークリオン。前者は良い、ほぼ死に体なのだから。しかし後者はまだ生きているのだ。

「ああ、もうっ!」

 ほぼ死に体の二個体に、アルシェムのものではない導力銃の弾丸が突き刺さった。発射したのはジョゼットである。扱い慣れないというわけではなく、むしろ昔から馴染み深いものであるかのようにジョゼットは導力銃を握る。

「一体ずつ仕留めてくから援護よろしく!」

「……分かった。今はどうこうしてる場合じゃなさそうだ」

 キールも追随して小型爆弾を投げた。爆発し、少しばかり後ずさるマスタークリオン。それを後目に、アルシェムは一番近いところにいるマスタークリオンに目をつけた。一気に間を詰め、先ほどとは違うクラフトを発動させる。

「不破・燕返し」

 ひゅかっ、と鋭い音を立ててアルシェムの持つ剣が踊る。目にもとまらぬ必中の剣技。三連続の剣閃で何者をも逃さぬ檻と為すそのクラフトは、マスタークリオンを倒すにいたった。計算で言えば、あと5回繰り返せばマスタークリオンを殲滅できることになる。

「後ろ、気をつけな!」

「分かってる、よ!」

 発砲音と甲高い剣閃が響いた。一刀両断されたマスタークリオンはそれで沈んだ。あと、4。アルシェムは直感に従って右を仰ぎ見た。そこではアーツを発動させ終えたマスタークリオンの姿が。そのアーツが狙うのは――

「え、ちょっ……!?」

 ジョゼット、だった。アルシェムはジョゼットに向けて突っ込み、蹴り飛ばしてアーツの効果圏内からジョゼットを外す。無論、その代わりにアルシェムはその場にとどまる羽目になり――そして、アーツを喰らう。

「あ、アルシェム!」

 ジョゼットの悲鳴のような絶叫。しかし、アルシェムは何事もなかったかのようにアーツを発動させようとしている別の個体に突進していた。再びクラフトを発動させ、狩り殺す。残りは3。

「な、何で無事なの!?」

「知らない! でも今はそれどころじゃねーでしょーが!」

 怒鳴りながらアルシェムは再び跳んだ。今度はキールの背後にである。そこにバッカルコーンをむき出しにしたマスタークリオンがいたからだ。落下の衝撃も加えつつ唐竹割にして、残りはあと2体。

「済まん、助かったぜ!」

「気ぃ抜かないの! まだ終わってないから!」

 そう言いつつ、振り返りざまに一閃。ダメージを受けたマスタークリオンは後退しながら逃げ回る。それを追うアルシェム。

 と、そこに新たな人物が現れた。巨大な大男である。その大男はアルシェムとマスタークリオンが一直線に並んだ瞬間、導力砲をぶちかました。アルシェムはそれを避けることが出来なかった。何故なら――

「え、ちょ」

「ど、ドルン兄!?」

「何やってんだよ兄貴!」

 アルシェムの背後には、ジョゼットがいたのだから。避ければ当たる。だからこそ避けず、マスタークリオンを破砕した導力エネルギーはそのままアルシェムを吹き飛ばした。

 ジョゼットは無傷だったが、アルシェムが自分の方に飛んでくるのをただ見ているしかなかった。動けなかったのだ。まさか自分の兄が自分に向けて導力砲を撃ってくるとは思っても見なかったので。その場で動けたのはキールだけだった。

「ッバカ、避けろジョゼット!」

 手に握っていた小型爆弾をアルシェムに向けて投げつけ、爆発させる。その衝撃で再びアルシェムは飛ばされた。軌道が逸れたためにジョゼットには当たらず、床をのた打ち回る羽目になったのだ。

「ぬおおおおおおぅ……い、痛いから!」

 因みに一般人ならば死んでいる。前方からの衝撃で内臓が潰れて、後方からの爆発で背骨が折れているはずなのだ。アルシェムが一般人だったならば。しかし、アルシェムは一般人ではない。ただの遊撃士でもない。アルシェム・ブライトは逸般人なのである。衝撃は全て受け流して転がった。そのため、結構派手にのた打ち回っていたのだ。

「ば、バケモンかよ……」

「……じゃなくて、キール兄! あんなことしたら死んじゃうってば、殺す気だったの!?」

「あー……多分、死なないからー……うー、全身ガタピシ……」

 キールが引き攣った顔でアルシェムを見る。確かにキール自身にはやり過ぎたという自覚があった。たとえ妹を守るためとはいえ、一応は命の恩人を吹っ飛ばしたことに変わりはない。ただ、普通なら死んでいるはずのアルシェムがよろよろと起き上がるのを見て有り得ないと内心で繰り返しているのは言うまでもない。

「あと1匹だー……」

「いや、無茶すんなって! 吹き飛ばした俺が言うことじゃないけ」

 キールが言葉を終える前に最後のマスタークリオンは死んでいた。殺したのは勿論大男――《カプア一家》の首領にしてキールとジョゼットの兄、ドルン・カプアである。

「うぇーい……」

 立ち上がりかけたアルシェムはそのままパタッと倒れた。力尽きた――のではない。力尽きたふりをしているのだ。このまま無事にこの場所を出られるとは微塵も思っていない。だからこそ、無力化されたという認識をさせて内部に留まろうと思ったのだ。

「キール、そいつは何だ? 何でここにいる」

「多分遊撃士だとは思うが……何でここにいるんだろうな?」

 キールにも、無論ジョゼットにも分かるはずがない。アルシェムがここにいる理由など。アルシェムが後で話すと言ったきりなのだ。

 その後、ドルンはジョゼットに指示して気絶したように見えるアルシェムを捕縛させた。どこまで遊撃士に情報がいっているのかを知るためである。ドルンとしては殺しても良いと思っていたのだが、何かが邪魔をして殺せという指示が出せなくなったのである。その理由が何なのか、ドルンが知ることはない。

 アルシェムはそのまま連行され、とある一室に監禁された。最深部により近い一室である。そこに至るまでに、アルシェムは人質の居場所やこの場所の構造を把握していった。気配を探るのはお手の物である。やはりカシウスの気配とリオの気配がここにないことを確かめて、アルシェムは監禁された。

「それで……何でここに?」

「手配魔獣狩りに来てたら悲鳴が聞こえたから」

「やけにあっさり答えるな……」

 キールは頭を押さえながら溜息を吐いた。恐らくアルシェムは嘘を吐いていない。事実、アルシェムは嘘などついてはいないのだ。もしかしたら空賊のアジトがあるかも知れないとは思っていたが、今見つけるつもりは毛頭なかったのだから。

「近いんだけど」

「あ、ああ……悪い。ぶっちゃけた話、遊撃士共はどこまで掴んでる?」

「それは流石に言えないと思うけど」

「だよなぁ……」

 キールは再び溜息を吐いた。あっさり答えられても驚くが、恐らくこれ以上の情報を吐くことはないと分かってしまったからだ。そもそも、キールはこの作戦に気のりしてはいなかった。飛行船ジャックなど、そもそも手に負えるような事態ではない。それなのに、ドルンはいとも簡単に実行してしまった。まるで人が変わってしまったかのように。

「そういや、まだ名前を聞いてなかった気がするんだが」

「アルシェム・ブライト」

「ブライト……って、待て、待て待て。ブライトってあのブライトか!?」

 キールは瞠目してアルシェムに詰問した。もしもキールの知るブライトならば、とてもまずいことになる。相手はゼムリア大陸有数の遊撃士になってしまうかもしれないのだから。

「あれ、じゃーカシウスさん乗ってなかったの?」

 アルシェムにしてみれば当然のことであったが、知りようのない事実を知っていることを悟られないためにこう問うた。キールの知るブライトは恐らくカシウス・ブライトであるからだ。

「な、何ぃ!?」

「ど、どうしたのさキール兄?」

 キールは大げさに驚いてみせた。本人にしてみれば完全に寝耳に水で、そんな厄介な人物が乗り込んでいるかも知れないとはつゆほども思っていなかったからである。流石カシウス。ネームバリューはかなり高い。

「ま、マジで言ってんのかソレ。あのカシウス・ブライトが乗ってるって……?」

「乗客名簿に名前があったんだけど……いなかった? 栗毛に飄々とした一見不良中年」

 それを聞いたキールは黙り込んだ。そんな男がいた覚えはない。つまり、カシウス・ブライトは乗っていなかったということなのだろう。そこでジョゼットがキールに声を掛けた。

「キール兄、時間が……」

「あ、ああ。そうだったな」

 動揺しながらもキールは立ち上がった。そして、アルシェムを見下ろしながらこう告げる。

「頼むから大人しくしててくれよ。……兄貴が何をしでかすか分からんからな」

 そうして、キールとジョゼットはその部屋から去っていった。アルシェムはふっと溜息を吐いて部屋を見回す。どうみても、夢の場所だった。つまりここにエステル達が乗り込んでくる可能性があるのである。その点については、アルシェムは失策を犯したといえよう。エステル達を危険から遠ざけるのであれば、導力銃に紙をくくりつけて置いてくることはなかったのだ。手掛かりさえなければ間違いなく見つからない場所なのだから。

 アルシェムは部屋の中で大人しくしていた。恐らくこのまま人質として使われるか、殺されるかのどちらかである。前者ならばまだ良いが、後者であれば最悪だ。まだアルシェムは死ぬ気はない。そんなことを考えているうちに、アルシェムは眠ってしまった。肝が太いから、という理由でもなく、単純に眠り薬をばらまかれたからだ。

 数刻後、頭痛を耐えながら起きたアルシェムは眼前にむさい大男がいて絶叫する羽目になった。

 

「ひっきゃああああああっ!?」

 

 一応アルシェムも乙女である。目を覚まして眼前にむさい男がどアップでいれば叫びたくもなるだろう。しかし、アルシェムの場合はそれだけでは収まらなかった。全身は痙攣し、瞳孔は激しく揺れ、どこか焦点が合っていない。完全に、アルシェムは目の前の男に恐怖していた。

「失礼な奴だな。まあ良い、知っていることを話せ」

 むさい大男――ドルンの言葉もアルシェムの耳には入っていない。ただ、顔を寄せるドルンに怯えるだけである。

「や、やだ……こ、来ないで……」

 縛られながらもアルシェムは後ずさる。目には涙が浮かんでおり、必死である。これ以上近づかないでほしい、とその目は哀願していた。しかし、ドルンは凶悪な笑みを浮かべながら間を詰める。

「近づかねえと話も出来ねえだろうが」

 ドルンは嗜虐的な笑みを浮かべながらゆっくりとアルシェムとの距離を詰める。縛られていて身動きの取れないアルシェムをいたぶるかのように。

「嫌……嫌、ぁ……来ないで、来ないで……」

 必死に間を取ろうとするアルシェム。しかし、後ずさるのにも限界がある。ここは野外ではなく屋内なのだから、壁があるのだ。アルシェムは壁際に追い詰められてしまった。

 ドルンはそんなアルシェムの上に身を乗り出した。顔の横に勢いよく右手を突き、左手は床について。アルシェムからは見えない位置ではあるが、右足はアルシェムの足の間に差し入れられているのが分かった。そして、ドルンは顔をアルシェムの顔に近づける。

「それで、どこまで知ってる?」

 そこで、ぷつん、とアルシェムの理性がキレた。反動をつけずに頭突きを繰り出し、ドルンが僅かに後ずさった隙にドルンの下から抜け出す。しかし、足は笑っていてそれ以上動けそうにもなかった。マスタークリオン退治の際のダメージも抜けきってはいない。

「……テメェ」

 鼻を押さえながらドルンはゆらりと立ち上がった。そして――

「ふざけんじゃねえぞゴルァ!」

「ひっ……」

 後ずさるアルシェム。その際に外れてしまったチョーカーだけは絶対に離しはしなかったものの、アルシェムの顔にいつもの余裕はない。ドルンは嗜虐的な笑みを浮かべ、そのまま思う存分アルシェムをいたぶった。殴り、蹴り、導力砲を使って撃ち。その異常事態に気付いたキールとジョゼットが止めに来るまで、ドルンは妙な興奮状態にあった。




マスタークリオンのバッカルコーンが気になる方はクリオネでググって下さい。
もしくは、集中できない天気予報。
はたまた、燃えろ!バッカルコーン。

では、また。

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