雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧234話のリメイクです。


脱線列車

 不審商人の調査の支援要請を終え、ロイド達は昼食を挟んで集合した。上からの指示で《身喰らう蛇》構成員たるヨルグ・ローゼンベルグに話を聞きに行かなければならなくなっていたからだ。レンもアルシェムもあまり乗り気ではなかったのだが、それでもいかなくてはならないだろう。流石の彼女達でも、今の《身喰らう蛇》の動きを全て把握しているわけではないのだから。

 全員が集合し、《ローゼンベルグ工房》を訪れた先にはやはり本人が待ち受けて――いなかった。

「おいこらふざけんな《変態紳士》」

 アルシェムが顎に導力銃を突き付け、レンが眼前に大鎌を突き付けられたその様はまさに老人虐待とでも言わんばかりの絵面なのだが、残念ながら中身は違う。何を血迷ったのか《怪盗紳士》ブルブランがヨルグに変装して待ち受けていたのである。それを些細な動きだけで看破できるアルシェム達もアルシェム達だが、それほどまでにヨルグと彼との動きが違ったともいえる。

 ブルブランは慌てて飛び退いて変装を解いた。

「だから私は《怪盗紳士》だと何回言えば良いのかね!?」

 そのあまりの変わり身にロイド達は驚愕するが、見慣れてしまった者達にとっては何の面白味もない。アルシェム達にとってはただヨルグがどこにいるかさえ突き止められればそれで良いため、本人の扱いもぞんざいになる。もっとも、ヨルグがブルブランにただでやられるはずもないので、ヨルグはヨルグで《特務支援課》を見極めているのだろうが。

 故にそっけない返事となる。

「ブルブランなんて変態で充分よ」

「右に同じ。ま、そっちも示威行為だけで終わらせてくれるんならこっちもこれだけで終わらせてあげるけどね。それ以上を求めるんだったら――」

「って、アル、レン! それは流石に脅迫だぞ!?」

 ぐり、とアルシェムがブルブランの喉元に銃口を抉りこんだところでロイドのストップが入った。それが出来たのはひとえにアルシェム達が殺気を放っていなかったからなのだが、それを彼が知ることはなかった。ただ、やっていることは警察官にあるまじきことであることは自覚している。ただいつものように動いてしまっただけの話なのだ。かつて《執行者》だった時のように。相手をおちょくってスキンシップを図っていただけ。

 故に二人はしれっと答えた。

「ただのスキンシップだよ」

「そうよね、ブルブラン。挨拶代わりの殺し合いをしてないだけレン達は寛容よ?」

「それは認めるがね。君達、微妙に強くなってないか……? 前から気配には敏感だったが、身内に化けてここまで早く気づかれたのは初めてだよ」

 呆れたように彼はそう言うが、ブルブランは忘れていた。ヨルグとレン達は、一緒に暮らしていた時期があるのだ。当然のことながら細かい癖も覚えているため、なにもしていなくとも違和感がある、という状態になっているのだ。たとえば、今ブルブランがエステルに化けたとしてもヨシュアには一瞬で気付かれる。それはヨシュアがエステルのことをよく見ているからだ。その比較対象と同じくらい一緒にいたのだから、看破されても何らおかしくはなかったのだ。

 その答えを、レンはあっさりと明かした。

「あのね。アルはともかく、レンは《パテル=マテル》と一緒におじいさんと暮らしたことがあるのよ? 分からないわけないじゃない」

「……それもそうだったね。レン……戻ってくる気は」

「ないわ。ブルブランが盗みを止めないのと同じよ。レンは目的があってアルと一緒にいるの。アルが二度と《身喰らう蛇》に戻る気がない以上、レンも戻らない」

 ブルブランにそう返答すると、それに彼は珍しく破顔した。彼としてもレンが闇側にいるのは好ましくなかったのだろう。闇に愛され過ぎた少女には、まだ光に救いがあることを知っているのだから。それを受け入れる気になるかどうかは分からないが、最終的に闇に戻ってこないのならばブルブランとしてはそれで良かった。レンには理由がないからだ。『世界を見計らう』に足る、後ろ暗い理由が。

 無論のことながら、ブルブランにもその理由はない。彼が盗みを働くのは快楽のためであるし、盗んだものを正しく評価されるところに置きたくなるのもそれが一番最初の盗みの動機だったからだ。もちろん最初は彼も拙く、失敗してしまったが。それでも何度も繰り返して技を磨き、求めるものを盗み出して――そして、それに裏切られて。ただブルブランは報われたいがために今は窃盗をやっている。

 それはさておき、ブルブランはその選択をしたレンに対して情報を一つだけ洩らすことにした。

「それは良かった。クロスベルを去る前に良いことが聞けて良かった」

「ふーん……戦力が減っても問題ないくらいに計画は進んでいる、ということね。ということは、クロスベルには今《使徒》がいる……」

 そう言ってぶつぶつと呟きだすレンに、ブルブランは額を抑えた。

「いつから君はそんなぶっ飛んだ答えを出せるようになったのかね……まあ、否定はしないが」

 そんな和やかとも言い難い会話を続けるレン達に、ようやくロイドは反応できるようになった。ただのひょうきん者にしか見えないこの男こそが、レンに言わせれば《執行者》だという。ならば、ここに来た目的を少しでも果たさなくてはならない。たとえ彼がクロスベルで法を犯していないのだとしても――それが犯罪組織の一員であるのならば、情報を得なければならない。

 ロイドはブルブランに問いかけた。

「えっと、貴方は……」

「ああ、気にしないでくれたまえ。君達も魅力的ではあるが、別方向に戦力が足りなくてね。会うのは恐らくこれっきりになるだろう」

「別方向、というのは?」

 ロイドは探りを入れるべくそう問うたが、彼は肩をすくめるだけで何も答えることはなかった。当然だろう。ロイドに応える義理など、これっぽっちもないのだから。だからこそ、アルシェムはロイドが求める情報を吐かせるために動くのだ。ロイドの望みを、《特務支援課》の望みを、□□□の望みを叶えるためだけに。そうあれかしと定められたことに従って。

 直感の赴くままに、アルシェムはブルブランに告げた。

「エレボニア、でしょ?」

「君の情報網がどこまで伸びているのか興味があるのだがね、シエル。それを真面目に答えるわけがないだろう?」

「いや、消去法だし。あんたが今の共和国に行く意味ないもん」

 直感でそう告げたというのに、それを補足するように脳内で整理された言葉が吐き出される。共和国の状況はあまり芳しくはないが、《執行者》が暗躍するに足るだけのモノがないのだ。エレボニアにはそれがある。《鉄血宰相》とそれに付随するもろもろの事柄が。それらを無視してまで《執行者》が動く必要性など、今のどこの国の情勢にもない。

 よってブルブランが行くとしてもここでなければエレボニアでしかありえないのだ。そして、アルシェムはそれを信頼するに足るだけの情報を自らの従騎士から得ている。要するに、あの《鉄血宰相》とその周囲の人物たちが織りなす血の宴にホイホイ誘われているというわけだ。そこに彼の求めるモノがあるかどうかはまた別の話であるが。

 大きく溜息を吐いたブルブランは言葉を漏らす。

「まあ、それには同意するが……っと、そろそろいかなくてはならなくてね」

「何のためにいたのあんた」

 アルシェムが呆れたようにそう言えば、ブルブランはレンの頭に手を乗せた。

「最後に顔を見ておきたかっただけだとも。かつての同志のね」

 そう言ってブルブランはその場から消えた。本当にかつての同志――レンの顔を見たかっただけらしい。そのまま気配も消えたので、本当に去って行ったのだろうとアルシェムは判断した。残念なことに頭に手を乗せられたレンはそれを思い切りはたいてその残滓を消し去ろうとしていたが、ブルブランは幸いなことにそれを見ることはなかった。

 その後、ロイド達は無事にヨルグと面会して必要な情報を得ることは出来た。今現在クロスベルに存在する《執行者》と、この先誰が介入してくる可能性があるのかを。ただし、その人物の名を聞いた瞬間にアルシェムは遠い目をした。何ともいえない顔になり、最早風化するのではないかという勢いで放心する彼女を見てロイド達は焦る。

 アルシェムは物凄い顔で愚痴を漏らした。

「いやー、ちょっと、ええー……《鋼》がいんの……何でエレボニア行けよー……」

「どこぞのお節介が《博士》を消したようだからな。おかげで《鉄機隊》の一人が走り回らされていると嘆いておったぞ」

 その愚痴に律儀にヨルグは返した。その走り回らされていて過労死寸前の少女が三人のうちの誰であるのか想像がついているアルシェムは内心で拝んだ。その事態に陥らせたのは他でもないアルシェム自身だからだ。《博士》――ノバルティスを塩と化して消滅させた時にはまだ《鋼》の気配はしなかったので油断していたと言えばそうなのだろう。

 勿論のことながら、ロイド達は《博士》が誰であるかは知らない。

「あの、博士って……」

「別に知る必要はないだろう。もう死んでいる上に、奴が作ったブツは完成しなかった。まあ、儂にその仕事が回っては来るが……あんな完成品とも呼べん何かを最後まで手掛けるつもりはない」

 それはある意味では安心できる答えであった。自分から犯罪に関わる可能性があるものを敢えて完成させないと宣言しているのだから。だが、ロイド達にしてみればそれは危険物を作成していることを肯定しているようにしか思えない。実際、ヨルグの作成した機械人形には殺傷能力があるものもあるため、あながちその認識が間違っているわけではなかった。

 故にロイドは厳しい顔でヨルグに告げた。

「ですが、それは犯罪のほう助になる可能性があります」

「今更だな。ただ、お前の理屈であれば武器職人も同じく犯罪のほう助人となるが?」

「それは……」

 ロイドは答えに詰まった。確かにそれもそうなのだ。武器を使って殺人が行われたからと言って、その武器を使った人間はおろか作った人間までもが悪いと誰が言えようか。普通の武器であればそんなことは言えようはずもない。それはあくまで使う人間が悪いのだから。ただ、ロイドは無意識に感じ取っていたのだ。ヨルグの作る人形に、意志があるかも知れないことを。

 考えに煮詰まった様子のロイドを見て、ヨルグは一同を追い返すことに決めた。これ以上ここにいられても邪魔であるし、何より不審者がここに侵入しようと窺っていたからでもある。人形に連行されるようにして外に出た一同は、思いがけないニュースを聞くことになった。外に出た瞬間に鳴ったロイドの《ENIGMAⅡ》からもたらされたのは、事故の連絡だったのである。

 それを聞いたロイドは即座にノエルに指示を出し、皆を促して導力車へと乗り込んだ。ノエルはロイドの『なるはや』の指示を聞くと、アクセルを踏み込んで西クロスベル街道へと急行した。流石にクロスベル市街ではノエルもスピードを落としたのだが、その横を救急車両が何台も追い越して行った。余程の大事故らしいと見て取った一同は顔をこわばらせる。

そこでエリィに状況説明を求められたので、ロイドは一同に何があったのかを説明した。

「……状況はよくわからないらしいけど、とにかく列車が脱線したらしい」

「レールに石を置いた馬鹿がいるわけではなく?」

「ああ、落石の可能性が高いとは言われているんだが……どうも、歯切れが悪かった。もしかしたら何かあるのかもしれない」

 口には出さなかったが、ロイドはこれが『幻獣』の仕業ではないかと何となく考えていた。ただの落石事故であればそもそも《特務支援課》に声がかかることは有り得ないからだ。何かしらの違和を感じたからこそ、報告を受けたソーニャは《特務支援課》オペレーターのフランに連絡を入れたのだろう。フランもその意を汲んですぐにロイドに連絡したのだ。そうロイドは感じ取っていた。

 そして導力車が現場についてみれば――そこには。

「酷い……」

 散らばった列車の壁の破片。砕け散った岩。うめく人々。派手に血こそ飛び散っていないものの、それはまさに惨劇の現場であった。漏れ聞こえる声から察するに、死者はいない。それが幸いなことなのかどうかは、被害者たちしか知らない。加えて飛び込んでくるのは、この微妙な情勢において、帝国や共和国にはみせられないクロスベルの『弱味』になりかねないという事実。

 現場の指揮を執っているソーニャは、ロイド達を見つけて手招きした。

「悪いけど、今から現場検証をしている暇はないわ」

「え、でも……」

「今の情勢は分かっているでしょう、バニングス捜査官。出来るだけ早くここは片づけて、運行を再開しないといけないわ」

 ソーニャの険しい顔を見て譲る気はないことを理解したロイドはしかし、譲歩して貰わなければならないことを感じ取っていた。これはただの事故ではない。それが分かったからだ。故に列車撤去用の重機が来ていないことを盾に、その準備が整うまでの現場検証と事情聴取の権利をもぎ取ったのである。ソーニャもそれで何かが分かるのであれば、という一縷の望みを託してロイドにそれを任せた。

 事情聴取に掛けていくロイド達を後目に、彼女はアルシェムの服の袖を掴んで問うた。

「……これは、貴女の?」

「いや、あっちの仕業だろうね。『彼』にはこんな馬鹿げたことを起こすメリットがない」

「そう……とにかく、事後処理は任せなさい、と伝えて」

「了解」

 それはごく小さな声かつ素早く行われたため、気付いた者はいなかった。アルシェムもまた現場検証へ向かう様を見てソーニャは歯噛みする。既に彼女は『彼』から聞かされていた。一番危険で過酷な任務に就いているのは彼女だと。だからこそ、出来得る限り負担を減らしたいと思ったのだ。将来、恐らくアルシェムは『彼』の右腕になるのだろう。それを死なせるわけにはいかない――という見当違いの思いを抱いて。ソーニャは重機の到着を遅らせる工作を始めたのだった。

 粗方事情聴取を終え、現場検証もざっくりと終らせたところで重機が到着した。その作業をソーニャは複雑そうな顔をして見ていた。確かに遅延工作は行ったはずなのに、それ以上の速さで辿り着くあたり誰かが仕組んでいたのかとも勘ぐってしまいそうになる。ただ、その時点でロイドにはおぼろげながら『落石ではなく故意に誰かが何かを消しかけた痕』だと結論付けることが出来ていた。

 ただ、それらを全て見つめた結果、アルシェムにはもう少しだけ具体的に見えていた。

「何……いや、『誰』かな」

 それにノエルが反応する。

「それって、意図的に誰かが岩を押し転がしたとでも言うんですか?」

「落石じゃ無理だと思うよ。魔獣でもその規模の奴は古代種か『幻獣』しかいないだろうけど、生憎クロスベルにそのサイズの古代種がいたって話は聞いたことがない。『幻獣』にしては上位三属性の気配がしない。よって残る可能性は一つだけ――『誰』が《魔人化》したか、だよ」

 それにランディは渋い顔をした。彼としては《紅の戦鬼》の関連を疑っていたのだが、確かにシグムント単体ではあの規模の傷を車体に付けることは不可能だ。目撃証言とも合わない。そしてアルシェムの言葉から考えれば、あのシグムントが薬に頼ってまで強くなりたいと願うような事態に陥っているとも思えない。要するに関連はないのだろう。

 ならば誰が、と考えたところでティオが周囲をサーチした。

「……これは」

「何か分かったのか?」

「ええ。多分、ノックス大森林の方かと」

 それを聞いてロイド達はノックス大森林へと急行し――思いがけないものを見ることになった。確かにそこには《魔人》がいた。しかし、それは既に討伐されていたのである。彼らは知らなかったのだ。未だアルテリア代表とその護衛が帰路についていなかったことなど。故に、大剣を担いでそこにいた人物に対して驚愕を抱くことになる。

 

「レオンハルト、さん?」

 

 そのロイドの問いめいた言葉に、レオンハルトは若干ずれた答えを返す。

「……ロイド・バニングスか。クロスベルは魔境だな。まさかこんな魔獣が生息しているとは……」

「いや、あの、それは人間なんですけど……」

 至極複雑な顔でそう告げたロイドは、軽くレオンハルトに事情聴取を行い――彼はしれっと鍛錬していたとのたまった――、《魔人化》が解けたその人物を引き取ってその場を後にした。なお、その《魔人》は現在刑務所にいるはずの元《ルバーチェ》の構成員だったのだが、彼が何故外にいて《魔人化》してしまったのかという謎はついぞ解けることはなかった。

 


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