雪の軌跡・リメイク   作:玻璃

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 旧228話半ば~229話のリメイクです。


西ゼムリア通商会議・下

 テロリストをそれぞれ捕縛し、ジオフロントから《オルキスタワー》に戻ろうとした一行は丁度C区画とD区画に分かれる分岐の地点で出会った。お互いに複雑そうな顔をしている。

 その中でもとりわけ複雑な顔をしているアリオスが、ロイドに問うた。

「む、そちらも確保できたのか。……誰か待ち伏せでもしていたのか、そちらも」

「そちらも? ということはそちらにもいたってことですか……?」

 そのロイドの疑問に、アリオスは遠い目で応えた。

「ああ。《自警団》の片割れと何故か《銀》と死んだことになっていた男がいた。そちらは……警備隊の彼女が?」

「いえ、リオさんだけじゃなく、アルとワジ達がいましたけど……死んだはずのって、その方ですか?」

 ロイドがアリオスの背後で真顔で手を振る男を指させば、アリオスは硬直した。当然だろう。彼はその男――レオンハルトの気配など一切感じてはいなかったのだから。

 身体ごと思い切り振りかえったアリオスは、その姿を視認していつもの泰然とした態度からは想像もつかない声を発した。

「……ふおぅ!?」

「確かに気配は消していたが、そこまで驚くことでもあるまい」

 そのあまりにもあんまりな声にレオンハルトは呆れたようにそう言った。ロイド達とは一応初対面――ティオは《影の国》で彼と面識がある――であるため、居住まいを正して現在の所属と名を名乗った。

「……アルテリア代表の護衛、レオンハルト・アストレイだ。勝手に動いて悪いとは思うが、見過ごせなかったものでな」

「いや、カリン姉に言われたんでしょ。尻に敷かれてるくせに」

「ぐっ……言うなアルシェム。俺だって好きで尻に敷かれているわけではない」

 その一気に弛緩した空気にロイド達は疑問を抱いた。またアルシェムの知り合いなのだろうが、カリン『姉』と『尻に敷かれている』という言葉があまりにも結び付かなかったためだ。その事実を知るレンとティオは苦笑するしかなかったのだが、それはそれである。カリンとレオンハルトの戦闘力ならば確かにレオンハルトの方が強い。ただ、交渉事や会話術などで優れるのはカリンだということだ。

 その疑問を感じ取ったアルシェムは、ロイド達に答えを告げた。

「ああ、アルテリア代表の名前思い出せる? カリン・アストレイ。一応わたしの元『家族』でね、レオン兄――レオンハルト・アストレイの奥さんだから」

「……も、もう何も突っ込まないでおきます……」

 ノエルがそう答えたのが一同の内心の表れでもあった。もう何も突っ込むまい。こうやって事件の中心に行けばいくほどに身近に関係者が出てくる事態というのはそろそろ慣れるべきなのかもしれなかった。

 それはさておき、テロリスト共を警備隊の控室に放り込んでから会議場で待つ代表たちに報告をしなければならなかったのだが、その説明をする人物を誰にするのかで多少もめた。当然だろう。ここはリーダーたるロイドがやるべきだ。ノエルも、エリィもそれを支持した。だが、アルシェムは譲らなかった。譲れなかったと言っても良い。この場合、勝率が――オズボーンとロックスミスとの会話で主導権を握れる確率のことだ――高いのはアルシェムの方なのだから。

 そして、結局ロイドが折れてアルシェムが矢面に立つことになった。会議場に入り、不安げな顔をして待つ一同と、例外が二人いるのを見てロイド達は内心で顔をしかめる。まるでこうなることを知っていたかのような表情だ。

 ただ、口を開くのはディーターに任せたようだった。

「それで、テロリスト共はどうなったのかね?」

「テロリストは無事、帝国と共和国の関係者の協力もあって全員確保できました」

 アルシェムがそう応えると、一同は安堵した。どういう意味での安堵だったのかを知る者はいないが、それでもどんな意味であれ安堵したのは確かだ。その言葉の意味を知らないままで、ロックスミスとオズボーンが引っ掛かれば良い。アルシェムはそう思っている。彼女は嘘を言っているわけではない。ただ、言っていないことがたくさんあるだけの話だ。

 そして、それに引っかかったのはロックスミスの方だった。

「おお、彼らは役に立ったかね」

「ええ、協力者の方々には大変お世話になりました」

 アルシェムがそう続ければ、オズボーンも微かに抱いた疑問を払しょくできたようで笑みを深める。ただ、クローディアとオリヴァルトは複雑な顔をしていた。彼らには分かっているのだ。彼女がこういう物言いをしているときは、何か引き出したい情報がある時なのだと。だからこそ、それに引っかかってしまったオズボーンを哀れなものを見る目で見ていた。

 そうとは知らず、オズボーンはある意味で決定的な一言を吐いた。

「それは重畳。彼らは私の個人的な友人でね、念のためにと向かわせたのが功を奏したようだな」

「全くですな。我々の友人がいなければこの場は危うかったでしょうなあ、うわっはっは!」

 オズボーンはにやにやと、ロックスミスは豪快に笑う。ただ、残念なことにアルシェムはその言葉を待っていたのだ。当然のことながら、オズボーンの友人やロックスミスの友人などこの捕縛劇には関わっていないのだから。だからこそその言質を取りたかったのだ。マフィアを使い、この襲撃自体を予測していたことを周知させるために。

 アルシェムは無表情で彼らに決定的な言葉を吐かせるために告げた。

「認識の齟齬があってはいけませんのでお伺いしたいのですが閣下、協力者のお名前をお聞かせ願えませんでしょうか。彼らは名乗って下さいませんでしたので」

 それに――二人は、乗せられた。

「何を言っているんだね、君は。無論私の友人たる《黒月》の名を知らないわけではないだろうに。かの《教団》ごときにしてやられた軟弱な警備隊とは違って優秀な連中だ」

「同感ですな。クロスベルの警備隊は信用ならない。その代わりに彼らを派遣したというのに……まさか警察までもが《赤い星座》の名を知らぬとは。程度が知れるというものだ」

 それが最後だ。この言葉を確かにアルシェムは待っていた。録音までしていた。彼らの言葉で事態をようやく飲み込み始めたロイド達には気付けない。アルシェムが何を突きつけようとしているのかを。ただ、この仕組まれた襲撃を利用するためにスタンバイしていたアルシェム一味には分かっていた。これが、最後通牒なのだと。彼らが引き返すとすればここしかなかったのだと。

 そして、告げた。

「その言葉に偽りはありませんね?」

「無論だとも」

「何が言いたいんだね、君は。無礼だろう」

 そう憮然とした表情で、アルシェムを見下すような言葉を吐いた彼らに対して――アルシェムは口角を吊り上げた。ここに証人はたくさんいる。メディアもいる。ここまで肯定してしまった以上、揉み消すことなど出来るはずがない。もっとも、揉み消すことなどさせるはずもないのだが。それでもメディアはこぞってこの件を報道せざるを得ないだろう。こんなスキャンダラスな事件はそうない。

 その一面の見出しを飾るだろう言葉を、アルシェムは吐いた。

「残念ながら認識に齟齬があるようですね。わたし達に協力してくれたのは彼らではありませんよ」

「……何?」

 クローディアは、その時確かに風向きが変わるのを感じた。アルシェムが扉の外に声をかけて中に引きいれた人物たちを見て顔をひきつらせもした。こういうことを仕組んだのかと。何故状況を詳しく読めたのかはクローディアには分からない。ただ、今この状況で出来ることは事実を事実だと認めることだ。そういう取引をしたのだから、当然だろう。

 そして、アルシェムはオズボーンたちに協力者を見せた。

「わたし達に協力してくれたのは彼らです」

「テロリストの一員ではなく、かね」

 ロックスミスがそう問うと、レオンハルトが顔をしかめて返答した。

「カルバードの大統領殿は一度紹介された護衛すらも忘れるのか?」

「いちいち護衛など覚えているわけも無かろう」

「……ならばもう一度名乗ろう。アルテリア代表の護衛、帝国南部《ハーメル》出身のレオンハルト・アストレイだ」

 それに次いでワジとヴァルド、リオが自己紹介をすると苦し紛れなのかロックスミスがなおも言い募る。『共和国の協力者がいない』と。そんなことを問う前に、《特務支援課》の素性でも洗っておけばよかったのだ。アルシェムが『それはロイドだ』と言うと鼻で笑われたが、ロイドにカルバードにいる親戚がいるのは事実なのだから。

 詭弁とそしられようが、アルシェムのやることは変わらない。簡潔に今回の件に関しての説明を行う。

「先日、両国からテロリストがお二方を狙ってやってくるという情報を小耳にはさみました。幸い、狙いがはっきりしていましたので警備隊の彼女と自警団の連中に逃走経路の妨害をお願いし、クロスベル警察と警備隊本体には会議場の警護をお願いいたしました。アルテリア代表の護衛に関しましては途中から勝手に首を突っ込んできましたがね」

 それに対して少々余裕を取り戻したオズボーンが問うた。

「では、テロリストの介入自体を防ぐ気はなかったということですかな?」

「クロスベルに入るまでのテロリストの行動を阻止する権限が、果たして自治州にありましたか? あれば何が何でも阻止しましたが、そもそもテロリストに狙われているという情報をあなた方が掴んでいないこと自体が驚きです。もし貴方方がテロリストの動向を掴んでいたとし、仮にもクロスベルを属国扱いするのであれば事前に通告があってしかるべきかと」

 そこで目線をディーターにやれば、彼は事態を呑みこんだ様子で自信満々にこう告げた。

「そんな通告は聞いておりませんな。マクダエル議長はどうです?」

「私も聞かされておりません」

 この時点で旗色が悪いと見て取ったオリヴァルトは、エレボニアの完全な失墜を防ぐために声を上げなければならなかった。彼とて皇族である。このままエレボニアが卑劣な行為をしたと周囲に認識されるのは避けておきたい。彼がするはずのない行為ではあるが、得てして人間という者は人種や民族、国家で人をくくって差別したがるものなのだから。

 故にオリヴァルトはオズボーンを窘めた。

「宰相殿、それにロックスミス大統領。ここは我々の分が悪いよ。……それに宰相殿。私は《赤い星座》とやらの件について何ら報告は受けていないのだがね?」

「……いえ、わざわざ皇子殿下の手を煩わせるまでもないかと思いまして」

 ただ、オリヴァルトの願いもむなしく追撃を掛ける者がいた。それは――

「あら、先ほどからお伺いしている限りでは《赤い星座》は外法認定直前まで行った猟兵団のことのように聞こえますわ」

「なっ――」

 カリンだった。彼女はエレボニアを貶めるために出来ることは何でもする。当然だろう。エレボニアに殺されかけた彼女にとって、最早エレボニアは祖国ですらないのだから。そこに払うべき敬意も存在しなければ、愛国心も存在しない。あるのは敵意と殺意のみ。だからこそ、彼女はいくらでも追及する。ついでにカルバードも巻き込むあたり、はた迷惑であるともいえるだろう。

 カリンは事態を説明した。

「つい最近、《赤い星座》《黒月》《西風の旅団》がアーティファクトの引き渡しを拒否してくださいまして。何とか回収できましたので見逃しましたが、次にアーティファクトに関わることがあれば即座に外法認定すると担当の者が宣言していたはずですわ」

「それは知らなかった。どうやら彼らとの友人関係は考え直した方がいいらしい」

「同感ですな。我々は騙されていたようです」

 このゼムリア大陸でアルテリアに逆らうほどバカバカしいことはない。それを知っているオズボーンとロックスミスはあっさりと《赤い星座》と《黒月》を見捨てることにしたようだ。見捨てられたとも知らない両者は恐らく彼らとは接触しないように対処はしているだろうが、接触した時が最後だろう。彼らへの間接的な嫌がらせである。

 そのあたりへの追及はもう出来ないと判断したカリンは矛先を変えた。

「そう言えば先ほど、オズボーン閣下もロックスミス閣下も面白いことをおっしゃっていましたね? かの《教団》とやらにしてやられた警備隊など信用ならない、とか」

「それがどうかしたかね、アストレイ代表」

「ふふ、おかしいですわね? 確か《教団》最大の《拠点》、カルバードのアルタイル市にあった《アルタイル・ロッジ》を制圧したのはクロスベルの警察官でしたわね。それに児童連続誘拐事件の解決にも各国からの協力を得ていたかと思うのですが? 軍を信頼できないのは一体どちらなのかしら。それに、《楽園》にミラを落とし、罪なき子供達を救うための情報を阻害したのは帝国の貴族様方でしたわよね? かの《教団》とやらにしてやられているのは貴方方なのでは?」

 それにロックスミスもオズボーンも反論できなかった。それがれっきとした事実だからだ。ロックスミスにもオズボーンにもそれを否定することができる材料がない。オズボーンに関しては、それに関連した貴族共を全て処罰することもできだが、それをすれば政治が回らなくなっていた。だからこそ、全員を処罰することは出来ていなかったのである。

 更にカリンは燃料を投下する。

「それに、軍が信頼ならないのはエレボニアも同じですわ。《ハーメル》の一件に関わったのは帝国軍で、万が一の時のために領邦軍も待機させていましたものね? 不幸な思い違いとは何だったのでしょう?」

「その件については終わったことだ。今更掘り返すことでも――」

「あら、その件を終わらせたのはリベールとエレボニアとでしょう。エレボニアと被害者との間ではありませんわね」

 オズボーンはその言葉に目を見開いた。その言葉が何を意味するのかを理解した瞬間、彼はカリンがどういう人間であるのかを察してしまったのである。これはマズイ。どうにかして止めなければならない。彼女の証言を止めさせるべくレクターに目くばせするが、彼は肩をすくめてそれを受け流した。レクターにとってこの事態はある意味悪い光景ではない。父を唆したオズボーンが追いつめられる姿が見られるのだから。

 苛立ちながらオズボーンはカリンに問う。

「一体何を言いたいのかね、アストレイ代表」

「軍が信頼できない、という話ですわ。リベールとの戦争のきっかけをつくり、その村の人間を全滅させようとする後ろ暗い軍など誰が信頼するのです?」

 その昏い笑みに、オズボーンは感情の制御できない小娘をあしらうために告げた。それが逆効果だとは知りもせず。

「その愚にもつかない言葉はどこから出ているのか、育ちが知り――」

「私の出身は《ハーメル》です。その場で全てを見ていました。そして、領邦軍が私達を殺そうとしていたのを見ていました。それを、愚にもつかないとおっしゃるの?」

 そのにらみ合いを終わらせたのは、結局オリヴァルトだった。止められるのは彼しかいなかったからだ。これ以上イメージを失墜させられない。それが分かっていて、オリヴァルトは《鉄血宰相》に全ての責任を押し付けるべく言葉を吐くしかなかったのだ。

「もうやめてくれたまえ、カリン代表。この者の処遇は国に帰ってから陛下に処断していただく。カリン代表と護衛殿には申し訳ないが、恐らく国からの謝罪は出来ないだろう――だから。これで納めてはくれまいか」

 そうやって、オリヴァルトは頭を下げた。これしか手段を思いつかなかったのだ。皇位継承権がないとはいえ、皇族であるオリヴァルトからの謝罪。これ以上良い条件での謝罪はエレボニアには望めない。だからこそ、彼は自身が泥をかぶることで納めたのだ。カリンもレオンハルトも、オリヴァルトにそこまでさせたいわけではなかった。ただ、起きてしまったことは戻らない。

 その後、会議はエレボニアやカルバード主導では行われなかった。レミフェリアやアルテリア、そしてリベールの主導のもと行われ、内容的には平穏無事に進めることが出来た。最後までオズボーンとロックスミスには発言権がほぼなかったが、それはそれだ。かといって問題が起きなかったかと言われればそういうわけでもなかったのだから。

 最後にディーターが発したこの言葉が、問題だったのだ。

 

「カリン代表が仰られたように、共和国、帝国の両国に信が置けないのは明らかです。よって、私は……ここに、クロスベルの独立を宣言したいと思います!」

 

その発言は、様々な波紋を呼んだ。しかし、ロックスミスとオズボーンの意のままにはならなかった。本来ならば、彼らはここでタングラム・ベルガード両門にそれぞれの軍を置くという提案をしようとしていたのだ。そこから芋づる式にクロスベルの利権を奪い取る。そんな予定だった。所詮、予定は予定。上手くはいかないものである。

ロックスミス・オズボーン両名は発言を赦されぬ空気のまま西ゼムリア通商会議は終わった。


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