雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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今話は旧24話~25話冒頭までのリメイクとなります。

掲示板の依頼が一瞬で終わったりします。端折る都合で。

では、どうぞ。


アガットと掲示板の依頼

 アルシェムがハーケン門から戻ると、エステル達に出会った。どうやら西ボース街道方面へ出るようである。エステル達は自分たちの目でリンデ号の調査を行いたいようだった。アルシェムはエステル達に掲示板の依頼に戻る旨、そして軍に迂闊に情報を流さない旨を伝えて彼女らと別れた。そして、そのまま遊撃士協会へと戻ると早速掲示板の依頼を引き受けて遊撃士協会から出た。

 まず、最初の依頼はベアズクローの調査。依頼人はスペンスという男性である。アルシェムはボースマーケット内で薬屋を営んでいるらしいその男性に接触し、先日ロレントの有名人デバインが発表した新薬の材料の安定的な供給地を欲していることを聞いた。材料自体は先日アルシェムがホルスに渡したためにスペンスにわたっているようである。

 アルシェムは手持ちの材料を一応スペンスに渡すと、ボースで適度に湿気ている場所――霧降り峡谷へと赴き、ベアズクローを採取して戻ってきた。少しばかりイライラしていたので、道中の魔獣は全てセピスと化して消滅させられている。幸い、その光景を見ている人間はいなかったのでさして問題になることはなかった。少しばかり有り得ない速度で移動したのだが、そこは一般人であるスペンスには分からないことである。アルシェムはスペンスにベアズクローが霧降り峡谷に生えていること、そして採取するときには少し上位の遊撃士に依頼するようにお願いしておいた。

 遊撃士協会に戻ったアルシェムは依頼の達成を報告し、西ボース街道の手配魔獣の依頼を受けた。ルグランはアルシェムの依頼達成の時間のあまりの速さに顔をひきつらせていたが、それでもきちんと依頼の達成を認めてくれた。

「さて……手配魔獣かー。手ごたえのあるやつだと良いな」

 アルシェムの機嫌はなお悪い。八つ当たりされる魔獣はたまったものではない。疾走する銀髪の悪魔が魔獣を狩り殺していくのである。結果、魔獣がアルシェムから逃げ出すという珍現象が起きたのだが、それでもすべて狩られていったので他人に被害は出なかった。

 さて、西ボース街道には分岐があり、片方はルーアン方面へ向かうクローネ山道に、もう片方はラヴェンヌ村へと続く道とがある。そのラヴェンヌ村へと続く山道から1人の男が降りてきた。赤毛にバンダナを巻き、大剣を背負った特徴的な男である。胸元には素朴な石で出来たネックレスと支える籠手の紋章が光っていた。残念ながらグラッツではない。男はアルシェムを見かけると意外そうな声を上げた。

「何だ、今日は珍しい日だな。遊撃士に4人も会うなんて……」

「あ、正遊撃士の方ですか。初めまして、準遊撃士のアルシェムです。よろしくお願いしますね、先輩」

「妙な呼び方をするな、アガットで良い」

 赤毛の男――アガット・クロスナーは遊撃士であった。二つ名は《重剣》。アルシェムは知らぬことであるが、ラヴェンヌ村出身の凄腕遊撃士である。シェラザードが話術向き――先日のモルガンの件では話術向きではない印象があったが――であるのに対し、彼は力押し向きである。座右の銘は『喧嘩は気合いだ』という何とも荒っぽい男であった。

「アガット……《重剣》の、ですか」

「……まあ、そう呼ばれることもあるな。それより、さっきシェラザードにも聞いたんだが……ラヴェンヌ山道の魔獣を倒したのはお前か?」

「あ、はい。これからも湧かないとは限らないので廃坑内のも排除しておきました」

 さらっと言うアルシェムにアガットは眉をひそめた。何故ならば、あの魔獣はアガットの基準では準遊撃士如きが狩れるような魔獣ではないからである。しかも単独で、など有り得ない。故に、アガットはアルシェムを睨みつけながらこう凄んだ。

「下らん嘘を吐くんじゃねえぞ、準遊撃士」

「嘘ついても仕方ないですけど……ま、信じて貰えませんよねー」

 ふう、と溜息を吐きながらアルシェムはアガットにこう提案した。因みにアガットは既に大剣の柄に手を掛けている。とんだ不審者扱いであった。

「今から手配魔獣のサンダークエイクってのを倒しに行くので一緒に来ません?」

「……良いぜ。討ち漏らされたら困るしな」

 とことんアルシェムを信じる気のないアガットはアルシェムの提案に賛成し、次いで妙な真似をしたら斬る、と告げた。アルシェムはそれに苦笑しつつ手配魔獣を探していく。幸い、すぐにその魔獣は見つかった。かなり大型の魔獣だったからだ。

「さて、じゃー……まー、やりますかね」

 アガットも手配魔獣を視認できたとアルシェムが判断した後、周囲に他人の気配がないことを確認してアルシェムは離れたところから銃撃を始めた。

「……成程、導力銃か」

「えー、まー。今のところこれ使ってますね」

 アガットの洩らした呟きにも返事をしつつ、アルシェムは特定の一点を抉り続けた。どんな生物でも弱点であろう――目を。アガットは油断せずにその光景を見ていた。いつ何時あの魔獣が暴れ出すか分からなかったからである。しかし、魔獣はそれどころではなかった。激痛に暴れ出すことも出来ずにその位置に釘づけにされていたのである。

 数分ほど経っただろうか。アルシェムは唐突に銃撃を止めた。無論、銃弾がなくなったわけではない。もう撃つ必要がなくなったからである。

「ふー、終わった」

「終わったって、おい……」

 アガットが困惑する中、その魔獣はセピスを残して消滅した。つまり、手配魔獣の討伐完了である。アガットは唖然としながらその光景を見ていた。アルシェムは別の意味でその光景を見ていたが。

 サンダークエイク。それは、空洋性の魔獣である。空を漂い、地上へと向かうことはほぼない。軍の巡視艇がリベール王国中を飛んでいるのはこの魔獣を狩るためでもある。もしもサンダークエイクが地上に降りることがあるとすれば、それは上空で巡視艇がサンダークエイクを駆り損ねたか、巡視艇が飛べない状況で増え過ぎ、地上へエサを求めて降下してくるかのどちらかである。例外があるとすれば、古代人たちが時のアーツを駆使して宝箱の守り人と化した場合もあるが、それはかなり希少な例であろう。

 今回の場合は巡視艇が飛んでいなかったからだとアルシェムには推測出来た。何せ今のボースには制限を掛けられており、飛行船は飛ぶことすら赦されないのだから。早くこの事件を解決して貰わなければ、とアルシェムは思った。

「……実力は分かった。だが、驕るなよ」

「分かってますよ。……さて、わたしはボースに戻りますが、アガットさんはどうするんです?」

「俺は少しばかり調査することが――」

 アガットはそう言いかけて止めた。アルシェムは既に臨戦態勢に入っている。周囲に、統率の取れた気配がしたからである。アルシェムは気配のする方向を仰ぎ見て――警戒を解いた。何故なら、そこにいたのは軍の連中だったからである。

 それを確認したアガットは舌打ちをしてこう漏らした。

「チッ、よりによってあのオッサンか……」

「あー、モルガン将軍ですね。もー動いたのかー……」

「じゃあな」

 アガットはひらりと身をひるがえしてクローネ山道の方へと向かった。アルシェムはそれを見送ってボース市内へと向かう。途中、モルガンに呼び止められたアルシェムはシェラザード以下2名がラヴェンヌ村方面におり、何らかの調査をしているらしいことを伝えておいた。そして、アルシェムは遊撃士協会へと足を踏み入れる。

「ルグランさん、西ボース街道の手配魔獣終わりましたよっと」

「ふむ……お前さん、昼飯は喰ったのか?」

「……食べてから次の依頼に向かいマース」

 アルシェムは掲示板を見てルーアンへ向かう為の護衛の依頼を遊撃士手帳に書き写すと、ルグランに護衛の依頼を受ける旨を伝えて外に出た。ボースマーケットの中で買い食いをし、ついでに携帯食料を買い込んでおいた。安い時に買うのが一番である。

 ボースマーケットから出たアルシェムは、《フリーデンホテル》に向かった。そこに依頼人のハルトという人物がいるからである。ホテルのフロントに準遊撃士の紋章を見せながらハルトに呼び出しを掛けて貰い、準備は既に整っているとのことからすぐに出発することになった。ふと気になってルーアンより先の護衛はどうするのかとアルシェムが問うと、ハルトはルーアン支部の遊撃士に迎えを頼んだとのこと。忘れ物がないかだけを確かめて貰っている間にアルシェムは遊撃士協会に戻ってルグランにその旨を伝え、ルーアンに連絡を取ってもらった。

 そして、アルシェムはハルトを護衛しながらクローネ山道方面へと向かったのである。先ほどまでこちらには手配魔獣が出ていたために少しばかり速足で歩いて貰って、魔獣はすべて排除しながら進ませて貰った。ハルトの顔が引き攣っていたのは言うまでもない。

 クローネ山道へと差し掛かると、アルシェムは警戒のレベルを上げた。先ほどまでとは違い、この場所は山である。魔獣除けの街道灯があるとはいえ、襲ってこないとは限らないのだ。それも、上から襲ってくる可能性を否めないのが問題なのである。先ほどの手配魔獣のような空洋性の魔獣が出てくればかなり危険なのだ。この護衛対象という荷物を抱えている状況では、特に。

「あんまり離れないでくださいね?」

「あ、ああ……」

 若干怯えられている気もするが気のせいである。少なくともアルシェムはそう思っている。事実はどうあれ、護衛していることに変わりはない。魔獣を粉砕しながらアルシェムは進んだ。ハルトは胃液が逆流しないように耐えながら進んでいたが、アルシェムがそれに気付くことはなかった。

 アルシェムはさして頓着せずに受けたが、そもそも護衛の依頼は単独で受けるような依頼ではないのである。少なくとも2人、欲を言えば3人以上欲しいところである。先に進んでおいて依頼人の目に触れないところで魔獣を粉砕する役と、依頼人を護衛する役。それに、後方を警戒する役がいれば完璧だ。しかし、今現在ボース支部にその余裕はない。アルシェムの見ていない掲示板の依頼をこなしている遊撃士・準遊撃士がいるのだが、そもそもボース支部に限らずどの支部も手一杯。この混乱した最中に人数を割くだけの余裕はないのである。

 そして、途中で愛らしい羊の魔獣に襲撃されつつ――あ、ジンギスカン食べたいとハルトはのたまった――、無事にアルシェムはハルトを関所に送り届けることが出来た。引継ぎの遊撃士もすぐにここまで辿り着いていたのだが、どう見ても新米で単独の準遊撃士。少しばかり不安を感じながらもアルシェムはハルトを引き渡した。

 依頼を達成した後、アルシェムはクローネ関所から離れたところでクローネ連峰に足を踏み入れた。そして――

「ひゃっはー!」

 全力で真っ直ぐ駆け下りた。それが一番の時間短縮の手段だったからである。声に意味はない。1時間と掛からずアルシェムはボース市街へと戻って来れた。途中で王国軍に撃たれそうにもなったが気のせいだろう。アルシェムは何も見ていない。エステル達がぽかんとした顔で連行されていくところ等見てはいないのだ。遊撃士協会に戻ったアルシェムはルグランに依頼達成の旨を報告し、次の依頼――アンセル新道の手配魔獣を受けることを告げた。

「……有り得んほど早く帰ってきておるが、もしやお前さん、昼ごはん抜いたんじゃなかろうな?」

「抜いてませんよ、今日は食べました。ちょっとばかしショートカットしただけです」

「そ、そうか……」

 ルグランの引き攣った顔を見ながらアルシェムは遊撃士協会を後にした。向かう先はアンセル新道。リベール王国最大の湖・ヴァレリア湖へと続く道である。湖畔には《川蝉亭》という旅館があり、釣りまでさせてくれる観光スポット。今でこそリンデ号の件で客足が減っているものの、普段は予約でいっぱいなのだとか。

 アルシェムは件の《川蝉亭》の直前で手配魔獣アンバータートルを発見し、周囲に他人の気配がないかどうか確認してからポケットの中のオーブメントを駆動させた。理由は簡単である。アンバータートルは物理攻撃を一切受け付けない。その上、弱点となるのが火属性のアーツだったからである。何なら、燃えた木でも投げつけておけば退治できないこともないのだが、流石に危険だったのでやめておいた。アンバータートルは余程火属性のアーツに弱いのか、一瞬にして燃え尽きていった。

 ふと、アルシェムはヴァレリア湖の方を仰ぎ見た。血のように赤い夕焼け。それが、アルシェムの感傷を掻き立てた。アルシェムはかつて文字通り血の洪水の中で佇んでいたことがある。それが日常と化し、何も感じないこともあった。それでも、アルシェムをアルシェム足らしめてくれていた存在がいる。その存在の名前を、アルシェムは思い出すことが出来なかった。大切な名前だったはずなのに。顔だって、どんなことが好きで、どんな仕草をしていたかだって思い出せるのに。それなのに、名前だけが思い出せないのだ。

 短く溜息を吐いたアルシェムは、ふと思い出した大切な人の言葉を思い出して《川蝉亭》へと向かった。そこで自発的に夕食を取る。思えば、いつだってアルシェムを形作っていたのは彼女だった。色々と世話を焼いてくれて、アルシェムを『人間』足らしめてくれたのは彼女だった。その彼女のことを思い出しながら、アルシェムは食事を終えて一服していた。

 そこで、アルシェムの耳にとある噂が飛び込んでくる。

「今夜は出るかな? あの幽霊」

「お客さん……怖くないんですか? 恋人と無理心中した女学生の幽霊なんて」

「いやあ、結構好みなんだよねあの子。ジェニス王立学園の制服を着てるとこなんてたまんないぜ」

 アルシェムは全力で顔をひきつらせた。この場所でジェニス王立学園の制服を着ていそうな人物なんて1人しかいないからである。つまり、この場所にはジョゼットが訪れたことがあるということである。しかも、幽霊と判断されるとすれば夜。そして、無理心中ということは湖の方へ向かったか湖から出て来たかのどちらかである。しかし、何故ここに出て来る必要があるのかは分からない。最悪、湖の中の孤島に飛空艇が止められている可能性もないわけではないのである。ただし、湖の中の孤島に乗員乗客がいるとすればリンデ号の位置がおかしい。残る可能性はここで軍内の内通者と取引をしているくらいか。

「ごちそうさまでした」

「またどうぞ」

 それ以上の情報は得られそうになかったのでアルシェムは《川蝉亭》を出た。途中、アンバータートルがわき出て来たと思しき《四輪の塔》が一、《琥珀の塔》へと赴いてみた。すると、そこには飛空艇を止めた跡らしき地面のへこみが見て取れた。つまりは、飛空艇に驚いて逃げだしてきたのだろう。それ以外にも理由はありそうであるが、今のアルシェムには知りようのないことである。

 アルシェムは遊撃士協会へと戻り、そしてアンセル新道の手配魔獣の討伐を報告した。無論それ以外のことについてもである。

「……ふむ、流石は《氷刹》といったところかの」

「えーと……エステル達は?」

 妙に感心した顔でルグランが言うので、アルシェムは話を変えた。あまり口外してほしくはないのである。ツァイスでの黒歴史など。魔獣を毎日狩りまくった思い出など今は思い出さなくても良いのだ。

ルグランはその意を知ってか知らずかこう告げた。

「今夜はハーケン門にお泊りじゃ」

「お、お泊り……ですか」

 アルシェムは顔をひきつらせながらそう答えた。内心では全力で胸をなでおろしている。つまり、エステル達は間違って射殺されたりしなかったということだ。その可能性が消えただけでも安心できた。

 ルグランの勧めによって、そのままアルシェムは遊撃士協会に泊まらせて貰った。

 

 ❖

 

 次の日。アルシェムは再び悪夢にたたき起こされた。寝起きは最悪である。今回は、薄暗いレンガ造りの遺跡のような場所で大男が乱射する導力砲にエステルとシェラザードが撃たれ、同じように撃たれて満身創痍になった金髪の男の眼前でヨシュアが殺戮を開始するという何ともおぞましいものだった。アルシェムの知る限り、ボースの中にそんな場所はない。《琥珀の塔》内の雰囲気とも違ったからである。因みに、金髪の男とは、ハーケン門で会ったあの男である。名はオリビエ・レンハイム。アーツと導力銃を得意とする放浪の音楽家――ということになっている御仁である。

 アルシェム自身は気付いていないが、アルシェムは『夢』を信じはじめていた。それが本当に起こってしまうかもしれないことであると真剣に考えてしまうほどに、アルシェムに多大な影響を与えてしまっていた。アルシェムが顔を洗って朝食と取ると悪夢の後遺症は既に消えていたために、ルグランも誰も気づくことはなかったが。

「おはよーございます、ルグランさん」

「おはよう、アルシェム。実はのう……」

 開口一番にルグラン曰く、エステル達を迎えに行くのはメイベル市長に任せるとのことなので、アルシェムは掲示板に仕事を片づけることにした。本日の依頼は霧降り峡谷の手配魔獣である。

「じゃー、行ってきますね」

「うむ」

 アルシェムはルグランに見送られて遊撃士協会から出た。ボース市街から東ボース街道へと向かい、途中の分岐を折れて霧降り峡谷へと侵入する。

 霧降り峡谷は、年がら年中霧が出ているためにその名がつけられた峡谷である。実に安直な名であるが、名は体を表すということだろう。アルシェムが訪れた時も変わらず真っ白に霧が降りていた。

 手配魔獣を見つけ出すべく、アルシェムは霧降り峡谷を文字通り跳び回り始めた。いちいちつり橋を渡るよりは早いからである。魔獣を狩りつつ跳んで、跳んで――だからこそ、アルシェムは道を間違えてしまったのである。

「……はい?」

 アルシェムが迷い込んだその先には、とある存在が待ち受けていた。




とある存在はまだ明かしませんよー。
3rdまでお待ちを。

では、また。

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