雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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回りくどい真実(S1204./12/19)

 すべてを愕然とした面持ちで聞いていた。ロイドたちはそこで呆然とするしかなかったのだ。最後にはぎ取られた仮面がすべてを物語っていた。その下から現れた顔は、まぎれもなく『アルシェム・シエル』の顔だったからだ。死んだはずなのになぜ、という疑問は今更彼らの中では意味を持たない。生きていてほしいとは願ったが、こんな形では知りたくなかったのだ。

 ロイドたちが待機していた部屋の中でも、その宣言はモニターで見ることができた。ストレイによる気遣いだ。とはいえそれを見たかったわけではなかった。彼女が自分の口から生きていることを告げてくれればそれでよかったのに、なぜこんな形で生きていることを知らなくてはならなかったのだろうか。ずっと近くにいたのに、仲間だというのに明かしてくれなかったのは何故なのか。

 そのもやもやとした感情を、放送が終わった後の彼女にぶつけるのは致し方ないことであろう。

「アルッ!」

 扉を破る勢いでカメラの撤去されたコンソール室へと飛び込めば、そこには仮面のないストレイ卿がいた。否、『アルコーン・ストレイ=デミウルゴス』か。先ほどまでといでたちは全く同じなのに、ロイドたちにはそれがもはやアルシェムにしか見えなくなっていた。事実としてそれは当然のことだが、アルコーンにとって『アルシェム』は死んだ人間である。ここに認識の差があった。

 怒りを顔に浮かべたロイドに、アルコーンは答える。

「そいつはすでに死んでいると何度言えばわかる、ロイド・バニングス」

「ふざけるな、そんなたわごとが通じると思っているのか!」

 胸ぐらをつかみ、つるし上げる。しかしそうされたアルコーンはいたって平静だ。ロイドは憤っているが、アルコーンにとってそれは何ら意味のある言葉ですらないのだから。彼女にとっては間違いなく『アルシェム・シエル』は死んでいる。たわごとでも戯言でもない。死ななくて良いのであれば、アルコーンとしても面倒はなかったのに。

 アルコーンは冷静に答える。

「……通じるも何も、事実だ。『アルシェム・シエル』は死んでいる。ここにはいないし、二度とよみがえることもない」

「じゃああんたは誰だっていうんだ!」

 ロイドの顔には怒りが浮かんでいた。今まで嘘を吐かれていたと思えばこそ、その怒りは際限なく燃え上がる。仲間だったはずなのだ。それなのに、欺く必要があったのかと。それほどまでに自分たちは信頼できなかったのかと。

 つばまで飛んできそうな怒号に、アルコーンは平然と答えた。

「先ほども名乗ったと思うがな。アルコーン・ストレイ=デミウルゴス、だ」

「そういう意味じゃない!」

 そこで息を切らしたが、ロイドは最後まで言い切った。

「あんたは、俺たちの仲間のアルじゃないか! アルコーンなんて知らない!」

 その言葉とともに、じわり、と碧い光が沸いた。しかしアルコーンはそれを気合でねじ伏せ、悟らせないようにする。アルコーンとしてはこんなバカげたことで言い合いなどしたくはないのだ。既に死んだ人間に対して何を言ったところで意味などないのだから。たとえそれが世界に対する欺瞞であったのだとしても、一度死んだ人間は生き返らない。それは真理だ。

 とはいえ、死者の声は代弁できる。

「いつから彼女はお前の仲間になったんだ? お前に認められるどころか、信じられてすらいなかったのに?」

「最初から仲間じゃないか! 何言ってるんだ!」

「悪いが、彼女の定義として仲間というのは信頼しあえるものらしい。お前はその定義には当てはまらないし、この中でソレに当てはまったとするならばレンやカリンたちくらいだろう。違うのか?」

 違う。そうロイドは吠えた。ロイドはアルシェムを信じていたし、彼女からも信じてもらえていたと思っていた。だが、彼女にとっては違ったというのだろうか。それがたまらなく悔しい。信頼しあえている仲間だったはずなのだ。それなのに、一方的に裏切られた気分だった。それほどまでに信じていたものに裏切られるのはショックだったのだ。

「俺はアルを信じてた! 信じてなかったのはあんたのほうじゃないのか!?」

「酷い言い草だが、そもそも信頼に足るだけのことをしたのかという話にもなるな。こんな水掛け論など意味はないだろう」

 はあ、とため息をつくアルコーンに、今度はエリィがつぶやく。

「……意味ならあるわよ。どうして何も言ってくれなかったの? 信じてたのに」

 涙のにじむ声には感情がふんだんに込められていたが、あいにくアルコーンにその泣き落としは聞かない。《特務支援課》の誰もが『アルシェム・シエル』のとある主張を信じなかったのだから、彼女に仲間であると思われないのも仕方のないことだった。少なくともアルコーンはそう考えている。それに、もともと利用するために潜入していたようなものだ。信頼など必要もない。

 そしてそれをいまさら隠す必要もない。

「ならば聞くが、なぜ信じなかった? 彼女がキーアに殺されると主張していたことを」

 その答えは簡単だった。これ以上ないほどに明白であり、同時にこれ以上ないほどに薄っぺらい答えだった。その主張を信じないのは何のこともない。アルシェム・シエルよりもキーアという少女のことを信じているからに他ならないのだ。仲間よりも拾った少女のことの方を信頼する異常さをロイドたちは理解し得ていないのである。

その破たんした論理にも気づかずに、自信満々にロイドが答える。

「キーアがそんなことをするわけがないからだ」

「その時点で彼女を信じていないだろう。ならば信頼を返される道理もなければ、仲間だと認識される道理もないな」

 はん、と鼻を鳴らしてアルコーンはそう答えた。そのあたりの線引きが厳しすぎるが、仲間だからこそ受け入れてほしかったのだ。信じてほしかったし、いつかそうなるかもしれないという警告でもあったというのに彼らは一切信じることはなかった。信じがたいと信じられないは違うのだ。彼らにとってアルシェムは仲間だったかもしれないが、アルシェムにとってはちょっと目立つ有象無象でしかなかったのである。

 その極端な論調にロイドとエリィが反発した。

「むしろそんな妄想をどうすれば信じられるっていうんだ!」

「そうよ! それに、あなたが殺されたように見せかけたとき、手を下したのは国防軍の人たちだったわ!」

「その原理を一から説明すれば、納得するのか?」

 淡々というアルコーンにロイドとエリィの神経は逆なでされた。どうせそれは言いくるめるための言い訳なのだろう。そう思えてしまったのだ。彼女がどんな説明をしても彼らは納得しないだろう。既に裏切られたと思ってしまった彼らには、アルコーンの語る真実など届きはしないのだから。アルコーンとしては届かなくとも一向に良かったのだ。もう、ここまで来た時点で彼らがいなくとも何とかなるのだから。

 逆上したロイドは、アルコーンをこぶしで殴っていた。

「ストレイ卿!」

 それに対して飛び出そうとしたカリンは、アルコーンに制止された。

「いい。それにカリン、お前はこの件に関して口を挟めるのか?」

「……いえ」

 アルコーンの言葉でカリンはあっさりと引いた。これはあの時と同じだからだ。『シエル・アストレイ』を信じられなくて、ひどい言葉をぶつけたカリンが何かを言える立場にあるはずがなかった。それに、言える言葉も存在していなかった。レオンハルトも同じだ。飛び出そうとしてやめている。口を挟めるだけの権利を彼らは持ち合わせてはいなかった。

 その代わり、レンが冷たく言い放つ。

「ほら、話も聞かずに殴りかかるなんて信じてないって言ってるのと一緒よ?」

「レン、君は――」

 ロイドはその矛先をレンに向けようとして、その瞳に信頼があるのを見て取って硬直した。

「信じてるわ。最初から最後まで。言えないことがあるのは知ってたけど、それも含めてレンは信じてるわ」

 レンのそれは全幅の信頼だった。アルコーンが何になろうと、どう利用されていようと彼女はアルコーンを信じ続けるだろう。それはレンにとっては当然のことだった。ある意味では狂信者である。それでも、レンのすべてを信じて受け入れてくれたのはアルコーンだけだったのだ。だから、レンも同じものを返そうと思ったのである。その狂気の垣間見える言葉にロイドとエリィは絶句する。

 それを聞いていて、何も言えなかったのがリーシャだ。何も知らず、知ろうともしなかった彼女には何も言う権利がないと思ったのだ。彼女がどこからきてどこへ行くのか、それをリーシャは知りたいとは思った。しかし、すべてをかけて知ろうと思うほどではなかった。仕事だのなんだのと言い訳を付けて詳しく調べてはこなかったのだ。

 あるいはそれは恐怖だったのかもしれない。本当に死んでしまったのだと実感させられるのが怖かったから、調べたくなかっただけなのかもしれなかった。それでも生きていると漠然と信じ続けていても、それを証明することが怖かったのだ。その弱さは責められるべきものではないが、アルコーンにしてみれば見捨てられたと思っても仕方のないことだったのかもしれない。

 それでも、声を上げた。

「……よかった」

 単純な一言だ。しかし、アルコーンにその声を上げてくれる仲間はいなかったのだ。純粋に彼女の身だけを案じてその言葉を発してくれる人は、どこにもいなかった。ネタを知っているレンたちは例外だが、ロイドたちは一言そう発してもよかったのに。生きていてくれてよかったと。死んでいるはずなのに、生きていてくれてよかったと言ってもよかった。

 もちろんリーシャは肉片アルシェムを見ていないからそう言えるのだ、という見方もある。

「生きてて……よかった……」

「いや、だから『アルシェム・シエル』は死んだと――」

「ううん……違う……そんなのどうだっていい……貴女が生きていて、よかった」

 アルコーンは突っ込みを入れかけたが、続く言葉に息をのんだ。ある意味ではそれは一番の正解だったのだ。アルコーンから信頼を勝ち得るのに必要なのは、アルシェムでも、エルでも、何でもいい。ただ目の前の彼女が生きているのならよかった、と。そのすべてを受け入れてくれることだった。そういわれるのはアルコーンにとって想定外のことだったのだ。

 だから、それに続くランディの言葉にも面食らうことになるのだ。

「そうしなきゃいけないんだな、ストレイ」

 その、微妙に理解されたことに対してアルコーンはひるんだのだ。確かにヒントはいくつもあっただろう。ランディの前ではほぼ答えを見せたようなものだ。しかし、それを拾い集めてその結果が出せるということは一定の信頼を得ているということにはならないだろうか。ある一点においてはまだ信頼されてはいないのだろうが、それでもアルコーンの主張を半ば認めた形の言葉だ。

 それをアルコーンは肯定した。

「……そういうことだ」

 かろうじて絞り出した言葉はかすれていた。そういうことなのだ、と主張するのは本当に簡単なことなのに、それを信じてもらえることは本当に稀なことだと分かっているのだ。それをランディがわかってくれているということに、不覚にも驚いてしまったのである。

「分かった」

 ランディはあっさりとそこで引き下がった。何がわかったのかはアルコーンにはわからなかったが、それでも問い詰めてこないということは察したのだろうと思えた。だから、アルコーンからは掘り下げないでおいた。

 しかしそこでティオが爆弾を投下する。

「ロイドさんたちはちょっと頭が固すぎます。信頼するしないで仲間だなんだって……」

「なっ……」

「ティオちゃん!」

 レンの狂気から復活した二人がティオに食って掛かろうとするが、彼女もまた微妙な狂気を醸し出していた。

「いいじゃないですか。彼女がアルだろうが、ストレイ卿だろうが、アルコーンだろうが。この人が私を助けてくれたことに変わりはないんですから」

「その割り切り方もどうかと思うが」

「今は黙っててくださいややこしくなりますから」

 すでにややこしいと思うが、という言葉はティオの強い視線に抑え込まれ、口から出ることはなかった。

「ティオちゃん、でも、それは」

「エリィさんは、この人がいて嫌でしたか? そりゃあ、黙っていたのはこの人が悪いとは思いますけど……でも、エリィさんがこの人の立場なら、言えましたか?」

 言えるはずがない。エリィは素直にそう思った。ただでさえキーアの件で気まずかったのに、これ以上の面倒な厄介ごとについてアルシェムが相談できるような環境だったかと問われれば、エリィとしては否と答えざるを得ない。そして、たとえ相談されたとしても鼻で笑い飛ばすか聞かなかったことにするに違いなかった。キーアとうまくいかないから年甲斐もなくひがんでいるのだとしか思っていなかった自分が、何かを言えるわけもなかったのだ。

「……言えるわけ、ないわね。だってキーアちゃんのことでいつも揉めていたようなものだもの……その延長線上のことだって鼻で笑っちゃってたわ」

「でも、エリィさんにとって『アルシェム・シエル』は仲間だった。違いますか?」

 静かに問われ、エリィは目を閉じて答えた。

「そうね、アルは仲間だった。……アルには、そう思ってもらえていなかったみたいだけど」

「じゃあ、エリィさんにとってこの人はどういう人ですか?」

 その問いに対してエリィは考えた。どういう人か。それに対しては不思議な人だ、という感想しか出てこない。エリィとしては『アルコーン』に接しているのはほぼ数時間だったので、今の彼女に対する評価はやはりアルシェムと同じようなもののはずなのだ。それなのに、この既視感を覚えるような気配がそれを許さない。何も隠していない彼女は、やはりアルシェムだったころとは何かが違った。

 それはあの演説も関係しているだろう。あれは、アルシェムとしては絶対に出ない言葉だったから。

「その前に聞かせて欲しいの、アル……ううん、アルコーン。さっきの演説は、本心?」

「本心でない演説などしてどうする」

「それは皆を騙していないと保証できるの?」

 その目は何かを探り出そうとしているようだった。エリィが欲しているのは真実だ。それ以外には何も必要としていない。だが、これ以上彼女の言葉に惑わされるのは嫌だった。すべてを見通すために、アルコーンの言葉を見極めたいのだ。彼女の判断基準に大きくかかわっている祖父はすでにアルコーンのことを信じている。ならば、エリィも彼女を信じられるのならば信じたいのだ。

「言っていないことがある、というのが騙していることになるのならば騙している」

「……凄い答えね。でも、言葉がやっぱり足りないと思うわ。それは言う必要がないから言わなかっただけ。違うかしら?」

「まあ……それは確かにそうだが。言わなくても何ら支障がないというよりも、どちらかというと知られると面倒だから言っていないという方が正しいか。そういう意味では、やっていることはクロイス大統領と何ら変わらん」

 でも、とそれに対してエリィは強い言葉で問い返した。

「でも、やるんでしょう? そうでなくちゃ許さないわ」

「……別に、お前に許されたいとは思わないがね。ここはわたしの生まれた場所だ。そして、ここを守ることこそが生きる意味だ。それ以外の道は残されていないし、自分でこの道を進むと決めた。……この答えで満足か?」

 その言葉にアルコーンはエリィが激しく怒りをあらわにすると思っていた。しかし、彼女は静かに問うのだ。

「満足しないわ。貴女は全部知っているんでしょう? 貴女がどういう人間なのか。そして、それにキーアちゃんがどういうかかわり方をしているのか。全部教えて頂戴」

「言って納得するなら教えても構わんが、後戻りはできなくなるぞ」

「しなくてもいいのよ。どうせもう《特務支援課》は再結成できないわ。つながりは消えないけれど、『アル』はもういないんだもの。……私達もとどまっていないで、歩き始めるべきなんだと思う」

 そこでエリィは言葉を切って皆を見回した。いまだに猜疑心たっぷりのロイドは、《特務支援課》のリーダーにはもう戻れないだろう。何やら覚悟を決めたようなティオも、《特務支援課》には戻らないだろう。ランディはどうかはわからないが、レンももう戻ってくるつもりはないだろう。アルコーンも戻れるような状態ではないはずだ。

 だからこそ――彼女も。先に進むことを選ぶのだ。ぬるま湯の中でまどろむような生活は、もう終わりにするのだ。それこそが、彼女を信じず『死なせて』しまったエリィの贖罪になるのだろうと信じて。


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