雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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閑話・歴史の影で蠢くモノ4

 西ゼムリア通商会議が終わり、未だ混乱している中を神父が駆けずり回る。誰彼かまわず声をかけているのではないが、それでも膨大な数の人間に声をかけなければならない。地方も、市内も、それぞれに良い有力者たちがいるのだから。政治に長ける者。金融に長ける者。交易に長ける者。交渉に長ける者。それぞれに一人ずつ声をかけていくことで、『彼』は地盤を固めていく。

 だから、その有力者の中に『彼女』が含まれるのは当然のことだった。

 

 ❖

 

 その日、アルシェムはティータに呼ばれてIBCビルで待ち合わせをしていた。今から見せたいものがあるというのだ。夕方になってはいたものの、その内容が至極気になるものであったのでアルシェムはその招待を受けたのだ。そして、IBCビルから裏口を使って勝手に作っていたらしい地下研究室へと進むと――そこには、とんでもないものが眠っていた。

 それを見たアルシェムは、思わず突っ込んだ。

「いや、待ってティータ。この地下どんだけ深いの? つーかどうやって掘ったのさこんなの、ねえ、何で――」

 混乱のあまりアルシェムも動揺するしかない状況を、そこにいた紅の巨人が呆れたように見ていた、気がした。そう――『彼』こそはレンの騎士。ゴルディアス級人形兵器《パテル=マテル》である。それが、謎の機械に囲まれていたのだ。どこから突っ込んでいいか最早わからなかったが、取り敢えずどうにかしたのだろうと勝手に納得せざるを得なかった。なお、港湾区の水位が数リジュ下がっていることに気付いた者は少ない。

 アルシェムの混乱に、ティータが答えた。

「あっ、それはですね、ヨルグのおじいちゃんが手伝ってくれたんですよー。『レンの友人を名乗るのならば小娘、『彼』の整備位してみせろ』だそうです」

「お、おじいちゃーん!?」

「因みに二ヶ月で免許皆伝貰いました!」

「ティータ!?」

 どこから突っ込んでいいか分からない状況に、アルシェムは混乱することしか出来なかった。確かに最近リベール方面の情報は得られなくなっていた。だからと言ってコレは酷い。明らかに魔改造されているらしきティータの様子に、ただただ混乱しか出来てはいない。それも徐々に抑えつつあるのだが、突っ込みどころが多すぎて何から手を付けて良いのかわからない。

 ただ、何かから聞かなければこの状況は掴みきれないと判断したからこそアルシェムはティータに問うた。

「その、周りの子達は……」

「この子達はですね、《トーター》って言います。自律行動が可能な《パテル=マテル》さんの支援機ですね」

 何かからとは思ったものの、まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしなかった。更に質問事項が増えたことにアルシェムは頭を抱えたが、ティータは止まることなく新生《パテル=マテル》と《トーター》の解説を始めた。

 

 ❖

 

 まずはですね、砲門を増やしました! え、何でって……何かしきりに《パテル=マテル》さんがこれをつけろって主張してきたからです。こう、解説書のページをめくって何回も指を指されれば流石の私でも分かりますよー。何かどうしても増やしてほしかったみたいなので、口径は下げて二門から四門に増やしました。で、威力も上げて高速化して……え、魔改造しすぎですか? その、えっと……ここからが本番なんですけどぉ。

 あとですね、《パテル=マテル》さんがどうしてもっていうんで『ラ・クレスト』のアーツの効果があるオーブメントを付けました。レンちゃんをどうしても傷つけたくないからって回数制限までないものをお願いされたんですけど、流石にそれは無理だったので妥協して貰いました。それでも十回は優に掛けられるようにしてあります。

それとですね、周囲を薙ぎ払える剣をつけました。近づかれたときに砲撃と手を振り回すことしか出来ないと不便だって思ったのかもしれません。勿論普通の剣じゃないですよ? あの、レグナートさんを止めるために作ったオーブメントがあってですね……アレをちょっと改造して付けました。結構な威力になっちゃってびっくりしましたけど、でもちゃんと扱えるみたいなんで。

更にですね、リヴァイバルシステムも改造しました。レンちゃんにしか効かないようになってた設定は切って、『アセラス』と『ティアラル』をほぼ誤差ぐらいの時間差で発動できるようにしたんです。新しいアーツを開発してるって? 何言ってるんですか、アルシェムさん。皆さん普通にそんなの開発してますって。だっていたって普通の組み合わせじゃないですか。

……さ、流石にレンちゃんの許可は取ってますよ!? ここまでやって許可を取ってなかったらレンちゃんに怒られちゃうもん。というかレンちゃんからは『彼の好きにさせてあげて』って言われたから、その通りにしてただけです。……まだ、見せられてないけど……うん、レンちゃんなら『凄いわねティータ』って言ってくれるって信じてます。

 で、そこまで改造したらですね、何か《パテル=マテル》さんの反応が鈍くなっちゃって。何でだろうって思ったらちょっと負荷が上がり過ぎてました。当然ですよね、あそこまで魔改造したんですから。……自覚ぐらいありますよぉ。なので調整しました。《パテル=マテル》さんってば、自分にかかる負荷のことなんて考えないでレンちゃんのためにって改造をお願いし続けてましたから……だから、ヨルグのおじいちゃんにも手伝ってもらって負荷を下げたんです。

 それで反応が前よりもちょっとだけ早くなったところでまた《パテル=マテル》さんがお願いして来たんです。『自分の分身が欲しい』って。だからどうすればいいかって考えながら『エイドロンギア』の技術も流用させて貰って自律式の機械人形《トーター》が出来たんです。本当は《パテル=マテル》さんの小型機みたいな感じにしたかったんですけど、流石に小型化するのには役割分担しなくちゃいけなくって……

 だから盾持ち《トーター》と剣持ち《トーター》、それに遠距離支援型《トーター》が出来たんです。それは全部《パテル=マテル》さんを通じてレンちゃんが動かせるようになっててですね……えっ、負荷ですか? 確かにまた上がりましたけど、何とかなりそうなんですよ。ヨルグのおじいちゃん、確か《星辰のコード》とか言ってたかな……それを使えば負荷を下げられるって。

 アルシェムさん? 何で頭を抱えてるんですか? あっ……えっと、それと、その……私もちょっと、悪乗りしすぎたというか……負荷を大部分消す方法を思いついちゃって、ですね。多分怒られちゃうから他の誰にも内緒にしてて欲しいんですけど、その……《福音》の技術をちょっと借りて、負荷の分を《異界》に逃がしちゃったりして……えへっ。

 アルシェムさん? えっと、えっと、どうしたんですか……? 反応がなくなっちゃった……どうしたんだろう。ものすっごい顔してるけど……そんなに変なこと、言ったかなあ?

 

 ❖

 

 アルシェムは遠い目をしておもむろに《ENIGMAⅡ》を取り出した。そして通信を始める。無論のことながら、通信先はレンだ。レンは数コールもしないうちに通信に出た。

『どうしたの、アル』

「……何だろう、わたし、夢を見てるのかもしれない……」

『アル!? ちょっと、本当にどうしたのよ? 今どこにいるのかしら?』

 遠い目をしながらアルシェムはレンに居場所を伝えた。そもそもレンがこれを知っているかどうかによって混乱具合は変わるのだが、残念なことにレンも《パテル=マテル》の大魔改造については知らなかったようだ。アルシェムは緊急事態と勘違いしかけたレンを宥め、ティータにレンを迎えにやらせた。そして《パテル=マテル》と『二人』きりになったアルシェムは彼に触れる。

 そして、独り言のように呟いた。

「……ねえ、《パテル=マテル》。そこまでしてレンを守りたいのは何で?」

 無論のことながら返事があるわけがない。アルシェムはそう思っていた。しかし――

 

『レンだけ、違う。私が守るのはレンと、レンの好きな人達』

 

 そう、返答があったことに瞠目する。それは確かに感情を感じさせる声で。確かにさまざまな要求をティータにするだけのことはあるだけの知性を感じさせた。どうやら、彼女の知らない間に知性を獲得していたらしい。あるいはそれこそがゴルディアス級機械人形の製作の目的だったのか。それを知る者は今ここにはいない。ただ、《パテル=マテル》が確固たる意志を持ったのは事実だ。

 だからこそ、彼も疑問を抱くのだ。確固たる意志を持ったから。

『私も聞く。何故私から貴女のアカウントを消した?』

 それに対して、アルシェムは中途半端な答えを言うことは赦されなかった。レンのために、と言えば確かに聞こえは良かっただろう。訣別のため、というのも理由としてはあるだろう。だが、それだけではなかった。確かにアルシェムの中にその理由はあったのだ。それが何であったのか、言葉に出来るようになるには今までかかったが。

 その言葉を、アルシェムは《パテル=マテル》に返した。

「わたしと、あなたとでは寿命が違うからだよ。わたしが目的を果たせば……あなたの方が、絶対に、先に死ぬから」

 それは道理でもあった。形あるものはいつか滅びる。アルシェムが『アルシェム・シエル=デミウルゴス』でいられなくなるように、《パテル=マテル》も機械人形である以上はいつか朽ち果てる。たとえ形を変えて生き延びるのだとしても、いつか原形をとどめなくなって『死ぬ』のは分かり切ったことだ。だからこそ、切り離した。あの時は自覚していなくとも、『生きる時間が違う』から。

 だが、《パテル=マテル》は――

 

『嘘。私は何度でも直せば隣にいる。貴女はレンと一緒にいられなくなる。だからアカウントを消した。違う?』

 

 そんなアルシェムの欺瞞さえも打ち砕いた。その通りだ。《パテル=マテル》はレンの騎士。そしてアルシェムはレンとは一緒に生きられない。いつか死に別れる。レンが先に死ぬことによって。もっとも、それよりも先に『アルシェム・シエル=デミウルゴス』として死ぬのは代わりのないことなのだが。ただ、その後の全ての策が成功すれば、彼女は悠久を生きることになる。それに《パテル=マテル》ですら並び立てない。

 だが、アルシェムはそれを認めようとはしない。

「……あなたはレンじゃない。《パテル=マテル》、わたしは――あなたと共に生きたいとは、思わない」

『それは貴女が楽になりたいから。私と一緒にいるのは苦しいから。貴女は本当は――』

「黙って。それ以上は聞きたくない」

 それもまた嘘だった。聞きたくないのならば、聞かなければ良いだけの話なのだ。耳を閉ざし、感覚を閉ざしさえすればその言葉は聞こえないのだから。だが、アルシェムはそれをしない。それが真実だと理解しているからこそ、それが出来ないのだ。それを認めたくなくても、嫌というほどわかり切っていることだとしても、他人から言われるのは嫌だったのだ。

 なればこそ、アルシェムはその言葉を聞くしかなかった。

 

『――誰よりも、弱い人だから』

 

 その後、アルシェムはどうやって支援課ビルに戻ってきたのか覚えていない。それでもやるべきことはやったはずだ。ティータに協力を要請し、アガットにも変な邪魔をしないように要請した。それだけのはずだ。

その日から数日、彼女は荒れた。街道から魔獣が激減したのは言うまでもない。

 

 ❖

 

 リーシャ・マオは苛立ちながら《アルカンシェル》へと向かい、イリアにそれを見抜かれて練習を中止させられた。それほどまでに感情を制御できなかったのは、ひとえに『エル』の情報をあの神父から得られていないからに他ならない。彼女が必死に求めている情報を持ってくるどころか、出会いすらしないというのは協力した身としては不本意でしかなかった。

 だからこそ、唐突に部屋に現れた気配に向けて怒鳴ってしまうのも無理はない。

「遅いです! 今までどこをほっつき歩いてたんですかッ!」

 それに対し、神父は仮面の奥で瞠目していた。それに多少溜飲は下がったものの、リーシャの怒りが完全に収まることはない。長年にわたって協力関係にあった《黒月》と手を切らされてしまった以上、《銀》としての活動は存続の危機ですらあるのだ。東方人街の魔人が、クロスベルに協力することなど本来であればあってはならないのだから。

 そのあってはならないことを強要した神父から報酬を貰うのは当然のことだ。少なくともリーシャはそう思っていた。

「こちらにも都合というものがある。……それに、『彼女』にも許可を得なくてはならなかったからな」

「エルに……?」

 眉を顰め、リーシャは問う。『エル』に関して全ての権限を持っているであろうこの神父が、今更『エル』に許可を得ることなどありはしないはずなのにそう言うあたりがうさん臭くて仕方がない。

しかし、彼はそれでもリーシャの欲する情報を渡した。

「お前の言う『エル』はこのクロスベル市内にいる。もしかしたらどこかですれ違っているかも知れんな?」

「……それは、貴方が命令したからですか」

「いいや。そもそもクロスベルに来たがったのは彼女の方だ。彼女が生まれたのはここ、クロスベルらしいからな」

 その情報にリーシャは瞠目した。『エル』が生まれたのがクロスベルだというのが真実だとしよう。それならば、彼女の家族がここにいる可能性もまた高まる。これまでどうやっても知ることの出来なかった情報を得られるかもしれない。何故『エル』が血まみれで東方人街に現れ、父に拾われたのかを知るチャンスだ。リーシャはそう判断した。

その情報は確かにリーシャにとっては得難いものであり、同時に全く以て無意味な情報でもある。何故なら、確かに『アルシェム・シエル』はクロスベルで『発生』したが、自我を持ったのはエレボニアの《ハーメル》であるからだ。そう言う意味では人間としての人生を始められた場所は《ハーメル》であったともいえる。そして、クロスベルに『アルシェム・シエル』と血のつながったものは存在しない。

得難い情報に思わず涙腺が緩みそうになったリーシャを、神父はどこまでも冷たい目で見ていた。このままリーシャを見ていれば、うっかり漏らしてしまいそうだ。『エル』が本当はニンゲンですらないことも。滅びの運命からは逃げられないことも。そして――それが、目の前に立つ自分であるということも。勿論それを最後まで言うつもりはない。知ったところで何が出来るわけでもないと分かっているからだ。

だからこそ、それを告げる代わりに伝言の体を取って伝えた。

「ただ、こちらから面会をセッティングすることはないと言っておこう。……彼女がそれを望まないのでね」

「結構です。そんな、見張られているみたいな面会なんて……後は、自分で探します」

「……そうか。ならばせいぜい探すと良い」

「言われなくてもそうします」

 そう言ってうずうずし始めたリーシャを見て、神父はその場から立ち去った。このまま居座り続ければ嫌味の一つや二つ貰っただろうが、それ以上に耐えられそうになかったからだ。ああして一途に探し続けてくれているリーシャが、真実を知った時どんな反応をするのか。勿論、神父がアルシェムであるという事実を知った時、という意味ではない。

 

 『エル』がニンゲンではないと知った時。その正体を理解した時の、その反応だ。

 

 リーシャならば受け入れてくれる、と純粋に信じられるほど、アルシェムは無知な小娘ではなかった。むしろ責められるだろう。蔑まれるだろう。リーシャが《銀》であるという運命を変えないまま放置したのは、ある意味では『アルシェム』であり□□□なのだから。彼女がいずれ人殺しを厭うようになるのは分かっていた。だが、その苦しみから解放してあげたいとは思っていなかった。

 

 だからこそ、アルシェムは初めて好都合だと思った。彼女が何も知らないままで、『アルシェム・シエル=デミウルゴス』が死ぬことを。

 


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