雪の軌跡・リメイク 作:玻璃
西ゼムリア通商会議前日。各国首脳がクロスベル入りし、町がざわめいている頃。《銀》ことリーシャを脅しつけて戻ってきたアルシェムはロイドに割り振られた支援要請を見てげんなりしていた。というのも、依頼人が『マネージャーのミュラー』であり、その支援要請が『《演奏家》の捜索』なのだから推して知るべし。どう考えてもこれは彼らが《特務支援課》に関わりたいと思っているに違いない。だというのにアルシェムに割り振られてしまえば彼らも困るだろう。
だからこそアルシェムは急いでミュラーの待つ空港に向かい、そこにオリヴァルトがいないことを確認して彼の捜索へと精を出すことになる。彼を放置して騒ぎになれば、また面倒なことになる。まさかオリヴァルトがクロスベルに害を成そうとしているとも思わないが、もしそうなった時が面倒だ。最悪の場合は排除しなければならない。
もっとも、彼の行動を見て危険視すべき人物なのか疑ってしまうのも無理はないだろう。
「……いや、それはどうなの?」
思わず漏らした呟きは、幸いにもオリヴァルトには届かなかったようだ。旧市街のカクテルバー《トリニティ》で何かしらを呑んでいたらしいオリヴァルトを発見した。彼をひっつかまえ、逃げられないように拘束しながらアルシェムは彼をミュラーの元へと連行する。途中で『やめたまえ』だの『何故アルシェム君がここに?』だのという発言があったのは気のせいに違いないだろう。
ミュラーの前に引きずり出し、立たせる過程で彼に向けて呟く。
「気負わなくても良いんじゃない? 彼らだって馬鹿じゃないんだから、帝国人だからってだけで偏見を持つような真似はしないよ」
「……その、そこを見透かさないでくれるとボクとしては助かるんだけどなあ?」
「そういう風に育てやがった奴に言って」
いや、それは誰なんだとオリヴァルトは叫びそうだったが、ミュラーに首を締められて連行されていった。そのままアルシェムは臨検の手伝いに回ることにする。確かに早く終わればそうしてほしいとロイドは言ったのだが、ここまで早く終わってしまえば一人でこの支援要請を終わらせておいても良いかと思えたからだ。ロイドが支援要請を終えるころ、アルシェムもまた時間のかかる臨検の手伝いを終えていた。
もっとも、エリィはまだだったようでヘルプコールをしてきたのだが。住宅街で猫を探している、と聞いた瞬間に誰の猫であるのかを察したアルシェムはその猫の気配を追い、歓楽街へと向かう。そこで何故かシャーリィがついて来てリーシャに目を付けるなどというイベントも起きたがさして語る必要もないだろう。その前からリーシャは《銀》に目をつけていたのだから。
そして支援課ビルへと戻ると、何やらエリィのヘルプコールを受け取らなかったロイドとレンが玄関の前で困惑している。一体何が、と思った瞬間アルシェムは悪寒を覚えてその場を飛び退いていた。その場を通り過ぎていく白い塊。その動きに嫌というほど覚えのあるアルシェムは顔をひきつらせた。二度、三度とその塊に襲撃され、やっとそいつが声を発したところで用件を理解する。
そいつ――ジークは鳴いた。
「ピューイ!」
「喧しい! あんたが殺意満々なのは前から知ってたけど、仮にも客として招きたいならやめろっつーの! あんた自分の最大速度忘れてんの!?」
「ピューイー?」
「何のことだっけ、じゃなーい!」
そのある意味微笑ましくも見える光景にロイド達は微妙な顔をするしかなかった。何せ、アルシェムがシロハヤブサと会話しているのである。前々からツァイトと会話できているのではないかという疑惑があったのだが、それが肯定されかけている形だ。しかもそのシロハヤブサはアルシェムの知り合いのようだ。伝言を託されているのは分かったが、何故執拗に突かれているのかわからない。
だからこそ、エリィが漏らした言葉は見当違いのモノになる。
「懐かれてるのかしら……」
「殺されかけてるんだってーの! どこをどう見たらそんな微笑ましく見えるの!?」
そのコントのような会話を続けているうちに、ジークは諦めたのか飛び去って行った。その方向はクロスベル空港である。誰の使いできているのかわかっているアルシェムは疑問にも思わなかったが、ロイド達はアルシェムから詳細を聞こうとやっきになる。それを取り敢えず止め、一度支援課ビルの中に入ってランディとノエルを待った。彼らがやっている支援要請が終わったという連絡はあったが、まだ帰り着いていなかったからだ。
そして、彼らが帰ってくると同時にアルシェムはジークの伝言を実行すべくクロスベル空港のある場所へと《特務支援課》の一行を案内した。所謂VIPしか立ち入れない場所ではあっても、彼らは警察官だ。入れないなどということは有り得ないのである。末端の警察官であればあるほど、《特務支援課》には憧れているらしいのだから。
そして何の障害もなく《アルセイユ》に辿り着いたかと思えば――
「何故貴様がここにいる」
「どこにいようがわたしの勝手でしょ。それに呼んだのはそっちだからね、ユリア・シュバルツ大尉?」
「……その胸のバッチ、そういうことか……《特務支援課》の方々とお見受けした。こちらの急な招きに応じて下さって感謝する」
慇懃無礼に頭を下げたユリアは、ロイド達を《アルセイユ》のモニター付き会議室へと誘導した。そこに待ち受けていたのはクローディアである。むしろ彼女以外がそこにいても困るのだが。たとえばここにアリシアⅡ世がいればかなり面倒なことになっただろう。それでも事実としてここにいるのはクローディアだ。クロスベルが危険だと分かっていてなお王太女クローディアを来させたのは、一応デュナンが王位継承者としてそこそこマトモになって来たからでもある。
勿論、どんな危険なことが起きても帰って来られるようにと護衛はつけてあるのだ。クローディアの護衛についているのはユリアだけではない。元《情報部》の人間もそこかしこに張り付いているのである。そして、この場には仮想敵国たるエレボニアの皇子もいる。そのため、二国を敵に回すような真似をしてまで攻撃される可能性はかなり下がるだろうと読んでいる。
クローディアは自身を見たことで緊張してしまったロイド達に余裕を取り戻させるためにアルシェムを使った。
「お久し振りです、アルシェムさん。その……もしかしてその羽は……」
「ジークにやられました。ちゃんと躾けててくんないですかね?」
「後で言って聞かせておきますね……まだジークったらアルシェムさんを突いちゃうんですか……」
遠い目をするクローディアに、一行は曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。ひとまず緊張をほぐすことには失敗した、とクローディアは感じた。どうすればいいのかと問われるとまた困るが、次の策を考える前に別の行動をとるモノがいる。そう。この場にいるのはクローディアだけではないのだ。緊張をほぐすためにはうってつけの人物がここにはいる。
そして、その人物こそがこの空気を見事なまでに打破した。
「~♪」
「……えっと、これは……」
「これ、『琥珀の愛』よね? 凄く上手なのだけど……一体誰が?」
エリィが問うと、薔薇の花を持ったオリヴァルトが颯爽と登場した。無論頭を抱えたミュラーもである。それに続いてもう一人入ってきたが、彼女は壁際にそっと立つだけで挨拶はしない。その三人を見たロイド達は一様に首をかしげるだけだが、どうやら不審者ではないらしいという認識は持てたようである。ならば彼は一体誰なのか。《アルセイユ》にいておかしくない人物で、こういうことをしそうな人物はと問われるとロイド達の答えは『デュナン公爵』になるのだが――
その答えをレンが打破した。
「何やってるの、オリヴァルトお兄さん。流石のレンもドン引きよ?」
「おお、レン君。そんなことは言わないでくれたまへ。こういう場には慣れてないだろう特務支援課の皆へのちょっとしたジョークぢゃないか」
茶目っ気たっぷりに言うオリヴァルトの名をロイドがうっすら思い出したところで、後ろで頭を抱えていたミュラーが彼に拳骨を落とした。当然だろう。今は協力体制を築いているとはいえ、《アルセイユ》はリベールの飛空艇なのだ。決してエレボニアの船ではない。友好国でもないリベールの船でふざけた真似をする皇子が国内でどのような目で見られているのかはお察しである。
故に彼が言える言葉はこれだけだ。
「自 重 し ろ」
「ハイスミマセン……」
そのコントのような状況に、やっと呪縛を解かれたようにロイドが声をあげた。
「あの、もしかして貴方は……」
恐る恐る聞くロイドに、オリヴァルトはその遠慮をなくすためにふざけようとした。
「そう、ボクは噂の」
「真面目にやれ」
もっとも、ミュラーがそれを赦すわけがなかったのだが。半眼で睨まれ、顔をひきつらせたオリヴァルトはやっと真面目にやる気になったようだ。表情を引き締め、先ほどまでの愛とノリで生きているような雰囲気を押さえつけた様はまさに高貴な皇子である。もっとも、彼は庶子であり中身を知る者からはそう言う人物であると認識されてしまっているのだが。
外交用の笑みを浮かべたオリヴァルトは、自己紹介をする。
「……ゴホン。初めまして諸君。私はオリヴァルト・ライゼ・アルノール。まあ《放蕩皇子》の方が通りは良いかも知れないね」
「せめて最後まで真面目にやれ、全く……自分は護衛のミュラー・ヴァンダールだ。以後見知り置き願う」
そして彼らが目線を向けたところにもう一人の女性がいた。彼女にどこか既視感を覚えたロイドはそれが誰であったのかを思い出そうとするのだが、脳がそれを拒否していた。ランディもである。ただ、エリィだけはその人物が誰に似ているのかを正確に思い出していた。それだけに反応に困る人物である。何せ、エリィの記憶している彼は遊撃士であるので。
故にそこで口を挟めたのはエリィであった。
「あの、貴女は……もしかして遊撃士の」
「ああ、ヨシュアのことですか。彼は弟です。……と、申し遅れましたね。アルテリア代表として参りました、カリン・アストレイと申します。皆様どうぞお見知りおきください」
と、そこで一行は不意に気付いた。あちらに名乗らせておいてこちらは一切名乗っていないことに。何故かアルシェムとレンは面識があるようだが、せめて名前だけでも紹介しておかねばならないだろう。ロイドはその義務感に突き動かされてそこにいる面々の紹介をした。ランディが複雑な顔をしているのも勿論見逃した。まさか本当にカリンがヨシュアの姉だとは思いもしなかったのである。
その紹介が終わった後、ロイドはずっと抱えていた疑問を彼らにぶつけた。
「あの、恐れながら……どうして俺達をここに呼んだんですか?」
ロイドの問いに答えたのはオリヴァルトだった。
「ああ、それは自治州政府には伝えたくなかったからだよ。君達になら伝えられる。コレはまあ、警告程度のことだと思えば良い」
その不穏な言葉に、ロイド達は一気に表情を引き締めた。今ここに集まっているメンツは一見ばらばらだ。だが、それらを繋ぐ点としてアルシェムとレンがいる。ならば、この三人もまた同じような繋がりで繋がっているのではないか。そうロイドは思った。どういう繋がりであるのかは、今のロイドには分からなかったのだが。だが、分かる者には分かるものである。一体彼らがどういう繋がりだったのか。それを理解したエリィはそれを口に出すことはなかったが。
オリヴァルトは言葉をつづけた。
「帝国内でテロリスト《帝国解放戦線》が活発になっている。そして彼らが近くクロスベル入りする可能性を示唆する情報が入った」
だが、この情報には黙っていられなかったようだ。エリィには心当たりがあり過ぎた。あの男性との会話は、まさにこのことを指し示していたかのようで恐ろしい。だが、それがもしも事実となるのならば。それは絶対に阻止しなければならないだろう。エリィにとってクロスベルは故郷であり根だ。それを守れなければ彼女は腐ってしまうだろう。
だからこそ、エリィは声をあげた。
「それは、《鉄血宰相》を暗殺するため……ですか? もしかしてそのために《赤い星座》がクロスベル入りしたと……?」
「……成程、マクダエル議長の孫娘は伊達ではないようだね。可能性はあるだろうと私は踏んでいるよ」
それと、とオリヴァルトが続け、クローディアがその続きを告げた。それは先日の男性の言葉とほとんど同じで。起きうる最悪の事態をエリィに強く想起させた。それを阻止するために、一体何が出来るというのだろうか。ただの一介の警察官であるエリィ・マクダエルに。もし祖父と同じ道を進んでいればこれを止められただろうか。その妄想に取りつかれそうになって強く首を振る。
そのエリィの肩に手を置いて、ロイドは一番の疑問を彼らにぶつけた。
「……それを伝えて下さったことには感謝します。ですが、何故俺達に、なんですか? それも、貴方方が揃ってまで。まさかアルの知り合いだからというだけではないでしょう」
ロイドの強い問いに答えたのは、クローディアだった。
「確かにアルシェムさんだけでは信頼には足りないでしょう。何かと誤解されやすい人ですから」
「うるせーですよ殿下」
「……ただ、エステルさん達から貴方達のことは聞いていましたから。《リベールの異変》を多少なりともご存じなのでしょう? 実は私達、それを解決するのに協力し合ったんです」
内緒話を打ち明けるかのようにクローディアはロイド達にそう言った。それは一国の姫というよりは年相応に見えて。それでロイド達も納得は出来た。信頼できる友人が紹介してくれた『信頼できる人達』というのは確かに信頼に値する。もっとも、一定程度の、だが。ロイド達を見てから出すべき情報をいくつか選んだのは事実だが、その情報をほとんど渡すことになったのはロイド達の人徳に他ならない。
そして、後いくつかの情報を交換したロイド達は明日に備えて支援課ビルへと戻るのだった――アルシェムと、レンを置いて。旧交を深めたい、というアルシェム達を止められるような人物など、そこにはいなかったのである。故にロイド達は特に疑問も持たなかった。アルシェムが一体何を目的に《アルセイユ》に残ろうとしたのかということなど、想像もしていなかったのである。
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「それでだ。流石にこの場で足並みは揃えておきたいわけなのだが?」
唐突に口調が変わったアルシェムに、一行は変なものを見るような顔になった。当然だろう。いきなりこいつは何のキャラ付けを始めたのかとでも言わんばかりの痛々しいものを見る目だ。実際、意識的にキャラ付けをしているというのは事実なのでそういう目で見られても仕方がない面はある。ただ、それがこれ以降スタンダードのなる可能性があるので、アルシェムとしては慣れてほしいとは思うのだが。
それにオリヴァルトが問うた。
「何の足並みなのか、聞かせてくれたまえ」
「明日の――テロリスト共を捕縛した後の話だ。罠を張っている奴らがいるようでね。そいつらに逆に色々と突き付けてやるいい機会だ」
「そいつら、ということは複数人ということですか……?」
眉を寄せてクローディアが問う。当然だろう。彼女らが掴んでいるのはテロリストが襲撃してくる可能性があるという情報のみ。その先にどういう魂胆があるのかまでは掴めていないのだから、当然と言えば当然なのだろう。だが、無論カリンはそれを把握していた。アルシェムから説明されていたからだ。それを忘れるほど彼女は耄碌していなかった。
それに対し、アルシェムは返答を濁す。
「無論。ただ、殿下方にお願いしたいのは事実を事実と認めることだけだ。それ以外に何か特別にしてほしいなどという図々しいことを言うつもりはない」
その言葉にクローディアは瞠目した。
「それだけで良いんですか?」
「だけと言って貰っては困るがね。まあ、リベールには損はないさ」
「それを聞くとボクとしてはひっじょーに気になるわけだけど……エレボニアには損があるみたいじゃないかね?」
アルシェムはそれに半分是、と答えた。損をするのは首謀者二人だけだ。実質オリヴァルトにとっては損得で言えるのならば得だともいえるだろう。だからこそ断ることなどない。オリヴァルトもまた、アルシェムの言葉に対して前向きな回答をした。そしてアルシェムにとってはそれだけでよかったのである。彼女らは確かに関係ない。だが、その二人にはクリティカルヒットするその情報を、アルシェムは握っているのだから。
そう――《ハーメル》と《アルタイル・ロッジ》。その二つが鍵となる。
運命が逆巻き、捻じれながら元に戻って。そこに不純物と耳障りな雑音を混ぜ。そしてまた構成されていく。その不純物を取り除こうが、雑音を無視しようが、もう遅い。
この歯車はもう、止まらない。