雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧235話~236話のリメイクです。


師匠

 列車事故の処理を終えた次の日。ロイド達はいつものように過ごした。要するに普通に支援要請をこなしていた、ともいえる。暴走車の追跡に、手配魔獣の討伐。数が少ない日だったので戦闘経験の豊富なアルシェムは市内の巡回ついでに支援要請探しに精を出していた。《アルカンシェル》でシュリという名の少女に声を掛けられたが、何となくのアドバイスだけでとどめて巡回を再開する。

 すると、昼下がりに《ENIGMAⅡ》が鳴った。

「はいアルシェム・シエル。……? 何で番号知ってんのミシェルさん。はあ……分かりました探してみます。ロイドたちへの連絡はそちらからお願いしますね」

 通話の相手は遊撃士協会の受付ミシェル。そして内容は遊撃士リンとエオリアが行方不明になっているとのことだった。依頼の遂行中なのではとも思わなくもなかったが、どうやらそんな雰囲気でもなかった。ということは、今の情勢からして何かしらに巻き込まれているとみて良いだろう。そう判断してアルシェムは支援課ビルの屋上から気配を探り、クロスベル市内にはいないことを確認して自室へと戻った。

 そして――

「うん、こーゆーのがあると早いよね」

 《帝国解放戦線》の装甲車を制圧した時に暇を持て余して作っていた機械を取り出して空に放った。分かりやすく言うならば『ドローン』である。それが合計九つ。モニターを通じてリアルタイムで情報を得ながら、自身の気配感知圏外へと飛ばしていく。その結果分かったことは、人間が普通に立ちいることのできる場所にはいない、というものだった。つまりはかなり厄介なことに巻き込まれている可能性が高いということである。

 それに対してアルシェムは顔をしかめ、まずは南から捜索しようとしていると再び《ENIGMAⅡ》が鳴った。

「はい。……どったのロイド。え、見つかった? ……おっけ、んじゃ南の湿地帯ね」

 それはロイドからの通信であり、その内容は『ティオ達エプスタイン財団の面々の協力で二人の《ENIGMAⅡ》の発する電波を辿ったところ、南の湿地帯あたりにいるらしい』というものだ。丁度今から捜索しようとしていた場所であり、怪しさ満点の場所であるためアルシェムは特に何も疑問を持つこともなくそこへと向かった。今まで単独行動していたため、連れはいない。

 そして、そこに辿り着いた時に存在したのは一隻のボートと地面にうずくまる二人の遊撃士達だった。

「……誰がいるかな、じゃないな。何かいっぱいいるなここ……何つー混沌」

 ポツリとつぶやいた瞬間に揺らいだ気配を探れば、少なくとも近くに知っている気配が二つある。一つは巧妙に気配を消し、もう一つはその場所に同化するように気配を紛れ込ませている。ただ、その二者はお互いに気付いているわけではなさそうだった。気付いていたのならば恐らく激しく争っていただろうから。今そうなっていないのならば、気付いていないか気付いていても下手に刺激しないようにしているかだ。

 だが、アルシェムはその空気をあっさりと打破した。

「何やってんの、レオン兄、《銀》」

 その二人は複雑な顔を――無論《銀》は覆面の下でだが――しながら姿を現す。象牙色のコートに、銀色の髪。黒ずくめの不審者。どちらも裏社会において知らぬ者はいないほどの有名人。元《執行者》《剣帝》レオンハルトこと、《比翼》のレオンハルト・アストレイ。そして《東方人街の魔人》にして現在では信頼を失った《銀》がそこにいた。

 二人は挨拶もなく愚痴を漏らす。

「おいいきなりバラすな」

「……流石に、そのままでは居させてくれんか」

 お互いに警戒しながらアルシェムの方へと向いた二人は、彼女が全くと言っていいほど警戒を解いていないことに気付いた。レオンハルトに警戒しないのは呼び名からわかっている。そして、恐らく『外道神父』から《銀》について聞かされており、恐らくリーシャが《銀》だろうと知っているアルシェムが《銀》を警戒する必要はどこにもない。ならば一体何を警戒しているのか。

 それを問うたのは《銀》だった。

「何に警戒している?」

 それに対してアルシェムは何と答えるべきか迷った。下手に応えてリーシャが突っ込んで行けば死ぬのは明白だったからだ。ようやく手に入りそうな駒を、こんなくだらないことのために失いたくはないのである。この先にいるのは気配からして《道化師》と《鋼の聖女》、そしてそのお付きの《鉄機隊》達なのだから。いかな《東方人街の魔人》であろうが、一人では厳しいどころか死ぬしかない。

 故に躊躇いがちにアルシェムはこう答えた。

「……その、多分この独特の気配は師匠かなって」

「は?」

 《銀》は知らぬことであったが、レオンハルトは彼女の言う『師匠』が誰であるのかを知っていた。確かに彼女が今ここにいることも。既に彼は『彼女』に対して袂を分かつことを宣言してからここにいる。故に、彼はこの先に進む必要は全くなかった。だからこそ、レオンハルトは何も知らない哀れな《銀》に対して少しでも『エル』の情報を得させてやろうとお節介を焼くのである。

 それは、アルシェムの身を心配するていで放たれる言葉。

「悪いが《銀》。俺はまだ仕事が立て込んでいるのでな。彼女の護衛を頼む」

「……言われずとも、この先は確認せねばならんからな。同行者がいるのは心強い」

 しれっとそう応える《銀》は、アルシェムが『エル』であることを道中で問い詰めようと考えている。それどころではないと気付くのは、レオンハルトが遊撃士二人をボートに乗せて去ってからであった。いつになく緊張した様子のアルシェムに、《銀》は声をかけることすらできなかったのである。それほどまでに警戒する『師匠』とやらを一目見るために、《銀》は黙ってアルシェムの後に続いた。

 そして辿り着いた先にいたのは、緑色の髪の少年。そして、時代錯誤な鎧に身を包んだ女性たちがそこにいた。《銀》には少年の得物は分からなかったが、鎧の女性が持っているホーンとも呼ぶべき槍から、彼女に関しては槍使いなのだと察した。背後の三人に関しても獲物ははっきりしている。もっとも、鎧の女性からしてみれば《銀》の中身に関してまで見抜いていたが。一度相見えたことのある《銀》と、目の前の彼女とでは力量が違い過ぎたのである。

 お互いに黙り込み、そして先に言葉を発したのはアルシェムだった。

「……久し振り、リアン師匠」

 その声はかすれていて、嫌でも緊張を感じ取れた《銀》もまた緊張を強めた。一応はこれまでの功績を見る限り『強者』であるアルシェムがここまで緊張する相手がただの女騎士であるわけがない。その予感だけは正しく、またその警戒こそが今この場において最も必要なモノでもあった。何故ならば彼女は《使徒》――《身喰らう蛇》の幹部なのだから。

 リアン師匠、と呼ばれた女性――《使徒》の《第七柱》、《鋼の聖女》アリアンロードはそれに答えた。

「ええ、久しいですねシエル。……今はアルシェムというのでしたか」

「うん。それが一応本名みたいだよ」

 そのあまりにも適当な答えにアリアンロードは呆れ返った。仮にも自身の名前なのだ。彼女のようにたった一人のための道を歩むと決めて『アリアンロード』と名乗ったわけでもなく、ただそれが名前であると言い放てる根性が分からなかった。知っていたのだ。その名が示すのが、恐らく『欠けた銀色』であるということを。だからこそその真意を聞きたかったのだが、彼女は恐らくそれに対する回答をアリアンロードに示すことはないだろう。

 故に彼女は言葉を変えた。

「それはまた……それで、ここに来たのは旧交を温めるため、ではないでしょう?」

「はっは、勿論。……表に戻る気は、本当にないの? って聞きに来たんだよ、リアン師匠」

 それに対するアリアンロードの答えは無論のことながら――

 

「勿論ありません。私は私の目的のために行動しています。それを、いくら弟子であろうと貴方に言われただけで変えることなど有り得ません」

 

 否だった。故に、アルシェムはゆさぶりをかけるのだ。ある意味では無責任ともとれる彼女の言葉に。自身の都合と、それに巻き込まれてしまうであろう姉弟子たちのことを考えて。どう高潔であろうと彼女らは所詮《身喰らう蛇》の構成員なのだ。アリシアⅡ世との密約を果たすのに含まれる。それで彼女らを消すのは非常に面倒であるから、アルシェムは説得という手段をとるのである。

 まずぶつけるべきは、姉弟子たちのことだ。

「うん、まあ師匠ならそう言うだろうとは思うけどさ。《鉄機隊》の皆もそれに連れて行くんでしょ? どこかできちんと手を離してあげないと、師匠を『高潔な騎士』だと思い込んでる皆が可哀想だ」

「……私は、着いてくるように強要した覚えは一度もありません。ただ……貴女こそ、そちら側にいて辛くないですか?」

 アリアンロードは、アルシェムの追及を誤魔化すようにそう言った。身振りで激昂しそうになっていた《鉄機隊》の一人を制止しながら、だ。その素振りからして《銀》には誤魔化しているように聞こえたし、事実そういう面があったことも否めない。ただ、アルシェムがその言葉に対して回答する言葉は、彼女らの思ってもみない言葉だった。

 その言葉をアルシェムは告げる。

「辛くないと言えば嘘になる。裏側にいればどれだけ楽だったかって思わないこともなかったよ」

「なら」

 戻ってきなさい、とアリアンロードが言う前に。

 

「でもね……ないんだよ、師匠。ここ以外に、道が」

 

 泣き笑いのような表情でそう言ったアルシェムの言葉に、その口は縫いとめられた。その意味をアリアンロードが真の意味で理解する日は来ない。彼女が何よりも優先するのはたった一人だけ。その人物に危機が迫るような事態に、これからなるのだ。その時にはアリアンロードがアルシェムを気に掛けている余裕はなくなっているし、その時には彼女は既に『死んで』いるだろう。

 それに関して問い詰めようとアリアンロードは口を開きかけて――止めた。

「アル! それに《銀》も!?」

「ロイド……あー、さっさと問答なんかしてないで潰してりゃよかった」

 そのいら立ちが見て取れる表情に、ロイドは不快感を覚えた。こうやって何度も何度も見下されるというのは気分が悪いのだ。彼女は無意識にロイド達を下に見ている。それは前からわかっていて、何度も彼女に追いつこうと頑張っていたのにどうあがいても追いつけない。それがもどかしくて仕方がないのに、いくら努力したとしても彼女はそのはるか先を走っているのだ。最早追いつきたいとも思えなかった。

 そんなロイドの内心とは裏腹に、鎧の少女が憤然と言葉をぶつける。

「ちょっと、さっきから生意気ですわよアルシェム! 貴女がどんな道を行こうが自由ですけれど、アリアンロード様の邪魔をするのだけは赦しませんわよ!?」

「いや、一応警察官してるから邪魔するけど」

「でしょうね! でももう少しアリアンロード様に関係しないところで活躍なさい! 一体誰がやらかしたのかは知りませんけれど、こっちは《博士》を処分してくれやがった奴のせいでてんてこ舞いですのよ!? あまり手間をかけさせるんじゃありませんわ!」

 ぷんぷん、というオノマトペが似合うその少女は、《鉄機隊》が一人《神速》のデュバリィだ。彼女は《博士》――ノバルティスが始末され、また動かせる《執行者》達がめっきり減ったおかげでエレボニアとクロスベルを忙しなく駆け回る羽目になっているのである。それこそ自身の異名《神速》に至るほどの速度で動き回らなければその指令が果たせないほどに。こうやって会話をしていられる時間こそが彼女にとっての休憩時間でもあるのだ。

 そのあんまりな言動にレンが突っ込んだ。

「流石にそれはレン、どうかと思うわ」

「うるさいですわよ《殲滅天使》! 戻ってくる気がないのならわたくしの前に顔を出すんじゃありませんわ!」

「あら、ならデュバリィがレンの前から姿を消すべきね。レン達の相手なんかしてないでとっとと動くと良いわ。まあ、全部無駄になるでしょうけど」

 レンの言葉に激昂して突っ込んでこようとしたデュバリィだったが、それは両サイドにいた二人の騎士達に止められた。《魔弓》のエンネアと《剛毅》のアイネスだ。その二人に対して離せ止めろなどと高飛車に言い放つデュバリィであったが、一対一で力量的に拮抗しているにもかかわらず二対一で抑え込まれては抵抗することすらできない。

 それに対して、ロイドとノエル、エリィは毒気を抜かれたような顔でそのやり取りを見ていた。その光景があまりにも微笑ましかったからだ。もっとも、ランディはその持ち前の嗅覚でそのやり取りが一般人には出来ないものだと見抜いているし、ティオもその『鎧を着ているにもかかわらず普通の人間のように動いている』という異常な光景を前に警戒を強めていたが。

 それを微妙な目で見ていると、おもむろにアリアンロードがアルシェムに問うた。

「――この程度の輩のために、貴女は全てを賭けるのですか」

「……流石にそれは、ニンゲンを舐めすぎだよリアン師匠」

「ならば貴女の言、試させて貰いましょう――」

 そしてアリアンロードはその手に持つ槍を閃かせ――それに気付いたアルシェムと《銀》、そしてランディが女性陣を庇うように前に出た。そして始まる怒涛の突き。およそ人間の出せる速度を超えたその突きに対応できるのは弟子であったアルシェムだけしかいない。ランディも防ぐだけで精いっぱいだ。《銀》に関しても、重要な臓器に刺さらないかどうかだけを見極めて捌くことしか出来ない。

 

 故に、その悲劇は起こった。

 

 全てをさばき切り、大きく溜息を吐くアルシェム。そのおこぼれだけを辛うじて防いでいたランディ。それを補助してはいたが、大半はアルシェムに守られたレン。いきなりのことに呆然としているロイド達。そして、守る対象に含まれていなかったためにその覆面が破壊された《銀》――否、リーシャ・マオの素顔が。その場にいた面々に晒された。

 それに最初に気付いたのは、ロイドだった。

「え……」

 その声につられるようにして《銀》を見た一同は、そこに在る顔に言葉を漏らす。

 

「リーシャ、さん?」

 

 覆面が砕けたことには気付いていた。気付いていただけで、隠すことは出来なかった。それゆえにリーシャは無防備なままその顔面を《特務支援課》の一同の前に晒すことになってしまったのだ。遅れて駆けつけてきた一人の遊撃士――アリオス・マクレインにも、その顔はばっちりと目撃されてしまっていた。ある意味では絶体絶命でもある。

 ただ、彼女はそれを誤魔化すことにした。

「……やはり、この顔を使うのは失敗だったようだな」

 その顔が本来の顔ではないかのような発言をして、気配を消す。その場から消え去る時の周囲の人間の驚愕など、彼女は聞かないことにしていた。否、聞きたくもなかった。アルシェムに、『エル』にどんな反応をされたかなど、知りたくもなかったのだ。そこに在るのが失望であったら、彼女は二度と立ち直れないような気がしていた。

 そして、かなり忙しい部下たちのためにアリアンロードもその場を去り、ほぼ空気同然だったカンパネルラもここに放置されては捕獲されると思ったのか去って行って。その場にはロイド達だけが残されるのであった。もちろんその場に残っていたからと言って何かが出来るわけでも、何かが起きるわけでもない。故にロイド達は帰路につく。

 

 ――この先で、何が待ち受けているのかも知らずに。

 

 ❖

 

 ――その町は、無法者たちに蹂躙されるものだと思われていた。唐突に襲来した猟兵達。逆らうことすら赦されず、人質にとられる有力者。その人質には含まれず、されど猟兵達の矢面に立たされる人物こそ、その町の長だった。彼はそういう事態が起きることを聞かされていて、かつ無駄な抵抗をしないよう指示を受けていた。何故なら、抵抗すればするだけ被害が大きくなるからだ。

 それを知らない猟兵達はあまりにあっさりと終わってしまった占領行為に対して疑問を抱くこともなく、籠城の準備を始める。しばらくはここを拠点にし、活動資金を稼ぐのだ。そうやって更なる依頼に備える。この先に待つのは巨額の依頼。ならば、準備は万全にしておかなくてはならない。

 ――その日、その町から自由が失われた。

 


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