雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧230話~231話半ばまでのリメイクです。


~インターミッション・ミシュラム~
変態ガムテープの捕縛


 西ゼムリア通商会議から数日。市長令嬢にしてIBC総裁マリアベル・クロイスから、《特務支援課》一行は招待を受けた。数日間のミシュラムへの招待である。それを受けたのは、彼らだけではなかった。先日の騒ぎに関わった人間達や、《アルカンシェル》のメンバーなど実に様々な人間が招待を受けたのである。それを断る理由などなかったロイドは、了承の意を返していた。

 そして当日集まってみれば、何とも混沌とした人間達が集っている。《特務支援課》のロイド、ティオ、ランディ、エリィ、ノエル、レン、アルシェム、オペレーターのフランと居候のキーア。そして自警団のワジとヴァルド。ウルスラ病院からセシルに、《アルカンシェル》からイリア、リーシャ、シュリ。リオも招待を受けていたらしいが、有休が取れず見送ったそうだ。

 そんな混沌としたメンバーを、マリアベルはミシュラムのホテルの最上階スイートに割り振った。男性陣の集う部屋。女性陣の部屋。幼女たちの部屋。そして何のあまりものなのか、リーシャとアルシェムの二人部屋である。何かしらの作為を感じないでもない部屋割りだが、こっそりとリーシャがマリアベルに頼んでいたのを地獄耳で聞いていたアルシェムは諦めるしかなかった。

 一同は部屋で荷物を置き、ビーチへと繰り出す予定になっている。水着を持っていなければ貸して貰えるとのことで、リーシャは持ってきてはいなかった。そのため、荷解きだけをして多少できるであろう時間をアルシェムとの会話に使おうと思っていたのだ。たった一言問うだけの、その会話を始めたいと。『貴女は『エル』ではないんですか』という、その問いを。

 しかし、問われるべき人物――アルシェムは微妙な顔で考え込んでいた。

「ど、どうしたんですか、アルシェムさん?」

 リーシャが思わず問うと、アルシェムは荷物を置いたまま彼女に向き直った。そこには隠しきれないほど困っている様子が見受けられる。何に困っているのかと問われるとリーシャには分からない。だが、アルシェムにとってはある意味死活問題だった。以前、リベールのジェニス王立学園で制服を拒んだのと同じ理由で困っているのである。

 それを、アルシェムは遠回しにリーシャに伝えた。

「水着、あんまり好きじゃないんだよね」

「そうなんですか? アルシェムさん、何でも似合いそうなのに……」

「……えっと、リーシャさんや。自分のプロポーションとわたしのを比べてみてからそーゆーこと言ってくれる? 結構虚しいんだからね、こっちは」

 複雑な顔でアルシェムがそう言えば、リーシャは自分の胸を見下ろした。相変わらず邪魔な爆乳だ。そしてアルシェムを見た。うらやましいほどにスレンダーだ。どこがどう虚しいのか、リーシャには全く以てわからなかった。あまりにも大きすぎる胸は邪魔なだけなのだ。走ると痛い。もげそうになる。谷間に汗がたまる。肉の重みで肩がこる。実に大変なのである。ないものには分からない悩みではあるのだが。

 故に、リーシャは持たぬ者に対して言い放ってしまったのである。

「私はアルシェムさんのプロポーション、羨ましいですけど……」

「リーシャさんに言ったわたしがバカだった。さ、行こっか、待たせちゃ悪いし」

「あ、はい」

 アルシェムの有無も言わせぬ表情に、リーシャは従うしかなかった。何を間違えたのか全く分からなかったが、とにかく言ってはいけないことを言ったのだということは理解した。だが、それに対して謝罪をするのも何かが違う気がして、だから雰囲気がこの微妙な空気を吹き飛ばしてくれることを期待したのである。このまま会話のないままこの機会を終わらせるわけにはいかないのだから。

 そして、その空気を吹き飛ばしてくれたのはイリアとエリィだった。

「あら、アル。水着はどうしたの? 借りられたわよね?」

「絶対ヤダ」

 そう言って拒絶するアルシェムに対して絡んできたのはイリアだ。こういう空気を敢えて読まないようにするイリアは、ムードメーカーでありムードブレイカーでもある。今回は勿論後者だ。

 目を爛々と輝かせ、エリィに目くばせしてアルシェムの腕を取った。

「駄目よ、こういう時こそ乗らなくちゃ! さ、エリィさん、行くわよ!」

「はい、イリアさん!」

「えっ、ちょ、何、あーれー……」

 反対側から腕を取ったエリィにも引きずられ、アルシェムは貸水着の受付まで引きずられていくことになった。勿論アルシェムは大人げなかったので、水着を選ぶことはなく、選ばれた水着と共に更衣室に押し込められたことをこれ幸いと隠形で姿を消してその場から離れたのである。そうするしか回避する方法はなかった。勿論探し回られても困るので、ビーチにはいかないことをティオには伝えておいたが。

 そしてホテルの部屋に戻れば、妙な来客に会うのである。

「……いや、不法侵入だからね?」

「匿って頂戴。追われているのよ」

「今更誰に――って。いや、何で逃げるのルシオラ」

 部屋の中に潜んでいたのは青い髪の女性――ルシオラであった。誰かに追われていると聞いてすかさず気配を探ってみれば、懐かしい気配が近づいている。ということは、《身喰らう蛇》からの追手ではないということで。ならばアルシェムのとる手段は一つしかなかった。何故なら、『ルシオラ・ハーヴェイを完全に《身喰らう蛇》から抜けさせる』には、彼女に捕まってもらうのが一番いいのだから。

 部屋の鍵をピッキングで開け、突入してきたのはシェラザードだった。

「ルシオラ姐さん!」

 勿論、シェラザードの目に飛び込んでくるのはルシオラとアルシェムである。そもそもここはリベールでもなければピッキングは犯罪であるなどなど色々と言わなければならないことはあったのだが、かなりせっぱつまった様子のシェラザードにアルシェムはそれを言うのを止めた。今はルシオラを犯罪組織から抜けさせることの方が大事だからだ。

アルシェムはルシオラに逃げられないように腕をつかむと、シェラザードに向けて突き出した。

「ハーイ、シェラさん。ルシオラならここ。はいどーぞ」

 それにルシオラは全力で抵抗しようとするのだが、元々戦闘員であるアルシェムと後方支援担当のルシオラとでは力が違いすぎる。理由は勿論それだけではないのだが、近接戦闘術に優れるのは勿論アルシェムの方だ。ルシオラは離れることすらままならないままもがくが、残念ながらアルシェムの拘束から逃れることは出来なかった。

 業を煮やしたルシオラはアルシェムに怒鳴る。

「ちょっとシエル! 何で止めてちょっと待って気持ちの整理が!」

「いや、何でアルがここにいるのよ!?」

 ちょっとした混沌に巻き込まれそうになったアルシェムだったが、どうにか抜け出してホテルのフロントへと向かう。あのままあの部屋で騒ぎ続けられれば面倒なことが起きるに違いないからだ。フロントでもう一部屋借りたい旨を告げ、ミラを払って鍵を受け取る。そして与えられた部屋へと戻ると、ルシオラがまた逃げようとしていたので捕縛した。

 それを見てシェラザードが親指を立てた。

「グッジョブ、アル!」

「……一応ここさ、わたしだけが取ってる部屋じゃないんだよね。だから下の部屋取ってきた。そこで話し合ってよ、もう……」

「何から何まで悪いわね。後でミラは返すわ! 姐さんから取り立ててね」

 どうやらシェラザードはルシオラを逃がすつもりはないらしい。うっかり真下の部屋を取ったことが災いし、アルシェムはその会話の内容を把握してしまった。シェラザードが容赦なく怒鳴るからでもあるが、それでも聞こえてしまうものは聞こえてしまうのである。結局のところはルシオラはシェラザードと共に生きることになり、まずは遊撃士になるところから始めるらしい。どんな遊撃士だと突っ込んではならないのである。

 そしてその言質を取ったシェラザードがすることはと言えば――酒盛りだ。いきなり強い酒をかなりの数注文したのが聞こえてしまったアルシェムは、慌てて階下に向かう。そこには既に並べられたボトルがあり、ホテルの従業員が引き攣った顔でボトルを運び入れていた。赤ワイン、白ワイン、ロゼ、蒸留酒などなど、その部屋に運び込まれる酒は様々だ。

 それを見てアルシェムは思わず突っ込んだ。

「いや、ホテルの人がドン引きしてるから……」

「あ~、アルぅ~。お代わりぃ!」

「酔っぱらうの早過ぎでしょ……はぁ」

 ルシオラも黙ったまま酒を飲んでいたが、素面のように見えてどうやらあれは相当回っているようだ。いつもよりもかなりのハイペースで杯を干していくあたり、やけくそになっているような気がしないでもない。呑めば呑むほどシェラザードから酒を注がれているのだから、結構なペースで呑んでいるはずなのだがそれでも辛そうにはしていないあたり、ルシオラも結構なザルのようだ。

これを一体どうすべきかと考えていると、《ENIGMAⅡ》が鳴った。番号を見るとロイドである。あまり出たくはなかったが、出ないとうるさいのでアルシェムは通話ボタンを押した。

「はいアルシェム・シエル」

『アル、ミシュラム・ワンダーランドにも来ないつもりか?』

 その責めるような口調に、アルシェムは辟易した。放っておいてほしいものだ。折角ビーチにも行かないで済んだというのに、何故今更騒がしい場所に行かなければならないというのか。慰労会だというのならばゆっくり静かに休憩させてほしいものである。だが、ロイドはそうは思っていないのだろうとアルシェムは思った。アルシェムは団体でいたいとは思わないのだ。

 だからこそ遠回しに拒絶する。

「……流石に遊園地で騒ぐような年齢じゃないんだけど……」

『皆と一緒に息抜きっていうのは……やっぱり、アルには向いてないんだな』

「まあね。一人でいるときの方が楽なんだよ、ロイド。マリアベル嬢の心遣いは有り難いけどね。もしチケットがあるんなら皆に配っちゃって。こっちはこっちで知り合いに会っちゃったから合流できないって言っとけば万事解決するし」

 そのあまりにも軽い口調に、ロイドは考え込んでしまったようだ。通話口で聞こえるざわめきの中に、皆の声がある。何故来ない。協調性がない。疲れてるのかしら。そこまでして一緒にいたくないの? そんな言葉が聞こえてくる。ロイドには聞こえないかもしれない。だが、感応力が上がっている今のアルシェムにはそれがはっきりと聞こえた。

 それが聞こえていないロイドは、怒りをにじませた声でアルシェムに問う。

『それは、嘘か?』

「いんや事実。まさかこんなところで会うとは思ってなかった人たちなんだけど……その、深酒始めちゃってるし、目を離したらちょっと不味そう……あっ、ちょっとシェラさん!」

 アルシェムが声を上げると、シェラザードはアルシェムから《ENIGMAⅡ》を奪い取った。そしてそれをしげしげと眺めると、スピーカーに向けて話し出す。

「はぁ~い、アルのお友達? というかこれ何、通信機? いや~、凄いわね、ここまで技術って進んでるのね~!」

 あはははははは、と馬鹿みたいに笑うシェラザードに、アルシェムは奪い取られた《ENIGMAⅡ》を即座に奪い返すのを諦めた。通話先のロイドが困惑しているのが聞こえるが、これで嘘ではないと分かるだろう。ロイド達といるのが面倒だというのは確かにある。ただ、今はこの状態のシェラザードから目を離すのは危険すぎた。一応は『外国人』扱いになるのだから、問題を起こせば外交問題になりかねない。

 通話先がいきなり変わったロイドは困惑した様子で声をあげた。

『あの、どちら様で――』

「ぁにぃ~? アタシを知らないの~?」

 その様子に、ロイドも相手が尋常な様子ではないことが察せられたようだ。下手に刺激すると危ない類の人間であると把握し、即座に警察官として培った交渉のスキルをフル稼働させる。勿論才能の無駄遣いだが、今ここで下手にその人物を刺激して暴れられる方が面倒なことになる。最悪休みを返上しなくてはならなくなるかもしれないとあって、ロイドは慎重だった。

 ゆっくりとロイドはシェラザードに告げる。

『ええっと……アルに代わってくれますか?』

「アタシの話が聞けないってかぁ~? この優男がぁ、あはははははは!」

 その微妙にかみ合わない会話にアルシェムは頭を抱えた。これは駄目だ。放置してはいけない。むしろ部屋の中に監禁する勢いでないと色々と不味いことが起きそうである。主に未成年に酒を飲ませにかかる、など。クロスベルでそんなことをやらかした暁にはエレボニアやカルバードから何を言われるか分かったものではないのである。

 アルシェムはくねくねと体を動かすシェラザードから苦労して《ENIGMAⅡ》を取り返すと、ロイドに告げる。

「えっと、この人リベールの遊撃士なんだけど、酒癖があんまりよろしくないからちょっと見張ってるってこらシェラさん! ほんっと、あんたの報酬絶対全部酒に化けさせてどーすんの!?」

 視線の先では、騒がしくしていたからか様子を見に来たホテルの従業員に強引に酒を持って来させようとさせているシェラザードの姿がある。勿論従業員は拒否しようとするのだが、彼らも無理に刺激すれば危険であることを身にしみて分かっている。これまでの接客の経験がそう告げていた。そのため、最後には諦めて酒を取りに行った。賢明な判断である。

「え~、らってクロスベルのお酒って珍しいの多いしぃ~。ね~、クロスベルのおにーさんもそう思うでしょ? でしょでしょ?」

 既にろれつが回っていないが、そう言えばこれもシェラザードのいつもの光景だったなとアルシェムは思い出した。酒を飲んで、酔っ払っているように見せかけて実は酔っていないなどというのはよくある話だ。そうやって情報収集をしていることもあったし、そうやって相手を罠に嵌めにかかっているらしいというのも聞いたことがあった。

 その微妙に絡んでくるシェラザードに辟易としたのか、ロイドが引き攣った声で返答する。

『……悪かった、アル。その……応援してる……』

「皆にもゴメンって言っといてロイド。コレは目を離しちゃいけない奴だから……もー! シェラさん! 追加でそんな高い酒頼むな! そんでそんなところからミラ出すんじゃない!」

 その途中で通話は終わったが、その代償はあまりにも重かった。シェラザードの様子がいきなり急変したのだ。

「で、アル。ここまでアタシにやらせたんだから何か奢りなさいよ」

 どうやら先ほどまでの会話は全て酔っぱらったふりだったらしい。酒を飲んでいたのは事実で、実際酒臭いのだが彼女は一切酔っぱらってはいなかった。アルシェムが困っているのを察したようだ。それであんな会話をし、ロイド達から引き離しにかかった。そういうことだ。シェラザードは知っている。アルシェムが単独行動を好むことを。だからこそ、そういう場に行きたくないのだと察することが出来たのだ。

 アルシェムは急変したシェラザードにドン引きしながらこう返す。

「うっわ普通に素面……そうだね、助かった。うーんここで一番珍しいのはっと……あーこれだな。東方酒スパークリング《月下美人》」

「東方酒ですって!? うふふ、楽しみだわ~、じゅるり」

 心底楽しそうな声でそう言ったシェラザードは、結局ロイド達がアルシェムを迎えに来るまで呑み続けた。ルシオラは途中で酔いつぶれて寝ていたのでロイド達とは顔を合わせていないのだが、シェラザードとロイド達とは非常に残念な顔合わせになった。なお、ランディやワジですらシェラザードとの酒盛りをすることは拒否したことをここに追記しておく。そこかしこに転がっている尋常ではない数のボトルに彼らもドン引きしたのだ。

 その後、正装したうえで会食に参加させられたアルシェムは遠い目でそれを食べ、残った分をこっそりと処分しながらディーターの会話を聞く羽目になったのは言うまでもない。

 

 かちり、とどこかで音がした。それは、最期へと至るための歯車が回り始める音だった。

 


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